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流れる星をつかまえに

ママはダンシング・クイーン

「ママ、チアリーダーになる!」
 突然の宣言を、家族はことごとくスルーした。
「ママ、おかわり」と息子は茶碗ちゃわんを突き出し、「あ、俺も」と夫がつられ、「ねえ、お弁当まだ? 早くしないと遅刻しちゃうんですけど」と娘は急かした。
「あ、はいはい。ごめん、いますぐ」
 朝の忙しい時間にこんな話をはじめてしまったこちらが悪いのだとすぐに気持ちを切り替えて、私はママに徹した。炊飯器からご飯をよそい、弁当箱におかずを詰め、無心に立ち働くママロボットに。
 はて、だったら私はいつ私の話ができるんだろう。
 そう思ったときには嵐は過ぎ去ったあと。夫は会社へ、娘は高校へ、息子は小学校へ飛び出していき、食卓には朝食の残骸ざんがいが散らかっている。やれやれと私はため息をつき、一口齧かじっただけで放置してある玉子焼きやたくあんをぽいぽいつまんで口に入れ、夫の湯吞ゆのみに残った冷めきったお茶で流し込んだ。台所に立ったままあれこれつまんでいるうちに私の朝食は終わる。ちゃんと食べた気がしないのに腹だけは満たされていて、いつもなんだか物足りないのに体脂肪率は三十%台に乗ったきり下がろうとしない。
「わ、もうこんな時間」
 夫と娘に持たせた弁当の残りをタッパーに詰め、BBクリームで雑な化粧をし、私もパート先へ飛び出していく。家を出るとき、ふと思いついて、今朝の中日新聞を丸めてバッグに突っ込んだ。

【ドラゴンズ☆ママチア! 参加チーム募集】
5月14日(日)母の日にナゴヤドームにて「ママチア!」イベント開催決定!
参加条件 ①8人以上のチームであること ②メンバー全員がママであること ③ドラゴンズLOVEであること
はがきに代表者の氏名・住所・連絡先とチーム名を明記の上、中日ドラゴンズ「ママチア!」係まで。公式サイトでも受け付けております。4月10日(月)必着。応募多数の場合は抽選となります。

 チアダンスをやろうだなんて、普段の私だったら思いつきもしなかっただろう。
 気づくといつもクラスの片隅に追いやられている冴えない眼鏡めがねの女の子。アメリカの学園ドラマでいうところの「ナード」。私の人生、ずっとそれできた。
 チアリーダーといえば学園の花形中の花形、「女王蜂クイーンビー」とその取り巻きしかやってはいけないものだと決まってる。「ナード」の私には当然プロムクイーンなんて夢のまた夢。下手したらプロムにいっしょに行く相手すら見つけられずに、自宅でパパとママに慰められ、バケツアイスをやけ食いし、「シーズ・オール・ザット」(地味な女の子が学園のイケてる男の子の手によって大変身! その年のプロムクイーン候補に選ばれるという青春映画)を観てさらに落ち込む……。
 生まれたのがアメリカでなくてよかった! 日本にプロムがなくてほんとによかった! と心の底から思うのと同時に、アメリカに生まれていたらどうなっていただろうとつい想像してしまう私は、そう、なんの因果か根っからのアメリカ学園映画フリークなのである。
 座右の銘は「アイス・プリンセス」で主人公の母親が放った「女はいくつになってもプロムクイーンが憎いのよ!」
 そんな私がなんでまたチアリーダーになろうと思ったのかって?
 そりゃあキルスティン・ダンスト主演の「チアーズ!」はフェイバリットな一本だし、「glee /グリー」でいちばん好きなキャラはサンタナだけれど、まさかそれだけでチアリーダーをやろうなんて大それたことを思ったわけじゃない。
 そもそものきっかけは、いまから一週間ほど前にさかのぼる。日曜日の昼下がり、娘も息子も春休み中で、その日はめずらしく家族そろって、ダイニングでのんびりお茶を飲みながらローカルの情報番組を眺めていた。
 名古屋ではそれぞれのテレビ局にドラゴンズの番組がある上、ローカルの情報番組でもドラゴンズコーナーにかなりの時間を割く。その日も、ドアラがバック転に失敗しただとか今季のドラゴンズの仕上がりだとか昨日のゲームの様子だとかを、「今年は期待できるかもしれんな」「パパ、毎年それ言っとるやん」などと軽口を飛ばしながら見ていたのだけど、
「開幕戦で今年のチアドラゴンズがお披露目されました」
 とアナウンサーが告げたとたん、夫と息子が画面にかぶりつきになったのを私は見逃さなかった。
 ヘソ出し&超ミニのユニフォームをまとい、きらきらひらひら舞うチアドラゴンズの映像をバックに、「平均年齢二十歳!」と声を上ずらせる男性アナウンサー。「いんや、厳密には十九・八二歳ですわ! そこ重要だから間違えんといて」とすかさず訂正する司会のお笑い芸人。このくだりいるか? そこまで正確に平均年齢を出す必要あるか? と若干の苛立いらだちを覚えていると、
「なんか知らんけど今年レベル高くないか? 隆信たかのぶ、どの子がいい?」
 と鼻の下を伸ばし、夫が息子に向かって問いかけた。
「えー、わからんー。さっきのショートの子はけっこういいと思うけど」
 照れくさそうにしながらも、にやにや笑って隆信が答えた。我が家の男たちは、茶の間でこの手の話をするのにいっさいの躊ちゆう躇ちよがない。いつもいやらしい笑いを顔に貼りつけて、「珠理奈じゅりなってめっちゃかわいいよなあ」「いや、SKEならやっぱまさにゃでしょ」などと意見をかわしている。
「そうかあ、パパはこっちの子のほうが好きだけど。最年少だぞ、最年少」
「まぁた、そんなことばっか言って……」
 あきれてため息をつくと、なんだよ、と夫が苦々しそうな顔でこちらを見た。
「おまえらだってしょっちゅうジャニーズだのK -POPだのってきゃいきゃい言っとるだろ」
 うっ、と私は一瞬だけ言葉に詰まり、
「そりゃそうだけど、少なくとも私たちはジャニーズやK -POPアイドルの平均年齢を計算して喜んだりはしないよ。ましてや、だれが最年少だのなんだのって─いやまあ、だれがヒョンでだれがマンネかってのは重要な問題だけどあくまでそれは彼らの関係性をより深く楽しみたいからであって、そんなことよりいつだれが兵役にいくかのほうが……」
 重要な問題なんだから! と続けようとしているところで、夫の顔に、あ! というひらめきが浮かんだ。
「さてはママ、若い子に嫉妬しっとしとんな。なんつっても平均年齢二十歳だもんな」
 は? なんでそうなるの?
 私は啞然あぜんとして、とっさになにも言い返せなかった。
「みっともないなあ、おばさんが嫉妬して」
「おばさん」
「え? なに? おばさんだが。どっからどう見たって。この子なんてこないだ高校卒業したばっかりだと。葉月はづきとそう年も変わらんし、娘って言っても通るぐらいだが」
 それを言ったら娘ぐらい年の離れた女の子に鼻の下を伸ばしてるあんたはなんなのよっ、と言い返しそうになるのをこらえ、せめて娘を味方につけようとSOSの視線を送ってみたところ、嫌悪感を丸出しにして両親のやりとりを見ていた葉月はふいと視線をそらし、張りつめた表情で叫んだ。
美鈴みすずママ、昔チアリーダーやってたんだって! 全国大会で優勝するぐらいの、すごいチームにいたんだって!」
 私だけでなく夫も息子も、葉月の唐突な発言に目を点にした。
「いまもすっごく若くてきれいで、年は変わらないのにうちのママとは大違い。ぜんぜんおばさんってかんじがしない」
 あまりのことに反応できずにいると、隣で夫が噴き出した。
「葉月、そりゃあかんわ。美鈴ちゃんちのママみたいな美魔女とくらべたらうちのママが気の毒だわ」
 夫につられ、ろくに意味も理解していないだろう息子が、そうだ、そうだ、と騒ぎ出す。
 話の腰を折られ、苛立ったように葉月が唇をむ。こういうときにはいつもそうするように私は意識を遠くに飛ばし、夕飯のおかずのこととか、クリーニングに出さなくてはいけない洋服のこととかを考えようとしたけどうまくいかなくて、
「おばさんで悪かったですね」
 と言い捨てて席を立った。
 洗濯物を取り込もうと勝手口からふらふら庭へ出て、日焼け止めを塗っていないことを思い出した。しみになる、と思って、すぐに、ま、いっか、と思い直した。どうせ、もう、おばさんなんだし。鼻の奥がむずむずして、くしゅっと飛びあがるようなくしゃみを二回した。

