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「みつばの郵便屋さん」シリーズ完結記念、小野寺史宜氏インタビュー【第1回】 ~すべてはここから始まった。シリーズ第1話を著者と読む!

みつば郵便局の配達員・平本秋宏と町の人々の交流を描いた「みつばの郵便屋さん」シリーズが、この12月、『みつばの郵便屋さん そして明日も地球はまわる』で最終巻となり、完結となります。多くの方にご愛読いただいた全8巻の完成を祝い、著者の小野寺史宜さんにお話をうかがいました。

 

■ 春一番で物語は始まった

――最初の本が出てから約10年、いま最終巻の『みつばの郵便屋さん そして明日も地球はまわる』を校了にしたところです。ゲラを読みながら、自分の人生のように登場人物たちの過去のエピソードが思い出されて、最初から読み返したくなりました。実際1巻を読み始めたら、やっぱり面白くて(笑)。1巻の第1話は「春一番に飛ばされたものは」という章タイトルでしたね。小野寺さん、あらためて読み返してみていかがですか?

小野寺史宜さん(以下、小野寺):春一番を使いたかったのを思い出しました。風が吹いて春が始まる、風で何かが飛ばされる、というアイデアがあったんですね。飛ばされたものを郵便屋さんが見つける。で、どうするかというのが頭にあって。それを第1話にしました。

――主人公の秋宏がバイクに乗って郵便物を配達しているときに、近くのアパートから洗濯物が飛ばされてくるのですよね。物語は春の風とともに始まる。郵便屋さんの仕事って季節が大事ですよね。

小野寺:そうですね。郵便配達の仕事で快適な時期は、1年のうちで3、4ヵ月しかありません。10月も終わりになったらバイクに乗るのは本当に寒い。逆に梅雨から7、8月はすごく暑い。快適なのは3ヵ月くらいでしょうか。でもその3ヵ月はとても気持ちいい風を感じられます。

――季節感を味わえる仕事。

小野寺:はい。毎日天気予報が気になる仕事、ですね。雨が降るかどうかで、仕事の大変さに雲泥の差が出る。紙を配達するので、濡れないようにしなければならない。でもまったく雨に濡らさずに配達することはできません。郵便物にはカバーをしますけど、そこから抜き出してポストに入れるまでの時間はあるわけです。その一瞬を雨は見逃してくれない。その意味ではスキルのいる仕事です。しかも、バイクに乗りながらそれをしますから。

――受け持ちの配達エリアやルートは基本的には決まっていますよね。何度も同じところを走っているからこそ、秋宏は町のいろんな変化に気づきます。

 

■ 主人公は気づいてしまう人

小野寺:ずっと町のなかを走ってますからね。車のトランクに鍵が挿されたままになってるとか、そんなことにも気づいてしまう。気づいたら、これは伝えてあげなくていいのかなと迷いもします。

――まさにそれが第1話ですね。秋宏は、風に飛ばされた女性ものの下着に気づいてしまう。(笑)。気づいて、ちょっと困る。

小野寺:そうです。こういうとき、一番簡単なのは何もしないことですよね。見逃せばいい。自分が関わる必要はない。でも見てしまった以上、放ってはおけないのが秋宏なんですね。干してあった洗濯物が、アパートのどの部屋から飛んできたかわかっている。いつも配達してるから部屋の住人の名前も知っている。そこで考えるわけです。届けたい。でもこれを自分が拾って届けたらどうなるか。思いめぐらせた結果、秋宏は拾わないことにします。拾ったら相手が気味悪がるから。それに、届けたところで、相手が部屋にいない可能性もある。そしたらまた元の位置に戻すのか。それとも郵便受けに入れるのか。入れたら、余計に気持ち悪いですよね。「郵便局員です。拾ったのでお届けします」と書いたメモも入れたとする。それはそれで相手はいやですよ。そこまで考えて、秋宏は拾わずにただ伝えることにします。「飛ばされてますよ」とだけ言いに行くわけです。行ってみて相手が不在なら、それはしかたないと考える。

――このエピソードで、平本秋宏の感じ方、反応の仕方のようなものが伝わってきました。

小野寺:シリーズを読んでくださる方から、秋宏はいい人とか優しい人とか言われることが多いですが、僕のなかでは単に「自分で決めたことを確実にちゃんとこなす人」です。優しい優しくないと言うよりも、自分で決めたことにしたがい、どんな場合でもそのとおりにやれる人。

――ああ、それはわかりますね。秋宏はたぶん、誰が見ていてもいなくても同じことをする。

小野寺:あとの巻の片岡泉さんとの会話で、秋宏は、「人間て、たぶん、優しくない相手に優しくはできないです。そうしなきゃいけないんでしょうけど、難しいですよ」と言います。それに対して片岡泉さんが、「郵便屋さんはね、優しくない人にも優しくできてるよ」と返します。でも秋宏は自分のなかに考えがあってそういうふうに動いてる。自分が誰にでも優しいと思っているわけではないんですね。

 

■ 誤配をしたらどうするか?

