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第14回

商店街のアンパイア

二十 商店街のアンパイア

「グランドピアノ?」
 禄朗さん以外の全員が、まったく同じ言葉を同時に言ってしまいました。そして次の瞬間にその意味がわかったのは、私だけ。
 まさか禄朗さん。ここでそれを。
 秀一さんが、眼をぱちくりとさせます。
「〈Mスター〉の一室に、グランドピアノを置いてそこで弾けるようにする、ということですか?」
「そうです。そこでピアノレッスンができるようにしてほしいのですが、できますかね?」
 隆司さんと秀一さんが顔を見合わせます。
「今までグランドピアノを置いた部屋はあったか?」
「アップライトはありますがグランドピアノは今まではないです。けれど、それは全然可能なことです。いや、簡単です。グランドピアノを購入すればいいだけのことですが、それでいいのですか?」
「できるのならば、ぜひお願いします」
 秀一さんが一磨さんを見ます。
「それに関しては、問題ないですよね?」
 一磨さんが、ちょっと躊躇しながらも頷きました。
「それはもう〈Mスター〉さんのフロア構成の話になりますから、うちとしては何の異存もないです。でも、禄朗くん。何がどうしてグランドピアノっていう話に」
「さっぱりわからないんだけど。あなたピアノなんか弾けないでしょ」
 五月さんも言うと、禄朗さんが頷きます。
「唐突が過ぎるだろうけど、理由があるんだ。きっとこれもひとつの縁だと思える理由が」
 実は、って禄朗さんが大賀くんと麻衣ちゃんの話を皆に教えます。
 でも、全部話してしまうのはもちろん不味いので、いろんなことをぼやかして。
 要するに知り合いにピアノの才能がある小学生の女の子がいるんだけど、悲しいことに離婚などの大人の都合に振り回されて、レッスンどころかピアノを自由に弾くことさえ、自分で練習することさえできなくなってしまっている、と。
「それが、ついこの間のことなんです。それで、無料でピアノレッスンができる環境をその子に与えてあげたいけれども、どうしたらそういうことができるか、と考えていたんですよ。そこで」
「今日のこの〈Mスター〉さんの話になったんだ。それでグランドピアノか」
 なるほど、って一磨さん頷きます。
「そうなんですよ。何というタイミングなのか、とさっきお話を持ち出されたときに心の中では驚いていました。もちろん、その子が使わないときには普通に営業してもらっていいんです」
 五月さんが、ちょっと首を傾げます。
「ねぇ禄朗、今のその話に出てきた小学生の女の子って、ひょっとしたら大賀の同級生の子じゃないの?」
「あ、知ってたのか」
「なんとなーくだけど、聞いてるわ。でもどうして禄朗がそんなことにかかわったの? 大賀に頼まれたとか?」
「そこら辺は、後から。四穂もまだ知らないことだから言わないでおいて。どうでしょうか、そういう事情も含めて、〈Mスター〉さんにグランドピアノとその部屋をお願いできますか?」
 禄朗さんが言うと、秀一さんも隆司さんも頷きます。
「最高のグランドピアノを取り寄せて、〈Mスター〉の一室に置きましょう。むしろそういうカラオケの使い方もできるのか、と眼からウロコが落ちました。ただ楽器も演奏できるカラオケ店、というのではなくて、それを必要とする恵まれない子供たちへの教育奉仕活動として、我が社全体で取り組みを検討したいです」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 すごくいい話に進めました。すごいです禄朗さん。秀一さん、大きく頷きながら続けました。
「レッスンと言いましたが、するとピアノの先生も必要ですよね。その辺は、もちろんまずは〈ゲームパンチ〉さんとの提携をきっちり詰めてからの話になるでしょうが、無料と仰いましたがこちらで方法や手配を考えておきますか?」
「それはですね」
 禄朗さんが、一度皆を見回してから言います。
「さっき離婚などの大人の都合で、とぼやかして言いましたが、五月も内情を知ってるようなので全部話します。でも、ここだけの話にしてください。他には絶対に漏れないように」
 W不倫の話も全部しちゃいました。
 それで、小学生の女の子、麻衣ちゃんはレッスンを受けられなくなってしまった。本当にピアノの才能があるみたいなので、無料でレッスンを受けさせてあげたいけれども、そんな話を不倫の果てに離婚したお母さんには持ち掛けられない。きっと同情や憐れみなどいたたまれないと思うでしょう、と。
「なるほど、それは確かにそうですね。禄朗さんが善意でと用意しても、拒否されたら終わりですね」
「だから、〈Mスター〉さんができたら、グランドピアノのある部屋が空いている時は自由に練習していいよ、というふうに持ち掛けたいんです。〈Mスター〉が五月や私、つまり同級生の大賀の親戚のところだから大丈夫なんだとなれば、お母さんもそれなら素直に甘えてもいいか、となるでしょう」
「なるわねきっと。その辺の根回しは四穂姉に任せれば上手くやるわよあの人。そういう策略とか籠絡とか得意だから」
 籠絡って。ちょっと笑ってしまいました。確かに四穂さんなら上手くできるんだと思います。