 美鈴ちゃんというのは、葉月の小学校からの幼なじみである。
 美鈴ママとは、学校行事の際や電話でたまに話すことがあるが、たしかに同年代とは思えないほどアグレッシブでバイタリティにあふれ、自分とはまったく異なる文化圏で生きてきた人だというのが外見だけでなく性格からもにじみ出ていて、いつもなんとなく気後れしてしまう。ちょっと化粧が濃すぎるんじゃないかしらとは思うけど、若作りのファッションも私の目には痛々しく映るけれども、高校生ぐらいの女の子からしたらあれぐらいわかりやすいほうが「きれい」で「若々しい」ということになるのかもしれない。週一でベリーダンスに通っているとかで、四十歳を超えてあのスタイルを維持しているのは素直に称賛できなくもない。
 ……ああそうだ、正直に言おう。私は美鈴ママに嫉妬している。美鈴ママに会うたびになにかがちりちりと私の胸を焦がすのだ。平均年齢二十歳の若さ弾けるチアドラゴンズにはまったくなにも感じないのに、娘や夫が美鈴ママを褒めると、みじめでたまらない気持ちになる。
 たぶんそれは、美鈴ママが「女王蜂クイーンビー」だからだ。「女王蜂クイーンビー」としてこれまでの人生をな
んの挫折ざせつも知らずに歩んできて、ヒエラルキーの頂点にいまなお君臨し続けているからだ。理屈じゃない。「女はいくつになってもプロムクイーンが憎い」のだ。
 でもそれってつまり、裏を返せば自分もそうなりたいっていうことなのかもしれない。
 青春時代に悔いがあるからいまもこうしてくすぶり続けているんじゃないの? 今け朝さ 、中日新聞の片隅に「ママチア!」の告知を目にした瞬間、降ってわいたように私はそのことに思い至った。ならばいっそ、私もチアリーダーになっちゃえばいいんじゃない?
 とんでもない飛躍に思えるかもしれないけど、引っ込み思案のヒロインが物語を切り拓いていくには、これぐらいのジャンプ台が必要だ。私が好きな映画のヒロインはみな、自分が自分であるために闘っている。
 これは私が私を取り戻すためのチャンスなのだ。
 朝刊を握りしめ、私は自分を奮い立たせた。

「チアダンスぅ?」
 伏見ふしみにあるシティホテルの清掃のパートを終え、いつものメンバーで近くの喫茶店に入り、席につくなり私は朝刊を広げた。
「わやなこと言っとってかんわ。こんなおばさんらがでかいケツ振って踊るとこ見てだれが喜ぶの」
 バブル世代で最年長、三人の子持ちのデラさんは、たっぷりとした体つきで歯にきぬ着せぬ物言いをする。
「チアダンスってあれでしょ、組み体操みたいなのするやつでしょ?」
 うちと同じ一女一男の母で、若い頃のままメイクが止まっているアムロ世代のレイちゃんは、細い眉をぴくぴくさせて、いやあ、そんなのレイちゃん無理ぃ、と華奢きゃしゃな体を震わせた。
「ちがうちがう、それはチアリーディング。チアダンスは音楽に合わせて踊るだけだから、私たちにもできるよ」
 この数時間のあいだにスマホを駆使して身につけたにわか知識で、私は必死の説得にかかった。
 ナゴヤドームでの「チアドラママ」イベントはこれがはじめてではない。二〇一四年に百人のママを募集し、歴代のチアドラゴンズとともに踊るという大きなイベントが開催されているのだ。今回は趣向を変え、五組のチームを募集して試合前、二回裏、四回裏、六回裏、八回裏に、一組ずつドラゴンズ応援のパフォーマンスをすることになっている。
「へえ、ドラゴンズもいろいろやってるんだ。母の日に開催だなんて泣かせるじゃん。最近、女性人気がぐんぐんあがってるみたいだもんね」
 私の説明に、レイちゃんが感心したようにうなずく。
「えっ、そうなの?」
 夫や息子につきあってなんとなくナイターや情報番組のドラゴンズ特集を流し見しているが、ドラゴンズ(というか野球そのもの)に関して、私はまったくといっていいほど無知だった。「ナード」の例に漏れず、スポーツとは縁のない青春を送ってきたのでどうにも苦手意識がぬぐえないのだ。
「そうだよぉ。イケメン選手がいっぱいいて、中日モデル事務所なんて一部では言われてるぐらいなんだから。ちょっと、なっち、そんなことも知らないで大丈夫? 募集要項にドラゴンズLOVEであることって書いてあるのにぃ」
 なっちというのはパート先での私の呼び名である。なつみだからなっち。名付け親はレイちゃん。
「いやあ、それはなんとでもなるかなあ、と思って」と私は頭を搔かいた。積極的なLOVEとは言わないまでも、 好きか嫌いかで言ったら好きなほうだし? 十二球団の中でいったらいちばん好きだし? ぐらいの熱量で問題ないだろうと高をくくっていたが、もしかしたら真剣に履修の必要があるだろうか。
「ナゴヤドームでやるってことは、ドアラに会えるのかなあ?」
 それまで黙って私たちの話を聞いていたカオリンが口を挟んだ。仲間内では最年少マンネ、まだ二十代のカオリンが、おまんじゅうみたいにふかふかした白いほおを染めている。小学校低学年の息子の影響か、それとも単に自分の趣味なのか、カオリンは大のゆるキャラ好きである。カオリンに言わせると「ドアラはぜんぜんゆるくない!」らしいが。
「会えまぁす!」
 私は言い切った。
「え? じゃあ、浅尾あさおきゅんにも会えるってこと?」
 すぐさまレイちゃんの目の色が変わった。
「会えまぁす!」
 浅尾きゅんがだれかもわかっていなかったが言い切った。
祖父江そぶえは? 祖父江はどうなの?」
 いつもどっしり構えて落ち着いているはずのデラさんが声を上ずらせた。
「もちろん、会えまぁす!」
 私たちはテーブルの上で手を重ねあった。いつまでも飲み物を頼まない私たちに、喫茶店のママさんがしびれを切らしたように注文を取りにきた。
 これで、残りあと四人。

