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小説『図書館のお夜食』ができるまで   原田ひ香 



 大阪に住んでいた頃ですので、すでに七、八年近く前になるでしょうか。今の担当さんがはるばる大阪まで来てくださって、小説の依頼を受けたのが始まりです。

 それから数年後、久しぶりに東京でお会いした時、「前に原田さんから『夜だけ開いている図書館について書きたい』と言われましたよ」と告げられました。

 正直、そのことはまったく忘れていました。「えー、私、そんなこと言いましたっけ?」と返しつつ、ふと思いついたことをとっさに口にしました。

「例えば、小説家が死んだ後、たくさんの蔵書が残されますよね。それを引き取って並べる図書館とか、どうでしょう」

 私は劣等生でしたが、一応、国文科卒です。作家や歴史上の人物などを研究する時、その人が書いていたものを読むのは当然ですが、その人が何を読んでいたかが詳細にわかったら、その作家を知る大きな手助けになるだろうと思ったのです。例えば、『更級日記』の作者は「源氏物語」をはじめとしたたくさんの物語を夢中で読んでいることを日記内で書いていることは有名ですよね。また、評伝や伝記を書くライターさんにとっても、対象の作家が何を読んでいたか、わかったら便利でしょう。作家のファンも来館してくれそうです。

 以前、司馬遼太郎記念館に行って、司馬先生の大量の蔵書を見た時のことなども念頭にありました。

 私は司馬先生のそう熱心な読者とは言えないのですが、気になったのはそこにある本ではなく、「そこにない本」でした。司馬先生の蔵書は七、八メートルくらいある高い本棚に並べてあったので、上の方はぼんやりしか見えません。でも、絶対あるはずの本がなかったのです。先生の仕事場を再現した個室の方にもありませんでした。

 その本がなぜないのか、しばらく感慨にふけりました。作家の蔵書を見ることは、こんな楽しみもあります。

 ちなみに、その「なかった本」は『図書館のお夜食』の中にちらっと出しておりますので、よろしければ探してみてください。

 また、私は丸谷才一さんの大ファンなのですが、丸谷先生の膨大な蔵書を見られたらどんなに嬉しいだろうかと思います。先生はエッセイの中で、本は自分が便利に使いやすいように背表紙をはずしてばらばらに分ける、と書いていらっしゃいました。そのばらばらになった本も見てみたいです。

 閑話休題。

 しかし、司馬先生ならともかく、そんなほんの少しの人にしか需要がなさそうな図書館をどうやって作り、維持するのか。それはこの小説を書く上で大きなカギとなりました。

 それから、この小説のもう一つの軸は、本に関わる人たちのお仕事問題です。

 私は数年前からツイッターをやっておりまして、書店員さんや書店さん、図書館司書さんなど、本に関わる方のアカウントを中心にフォローさせていただいています。ここ数年、そういった方たちがどんどんやめていくのを見ていました。「いろいろ考えましたが、書店員をやめることにしました……」「やりがいのある仕事だけど、疲れてしまいました……」などのツイートは何度見てもつらいものです。

 これは決して書店員さんだけでない、日本の構造的な問題とも言えますが、熱意だとか好意、やりがいに甘えて、なんとか保っている業界というのが確かにあります。その先に、確率は低くても大きなリターンがあるならまだいいのですが、それもないといつかは心が折れてしまいます。

 それを改善する! 社会を変える! とかいうことは、私のような一介の作家にはとてもできないことです。でも、血のにじむようなツイートを見ていて、なんとか、そういう人が出てくる作品が書けないか、と思っていました。

 やおよろずの神がいるなら、本にも神が宿っているでしょう。

 そんな本が好きな、たくさんの人に読んでいただけたら幸いです。


原田ひ香(はらだ・ひか)
1970年、神奈川県生まれ。2005年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。『三千円の使いかた』で宮崎本大賞受賞。他の著書は『老人ホテル』、『財布は踊る』、『古本食堂』、『一橋桐子(76)の犯罪日記』、『ランチ酒』シリーズ、『三人屋』シリーズ、『まずはこれ食べて』、『口福のレシピ』など多数。


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