八 大賀のミッションとは
ハトと、調律師を用意した。
「まぁ、実際にその二つを用意したのは、大賀くんに頼まれた私なのだが」
セイさんが。
「調律師の〈瀬戸丸郁哉〉という名前はアナグラムで、〈矢車聖人〉になると気づきました。やっぱりセイさんが調律師になりすましたか、もしくは他の誰かを〈瀬戸丸郁哉〉として用意したのですね?」
禄朗さんが訊くと、セイさんは、さすがだ、と笑いました。
「やはりもうそれから解いていたのだね」
「いや、そんなに難しいものじゃないですよ。〈瀬戸丸郁哉〉の名前がアナグラムではないかと疑えば、セイさんの名前を知っている人間なら誰でも辿り着きます」
いいや、と、セイさんは首を横に振ります。
「そもそもアナグラムではないか、という発想をすること自体が推理することに慣れた人間でないと無理なものだ。そして〈瀬戸丸郁哉〉という名前に違和感を持たなければ、誰もそんなことを考えない」
「普通は、他人の名前に違和感なんか持ちませんよね」
どんなに珍しい名前だろうと、そういう名前の人なんだな、と思って終わりです。私が言うと、セイさんもその通りだと頷きます。
「偶然でしかないので自画自賛するのも何だが、多少珍しい名字だけれど〈瀬戸丸郁哉〉は実に自然な名前になったのにそう感じるとは、やはりロキュロウくんは独特の感覚を持っているのだろう。仁太くんや淳くんもそういう感覚を持った人間だが、その上を行く。つくづく警察官を辞めたのはもったいないと思ってしまうが」
セイさんが、禄朗さんを見ます。
「今更辞めた理由をほじくり返そうとは思っていないが、自分の意志で辞めたのは間違いないのだよね?」
禄朗さんが頷きます。
「もちろんです。自分で決めたことです。誰かのせいとか、何か変なものが介在したとかじゃないです」
「安心した。実は長いことそれが気になっていてね。かといって私が確かめるようなことでもないのでずっと訊けなかったのだが」
気になっていたのは、セイさんが〈怪盗セイント〉だからでしょうか。
もしかしたら、以前禄朗さんと話したときに、正体を見抜かれた、ということをわかっていたからでしょうか。
「そう、調律師の〈瀬戸丸郁哉〉だったね。私も実は調律はできるのだが、さすがに自分で変装して行くのも大げさだろうし、バレたときのいいわけに少し困ると思ってね。知人にやってもらったのだよ。もちろん、その知人は本当の調律師だ」
「校長先生の知り合いという話も聞いたのですが」
「それは建前上だ。校長先生には、調律師として子供たちへの無償の贈り物をしている人間ということで、多少感動的なお話を作って話を持ち掛け、知り合いという形にすることで許可を貰ったのだよ。その辺りは、まぁ後で揉めるようなことには決してならないから心配いらない」
やはりきちんとした調律師の方だったのですね。セイさんもカレーをそろそろ食べ終わります。禄朗さんはもう全部食べてしまいました。
「セイさん食後はお茶かコーヒーにしましょうか。それとも紅茶を」
イギリスの方ですから、いつも紅茶を飲んでいるという話は聞いていますけれど。
「あぁありがとう。カレーの後はコーヒーがいいね」
「禄朗さんも?」
うん、と頷きます。と言ってもうちは食堂ではないので、普通に家庭用のコーヒーメーカーで落とすコーヒーですけれど。
「さて、お客さんが来て話ができなくならないうちに本筋の話だが、私が大賀くんから頼まれたというのは、これだ」
セイさんが胸ポケットから自分のスマホを取り出して操作して、何かの画面をこちらに向けました。
〈ダビッチェル国際ピアノコンクール・イン・アジア〉
これは、知っています。
「ピアノのコンクールですね?」
コンクール、と、禄朗さんも思わずといった感じで呟き、そうか、と頷きました。スマホの画面を覗き込んでまた頷きます。
「これは、最初から〈動画審査〉のコンクールですね」
動画審査だったんですね。そこまでは知りませんでした。