 SNSで呼びかけてみたらどうかな、うちらもシェアするでさ、というデラさんの提案を試してみたところ、その日のうちに三人のメンバーが集まってきた。
 一人目はデラさんの古くからの友人で、ダンス経験ありの夕子ゆうこさん。ご贔屓ひいきのドラゴンズ選手は福田ふくだ
 二人目はレイちゃんのママ友で、こちらもダンス経験ありの村田むらたさん。ご贔屓はナオリン。
 三人目はカオリンの高校の同級生で、結婚前にチアガールの衣装を着てガールズバーで働いていたというルリちゃん。ご贔屓はもり監督。
 その週の日曜日、私たち七人はそれぞれ弁当を持って鶴舞つるま公園に集まった。親睦もかねて散りはじめた桜を見ながら弁当を突っつき、今後のことを話しあおうと思っていたのだが、女が七人も集まればやかましいのなんの、デラさんと夕子さんはひさしぶりに顔を合わせたとかで、我々にはおかまいなく会わなかったあいだの近況報告をはじめている。
「そうだ。夕子さんと村田さんはダンス経験者なんだよね? 二人ともどんなダンスやってたのか、軽く踊って見せてもらえる?」
 キャプテンは言いだしっぺの私なんだからしっかりしないと! とばかりに私はその場を仕切ろうとした。気分はすっかり自由放埒ほうらつなメンバーにふりまわされるキルスティン・ダンストである。
「えー、恥ずかしいなあ」「じゃあ、ちょっとだけ」と言いながらも二人はまんざらじゃない様子で立ち上がり、その場でダンスを披露した。
「えっ?」「それって……」
 ピクニックシートの上で体育座りした残りのメンバーからざわめきが起こり、
「パラパラじゃねえか!」
 デラさんの全身全霊をこめたツッコミが四月の鶴舞公園に響き渡った。
「いっしょにしないでよ。だって村田さんはあれでしょ、ジュリアナ知らない世代でしょ? 私はジュリアナのお立ち台でぶいぶいいわせてたんだからねっ」
「ジュリアナ通ってた人ってなにかとそれを引き合いに出しますよね。こちとら生まれたときからユーロビートなんですう。盆踊りで育った世代とはダンスのキレがちがうんですう」
 とそれぞれ主張するのだが、いざ踊り出してみると素人目しろうとめにはまるで区別がつかなかった。むしろ、ぴったり息がそろっていて抜群のコンビネーションに見える。
「二人はシンメで決まりだね!」思わず私は手をたたいた。シンメとはシンメトリーの略で左右対称で踊ることをいう。私がいちばん好きな(える、と言い換えてもいい)ダンス用語でもある。
「えーっ、やめてよお」
 こんなやつとシンメなんてごめんだわっ、とばかりに夕子さんと村田さんは一瞬だけ顔を見合わせ、げっとすぐにそっぽを向いた。その動きがまさに左右対称で、自然と残りのメンバーからも拍手が沸き起こる。
「とりあえず、今日からみんな柔軟と筋トレを毎日するようにしてください。食事に気をつけて、持久力をつけるように、普段の生活では自転車か徒歩移動を心がけて。駅のエスカレーターは使わずに階段を! BMIが22を超えてる人はこの機会にダイエットするのも手だと思います」
 図書館から借りてきた入門書を読みあさって得た知識を、私はそのままメンバーに伝えた。お弁当をぺろりと平らげた彼女たちは、食後にルリちゃんのお母さんの手製だという花見団子をむしゃむしゃ食べながら、それぞれ私の話にふんふんと相槌あいづちを打っている。
「火曜日からルリちゃんのご実家のカラオケルームをお借りできることになったから、動きやすい服装で夜の七時に集合してください。参考までにLINEグループにチアダンスの解説をしているサイトのアドレスを送っておくので、それまでに目を通しておいてくださいね」
 大声を張りあげながら、私は一抹いちまつの不安を感じていた。素人の私が指導できるのはここまでだ。入門書を読んだぐらいでは具体的なモーションやステップの指導などできるわけもなかったし、ましてやオリジナルの振付などとんでもない話だった。
「それより明日の夜が締切なんだろ? どうすんの、あと一人」
 デラさんがげっぷしながら、最後の一本になった花見団子に手をのばした。「デラさん、BMIよゆうで22超えてるでしょ」とその手を夕子さんがはたく。
 そうなのだ。デラさんの言うとおり、SNSで呼びかけて集まったのは結局この三人だけで、あと一人がまだ見つかっていなかった。あと一人、どこかにいないだろうか。チア経験者で、ダンスの指導ができて、振付までこなせるそんなハイパー都合のいいママさんがどこかに……。
「あれ、葉月ママ?」
 そのとき、聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。理屈なんかすっ飛ばし、最速で私の胸をざわつかせる女王蜂クイーンビーの声。
「美鈴ママ……」
 私は茫然ぼうぜんとして、声のしたほうを見あげた。あいかわらず見事な巻き髪で、あいかわらず化粧が濃く、あいかわらず抜群のスタイルの美鈴ママが背後に大勢の取り巻き(とおぼしき同年代の女性たち)をしたがえてすぐ目の前に立っていた。
「すごい偶然。どうしたの? 私は今日ちょうどダンス教室のお花見があったんだけど
……」
 いた。ここに。ハイパー都合のいいママさんが──。