「そう思う。でもさすがに先生を無料で付けるのは無理があるでしょう。特別にと言ってもお母さんは納得できないでしょうし、専任のピアノ教師にボランティアを頼むのも無理な話です。ですから、〈ゲームパンチ〉や〈Mスター〉に勤める人間や関係者が勝手に教えてあげるんだ、ということにしておけばいいんじゃないかな、と。ユイは一応弾けるんですけど、やっていたのは中学までなんですよね」
 禄朗さんが、ふいに思いついたような感じで、真紀さんを見ました。
「真紀さんって、ピアノを弾けたりしませんかね?」
 驚いたのを顔に出さないようにするのに力が入りました。今、ここで訊くんですか。
 真紀さん、ちょっとだけ眼を大きくさせました。
「ピアノ、ですか」
 皆が真紀さんを見ます。
「一応、高校までは習っていました。ピアノ教室に通って」
「あ、そうなの?」
 五月さんです。
「全然知らなかったわ」
 真紀さん、ちょっと苦笑いしました。
「そこから先は、やっていなかったので」
 それは、真紀さんのことです。浅川真紀さんは、高校卒業後には美術系の専門学校へ進んだんですよね。
 でも、ここにいるのは浅川美紀さん、のはず。美紀さんは高校卒業後は教育大に進んで、音楽教師の道を選んでいます。
 つまり、ここにいるのが美紀さんなら、ピアノの先生もできるはずなんです。
「それじゃ、どうでしょう真紀さん。〈Mスター〉さんが完成したら、その女の子のレッスンをやってもらえませんか。もちろん、仕事としてです。給料体系とかその辺は今後の話として」
 禄朗さんが一磨さんを見ると、一磨さんも頷きました。
「もちろんだね。もしもそうやって〈ゲームパンチ〉と〈Mスター〉両方で働けるとなれば今までよりも給料が上がるのは間違いないんじゃないかな」
「そうなるでしょうね」
 秀一さんも言います。
「でも、しばらくピアノなんか弾いていませんし。私が先生だなんて」
「無理強いはできませんけど、小学生レベルの話です。真紀さん、何歳から弾いていたんですか?」
 真紀さん、ちょっと考えます。
「四歳から弾いていました。ですから、十四年間」
「僕はピアノは全然わからないですけど、野球には詳しいです。もしも四歳から高校まで野球をやっていたのなら、小学生にコーチするのには十分な技能や知識が身に付いています。ピアノもそうじゃないでしょうかね」
「私も中学までは習っていましたからわかります。十分だと思いますけど」
 それは本当にそう思います。
 真紀さん、ちょっと微笑んで頷きました。
「わかりました。楽しそうです。もしもそれが決まったのなら、ぜひやってみたいです。事前に、久しぶりにピアノの練習をしておかなきゃならないですね」
「それなら、小学校でできます」
「小学校?」
 思い出しました。
「学童保育の教室にピアノがあるんです。アップライトですけど。弾ける先生が今お休みしているんです。そこで、弾ける保護者の人が情操教育の一環としてボランティアで弾いたり教えたりしているんです」
 そこで、練習はできます。
「たぶん、息子さんは、優紀くんはこっちの小学校になりますよね? それなら何も問題なく、ボランティアとして学校に通うこともできるはずです」
「それは、いいですね」
 皆が頷きます。
「何か、とても良いように進みましたが、その女の子のレッスンのためにも〈ゲームパンチ〉と〈Mスター〉の提携、そしてもう改装工事の打ち合わせを早急にいかがでしょうか」
「そうですね。今日はさすがに無理ですから、明日から早速契約書作成とスケジューリングに入りましょう」
 秀一さんと、一磨さん。がっちりと握手します。
 本当に、思いも寄らないふうに事が進んでしまいました。
 でも、きっと、禄朗さんはここまでの展開が、絵のようなものが既に頭に浮かんでいたような気がします。
 そうでなければ、この場で真紀さんにピアノの先生の話を持ち掛けることなんかできないはず。
「あれね、禄朗」
「なに」
「改装の段階で、ひょっとしたらここに私たちが住むことになるかもしれないけれど。一時的でもあるいはずっとかも」
 あぁ、と禄朗さん頷きます。
「全然構わないよ。部屋はたくさん空いているし、あなたの実家なんだからお好きにどうぞ」
「いやそれこそ、ねぇユイちゃんも」
「はい?」
 何でしょう。
「あなたたちの結婚式も、さっさとやっちゃったら? そうしたらこの家を〈ゲームパンチ〉の改装と一緒についでにちょろっとやっちゃってね。私たちと二世帯同居の家にだってできるでしょう? 私たちがここに住むのを前提にしてだけど。ユイちゃん私みたいな小姑が一緒に住むのは嫌だろうけど」
 それは全然嫌じゃないです。むしろ毎日楽しくなりそうで嬉しいですけど。
「結婚式を、ですか」
「だって、ユイちゃんのお母さんだって、ユイちゃんが結婚するのを、向こうの籍に入るのをペンディングにして待ってるんでしょ? 善は急げよ。禄朗の足が全快するのを待ってたら、向こうの工事もたぶん終わっちゃうわよ」
「それは、いいかもね。どうせ新郎なんて足が痛くたってそこに突っ立っていればいいんだから平気だよ禄朗くん」
 禄朗さんを見ます。
 私は本当にいつでも構わないんですけれど、禄朗さんはきちんとしなければ納得できない人ですから、足が治ってからというのは決めていました。
 禄朗さんは少し考えていました。
「うん、そうだね。〈Mスター〉さんとの提携が決まった以上、五月たちがここに来るのはもう確定のような気がするし、いつまでも中途半端は良くない。結婚式を挙げてしまおう」
 びっくりです。
 でも、これももう禄朗さんは決めていたような気がしました。
 