「その通りだ。もちろん年齢別で小学生の部門もある。私もコンクールの名前自体は聞き知ってはいたが、そこまでは知らなかったのだがね。国際の名の通りに、業界ではそこそこ有名なコンクールのようだ。たとえ小学生の部門であっても、ここで優勝でもすれば確実に才能のある子としてその世界に名を響かせることはできる」
動画審査のコンクール。
「じゃあ、大賀くんのその作戦というのは、麻衣ちゃんが弾くピアノの動画を撮って、ここに応募するためのもの、ですか」
「麻衣ちゃんの動画を応募して、小学生の部門で優勝でもすれば、今のピアノが弾けない習えない環境を誰かが何とかしてくれるかもしれない。きっとしてくれる。そう考えたんですね大賀は?」
そうだ、と、セイさんが頷きます。
「そのために、大賀くんは最初から完璧なミッションを計画して、私のところに、自分たちではできないところだけに協力してほしいと言ってきたのだよ」
それが、ハトと調律師。
ハトというのがまだわからないですけれど。
「まず、そもそもこれは〈動画審査〉であるから、最初の段階ではお金はまったく掛からない。子供だけでも〈動画〉さえ撮って応募すればそれでオッケーなものだ。保護者の名前などもただフォームに打ち込んでいくだけだからね。書類の提出なども親を通さなくてもできてしまう」
「けれども、その〈動画〉には明確な条件があるんですね?」
「その通りだ。まずもって、応募には〈グランドピアノ〉を使用することだ。アップライトや電子ピアノではできない。そしてもちろん他に何の音もしない静かな環境下で、規定の曲を規定の角度から撮った動画を応募すること」
グランドピアノのみ。それは全員の演奏の音色を統一して不公平にならないようにするためなのでしょう。アップライトピアノとグランドピアノでは全然音色が違ってきますから、不利が生じてしまいます。
「しかし麻衣ちゃんは、グランドピアノを弾ける環境になかった。そして今の環境でグランドピアノを弾けるとしたら」
「通っている小学校のものだけ」
「その通りだ。小学校にグランドピアノは二台ある。体育館のステージの奥と、音楽室だね。しかしその二台とも調律は狂ってしまっている。まぁ小学校の音楽の授業の時間に使う分にはさして支障はない狂いだが」
「コンクールに応募するためには、調律しなければなりませんね」
大賀くんたちにできるはずもありません。
そして、親や大人たちにも頼めないと思ったんでしょう。麻衣ちゃんのお母さんに言ってもお母さんを苦悩させるだけでしょうし、他の親にしたって他人の子供のことです。そんなお節介はこっそりとはできません。
だから、セイさんに頼みに行った。
確かに、そんなことを頼めるのは、セイさんしかいないと思います。
「調律さえできていれば、後は静かな環境で課題曲を弾き、それを規定通りに動画に撮るだけだ。動画は、今はiPhone一台で素晴らしいものが撮れるからね」
「しかし、大賀はiPhoneは持ってないはずですね」
「大賀くんも麻衣ちゃんもiPhoneは持っていないが、カイルくんが持っていたので問題ない。そしてきちんと編集して所定のサイトから動画を応募することは、大賀くんにとっては朝飯前なのはわかるだろう」
簡単でしょう。大賀くんはプログラミングができるぐらいに、コンピュータにもネットにも精通しているはずですから。
禄朗さんが、体育館のピアノと呟いてから、大きく頷きました。
「そうか、用意したハトというのは体育館にこっそりと入って演奏するためだ。そうなんですね?」
セイさんも頷きました。
「日曜日ならば学校に子供たちはいないから基本的には静かだ。しかし、グランドピアノがある音楽室は、図書室や学童の教室にも近いから日曜でも人が来てしまう可能性がある。そして教室の戸が開けっ放しであれば、いろんな音が漏れ聞こえてくる」
「人の少ない学校は音が響きますよね」
子供たちがいれば音は吸収されますが、人がいないとコンクリート製の校舎は本当に音が響いていきます。
「そう。従って音楽室は録音するには不向きだし、ピアノの音がし出すと誰かが見に来てしまうだろう。その点、日曜日の体育館なら校舎から離れているから周りの音も聞こえてこないし、暗幕を閉めてしまえばピアノ程度の音は外に漏れていくこともほとんどないし、誰も入ってこない」