――秋宏が自分で決めていることは行動に表れますね。例えば、誤配をしてしまったときなんかに。

小野寺:はい。郵便配達員にとって、誤配はしたくないミスですが、どんなに注意していても、しちゃうことはあります。本当に大事なのはミスをしてしまったあとにどう動くか。自分からいけ、すぐ動け。そう決めておくことで負のストレスも減る。不安はあっても、多少は緩和できますよね。

――秋宏には年子の兄がいます。兄の名は春行で、人気俳優という設定。秋宏はどちらかと言えば地味なタイプですが、お兄さんはちょっと型破りで目立つタイプ。郵便屋さんと芸能人、このコントラストもドラマを動かす楽しい要素になっていますね。

小野寺:主人公は初めから普通の人にするつもりでした。何故郵便屋さんを選んだかと言えば、近すぎない関係を描きたかったから。配達人と受取人というのが、まさに絶妙な関係。近くはなりようもない。でも接触はする。一期一会ではない。挨拶をしたり会話もしたりする継続的な関係ではあるわけです。

――郵便配達の人は届け先の名前を確認し、いつも町の人たちを意識していますが、受取人の方は届けてくれる人を気にすることはあまりありませんよね。住人にとってはありがたいけれども空気のような存在で、ちょっと注目されにくい人。そんな配達人と、世間の注目を浴びるタレントが年子の兄弟として対になっている。

小野寺:郵便屋さんだけだとちょっとお話としてどうかなと思いました。何かもうひとつ欲しいなと。それで思いついたのが、身内にスターがいるという設定です。しかも結構な大スター。お兄さんは誰もが知っている人気俳優で、本人はごく普通の郵便屋さん。

――顔がよく似ているから、秋宏は配達のヘルメットを外したりしたときに、「え?」と驚かれることがあるんですよね。

小野寺:そうです。年子で顔がよく似ています。最初は双子を想定しましたが、それはちょっとやりすぎなので、顔が似た年子にしようと。でも主役はスターの春行ではなく、世間的にはあまり注目を浴びることもない郵便屋さん、秋宏です。

 

■ 名前の奥にあるもの

――「みつばの郵便屋さん」のシリーズに出てくる人たちはどの人も印象的です。好きな人物が次の巻でまた出てきたりするとうれしくなります。小野寺作品は、どこかでちらっと出てきた人が、別のところで主役級の活躍をしたり、再登場することが多いですよね。

小野寺:それで言えば、実はこの「春一番に飛ばされたものは」の冒頭に出てくる人たちは、皆そのあとで出てきたり、ほかの作品に登場したりしています。

――そうなんですか? 全員? 冒頭って、秋宏が配達先の名前をどんどん上げていくところですよね。

 本田さん。斎藤さん。水谷さん。小川さん。千葉さん。佐々木さん。中野さん。東さん。
 左に曲がって。
 若林さん。多田さん。児玉さん。長谷川さん。武藤さん。島さん。河合さん。大塚さん。
 配りつつ、走っている。赤と白、ツートンカラーのバイクで。強い風のなかを。

(『みつばの郵便屋さん』より引用)

小野寺:ここ、16世帯出てきますが、この16世帯は何らかの形で僕の小説に登場します。ポプラ社さんの小説だけではなく、他社さんの小説も含め、全員が別の形。例えば武藤さんは、新潮社さんの『リカバリー』に出てきます。息子を亡くしてしまうゴールキーパーの灰沢という男。彼は奥さんと離婚しちゃうんですね。その奥さんの旧姓が武藤です。つまり、みつばのそこが彼女の実家です。

――ええ、そうなんですか!

小野寺:はい。もう、気づけるわけがない、というレベルです。僕の作品を読んでくださる方のなかには、「お、出てきたぞ」と見つけるのを楽しみにしてくださっている方もいらっしゃいます。でも武藤さんを見つけてくださった方がいたとしたら、それはすごいと思います(笑)。作品を書くときには、必ずフルネームで名前を考えます。名前を考えて、その人のことを考える。どんな人だろうかと。僕にとって、名前はすごく大事です。

――だから、ちょっとした立ち話のなかにも、人の気配が漂うのかもしれませんね。秋宏がいろんな人の名を口にするとき、町が生きているような感じがするんです。この冒頭のシーンは、象徴的ですね。

小野寺:冒頭の名前の羅列は、じつは最終巻でもやっています。最初の何行かは、まったく同じです。

――そうですね。同じなのに印象はさらに深くなっている。人の名前だけなのに、前よりもっと響くようになっている。

小野寺:そこは時間もあると思いますね。

――時間、と言うと?

