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倫理の娯楽性を、エンタメに。ーー『君の名前の横顔』河野裕さんインタビュー

能力者の存在する街・咲良田を舞台にした「サクラダリセット」シリーズや『いなくなれ、群青』から始まる「階段島」シリーズ、全寮制の中高一貫校を舞台にした山田風太郎賞候補作『昨日星を探した言い訳』……。河野裕は作品ごとにオーダーメイドしたコミュニティと、そこに存在するファンタジックなルールをもとに、珠玉の物語を生み出してきた。最新作『君の名前の横顔』もその流れを受け継ぎながら、かつてない仕上がりとなっている。初の家族小説なのだ。(文・構成:吉田大助)

──本作は家族をテーマに書こう、というチャレンジだったのでしょうか?

河野 担当編集さんから「兄弟ものはどうですか?」とご提案いただいたんです。これまで確かに兄弟をフィーチャーしたものを書いていなかったので、いいかもしれないな、と。ただ、私は三年前に子どもができまして、生活の中心が子育てなんですね。親側の視点が入ったほうが、今の私にとっては綺麗に回る物語が書ける。子育てを通して考えたことも自然に盛り込めるのではと思い、家族ものにスライドしていきました。

──本書を読みながら、コミュニティの最小単位は家族なんだと感じました。

河野 まさに最小単位であるがゆえに、家族はその他のさまざまなコミュニティの問題が象徴化されるんだと思います。例えば、先天的に持っている属性と後天的に獲得した属性の対比の問題であったり、味方として処理しないといけないものの中に敵がいた場合にどうするかという問題であったり。その一方で、家族というものに対して私自身が感情的に正しいと思っていることと、理性的に正しいと思っていることには矛盾がある。だから、このテーマに挑戦するのは面白いのではないかと考えました。

──理性と感情、とは?

河野 理性としては「家族なんてものに囚われるべきではない」と思っています。最近「親ガチャ」という言葉が流行しましたが、家族なんてかなりの確率で運で決まってしまうものだし、諦めるべきことはどんどん諦めていけばいい。ただ、私自身は小さな頃から家族に守られ、救われて育ってきた印象があったので、単純に家族というものの価値を貶めるのは違うなという思いがあったんです。家族を肯定したい気持ちと、家族の価値をある程度薄めたほうが世の中がスムーズに回るのではないかという気持ち。その2つの狭間でどんな物語を展開できるかと考えた時に生まれていったキャラクターが、楓であり冬明であり、その両親でした。

──二〇歳の大学生の楓(「オレ」)と一〇歳のクールな弟・冬明。兄弟の父は、ある事件によって亡くなってしまった。楓は一人暮らしをしており、母の愛は、工務店の営業職に就きながら冬明を育てています。楓は母や弟と仲がいいんだけれども、その関係性を家族という言葉では捉えていない。物語は冬明が、「一三色入り」だった学校の絵具セットから紫色が欠けてしまった、と主張したところから始まります。ところが周囲の人間にとっては、もともと「一二色入り」だという認識です。冬明は「ジャバウォックが盗っちゃったんだよ」と言う。静謐(せいひつ)ながら不安が渦巻くオープニングです。

河野 彼らの関係を引き裂いて、家族というコミュニティが持つ問題を露わにするためには、物語にある種の悪意が必要だなと思いました。「世界が欠けていく」という感覚は、私自身が普段の日常を送るうえでの悪というか、闘わざるをえないもののイメージとして持っていたものです。そのイメージを、『モモ』(ミヒャエル・エンデ)の“灰色の男たち”のような存在として描いてみました。

現代社会で起きていることを
フィクションに置き換える

──少しずつ少しずつ、自分たちにはまず認識できないかたちで「世界が欠けていく」。何が起きているのか。ジャバウォックとは何か? こう記すと非常にファンタジー的に思えるかもしれませんが、読み心地は異様にリアルです。つまり、こういうことは現実に起こっていることではないかと思わされます。