「体育館の開放があったとしても、それは決まって午後から。午前中、しかも早い時間帯なら確実に誰も来ない、ですね」
大賀くんはそこまで考えて、計画を立てていった。
「こっそりと体育館に入るのに、ハトがどう関係してくるんですか?」
私が訊くと、セイさんがにやりと微笑みます。
「最初に聞いたときには、思わず膝を打ってしまったよ。考えてみたまえ、体育館に偶然入り込んでしまったハトを逃がすためには、どうしたらいいと思うかね?」
ハトを逃がすには。
飛びまわったり、天井の上にある梁に止まってしまったりしたハトを網などで捕まえるのはほぼ不可能です。
人間にできるのは、長い棒を使ったり、あるいはぶつかっても怪我をしないような柔らかなボールを使って、ハトを追い立てて。
それですか。
「体育館中の扉や窓を開け放しておいて、そこから自分で出ていってもらうしかありません」
「その通りだ。私が用意したハトを、大賀くんは自分たちがいるときに体育館に放した。そして先生を呼びに行き、自分たちも手伝って体育館の全ての扉と窓を開けて回ったのだよ。そのときに」
「あそこだ。用具室の窓ですね?」
禄朗さんが手を打って言います。
「あそこは体育館の裏側で、しかも外には木が並んでいるから周りからは完全に死角になっている。そこからこっそり入れば、誰にも見つからないで体育館に入っていけるんだ」
体育館の裏側。
確かにそうです。
「大賀くんは、ハトを逃がす騒動に紛れて用具室の窓の鍵を外しておいた。もちろん、ハトを逃がした後に先生たちがチェックするときもわからないように工夫してね」
「どうやったんですか?」
「そこのところは私も知らなかったが、あそこの窓のところには棚があって、普段は鍵の部分が見えないようになっているらしいね。そして用具室の扉の鍵はいつも開いているのは確認済みだ。無論、全部大丈夫かどうかは、前日の土曜日に確認しておいた。すなわち調律師とハト。この二つさえクリアすれば、彼らが体育館に忍び込んで麻衣ちゃんがピアノを弾き、それを録画するミッションは完璧にこなせるのだよ」
「それらを全部大賀が考えたんですか。一人で」
その通り、と、セイさんが頷きます。
「まさしく大人顔負けだ。いや大人しかいないのならこのミッションはクリアできるはずもない。何故なら用具室の窓は小さくて、大人が出入りするのは相当に苦労するだろう。関節を外せる器用な人でもいない限りは」
「身体の小さい大賀たちなら簡単ですね」
きっと外から窓に手が届かないこともクリアするために、予め外に台なんかも用意しておいたんでしょう。
凄いです大賀くん。
でも。
「いくら体育館でピアノを弾いても音が届かないと言っても、何かの拍子に職員室にいる先生に聴こえてしまったら」
日曜日でも、先生はたまに職員室にいるはずです。
「そこはユイちゃん、きっとカイルくんだろう」
禄朗さんが言います。
「カイルくん?」
「カイルくんの家に入ったことはないが、場所はわかる。ああいう家の子供部屋は大体は二階だろう。あそこの家の位置なら、二階の窓から双眼鏡でも使えば職員室の中は手に取るように見えるはずだ。誰かがいたらすぐに体育館にいる大賀たちに連絡して、見つからないようにすることもできる」
そうか。確かに。
「でも、連絡するにしても、大賀くんは携帯なんか持っていないのに」
「他の誰かが持っていればオッケーだろうし、あの距離なら玩具のトランシーバーでも届く距離じゃないかな。もしくは使っていない携帯でも誰かに借りてあれば、Wi-Fiが届けば連絡は取れる」
そういう手もありますか。
「さらに、もしも職員室にいる先生が動き出して、体育館に向かおうとしたのなら、学校に電話をすれば簡単に阻止できるだろうと考えていたよ」
「電話、ですか」
セイさんがスマホをいじります。