 一磨さんと五月さん、真紀さんはすぐに〈ゲームパンチ〉の皆さんに知らせるために戻っていきました。荒垣さんのお二人も、細かい詰めは明日からですけれど、〈ゲームパンチ〉の中を見ながら大ざっぱに改装のポイントなどの話をするために一緒に。
 禄朗さんは、見送りに外に出たときに隆司さんと握手をしていました。
 これでもう何のわだかまりもなく、普通に知人としてお付き合いができるんじゃないかと思います。
 たくさんのお客さんが来たのでどこかへ姿を隠していたクルチェが出てきて、もういいかな、とあちこち匂いを嗅いで部屋を歩き回っています。
「五月が、ここに住むとか言い出しただろ?」
「はい」
 言ってました。〈ゲームパンチ〉さんの改装次第でしょうけれど、ほとんどこっちに住むのが確定のような。
「あれは、クルチェがいるからだよきっと。あいつ猫好きだからさ。それで改装するのをいいきっかけにしてここに住むとか言い出したような気がするんだよな」
「そうですか?」
「たぶんね。理由の三割ぐらいはそれじゃないかな。クルチェがいなかったら何とかして向こうにそのまま住む方向で考えたと思うな」
 そうかもしれませんね。クルチェがここに来たときにいちばん可愛がっていたのは五月さんのような気もします。
「大丈夫かな。もちろん本当にそうなったら、ここの改築もしっかりとして別々に暮らせるようにするけれど」
「大丈夫です」
 それは、本当に。
「改築なんかしないで、このままの状態で一緒に住むことになっても」
「いや、それはむしろ俺が嫌だな。一磨さんだってちゃんとした執筆部屋が欲しいだろうし」
 笑います。でも、きっと大丈夫ですよ。
「真紀さんですけど」
「うん」
「ピアノの話の持ち掛けには、何の疑問もというか、おかしく感じていませんでしたよね。本当に偶然そういう話になったんだって感じてくれてましたよね」
 私たちが真紀さんと美紀さんのことを知っているかも、なんてまったく思っていないように見えました。むしろ、どこか嬉しそうな感じもしました。
「大丈夫だと思うよ。俺の話の持って行き方も不自然じゃなかったろう?」
「はい。でも、禄朗さんひょっとしたらこういうふうに持って行くために、この数日の間に全部調べたんじゃないですか?」
 何もかもを。
 そう言ったら、ちょっと微笑んで頷きました。
「セイさんがね」
 やっぱりそうでしたか。
「頼んで調べてもらったんだ。誰にも知られることなく、真紀さんと美紀さん姉妹のことを」
「〈怪盗セイント〉としての、技能を使って」
「そうは言わなかったけれどね。もちろん、秘密だ」
 わかっています。
「あ、それと荒垣さんのこともね」
「提携の話もですか?」
「そう。〈ARGホームラン〉の社長と会長が二人揃って〈ゲームパンチ〉を加えての話なんて、事業の話しかないだろうと思ったからね。やっぱりそうだったよ。荒垣社長はけっこう前から〈ゲームパンチ〉の話を周囲にしていたらしいね」
 そうだったんですね。
 でも、セイさんはそんなことまで調べられるんですね。
「絶対に必要だと思ったんだ。美紀さんが真紀さんとして生きていることに、それに気づいた俺らだけでも確信を持たなきゃならないって」
「それを確かめることが、美紀さん、つまり真紀さんを見守っていくことに繋がると思ったからですね? 禄朗さんの直感だけではなく、厳然たる事実として」
 そうだ、って頷きます。
「セイさんには全部話した。もちろんそういうことを誰かに話すような人じゃない。完璧に信用できる人だ。誰にも知られずに、真紀さんが美紀さんであるという事実を掴むには、おそらく実家の部屋の指紋を確かめるしかないって。そうしたら、セイさんも頷いていたよ。間違いなくそれしかないだろうね、って」