 

■ 10年で8巻のあいだに

小野寺:シリーズを始めて約10年で、8巻を書かせてもらいました。どの巻も春から始まって、夏、秋、冬と四季をめぐり、また春を迎えるところで終わるようになっています。1巻だけは、8話収録していますが、あとはすべて4話、つまり四季に合わせてお話が進みます。なので一巻で一年が経つ。1巻で25歳だった秋宏は、最終巻では32歳になります。

――ということは、当たり前ですけれども、この町に暮らす人たちはみな、やっぱり8年分、年を重ねているということですね。

小野寺: はい。本田さん、斎藤さん、水谷さん。ほか全員が。

――そうか。だから、1巻と同じように「本田さん」と書いてあっても、最終巻の本田さんは8年後の「本田さん」なんですね。読者は今までのいろんなエピソードを通して、名前の向こうにあるものを感じるようになっている。秋宏が町の小さな変化に気づく人だから、みつばの町そのものが、時とともに豊かになっていく感じがするのだと改めて思いました。

小野寺:小さな変化ということで言うと、1話の終わりに小さな穴について書いたところがあるんですが、ここは自分でもちょっと好きです。

――1話のラストの文章ですね。わたしも好きです。ちょっと読んでみます。

 ぼくらは毎日、配達区にあるすべての家をまわる。そんなことをくり返していると、稀に、町に空いた小さな穴を目にすることがある。熟練した配達員は、その穴をあえて見過ごす。だがぼくのような未熟な配達員は、その穴にいちいち目を向けてしまう。
 町は生きている。もしかすると、感情のようなものもある。だから、風に洗たく物を飛ばさせたりして、ぼくにイタズラを仕掛ける。時々、そんなふうに思う。いくらかは、本気で。

(『みつばの郵便屋さん』より引用)

――秋宏は、人が見過ごすような小さな穴に「いちいち目を向けてしまう」ことを未熟と思っているわけですが、この未熟さが物語を動かすんですね。

小野寺:見てしまったら、見なかったことにできないのが秋宏。気づいたら動いてしまう。秋宏のそんな動きからこのシリーズは始まりました。


  *

★ 小野寺さんのインタビューの続きは、こちらです。

なお、このインタビューに出てくる「みつばの郵便屋さん」シリーズ第1話「春一番に飛ばされたものは」は、ウェブアスタにて公開中です。

https://www.webasta.jp/mitsubaspostman/

ぜひ、あわせてお楽しみください。

 

── 「みつばの郵便屋さん」シリーズ 全巻もくじ ──

全巻イラスト:pon-marsh

みつばの郵便屋さん』(単行本2012年5月刊/文庫2014年8月刊)

・春一番に飛ばされたものは
・悪意も届けてこそ
・愛すべきアイスを
・待てば海道の日和ある?
・起こせる奇蹟も奇蹟
・能ある鷹は爪を研げ
・たとえ許せはしなくとも
・そして今日も地球はまわる

 

みつばの郵便屋さん 先生が待つ手紙』(2015年2月刊)

・シバザキミゾレ
・そのあとが大事
・サイン
・先生が待つ手紙

 

みつばの郵便屋さん 二代目も配達中』(2015年11月刊)

・二代目も配達中
・濡れない雨はない
・塔の上のおばあちゃん
・あけまして愛してます

 

みつばの郵便屋さん 幸せの公園』(2017年10月刊)

・かもめが呼んだもの
・テスト
・お金は大切に
・幸せの公園

 

みつばの郵便屋さん 奇蹟がめぐる町』(2018年11月刊)

・トレーラーのトレーダー
・巨大も小を兼ねる
・おしまいのハガキ
・奇蹟がめぐる町

 

みつばの郵便屋さん 階下の君は』(2020年11月刊)

・階下の君は
・今日もゼロベース
・あきらめぬがカギ
・秘密の竹屋敷

 

みつばの郵便屋さん あなたを祝う人』(2022年6月刊)

・あなたを祝う人
・拾いものにも福はある
・エレジー
・心の小売店

 

みつばの郵便屋さん そして明日も地球はまわる』(2022年12月刊)

・昨日の友は友
・雨と帽子
・秋の逆指名
・そして明日も地球はまわる

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