「──で、なにが問題なの。そのママさんに入ってくれって頼めばすべて丸くおさまるんだらあ?」
 目の前で、デラさんの大きなお尻が揺れている。制服のキュロットスカートを脱いでパンツ一丁になると、デラさんは黒いジャージー素材のズボンに着替えた。いつ見ても思いきりのいい着替えっぷりである。
「そうだよ。チア経験者、しかもかなりの上級者なんでしょ? 声をかけない手はないって思うけど」
 一方、レイちゃんはまず制服の上からフレアスカートを身につけ、それからキュロットを脱ぐというオールドスクールなお着替えスタイルを取っている。
 そうなんだけどぉ、とぶつぶつ言いながら私もオールドスクールな手法で着替える。カオリンは、といえば着替えもせず更衣室のベンチに座り、にこにこしながら私たちを待っている。カオリンは制服のまま家まで帰り、翌日再び制服を着てパートにやってくる。
「ちょっと前に話題になってたでしょ。学校のない日も制服着てる女子高生がいるって。カオリンってきっとその世代なんだよ。だから制服着て町歩くのも抵抗ないんじゃない?」
 とレイちゃんはしたり顔で分析していたけれど、女子高生の制服とホテル清掃員の制服とでは意味合いがまるでちがう気がする。
「頭ではわかっとるんだよ。美鈴ママにお願いすればうまくいくんじゃないかって。だけど、だけど……心が拒否するのっ」私はたまらず叫んだ。
「だって美鈴ママ、全国大会に出るようなチームにいたっていうんだよ。本格的にチアをやってた人にママチアやってるなんて言ったら鼻で笑われちゃうかもしれないでしょ。美鈴ママってあの見た目のとおり、女王様みたいな性格で言うことがいちいちキツイの。そんな素人ばかりのチームにこの私が入るわけないでしょってキレられそうで怖い。それでなくとも、私なんてこんな地味で冴えないおばさんだし、こんな私がチアやってるなんて、恥ずかしくてとても言い出せない……」
 デラさんとレイちゃんが顔を見合わせ、やれやれ、と肩をすくめた。出たよ。まためんどくさいこと言い出したね。そう思われているのが手に取るようにわかる。些細なことにも屈託を抱え、いつまでも煮え切らずにいる。自分でもそんな自分にうんざりするぐらいだから、彼女たちが愛想を尽かすのも当然だろう。
「つまりあんたは、そのママさんに恥ずかしくて言い出せないようなことを、うちんたあとやろうとしてるってこと?」
 両手を腰にあて、仁王立ちになってデラさんが言った。ちがう、そうじゃない、と言おうとして言葉に詰まる。言い訳のしようもなかった。
「そうよぉ。レイちゃんちょっと心外だな。めずらしくなっちがやる気を出してるから、気乗りはしないけど応援したげようと思ってたのにぃ」
 ぶりっこポーズで腰をくねくねさせながらレイちゃんが追い打ちをかける。気乗りしないってなんだよ、浅尾浅尾って目の色変えて騒いでたくせに、とすかさずデラさんがつっこむのを、あーあー聞こえなーいと耳をふさいでかわしている。
「なっちさん、私をナゴヤドームに連れてって!」スマホをいじっていたカオリンが、突然叫んでドアラの待ち受け画面をこちらに突き出した。「ドアラに会わせてくれるって約束したよね? 女に二言はないよね?」にごりのない目でまっすぐ見つめられ、私はたじろいだ。
「もう後には引けないよ、なっち。みんなご贔屓の選手に会えるのを楽しみにしてるんだから。その女王様にバカにされるのと、うちらを敵にまわすのとどっちが怖いの?」
 そう言ってにじりよるレイちゃんの目がちょっと笑えないぐらいマジなのに気づいて、私はぞっとした。鶴舞公園で火花を飛ばしあっていた夕子さんと村田さんの様子を思い出す。あんな調子でみんなから責められたら……想像するだけでちびりそうに怖い!
「しっかりしろよ、キャプテンなんだろ?」
 強い力で背中を叩かれ、その拍子に涙がぽろっと一粒だけこぼれた。

 その夜、お風呂をあがってから私は意を決して美鈴ママに電話をかけた。スマホを操作する指が震え、通話ボタンを押しただけで心臓が口から飛び出そうなほど鳴っている。こんなに緊張したのはいつぶりだろう。
 あれは、葉月の小学校の運動会でパン食い競走に出たときのことだった。夫に出てもらうように前々から頼んであったのに直前で風邪をひいて、急遽きゅうきょ、私が出場するはめになったのだ。
「やっぱり無理、私には無理……」と入場してからもべそをかいていると、「は? なに言ってんの? ちょっと自意識過剰なんじゃない?」隣で準備運動をしていた美鈴ママが苛ついたように言い放った。「だれも葉月ママのことなんか見てないから、気にせずやんなさいよ。走って跳んでパン食って戻るだけでしょうが」
 自意識過剰と言われた瞬間、私の頭は真っ白になって、その後、どうやってパン食い競走をやりきったのかまるきり覚えていない。あれからもう十年近くが経つけれど、あのときの衝撃はいまも胸の底にわだかまっている。自意識過剰。たしかにそうかもしれないけど、あんな言い方しなくたっていいじゃないか。そりゃあ、みんなが注目しているのは美鈴ママのほうだったかもしれないけれど……。
 いじけ虫が再び顔を出しそうになり、いかん、いかん、と私は首を振った。
「あら、葉月ママ。めずらしいね、なんか用?」
 電話に出た美鈴ママはあいかわらずとりつくしまもない調子で、世間話をするすきも与えずに用件を訊ねてきた。私なんかとだらだら話をしている時間がもったいないということかもしれない。ええい、ままよっ。バンジージャンプするような気持ちで、「実は仲良しのママさんたちとチアをやろうと思ってて……」と私は口早に事情を説明した。笑いたければ笑え。私にはあんたよりもっと怖いものがあるんですからねっ。
「へえ、面白そう。私、一度でいいからチアの振付してみたかったんだよね」
 しかし、返ってきた答えは予想していたものと違っていた。「へっ?」と思わず間の抜けた声をあげる私に、「ただし、条件が一つだけある」と美鈴ママがつけくわえた。
「条件?」
 どきりとして、スマホに耳をあてたまま私は身構えた。なにを言い出すつもりだろう。キャプテンは私にしろとか、練習後に交替で肩をめとか、メンバー総出でうちの草むしりをしろとか、女王っぽい横暴な要求でもするつもりだろうか。
「美鈴ママって呼ぶの、やめて」
 だが、美鈴ママが出してきた条件はさらに意外なものだった。
「だって葉月ママ、デラさんとかレイちゃんとか、ほかの人のことは愛称で呼んでるのに、私だけ美鈴ママってなんかやじゃん。葉月ママはみんなになんて呼ばれてんの?」
「……なっち」リビングでテレビを見ている家族には聞こえないよう、極力声をひそめた。
「ちがう、ちがうの! 最初は恥ずかしいからやめてって言ってたんだけど、なつみだからなっちねって自然に決まっちゃって……」
「ふうん、葉月ママ、なつみっていうんだ。はじめて知った。なっち、ね。いいじゃん、葉月ママっぽいよ。じゃあ私は美也子みやこだからみやっちかな」
「……み、みやっち」
 こそばゆさをごまかすために私は笑った。つられて美鈴ママ─じゃなかったみやっちも「なんか照れんね、こういうの」と言って笑う。長いつきあいになるのに、お互いになつみと美也子という名前があるなんて、このときまで知らなかったし、知ろうともしていなかった。
 一気に体から緊張が抜けて、私はへなへなと階段に腰をおろした。自意識過剰。まさしくみやっちの言う通りじゃないか。そう思ったら余計に笑えてきてしまった。あんパンをくわえ、一着で颯爽さっそうとテープを切ったみやっちの背中を、ふいに思い出す。
「それはそうと、チーム名はどうするの?」
 みやっちの言葉に、私は絶句した。メンバーを集めるのに気を取られていて、チーム名のことなどすっかり頭から抜け落ちていた。時計を見る。締切まであと三時間もない。
「ちょっとどうすんのよ、メンバーに共通するなにか……なんかないの? いますぐ絞り出しなさい、キャプテンなんでしょ?」
 電話口でやいのやいのと急きたてられ、焦りのあまり最近見たさまざまな映像がぱちぱちと目の前を駆け抜けていく。カオリンの能天気な笑顔。完璧に左右対称のパラパラ。三色の花見団子。みやっちのくびれたウエスト。デラさんの大きなお尻。その隣では、きゅっと窄すぼまったレイちゃんのお尻が揺れている。おしり、おけつ、ヒップ……。
「HIPS!」
 思いついたら、もうそれしかないという気がしてきた。彼女って超ヒップよね。アメリカ映画でよく耳にする「Hip」という言葉には「イカしてる」という意味がある。
「Hip, hip, hooray!」
 受話器の向こうでみやっちが口笛を吹いた。突然のかけ声(しかもめちゃいい発音!)に戸惑っていると、イギリスの万歳三唱だよ、とみやっちが教えてくれた。
「大学時代、夫がラグビーをやっていて、そうやってエールを送りあってたの。いいじゃん、HIPS。最高のチーム名だと思う」
 電話を切ると、私は早速、中日ドラゴンズの公式サイトを開いて「ママチア!」に応募した。灯りもつけず階段に座り込み、一心不乱にスマホをいじっていたから、リビングから葉月が出てきたのにすぐには気づかなかった。
「なにしてんの、ママ、こんなところで」
 気味の悪いものでも見るような目つきの葉月に、「なにって青春よ、青春のやりなおしをしてんの」とハイテンションに返し、送信ボタンを押す。二十五歳でハイスクールに潜入し、青春のやりなおしを図ろうとした「25年目のキス」のドリュー・バリモアにでもなったような気分だった。
 