「じゃあ、セイさんは浅川さんの家を調べたんですか。誰にも知られずに」
 頷きます。
「浅川さんの家は、やっぱり二人が家を出た後も部屋はまったく当時のそのままに残っていた。セイさんはどうやったのかは訊いていないし想像もつかないけれど、忍び込んで調べたんだろう」
「指紋を? 今の真紀さんの指紋も?」
「そう、今の真紀さんの指紋を取るのは簡単だったろう。〈ゲームパンチ〉にはきっと山ほど今の真紀さんの指紋があるんだろうからね。その結果、今の真紀さんの指紋と、亡くなったとされている妹である美紀さんの部屋に多数、山ほどあった指紋は完璧に一致していた」
「じゃあ」
 やっぱり、真紀さんは、美紀さん。
 あの事故を境にして、入れ替わった。
 美紀さんは、亡くなった真紀さんとしてずっと生きている。
「それが、事実だ」
 たぶん、真紀さん以外には誰も知らない。私たちを除いては。
「真紀さんは美術系の専門学校へ行って、そして美紀さんは教育大に進んで音楽教師の道を選んだというのは、権藤さんも調べてくれていたよね。ピアノの先生もやっていたって」
 そう言ってました。
「それを聞いたときに思ったんだ。まったく別の件だけれど、大賀の話があってそして美紀さんのピアノの先生の話が出て、真紀さんが美紀さんならピアノの先生ということでそこで結びつけられるんじゃないか、とね」
「麻衣ちゃんのピアノの先生をやってもらえないか、ですね」
 大きく頷きました。
「双子の姉妹なら、一緒にピアノを習っていてもおかしくない。だから、それもセイさんに調べてもらったら、間違いなく二人とも高校まで同じピアノ教室で習っていたんだ。当時の先生にも確認できたらしいよ。双子らしく、二人とも技量は同じぐらいだった。つまり、ピアノの先生になった美紀さんと真紀さんは同じぐらいピアノが上手だったってことだ。わかるだろ?」
「今の真紀さんが、麻衣ちゃんの先生を引き受けてもまったくおかしくはない、ですね? それがきっかけになって、美紀さんが実は真紀さんになっている、というのがバレることもないと真紀さん自身も確信できる」
「そう。真紀でありながら、本来美紀のものだったピアノの先生というのを選んでいけるんじゃないかと思ってさ。そもそもピアノ教室の先生に資格なんていらないからね。高校まで十四年間やっていたのなら、小学生相手になら本当に十分だよ」
 禄朗さんが、小さく息を吐きます。
「どんな思いがあったのかは、わからない。美紀である自分を捨てて真紀になることにね。でも、どれほどの強い思いがあったとしても、美紀であることを何もかも捨てて生きるのは、生き続けるのは辛いはずだ。もしも、彼女が真紀でありながら美紀としての自分を少しでも活かせるのなら、と思ってさ」
 誰にも言えない秘密を抱えて生き続けることの辛さ。
 それは禄朗さんがいちばんわかることだったのかもしれません。家族にも友人にも誰にも言えない隠し事。
 禄朗さんは私に初めてそれを明かしましたけれど、真紀さんはたぶんまだ誰にも告げていない。言えない。このまま生きて行く。
 そこに、禄朗さんは、美紀として生きてきた証しのピアノを与えてあげようと思った。それで、ここまでのことを描いたんですね。
「余計なお世話だったのかもしれないけれどな」
「大丈夫だと思います」
 真紀さん、確かに嬉しそうでした。
「きっと、喜んでくれています」
 アンパイアの判断を。
 
