【201908262310.m4a】
はじめまして。村井翔太といいます。よろしくお願いします。
とりあえずあの日のこと、全部話しますね。正直、気は進まないですけど。肝試しになんて行かなければ、杏は死ななかったと思いますから。
言い出しっぺは、誰だったかな。覚えてないです。とにかく、僕たちのグループの誰かが、言ったんです。
「ここ、知ってる? けっこうヤバいらしいよ」って。
大学で知り合った僕たちは仲の良い友達同士、しょっちゅう遊びまわってました。あのときも、軽いノリで提案したんだと思います。カラオケや飲み会も毎日のようにしてましたから、たまにはちょっと違うことしてみようって。みんな上京してきた貧乏学生で、車なんて持ってませんでした。だから、割り勘でレンタカーを借りることにしました。
出発したのは、多分夜の八時ぐらいだったと思います。レンタカー屋さんの最終貸し出し時間に合わせたのを覚えてます。返却は次の日の朝だったので、時間はたっぷりありました。せっかくだからってあの場所に行く前に適当にドライブしたんです。
途中のコンビニで飲み物買って、車のなかで怖い話したりして、結局、房総のO市に着いたのは十一時過ぎぐらいでした。
目的地は、言わなくてももうわかりますよね? 心霊スポットの墓地として、ネットでもかなり有名ですもんね。でも、あんなことになるまでは、正直よくわかりませんでした。言ってしまえば、普通の墓地ですから。もちろん、山奥だから、雰囲気はありますよ。でも、山奥の墓地なんて別に珍しくないじゃないですか? 霊園って名前ですけど、それほど大きくもないから、端から端まで歩いても多分数分ぐらい。辺鄙な場所にあるだけの、ただの古い墓地が心霊スポットとして有名になる理由がわかりませんでした。だからこそ、僕らからしたら、ドライブがてらの肝試しとしてちょうどよかったんですが。
峠道から脇にそれた場所にあるから、山の国道を通って行きました。たまにすれ違うのは長距離トラックぐらいで、本当に道があってるのかみんなで何度もナビで確認しました。そんなことしてると、白い看板に赤い文字で「K霊園」って書かれた古い看板が見えたんです。通り過ぎそうになったところを慌ててブレーキ踏んで、墓地へ続く暗い道に入りました。そこからの一本道は街灯もないじゃないですか? ハイビームにしないと全く先が見えませんでした。
これも言わなくてもわかると思うんですが、すぐに見えてくるのは、駐車場です。多分お参りする人専用の駐車場だと思います。特にそういう看板があったわけじゃないけど、そこぐらいしか駐車できる場所はありませんから。でも、駐車スペースは雑草だらけだから、車止めがなかったら、ただの原っぱだと思うぐらいですよね。
僕、驚いたんです。夏の夜の山って、こんなにうるさいんだって。虫の鳴き声とか、風で葉っぱがこすれる音とか、色んな音がするから。都会ではあんまり聞かない音。あの日も、車を降りた時点で、そういう山の雰囲気に、僕も含めた全員がかなり怖がってました。まあ、怖がるっていっても、キャーキャーはしゃぐくらいの余裕はありましたけど。
墓地は、駐車場から見あげるぐらいの一段高いところにあるでしょ? あの駐車場の脇にある階段が墓地の裏口みたいなところに繫がってますよね。でも、せっかくだから、裏口じゃなくて、正面の入口から入ろうって話になって、車で来た道を歩いて戻りました。
僕たちは、駐車場から何分か歩いて正面の入口に行きました。入口にはお参りに来た人が使う古い手桶とか、水道もあって、竜也が試しに蛇口をひねったりしてましたけど、水は出ませんでした。管理もあんまりされてない雰囲気でしたね。
入口で、肝試しの方法を相談した結果、一人ずつ墓地のなかを歩いて、裏口から階段を下りて車に戻ることにしたんです。ルートは自然に決まりました。十列ぐらい並んだお墓の左から三番目の通路です。はい。木がありますから。
心霊スポットとして有名な墓地ですけど、ネットの書き込みで多かったのが、敷地内に生えている大きな木についてのものでした。心霊スポットをまとめた掲示板にもたくさん写真が上がってて。ほら、これ。この木です。これが、呪われた木っていう噂でした。夜に木の下に行くと、お墓に埋葬された人の霊が立ってるとか、そんなことが書いてありました。だから、肝試しでも、木の下を通ることにしたんです。
最初に行ったのは僕でした。車のキーを持って、スマホのライトを片手に出発しました。山奥の墓地、しかも深夜ですから、けっこう怖かったです。でも、女の子たちもいたので、みんなから僕が見えてそうなうちはスタスタ歩くようにしました。だけど、木のある通路に差し掛かってからは、歩調もさすがにゆっくりになりました。並んだお墓の間から、何か飛び出してくるんじゃないかって、変な想像をしてしまって、怖かったんです。
木は、正面入口から見て奥のほうにありますよね。暗かったですが、遠くに真っ黒で大きなシルエットが見えました。そばまで来ると、遠くから見ていたよりも、ずっと大きく見えました。僕は詳しくないので種類はわかりませんが、見てわかる通り、幹がぼこぼこした、大きな木です。幹の色んな所から樹液みたいなのが垂れてるから、ライトで照らすとまるで血が流れてるみたいで気持ち悪かったです。すごく太くて大きいですよね。多分、僕が両手を広げても抱えられないぐらい。樹齢十年や二十年とかじゃなく、もっと古くからあるんじゃないかな。根っこも地面に蜘蛛の巣みたいに張っていて、木を囲んでる柵が押しあげられて斜めになってるぐらい。
もちろん、すごく怖かったですよ。だから、なるべく木のほうを見ないようにして早足で通り過ぎました。というか、ほとんど駆け足だったと思います。前の人が出発してから五分後に次の人が出発することになってましたから、あんまりノロノロ歩いてても追いつかれちゃうっていうのもありますし。そこからは特に何もなく、お墓の間を通り抜けて、裏口の階段を下りて、車に戻りました。
はい。僕は特に何かを見たわけじゃありません。でも、他のやつらは違いました。
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続きは発売中の『口に関するアンケート』で、ぜひお楽しみください。
■ 著者プロフィール
背筋(せすじ)
「近畿地方のある場所について」(KADOKAWA)で2023年にデビュー。同作が「このホラーがすごい! 2024年版」にて1位に。近著に「穢れた聖地巡礼について」 (KADOKAWA)など。