 翌日から早速みやっちによる猛レッスンがはじまった。とはいっても、ほぼダンス未経験者ばかり集まっているので、「アームモーション」「ステップ」「ターン」「ラインダンス」「ジャンプ」からなるチアダンスの基本動作を一つ一つ丁寧に叩きこんでいるような時間はない、と判断したらしい。
「もうじかに振付に入っちゃって、細かいところは後から調整していくのがいいかもね。ところで、曲は決まってるの?」
 基本動作を一通り教わっただけなのに、みやっち以外のメンバーは全員ぐったり床に倒れ伏していた。なっさけな! と我々を見下ろし、みやっちは呆あきれている。HIPSの中でも気の強いメンバー数人がむっとしたようにみやっちをにらみつけ、鏡張りのカラオケルームに一瞬緊張が走る。指一本動かせないほど疲れ切っていたが、「まあまあまあまあ」と私はあわてて割って入った。みやっちもたいがい言葉がキツイけど、みんなもケンカっ早すぎるんじゃないだろうか。
「まだ決めてないけど、候補は絞ってある」
 私はよろよろとうようにして荷物からスマホを取り出し、このために作っておいたプレイリストを披露した。ケイティ・ペリー、テイラー・スウィフト、カーリー・レイ・ジェプセン、聴いてるだけで自然と体が動き出す、これぞアメリカンガールズポップ! といったキュートなラインナップのはずが反応はいまいち薄かった。「テイラー・スウィフトってだれ?」「テラハの主題歌じゃね?」「ユーロビートじゃなきゃ踊れないんですけどぉ」「『恋するフォーチュンクッキー』でよくない?」「でもそれ、よそとかぶりそう」それぞれ好き勝手なことを言い出し、収拾がつかなくなってきたところで、ご意見番のデラさんがのっそり起き上がった。
「あんたらあ、好き勝手なことばっか言っとんじゃねーぞ」
 そうだ、そうだ、もっと言ってやって! キャプテンの言うことは絶対なんだから!
 しかし、私のそんな思いもむなしく、デラさんはジャージーのポケットから取り出したスマホを素早く操作すると、高らかに叫んだのだった。
「そんなチャラチャラした最近の音楽じゃあがらんわ。この曲で決まりだろ!」
 カラオケルームに鳴り響いたのは、アバの「ダンシング・クイーン」だった。どこからともなく口笛があがる。世代じゃなくともだれもが一度は耳にしたことのある、問答無用にぶちあがるダンスナンバー。
「こ、この曲は……」
 真っ先に脳裏に浮かんだのは「マンマ・ミーア!」のあのシーンだ。「ダンシング・クイーン」に乗って、メリル・ストリープ演じるシングルマザーとその友人、近所の主婦たちが続々と集まってきて十七歳の頃に戻ったように踊り、歌い出す。「私は私よ!」と世界に向かって宣言するような、何度見ても号泣必至の名シーンなのだが、私には苦い思い出があった。リビングで一人、このシーンを見ながら嗚咽おえつしていると、そこに入ってきた葉月が画面を見て一言、げっとつぶやいたのだ。
「うわ、なにこれババアばっかじゃん」
 それきり「マンマ・ミーア!」のDVDは、我が家では二度と再生されることなく天袋の奥深くに追いやられている。
「で、でもそれじゃ、あまりに古いっていうか、おばさんっぽく思われちゃうんじゃないかな」
「まぁたなっちは。ババアが若ぶるのがいちばんみっともないんだわ。これぐらい突き抜けとったほうがいっそ清々しいんだって」
 なんとか抵抗を試みたが、あっけなく言い負かされてしまった。ユーロビートだフォーチュンクッキーだと騒いでいた人たちも、この選曲には文句がないようだった。「まあ、悪くないんじゃない」とみやっちも腕を組んでうなずいている。「あんた、いちいち上から目線だよな」とデラさんが呆れ、「ほんと、どこの女王様だよってかんじ。もういっそこれから、女王様って呼んじゃお」とレイちゃんがおちょくるように言って、ぎすぎすしていた空気もにわかにゆるんだ。なるほどたしかに、上から目線で偉そうにしている女にも、いったん「女王様」というキャラ付けをしてしまえば不思議と腹が立たなくなる。レイちゃんのあだ名テクニック侮あなどれない……と感心しながらも、いったいだれがキャプテンなんだか、と情けなくなってくる。
「よし、曲も決まったところで、円陣組もうか!」
 クラップと呼ばれるモーションの一つで手を叩き、みやっちがみんなの注意を集めた。ますますだれがキャプテンなんだかわからなくなってきた。みやっちが中央に手を差し出すとみんなが順に手を重ねる。遅れて私もいちばん上に手を重ねたけど、その形のまま待っていてもだれも声をあげようとしない。ほら、キャプテン、としびれを切らしたようにみやっちが私を突っついた。GO! HIPS、GO! 蚊の鳴くような声で私が言うと、なんだその声と笑いながらみんなが応える。GO! HIPS、GO! いまいち威厳のないキャプテンだけど、それも私らしいかと、みんなの笑い声を聞いたら思えてきた。GO! HIPS、GO!
 それからは、毎日がめまぐるしくすぎていった。映画だったら確実にモンタージュで表現されるところだろう。軽快な音楽をバックに準備体操をするHIPS、鏡の前で振付を覚えるHIPS、チアドラゴンズの動画を見ながら振付のアイディアを出し合うHIPS、そこにそれぞれの生活がカットバックされる。自転車を漕いでパート先に向かう私、ベッドメイキングするデラさん、ゴミ箱の中をのぞき込んでうえっという顔をするレイちゃん、宿泊客に英語で話しかけられ、みごと笑顔で切り抜けるカオリン。疲れ切った体を引きずるようにスーパーで夕飯の買い物をし、夜はシートパックをしながらお風呂の中で今日覚えたばかりの振付を反芻はんすうし、眠い目をこすりながらTシャツに「HIPS」の文字を縫い付ける。GO! HIPS、GO! 私は私だと胸を張って言えるようにGO!
「ママ、せた?」
 四月も終わりに近づいた祝日の朝、台所で味噌汁みそしるを温めていた私の後ろ姿を見て、食卓で新聞を読んでいた夫が言った。
「わかる?」
 いまごろ気づいたか、と舌打ちしたい気持ちの反面、私はにやつくのを抑えられなかった。チアをはじめてから体重が三キロ減り、体脂肪率は何年かぶりに二十%台に戻っていた。
「わかるわかる。お尻の位置もあがっとるし。チアダンス、侮れんな。ポンポンをふりふりしとるだけかと思っとったわ」
「全身を使うからね。楽そうに見えてめちゃくちゃ体力いるんだから。通しで一曲踊ったら、もうバッテバテ。情けないなあってみやっちは呆れとるけど、それでもなんとかついてけるようになってきたんだよ」
 得意になって胸を張る私の横をすり抜けて、二階から下りてきたばかりの葉月がコンロの火を切った。味噌汁が沸いていたことに気づかなくて、あら、やだ、ごっめえん、と私はとっさに謝った。
「きもちわる……」
 押し殺した声で葉月がつぶやいた。聞き間違いかと思ってぽかんとしていると、
「いっつも味噌汁は沸騰させちゃだめって私に怒るのに、自分はなにやってんの? なんか最近ママおかしいよ。美鈴ママのこと、みやっちなんて呼んでさ。なんのつもりってかんじ。いい年してはしゃいじゃって、みっともない」
 頭から冷や水をぶっかけられたみたいだった。娘がなにを怒っているのか理解できなくて私はその場に立ち尽くした。
 この子はついこのあいだまでおばさんっぽくて恥ずかしいと私のことを責めていたのではなかったっけ。そりゃあ、みやっちほどスタイル抜群ってわけにはいかないけど、「なんか若返りました? 雰囲気が明るくなりましたね」なんてこないだ美容院でも褒められたばかりなのに。そんなお世辞、鵜吞うのみにするのが間違っているのかもしれないけど、実際チアをはじめてから毎日が充実してる。体はへとへとに疲れ切ってても、ほっとくと笑顔になってまう。常に口角下がりまくりでブルドッグ顔になってたママがだよ。葉月、ママね、これまで生きてきた中でいまがいちばん楽しいんだわ。
 目に涙を浮かべてこちらをにらみつける葉月に、私は思っていることをなにひとつ伝えられなかった。なにが葉月を怒らせるのか、なにが葉月を傷つけるのか、見当もつかなかったから。
「えーっと……味噌汁、まだかな」
 無神経な夫の一言に、たまりかねたように葉月が部屋を飛び出していった。おーこわ、反抗期ってやつかねえ、とこれまた無神経な一言を吐いて味噌汁をすする夫をにらみつけ、もっと煮詰めてやればよかったといまいましく思った。

