はじめまして。ポプラ文庫ピュアフルで「金沢古妖具屋くらがり堂」シリーズを書いております峰守ひろかずと申します。
このシリーズの舞台はタイトル通り石川県の金沢市なのですが、クライマックス記念ということで、舞台のモデルにした場所の一部を紹介してみます。「舞台」ではなく「舞台のモデル」という表現なのは、物語に合わせて実際の立地や住所から変えているところも大きいためです。リアルな金沢ではなく、あくまで参考にしているだけです、ということで……。
一応、ぐるっと回れるような順序で書いてみましたので、これから金沢に観光に行かれる方は、何かしら参考にしていただければ幸いです。ご当地にお住まいの方や金沢に詳しい方には「こいつ分かってねえなあ……」と思われるかもですが、そのあたりはご容赦いただければ助かります。
なお、以下の紹介文の中では各巻の内容に触れています。致命的なネタバレは避けたつもりですが、ご了承ください。「くらがり堂」シリーズをお読みでない方には、妖怪ものを書いてる作家の金沢探訪記だと思って呼んでいただければ。また、写真はいずれも峰守が撮影したものです。
◇金沢駅東口
金沢駅の東口から出ると、まず目に入るのが木組みの大きな門とガラスの大屋根。「鼓門」と「もてなしドーム」です。駅を下りたらまず目につく印象的な施設なので、主人公の一人である時雨が物思いにふける時のお気に入りのスポットとして、また一巻のクライマックスの舞台として使わせていただきました。その節はめちゃくちゃに壊してしまって申し訳ありません。
特撮ファン的には、21世紀のウルトラマンシリーズの田口清隆監督の商業作品デビュー作「長髪大怪獣ゲハラ」の舞台になったことでもお馴染みの場所です。そうですね?
駅前のバスターミナルの近くには巨大なヤカンが埋まっており、二巻の三話で時雨や汀一がクラスメートの鈴森さんと待ち合わせたのがここです。待ち合わせっぽい人をよく見たので、そのまま待ち合わせ場所として使いました。
◇武蔵・近江町市場
金沢駅からまっすぐ東に向かった先には大きな交差点があり、二巻の六話、金沢全域が大雪に見舞われた夜、ここで汀一が時雨や亜香里と合流しています。何度か金沢を取材で訪ねる中、観光客っぽい人たちは信号を待つのに対し、地元民らしい人が迷いなく地下道に向かう光景が印象的だったので、ここの地下道は作戦会議の場所として使ってみました。
ここを渡った先が近江町市場。海産物とかで有名な観光スポットですね。四巻の一話や六話でちょこっとですが出ています。
◇泉鏡花記念館、久保市乙剣宮
先の交差点を東に折れて四百メートルくらい歩くと、金沢出身の三文豪の一人であり、幻想小説の大家でもある泉鏡花の記念館があります。鏡花作品については、二巻の一話ほか作中で何度も取り上げさせていただきました。
作中では記念館の中に入る場面はありませんが、二巻で登場した小春木祐が鏡花のファンで、この記念館にもよく通っているという設定になっております。
久保市乙剣宮は泉鏡花記念館の向かい側にある神社。二巻のエピローグで汀一と時雨が初詣に行った神社は、ここがモチーフになっています。
◇暗がり坂
久保市乙剣宮の境内の右手に向かうと、主計町茶屋街へと降りる小さな坂があります。坂というより階段でしょうか。
これが「暗がり坂」。言うまでもなく、「くらがり堂」(作中では「蔵借堂」)の名前の元ネタで、一巻の一話以来、汀一が何度となく通った場所です。
ゆるくカーブしている階段というのは、ロケーションとして面白いだけでなく、見上げたり見下ろしたりする演出にも相性がいいので、そういうシーンで使わせていただきました。
◇あかり坂
暗がり坂のすぐ隣にある坂(というか階段?)。本作のヒロインの名前が「亜香里」なのはここに因んでいる……というわけでもないですのが、せっかく同名なので、三巻の三話、亜香里が主人公になるエピソードの舞台に使っています。
◇主計町茶屋街
暗がり坂を下った先、浅野川との間にある古い茶屋街。細い路地の左右に格子戸が並んでおり、たいへんに風情があります。三巻の三話で、雛人形に追われた汀一と亜香里が逃げまわったのがこのあたりです。
なお、作中では、この一帯を抜けた先に蔵借堂や和風カフェ「つくも」があることになっていますが、そういったお店は実在しませんのでご了承ください。
◇浅野川大橋周辺
主計町茶屋街沿いを流れる浅野川は、金沢の二大河川の一つにして、その流れが穏やかなことから「女川」と称される大河だそうです。水が澄んでいて流れも穏やかで風情があります。
ここに掛かる浅野川大橋とその周辺の光景は、大きな川、古い橋、古い町並み、見上げた先には深い山……という、いかにも古都っぽいなあと思えるもので、一巻の一話以来何度も出しています。