「このコンクールの小学校四年生までの課題曲は、時間にして二分半だ。もしも弾き始めたときに誰かが職員室にいて、その音が聞こえ、何事かと立ち上がったらすぐにカイルくんたちが職員室に電話をすればいい。どこかの親のふりをして適当な話をして一分か二分、職員室に引き止めればそれでいいのだ。その間に演奏を終えて、さっさと窓から外へ出ていけばいい」
確かに。電話が来たら先生は絶対に出なければなりません。
「きっとそれも想定して、どういう会話をするかもあらかじめ考えて練習しておいたんだろうな。ひょっとしてカイルくんやその他の、えーと翔平くんと美奈ちゃんだったか。その三人は演劇とか朗読とかが得意なんじゃないのか」
セイさんが頷きます。
「そうらしいね。カイルくんなどは劇団にはいっていると聞いたが」
劇団。
子役とかやっているんでしょうか。
「そして電話の声を大人の声に変換するなんてことも、大賀のことだ。簡単にできるんじゃないかな」
「できると言っていたよ。余裕らしい」
思わず大きく息を吐いてしまいました。
本当に、完璧なミッションです。
私だって思いつけるかどうかわからないものを、まだ四年生の大賀くんが、友達と一緒に。
禄朗さんが、笑みを浮かべて首を横に振りました。
「我が甥っ子ながら、とんでもない奴だな。将来どんなふうになるものだか」
本当に。セイさんに天才とまで言わせたのもわかります。
「それを全部終えて、今頃はご飯のカレーを食べて、皆でアリバイ作りのカードゲームでもしてるんでしょうかね」
「そうだろうね。何か問題が起こったのなら私に連絡するといいと言っておいたが、連絡は何もない。ということは、ミッションは成功したということだろう。念のためにちょっと確認してみよう」
セイさんがスマホをいじります。
「カイルくんのiPhoneにだ。彼はLINEもやっているらしい」
LINEの音がしました。
セイさんが、うん、と頷き微笑みました。
「無事終了とのことだ」
画面をこちらに向けました。これは、カイルくんのLINEなんですね。何かわからないキャラクターがOKサインをしています。
それから【後でタイガが電話します!】と。
「応募の締切りにはまだ余裕がある。大賀くんのことだ。録画した動画もさらに良くするために、デジタルで音のチューニングや雑音の消去といったところまで手がけるのではないのかな」
「あり得ますね」
加工するのは違反でしょうけれど、音を良くするためのチューニングならきっと問題ないでしょう。
セイさんが、コーヒーを飲んで腕時計を見ました。
「さて、もういい時間だ。そろそろお客さんも来るだろう」
いつもなら、十二時半になる頃にはお客さんが来始めます。
「疑問に思ったであろう大賀くんの行動の種明かしは以上なのだが、どうかねロキュロウくん。この後のことを叔父として見守ってくれるかね。私としてもぜひとも見守りたいのだが、いかんせん赤の他人であり、私が手を貸したことはバレなければその方が確実に良いのだが、アンパイアとしては、どう判断してくれるかな」
アンパイアですか、と、禄朗さんは苦笑いします。
「まずは、セーフでしょう」
セーフです。
「叔父として、甥っ子のためにここまでしていただいて、感謝します。本当にありがとうございます」
「そんなことはいいのだ。問題は、この後のことだ」
応募はこれから。
「コンクールに応募して、この後の審査に通れば、ですね」
「一次で落ちてしまったのならば、もうそこまでだろう。その連絡は大賀くんのところに来るのだろうから、今回やったことが親にバレることもない。麻衣ちゃんのピアノに関しても、諦めてもらうしかないのだろうが」
確かに、一次で落ちたというのならそこまでのものだったということでしょう。
でも。
禄朗さんが、考えています。
「決して誰かにアウトと言われないように、サポートしてあげなきゃいけないですね」
セイさんも、深く頷きました。そうしてあげてほしい、と。
日曜日は比較的早くお客さんが途切れます。なので、誰も来なくなったら六時で営業を終了します。終了しても店の中にはいますから、その後でもしもお客さんが来たのなら、七時ぐらいまでは対応しています。