 その日の練習の帰り、自転車を並んで漕ぎながら、私はみやっちに一部始終を話して聞かせた。昭和しょうわ区にあるルリちゃんの実家から、私たちの住むきた区までは自転車でけっこうな距離がある。吹上ふきあげの交差点でデラさんたちと別れ、陽の落ちた飯田いいだ街道をみやっちと二人でひた走っていると、遠い昔、部活が終わってから友だちとこんなふうに帰ったことがなつかしく思い出された。あの頃はまさか自分の人生に「女王蜂クイーンビー」と並んで帰宅するようなことが起こるとは思いもしなかったけど。
「それはつまりあれじゃない、親のセックスをのぞき見しちゃったみたいなことじゃないの?」
 みやっちから返ってきた思わぬ剛球に動転し、「セッ……え、でも……」と私は自転車ごとふらふら揺れてしまった。歩道の上にランプがぐるぐる円を描く。
「やだ、もののたとえだって。セックスって言葉ぐらいでそんな驚くなんて、なっちってばどんなカマトトよ。二人も子ども産んどきながら」
「ごめん、ちょっとびっくりして……」
 以前からざっくばらんな人だとは思っていたが、このところみやっちはアクセル全開である。面食らいながらも昔みたいにいやなかんじがしないのは、彼女が「女王蜂クイーンビー」から「友だち」に変化したからなのかもしれない。たった数週間で、遠巻きにおつきあいしていた十年をあっというまに飛び越えてしまった気がする。たしかに少々言葉はキツイかもしれないけれど、それはうそ欺瞞ぎまんのない、竹竿たけざおみたいにストレートな彼女の性格のあらわれでもあった。みやっちはいつもだれより早く練習に駆けつけ、ウォーミングアップを早々に済まし、余った時間をみんなの指導にあてていた。弱音を吐くメンバーを「できないのは努力が足りないからだ」とむちで打ちつけながら、「あとちょっと。もう一回やってみて。ほら、きれいにできた」と根気強く励まし、あめを与えることも忘れない。
 ──自意識過剰なんじゃない? だれも葉月ママのことなんか見てないから、気にせずやんなさいよ。
 いまになってようやくわかった。あれは、みやっちなりの不器用な励ましだったのだ。まったく、これだから女王様は。「ナード」の気持ちがなんにもわかっちゃいないんだから。そんな言い方したらこっちは萎縮いしゅくするだけなのに。
 私は笑いを嚙み殺して、隣を走るみやっちの横顔を見た。みやっち自身はなにも変わっていないのに、こちらの心持ちひとつでこんなにも捉え方が変わるなんて不思議だった。
「まあ、セックスは言い過ぎでも、あの年頃の女の子にとって、自分の母親が母親ではなく一人の人間だと認めるのってけっこう複雑なんじゃないかな」
「ああ……」
 そこまで言われてようやくに落ちた。それなら私にも覚えがある。ふとした折に見せる母の母でない部分に、思春期の頃は怖気おぞけを感じたものだ。いまだってそんなふうに母のことを見られているとは言いがたい。なるほど、「親のセックス」とはたしかに言いえて妙である。みやっちのことは一人の人間だと認めたとたん近しく感じられるのに、母のことは到底そんなふうに思えそうになかった。
「だけど、こないだまではみやっちと私を比較して、うちのママはおばさんっぽくていやだ、なんて言っとったんだよ」
「女の子って難しいもんだね。うちの美鈴はまったく逆のこと言ってたよ。うちのママはいつまでも若作りしててイタい。葉月ママみたいに普通のママがよかったって涙ながらに訴えられてまいっちゃった」
「はあ。どこんちの子も困ったもんだね。いったいどうしろって言うの。親だって完璧な人間じゃないっていうのに」
「ほんと、それ。どうすりゃいいのってかんじだよね」
 私たちはどちらからともなく笑い声をあげた。自分たちができるだけ触れないようにしてきた親のパーソナルな部分。そのしっぺ返しがこんな形でやってくるなんて思ってもみなかった。
 だけど、こんなふうに共感を示しあえるだれかがいるだけで救われた気分になるのもたしかだった。一人で抱え込み、灯りもつけない台所の片隅で家族に気取られぬようべそをかくだけなんて、今後いっさい、まっぴらごめんだった。
「なっちはさ、なんのためにチアをやろうって思ったの?」
「うーん、昔からほのかにあこがれてたっていうのもあるけど、チアをやれば、自分が自分になれる気がしたっていうか……」
 そう答えながら、もしかしたらチアでなくてもよかったのかもしれない、と私は考えていた。母とか妻とかいう役割から逃れ、私が私でいられる場所がほしかっただけなんじゃないかって。チアに誇りを持っているみやっちにこんなことを言ったら怒られちゃうかもしれないけれど。
「私、実はチアドラゴンズに入りたかったんだよね」
 とっておきの秘密を打ち明ける子どものような顔でみやっちが言った。「ええっ」思いがけない告白に、私はつい大声をあげてしまった。
「いまでも強烈に覚えてる。大学四年生のとき、ナゴヤドームができるのと同時にチアドラゴンズが結成されるって聞いて、社会人になってからもチアを続ける道があるんだって、目の前が開かれるようなかんじがしたの」
 すでに地元の企業に内定していたが、その年、みやっちはチアドラゴンズのオーディションを受けることにした。結果は不合格。選ばれた十人の中には以前、地元の大会で見た顔もちらほらあり、悔しさのあまりしばらく眠れない日々が続いた。彼女たちと自分とのあいだに、少なくとも技術の面では大差などないように思えたから余計に悔しかった。
「どうしても諦められなくて、就職してからも毎年オーディションを受けてたんだ。結局、受かんなかったけどね。美鈴を妊娠して、やっとふんぎりをつけることができた」
 照れくさそうに笑うみやっちの横顔が街灯の下に浮かびあがる。ああ、と私はうなだれた。ほんとうに私は知ろうともしていなかったのだな。なんでも意のままにしてきた挫折知らずの女王蜂クイーンビーだと頭から決めつけて、ちゃんと彼女を理解しようなんてこれっぽっちも考えたことがなかった。「母親」「おばさん」というレッテルを貼られてさんざん苦しんできたのに、私だって同じことをしていたのだ。
「何年か前のママチアのイベントも知ってはいたけど、いまさらってかんじでプライドが邪魔して応募できなかった。だから、こんな形でナゴヤドームでチアができることになるなんて、なんだか夢みたい。誘ってくれてありがとう。なっちにはすごく感謝してる」
「そんな、こちらこそ……」
 後ろめたさから、私はもごもごとしか答えられなかった。彼女はやっぱり女王蜂クイーンビーなのだと思った。こんなにもまぶしくまっすぐものを言える人を、私はほかに知らない。
「昔はチアをしてても自分のことしか考えていなかった気がする。おかしな話だよね、チアって本来はだれかを応援するためのものなのに。そのへんがチアドラゴンズに受からなかった理由なのかもしれない。でもね、現役の頃とくらべたらあきらかに技術も体力も落ちてるけど、いまは心でチアをしてる気がするんだ」
 通り過ぎる車のライトが一瞬だけさっと強く、スポットライトのように私たちを照らし出した。四月の終わりの澄んだ空気に排気ガスの甘い香りがまじる。
「私たち、自分のことなんかそっちのけでずっと家族を応援してきたでしょ。世界中どこを探したって、私たちよりチアがうまい人なんていない。そう思わない?」
「ほんとだ。体はついていかなくても、その点に関しては負けない自信あるわ」
「でしょ?」
 みやっちは形のいい鼻をつんと上に向けた。それから、いたずらっぽく笑ってつけくわえた。
「だからね、たまには自分をチアしたっていいと思うんだ」