ちなみに、ここで浅野川大橋を渡らずに右手に折れて百メートルほど歩くと浅野川稲荷神社があります。作中では少し言及しただけですが、千年の修行を積んだ白狐にまつわる伝説があったり、アマビエを強く推していたりするので、妖怪好きにはお薦めしたい場所です。
また、浅野川大橋を左に折れてちょっと行った先にあるのが「中の橋」と主計町緑水苑。四巻の二話で時雨が沖縄から来た双子と戦ったり話し合ったりしたところです。中の橋は狭い橋なので、戦闘シーンに使うと逃げ場がなくて緊迫感が出るかなと思いました。
◇卯辰山山麓寺院群
浅野川大橋を渡って右手に広がるのが、ひがし茶屋街。市内有数の観光地ですが、そこを突っ切ると坂道になっており、その先にあるのが卯辰山です。
この山の山麓、「卯辰山山麓寺院群」と呼ばれている一帯は、普通に生活感のある民家と歴史のある寺社が入り混じりながら建っているという面白い場所で、高低差やカーブの多さから来る見通しの悪さも相まって、まるで水木しげるか泉鏡花か岡本綺堂の世界のような不思議な雰囲気が漂っています。一巻五話、椿女郎の北新庄さんの家があったのがこのあたり、という設定です。
また、三巻三話、亜香里の思い出の公園である子来町緑地もこの近くにあります。作中でも書いていますが、茶屋街や浅野川の見下ろせる、見晴らしのいい公園です。道中の坂は結構きついです。
◇卯辰山
で、この卯辰山をさらに登っていくと、卯辰山公園と花菖蒲園があります。二巻の二話で、時雨・汀一が祐と戦ったのがここです。この花菖蒲園、階段状に段差の付いた構造になっており、強敵に見下ろされるシチュエーションに合うと思って選びました。
そして、この公園のさらに上にあるのが卯辰山三社。同じく二巻の二話で、蔵借堂からあわてて逃げた汀一が辿り着いた神社です。蔵借堂のあたりからは相当距離がある上、坂の傾斜もかなりきついので、よくまあここまで一気に走れたなと感心します。若さでしょうか。
卯辰山三社には、卯辰山公園の脇にある鳥居をくぐって階段を昇っても行けますが、個人的には、山の上にある入り口の方が好きです。薄暗い森の中にいきなり現れる赤い橋と石の鳥居はなんとも神秘的で、疲れた旅人が一夜の宿を求めて迷い込んだら別の世界に連れていかれそうな雰囲気があります(個人の感想です)。
そこをさらにさらに上ると見晴らし台があります。二巻クライマックス、金沢を雪で埋めようとした大妖怪・白頭が陣取った場所です。金沢城下のみならず、白山から日本海までが一望できてしまう素敵なスポットなので、町全体がめちゃくちゃになっていく光景を眺めたい妖怪には最適の場所だと思いました。
なお、この見晴らし台(というか卯辰山全域)、大変おすすめなのですが、麓から歩くとかなり距離がありますし、熊も出るらしいので行かれる際はご注意ください。金沢、けっこう熊が出るようで、町中でも普通に「熊出没注意!」の張り紙を見かけます。私は幸い熊には出くわしませんでしたが、小さい折り畳み傘しか持たずに徒歩で行ったせいで、大雨に降られてビショビショのフラフラになりました。
汀一と時雨は大雪の夜にここを歩いて上ってしかも妖怪と戦ったわけで、さぞ疲れたろうなと思います。
◇金沢城
続いて、卯辰山を下って南下し、お城へ向かいます。
今「向かいます」と簡単に書きましたが、歩いてるならそろそろ一回休んだ方がいいと思います。ほうじ茶など飲みましょう。
さて金沢城。一番金沢城らしい光景である石川門のあたりは、三巻のクライマックスの舞台に使わせていただきました。「百万石まつりの前日の石川門」というのは、時間も場所もかなり金沢度が高いシチュエーションだと思うんですが、どうでしょう。
金沢城公園に入って、さらに南へ向かったところにあるのが玉泉院丸庭園。大きな池を擁した立派な庭園で、浮世絵のような風景が堪能できます。三巻の二話で、カワウソの妖怪である小抓が池で勝手に泳いだり、唐傘という大きな傘を時雨が誇らしげに紹介したりしたのがここです。
◇兼六園、石川県立歴史博物館
皆さんご存じの兼六園は、一巻の四話、汀一と時雨が妖狐の七窪さんを尾行する話で出しました。
その南にある歴史博物館は、四巻の三話、博物館の所蔵資料が暴れる話の舞台として使わせていただいております。作中でも書きましたが、このあたりは博物館や美術館が集まったエリアなので、いくらでも時間が潰せます。というか、何も考えずに手近な施設から順番に見ていくとあっという間に時間が無くなります。計画的に行きましょう。
◇香林坊~長町
博物館や美術館の密集エリアを抜け、しいのき迎賓館や石川四高記念文化交流館(四巻の一話でちょっと出ました)などを右手に見ながら西へ向かうと、香林坊に着きます。大きな百貨店などのある繁華街なので、作中では外食や買い物のシーンでよく使わせていただきました。