河野 現実で起こっていることに名前を付けただけだと私も思います。「人類の倫理観なんて不完全なものだ」という思いが私の中のベースにあるんですよね。一〇〇年前の日本の倫理観は、今から見ると間違いだらけでした。女性の参政権が認められたのも七十数年前の話なんです。ごくごく自然に考えて、これから一〇〇年後の人たちが今の私たちを見たら、倫理観は間違いだらけのはず。自分たちはあくまで発展途上で不完全なんだというところを忘れて、この考えこそが正しい、これが正解だと決め付けることへの恐怖心があります。そうした主張が通ってしまった時に、消えてしまうものが必ずある。現代社会で起きていることに対するさまざまな違和感が、ジャバウォックのもとになっていると思います。

──ジャバウォック、と名付けてキャラクター化したことが重要でしたよね。そのまま書いていたら、物語が抽象的になってしまったと思うんです。

河野 リアルなものをフィクションに置き換えることで圧倒的に読みやすくなるし、読者が文章を通して思い描くイメージを、書き手の側がある程度コントロールしやすくなる。それが、私にとってファンタジーの作り方の基本ですね。また、倫理は確かに抽象的なものではあるんですが、SNSなどを見ているとみんな倫理の話が大好きじゃないですか。倫理の娯楽性というものは、確実にある。そこをうまく(すく)い上げてエンタメにしたかったんです。

登場人物に名前を付けてこなければ
あの思考には至らなかった

──河野さんは独特なコミュニティと、そこに存在するファンタジックなルールをもとに、物語を生み出してきました。本作においてもジャバウォックのルールが物語を動かしていきますが、どのようにルールを構築していかれたんですか?

河野 右往左往しながら、ですね(笑)。というのも、これまで超常現象や特殊能力といったものを出す場合は、先にルールを決めてから、その派生として現象であったり物語であったりを書いていきました。この作品は、逆だったんです。現象が先にあり、それを巻き起こしているものをルール化していくという思考だったので、まずは書いてみなければならなかった。その結果、できあがった原稿と同じ分量くらい、ボツ原稿ができてしまいました。

──物語は楓、冬明、愛の視点がシャッフルされながら進み、やがて家族に起きた深刻な問題がジャバウォックを引き寄せていく。アリスという少女も加えた群像劇がぎゅっと一点に集中していく展開は、驚きと納得がありました。

河野 四話の終わりでアリスが「だって私は、ジャバウォックに名前を盗まれたんだから」と言い出した時は、私自身も意味が分からずその後の展開にものすごく苦労しました。名前を盗まれたら生活できないよな、と……。でも、彼女が放ったそのセリフを守るために、辻褄(つじつま)を考える。それを繰り返していくうちに、書き始めた当初は想像もしていなかった場所に辿り着いた感覚があります。

──タイトルの一語に採用されていることからも明らかな通り、「名前」もまた本作において重要なモチーフでありテーマです。生前の父が「冬明」という名前に特別な意味はないんだ、「意味がないことに意味がある」と語るシーンは衝撃を受けました。

河野 これまで小説の中で登場人物にいろいろな名前を付けてこなければ、あの思考には至らなかったかもしれないです。書き手であり名付け親としては、その人物の人間性を象徴するような意味を考えて名前を付けています。それって親から子への、意味であったり愛情であったりの押し付けなんですよね。そこに(いびつ)な愛情が潜んでいるがゆえに、親は子どもに対して何を願ってもいいと考えてしまうのかもしれない。どこか自分の所有物に近い感触があるから、他の人は殴れなくても、自分の子どもは殴れる人がいるのかもしれない。だから、あえて特別な思い入れのない名前を付ける。「お前の全部が、お前自身のものだって、父さんたちは忘れたくなかったんだ」という台詞を書きましたが、そのロジックは、親子間の問題を解く鍵になるのかもしれないなと思いました。

──そのロジックが最終盤で形を変えて、それまでに積み上げられたあらゆるイメージやメッセージを統合するようにして、再登場を果たす。そして、無数の魅力を擁する本作はやはり家族小説だったと確信させられる。新境地でした。最後の一文、感動しました。

河野 特に意識せず自然と書いた文章だったんですが、私は小説を通して、そのことを常に言いたいのかなと感じました。そこを初めて言語化できたことは、今後小説を書き続けていくうえで、大きな財産になったのではないかなと思うんです。

吉田大助(よしだだいすけ)
1977年生まれ。埼玉県出身。「ダ・ヴィンチ」「STORY BOX」「小説新潮」「小説現代」「週刊文春WOMAN」などで書評や作家インタビューを行う。ツイッター(@readabookreview)で書評情報を自他問わず発信中。

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