 大通りでみやっちと別れ、静まり返った住宅街を走っていくと、通りの向こうから息を切らして夫が走ってくるのが見えた。
「やだ、パパぁ? どうしたの?」
 パパもトレーニングに目覚めたのかしら? と一瞬思ったが、只事ただごとじゃない様子が伝わってきて、すぐに私は顔を引き締めた。
「それが、葉月がまだ帰ってきとらんのだわ。なんべんかけても電話にも出んし」
 私は時計に目を落とした。午後十時をすぎている。母親の私が言うのもなんだけれど、うちの葉月はすくすくと健全に育った優等生──アメリカ学園映画でいうところの「プレッピー」なので、こんな時間に家を空けていることはめったになかった。
「どこ行ったんだろう。美鈴ちゃんちは?」
「さっき電話した。来てないって」
 血相を変えてあちこち駆けずりまわっていたのだろう。息を切らし、汗だくになった夫は私が妙に落ち着いていることを不審に思ったようだった。
「なんだよ、おまえのことだから目をまわして驚くかと思ったのに。葉月が心配じゃないのか?」
「心配に決まってるでしょ。母親ですよ」
 はいはい、と聞き流すように答えて、私は自転車のペダルに足をかけた。思春期の女の子の気持ちなんて夫にはわからないだろう。ホルモンバランスがぐちゃぐちゃで、大きなニキビができただけで頭から布団をかぶって泣きたくなるし、母親のちょっとした言動ががまんできずにいらいらしっぱなしで、ふとどこかへ消えてしまいたくなる。そんな気持ちなんて。
「堤防のほう見てくるから、あなたは家に戻ってて」
 このままベッドに倒れこんだら三秒で眠れるだろうというぐらい疲れ切っていたが、最後の力をふりしぼるように私はペダルを漕いだ。美鈴ちゃんのところに行っていないなら、心当たりはあそこしかなかった。美鈴ちゃんとケンカしたときも、好きな男の子にふられたときも、前髪を切りすぎて死にたくなったときも、いつだって葉月は庄内しょうない川の堤防で膝を抱えてママが迎えにくるのを待っていた。
「葉月」
 街灯の届かない真っ暗な堤防にちいさな娘の背中を見つけて、さすがにぞっとした。いくらなんでも無防備すぎる。頭ごなしに𠮟しかっても逆ギレされるだけだとわかっているので、歩道に自転車を停めてへっぴり腰で堤防を下り、よいしょっとわざとおばさんっぽく言って、葉月の隣に腰をおろした。
「あたたた、腰いた……」
 その場で腰をひねってストレッチをはじめた私に、葉月はなにも言おうとしなかった。反応したら負けだと思っているらしい。それでもこちらに意識を寄せているのが痛いぐらい伝わってくる。思春期だなあ、とついおかしくなるが、そう思われることこそ葉月がいちばん嫌がることだった。
「あー、体があちこちみしみしいっとる。年なんて取るもんじゃないわ」
 抱え込んだ膝の上にあごをのせ、しみじみと私はつぶやいた。おばさんが無理するからだよ、と正面を向いたまま葉月が吐き捨てるように言う。
「そうやって葉月はママのこと、おばさんおばさんって言うけど、ママだって葉月と同じ年の女の子だったことがあるんだよ」
 葉月の横顔にさっと傷ついたような色が走ったが、かまわず私は続けた。
「葉月のママになったからって、女の子だった私がいなくなるわけじゃない。続いとるんだわ、ずっと。葉月にはおばさんにしか見えんのかもしれんけど、ママの中にはいまだにあの頃の気持ちがつよく残っとって、たぶん死ぬまで消えないんだと思う。悪いけど、ママやめんよ。葉月にどんなに気持ち悪がられても、ママはこれを捨てない」
 対岸を走る車のランプが流れ星のようにさっと流れていく。実家の台所で、夜が更けてからも翌朝の支度をしていた母のちいさく丸まった背中を思い出した。この連鎖は、私の代で断ち切ろう。完璧な母親なんてどこにもいないし、目指さなくてもいいのだと、私がこの子に伝えよう。いつかこの子が母親になるときのためにも、きっとそのほうがいい。
「……うっざ」
 低くつぶやいて、葉月が立ちあがった。
「どうでもいいけど、ぎっくり腰だけはやめてよ。面倒見てあげないからね、私」
 はいはい、と私は笑い、葉月に腕を引っ張ってもらって立ちあがる。
「おなか空いた。ママ、私あれ食べたい。キムチの鍋焼きうどん」
 つんけんした態度を取っていたかと思ったら、急に甘えた声を出す。いとおしさに、私の胸は張りけそうになる。
「そんじゃ、コンビニで冷凍のうどん買って帰ろうか」
「玉子、半熟にしてね」
「はいはい」
 ず、ず、とはなをすすっていたら、先に堤防をのぼっていた葉月が、花粉症? と言ってふりかえった。