今日は五時過ぎにはぱったりとお客さんが途切れたので、六時にはもうのれんを仕舞いました。
後片づけをして、掃除はまだ禄朗さんはできません。私が全部やりますから、禄朗さんには休んでいてもらいます。
もしも大賀くんが顔を出したのなら、いろいろ聞こうと思っていたのですが今日は来ませんでした。
「どうするかな」
居間への上がり口に腰を掛けて、寄ってきたクルチェを抱っこして禄朗さんが言います。
大賀くんのことですね。お客さんがいる前では話し合えませんでしたから。
「どうしますか」
「麻衣ちゃんのピアノが一次で終わってしまったとしても、大賀たちの麻衣ちゃんのピアノへの思いをそのまま無にしてしまうというのもな」
「そうですよね」
友達のために、麻衣ちゃんのピアノが素晴らしいと感じているその気持ちと、麻衣ちゃんのピアノへの思い。
そういうものを、そこで終わりにしてしまうというのは。
「私もピアノをやっていましたから、ピアノ教室をやっている先生なら、知り合いにいないことはないんですけれど」
「そう。俺もだ。同級生にいるんだ」
「あ、そうなんですか」
禄朗さんが、頷きます。クルチェがとん、と禄朗さんの手から飛び出して、奥の方に走っていってしまいました。
「結婚して、何だったかな、朝河さんになったんだったかな。自宅をピアノ教室にしてやっている。彼女に、麻衣ちゃんをそこで習わせてくれと頼むことは全然何でもないことなんだが」
「当然、月謝は、お金は掛かりますからね」
「そうなんだ」
そのお金を誰が出すんだ、という話になります。出せるものなら、きっと麻衣ちゃんのお母さんはどこかで習わせていたはずです。それもできないのであろう暮らしぶりなんですから。
それは、もしもコンクールで優勝してしまったとしても、同じことです。
続けるための大いなる要因にはなりますけれど、誰かがお金を出してくれるわけではありません。
「とんでもない才能を秘めていて、どこかの誰かが、優勝したんだからうちで無償で練習しよう、なんて言ってくれるっていう」
「都合のいい話になってくれればいいですけれど」
「ならないよな普通は」
なりません。そういう可能性はゼロではないでしょうけれども。
「きっと一次は通るんだろう。そんな気がする」
「私もそう思います」
そうじゃなければ、大賀くんたちが必死になるはずもありません。
「二次審査にはまたグランドピアノを弾かなきゃならない。そのときに、同じようなミッションはもうできないだろう。そこは、何とかしてあげよう」
「禄朗さんが」
「せめてコンクールが終わるまででも、良い先生にもつけてあげたい。優勝する可能性を少しでも高めるために」
「四穂さんと、篤さんに言わなきゃなりませんよね」
大賀くんの親にずっと内緒でというわけにはいきません。
「そこは全然大丈夫だ。篤さんも、四穂だってきちんと話せば、そういうことなら一生懸命応援して、やれることは何でもやってあげなさいって言うさ。問題は、麻衣ちゃんのお母さんだ」
麻衣ちゃんのお母さん。佐々野乃梨子さん。
自分が不倫をしていたせいで、麻衣ちゃんのピアノの道を閉ざすことになってしまったんですよね。
「どうするか、だ。何はともあれ、乃梨子さん、だったか。彼女と会って話をしなきゃならないだろうけど、その前に彼女のことを全部知りたいな。どういう女性なのか。何せ、俺たちは単に不倫をしたお母さんってことしか知らないんだ」
確かにそうです。
「相対する相手のことを、知り尽くさなきゃ作戦は立てられない。かといって、こそこそやるのは、ルール違反だ」
ルール。
「正々堂々、ルールに則って戦うんだ。まぁ戦いではないけれども」
「そうですね」
アンパイアは、ルールが第一。
「まぁ、有名な言葉に『俺がルールブックだ』というのはあるけれども」
それは、聞いたことがあります。
「とりあえずは、大賀に会って、それから四穂だな。同じクラスなんだから、乃梨子さんのことは四穂にまず聞くのが筋ってものだろう。まずは、そこからだ。大丈夫。何とかなるだろう」