      *

〈花咲小路商店街〉の三丁目のど真ん中にある石像。そこには、こうキャプションがあります。

〈海の将軍〉制作者:マルイーズ・ブルメル
『海の神であるポセイドン神を象った彫刻は数あるが、フィリップ二世がパリ防衛の要として造らせたルーブル城、すなわち後世のルーブル美術館の基礎となる建物に最初に所蔵されたとされる貴重な彫刻作品である。制作者であるブルメルの名はこの彫刻に刻まれたものしか史上発見されておらず、それ以外の資料はない。後世のポセイドン神のイメージからは遠く離れた、まるで学者か哲学者の如き風貌はフィリップ二世を模したものではないかと解釈されている。当時のルーブル城、すなわち城塞の守り神として置かれたと考えられているが、何故海の神を選んだのか美術研究者の間ではいまだに論争が繰り返されている。さらには台座となる部分に刻まれているのは海の文様ではなくおそらくは星座と考えられ、当時の天文学者たちが何らかの形で関わったことが推測されている。技法は武骨ではあるが、穏やかな表情と相俟って、圧倒的な迫力を醸し出すことに成功している』

 そして、この〈海の将軍〉にはその昔〈愛の審判者〉という呼び名もあり、この像の前で永遠の愛を誓うということも盛んに行われていたそうです。
 この〈花咲小路商店街〉でも三丁目の〈白銀皮革店〉の白銀克己さんと、セイさんの娘さんでもある亜弥さんが最初に人前結婚式を挙げました。その後、何組もの結婚式が行われてきましたし、商店街に住む人たち同士の結婚式は必ずここでした。
 アーケードがあるので雨が降っても平気ですし、何よりもたくさん商店街の人たちが集まって、祝福してくれるのです。何度も見てきましたけど、本当にいいものだなぁと憧れていました。
 自分の結婚式もここですることを夢見てきましたけれど、今日は、その結婚式。
 禄朗さんと、私の。
〈商店街のアンパイア〉が〈愛の審判者〉の前で結婚する、と、もう商店街全店の皆さんが集まって、祝福してくれました。
〈ゲームパンチ〉と〈Mスター〉の新装開店も、つい三日前のことでした。
 新しい店名は〈GAME STAR〉となりました。もちろん社長は一磨さんのままです。〈ARGホームラン〉さんはこれを機にしてゲームセンターの経営にも乗り出すそうです。
 そこにグランドピアノがある部屋も、もちろんあります。大賀くんが送った麻衣ちゃんの動画は見事一次審査を突破しました。二次審査の動画は、もちろんその部屋で撮ることになります。今度はこっそりではなく、堂々と、麻衣ちゃんのピアノの先生にもなった真紀さんもきちんと参加して。
 宇部家の改装は、もう少し先になります。やっぱり足がきちんと治ってから、自分たちでできることは自分たちでやりたいと禄朗さんが言うので、そのままの形で五月さんと一磨さんと四人で、いえクルチェも一緒に四人と一匹で暮らしています。

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