 そして、迎えた本番当日。
 見に来るだけだというのに、私より家族のほうが朝から大騒ぎしていた。
「旗とか持ってって振らんでもいいのか?」
 などと夫がピントのずれたことを言い出し、
「はあっ? この場合うちわでしょ。うちわに『ママがんばって』『ウインクして』って蛍光文字で書いて振るんだよ」
 と葉月もめちゃくちゃなことを言い、
「えっ、ママ、チアドラゴンズに入ったんじゃないの? やっべえ、友だちに自慢してまったが」
 この期に及んで隆信がとんでもない勘違いをしていたことが判明した。
「んなわけあるか、よく考えてもみろて。ママが入ったらチアドラゴンズの平均年齢が急激に上がってまうだろ」
 にやにやしながら息子の間違いを正す父親を、心底軽蔑けいべつするような目で葉月がにらみつけ、今日も我が家は平和だった。
 家まで迎えにきてくれたみやっちの車に乗ってナゴヤドームに到着すると、入り口の前にはすでにHIPSのメンバーが集合していた。
「おっそいわ!」
「キャプテンがいちばん遅れてくるってどういうこと」
「いま何時だと思っとんの」
 待ち合わせ時間をたった五分すぎただけで非難ごうごうである。
 応募総数一〇〇! は言い過ぎにしても、今日のママチアイベントには五組を超えるチームの応募があったらしい。ドラゴンズ広報の人からかかってきた電話で私はそのことを知った。肝心のHIPSは、というと、見事抽選を勝ち残って出場決定! 八回裏終了後のパフォーマンスを担当することになった。
 かんたんなリハーサルを済ませると、私たちは内野席に移動して試合の行方ゆくえを見守った。本日の先発はバルデス。マウンドにあらわれたスパニッシュ系のがっしりした外国人投手を見た瞬間、「えっ、かっこいい……」とつぶやいた私に、「マジか!?」といっせいにメンバーがふりかえった。「やっぱなっちって洋モノが好きなんだな」「やだ、デラさん、洋モノって言い方やめてよ」やいのやいの言いながら観戦しているあいだも、ルールがまったくわからず「いまのどういうこと?」「え、やばいの? いまやばいの?」と逐一たずねる私に、ついにみやっちがブチ切れた。「うるさいなあ、ちょっとぐらい黙って見とれんの?」わっとメンバーから拍手が起こったのは言うまでもない……。
 四回の裏が終わったところで、控室に移動してお尻をぶつけあいながら私たちはおそろいのユニフォームに着替えた。ヘソ出し&超ミニだけはかんべんしてくれ、とみやっちに泣きついてみんなで相談して決めたユニフォームだ。HIPSの文字を縫い付けたレモンイエローのTシャツにデニム地のキュロットスカートを穿き、両手に水色のポンポンを持ってバックヤードで待機していると、七回裏のパフォーマンスを終えたばかりのドアラが目
の前をすらーっと通り過ぎていった。
「ちょ、だれか、写真、写真」
「やだ、控室にスマホ置いてきちゃった」
「いやー、ドアラちょーかっこいい……」
 ビートルズ来日もかくやというテンションでぎゃあぎゃあ騒ぐ平均年齢××オーバーのHIPS。カオリンなんて、きゃーっ! と叫んで失神しかねない勢いだった。「生ドアラ、興奮しますよね」ドアラの後ろからバックヤードに引き返してきた他のママチアグループが私たちの様子を見てくすくす笑っていた。
 ──と、まあ、一事が万事こんな調子で八人集まるとそりゃもうかまびすしく、緊張する間もなく本番を迎えることになった。試合のほうは八回の裏が終わって一対一。投手は先発バルデスに代わって浅尾。次の攻撃は二番亀澤かめざわから。まだどっちに転ぶかわからない。
「さあ、行こう」
 私たちは円陣を組んで、手を重ね合わせた。
「毎日、練習大変だったけど、やっと今日を迎えられました。この八人でここに来られたことを誇りに思っています」
 本番前だというのにすでに感極まり、私は涙目になっていた。普段だったらいっせいに野次が飛んでくるところなのに、だれもなんにも言おうとせず、そのかわり重ねた手にぐっと圧がかかる。
「GO! HIPS、GO!」
「GO! HIPS、GO!」
 声をあげ、私たちはグラウンドに飛び出していった。隊列を組み、観客席に向かって両手をVの字につきあげる。客席に「I♡なっち」と書かれたうちわを見つけ、今日いちばんの笑みがこぼれる。私にとってそれは、いままで目にした中で最高のチアだった。
 私は大きく深呼吸した。歓声が残響のように耳をくすぐっている。興奮と緊張がほどよく全身にゆきわたり、頭の中がすみずみまでクリアになっていくのがわかる。
「はい!」
 片手を振りあげて合図を送ると、大音量で音楽が流れ出した。女の子はそれぞれみんながクイーンなのだと高らかに歌いあげるこの曲に乗って踊りながら、帰ったらバケツアイスを片手に葉月と「マンマ・ミーア!」を観よう、なんてことを考えていた。


  *


続きは発売中の『流れる星をつかまえに』で、ぜひお楽しみください!

吉川トリコ

1977年静岡県生まれ。名古屋市在住。2004年「ねむりひめ」で「女による女のためのR-18文学賞」第3回大賞および読者賞を受賞。同年、同作が入った短編集『しゃぼん』にてデビュー。主な著書に、映画化された『グッモーエビアン!』のほか、『少女病』『ミドリのミ』『ずっと名古屋』『光の庭』『女優の娘』『夢で逢えたら』『余命一年、男をかう』「マリー・アントワネットの日記」シリーズなど多数。最新刊はエッセイ『おんなのじかん』。

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