ここから百万石通りを横断し、ちょっと行ったあたりがせせらぎ通り。小さな川沿いにある通りですが、どのお店に入るにも橋を渡る構造になっており、なんともお洒落な空気が流れています。二巻の四話、汀一がゲストヒロインの果織と一緒に出かけた先がこのあたりです。
そこからさらにちょっと行くと、長町武家屋敷跡に入ります。名前通り、古い武家屋敷の残っているエリアなのですが、少し歩くだけで光景や雰囲気がガラッと変わるのが金沢の面白いところですね。武家屋敷跡といっても、普通に人が住んで暮らしている家なので、外観は武家屋敷なのに衛星放送のアンテナが立っていたり新車が停まっていたりして、趣深いものがあります。
二巻で登場した小春木祐は、武士の家系なのでこのあたりに家があるという設定です。
そしてこのエリアを流れているのが大野庄用水。二巻の一話で、木の根がからまったような異形の妖怪・水熊が汀一を襲ったところです。昔ながらの水路で、そこそこ水量がある上、ガードレールも何もないので、川に引きずり込もうとする妖怪に向いている! と思い、ここから出てきていただきました。
ちなみに、汀一が暮らしている祖父母の家は、ここからさらに西に行ったあたりという設定です。
◇玉川公園
長町の武家屋敷跡から少し北に行った先にある公園です。三巻の四話で、汀一が木魚達磨の老人から話を聞いたのがここですね。公園内には大きな図書館もあり、調べ物で何度もお世話になりました。
ここまでくると、金沢駅もだいぶ近いので、ぐるっと回って帰ってきた形になります。
◇犀川
金沢駅に背を向け、再び南へ向かいます。しばらく歩いていくと、勢いよく流れる大河に突き当たるはずです。犀川です。
さっきの浅野川が「女川」だったのに対し、その雄々しさや激しさから「男川」と呼ばれている川だそうです。二本の川の様相は確かに対照的で、こんな近いのに雰囲気が違うのが面白いですね。
で、ここから犀川の上流に向かって広い河川敷を歩いていくと、桜橋という橋があります。室生犀星にちなんだW坂の近くですね。三巻の一話にて、相撲を挑んでくる怪しい子どもだとか覆い被さった相手を消す妖怪・ハコツルベが出たのがこのあたりです。
「桜橋」という名の通り、土手には桜の木がずらっと植わっているので、春は綺麗なんでしょうが、私が行ったのが冬の曇りの日の夕方でして。覆い被さるように生える無数の木、だだっ広くてひと気のない河川敷、低くて威圧感のある橋桁、そこからポタポタ垂れる水などを見ていると、これは妖怪が出そうだな……と思い(そんなことばかり考えています)、くだんのシーンの舞台に選びました。
なお、汀一たちの通っている高校はこの川を渡った向こうにあるという設定です。バスを使わないと行けないのでそこそこ距離がありますが。
また、川の向こうには寺町という古いお寺が建ち並ぶ一角があり、二巻の三話の化物屋敷の話で出てきていたりするのですが、そっちまで足を延ばし始めるとキリがないですし、主要な舞台は大体回れたと思うので、とりあえずこれくらいということで。
◇湯涌温泉、玉泉湖
「とりあえずこれくらい」と言いつつ、あと二カ所ほど紹介します。
湯涌温泉は、金沢の市街から十五キロくらい南東に行ったあたりにある昔ながらの温泉街。ひなびた空気感が素敵で、アニメとかで見る「いわゆる昔ながらの温泉街」だ! と感動しました(実際、アニメの舞台にもなっています)。
玉泉湖はそこの奥にある小さな湖です。鏡のような水面が緑に囲まれている光景が何とも神秘的で、あー、これは異界に通じていたりするやつだな……と思ったので、二巻の五話にて、汀一たちが異界に迷い込む話で使いました。
◇金沢港クルーズターミナル
金沢駅の西側(海側)はあまり舞台にできなかったのですが、最近オープンしたこの港は、四巻の一話で時雨が自称美少女にからまれるシーンで使っています。沖縄から来たゲストの話なので、海の近くで始めたかったんですよね。
新しいのでさすがに綺麗です。ここでは豪華客船を操舵するシミュレーションができるのですが、私は致命的にセンスがなく、港がめちゃくちゃになりました(ゲーム内で)。
外にはアマビエのサンドアートがありましたが、風雨にさらされたせいか、既に一部が崩れており、諸行無常を感じたものです。
以上、「金沢古妖具屋くらがり堂」作者による舞台(のモデル)探訪記でした!
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*Profile*
峰守ひろかず(みねもり・ひろかず)
滋賀県在住。第14回電撃小説大賞〈大賞〉受賞作『ほうかご百物語』で2008年にデビュー。『絶対城先輩の妖怪学講座』『学芸員・西紋寺唱真の呪術蒐集録』『うぐいす浄土逗留記』『妖怪大戦争ガーディアンズ外伝 平安百鬼譚』(全てKADOKAWA)、『金沢古妖具屋くらがり堂』シリーズ『今昔ばけもの奇譚』(ポプラ社)など、妖怪を扱った作品を多く手掛ける。