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第4回

第4回 2日目・前編 来たよ、グラン・パレ!


4月11日(金)。
一晩明けて、朝。

起きたらホテルのベッドにいて、一瞬、戸惑いました。

えーと、そうだ、ここはフランス。出張に来ているんだった。


ベッドからのそのそと抜け、毎朝欠かさない「起き抜けの白湯」を飲み、簡単に着替えと洗顔。

ビュッフェスタイルの朝食をとるためホテル内のカフェテリアへ。

寝ぼけまなこのままエレベーターに乗ります。

私は少食なほうだと思いますが、本当にちょっとでいいから朝食にお肉がないと一日が始まらない体質なので、まずお肉のコーナーをチェック。


ハム各種。私は生ハム派。チーズも美味しかったです。

あとはクロワッサン的なパンとフルーツを毎朝食べていました。


食後は散歩がてらfranprixへ。これはフランス滞在中の日課になりました。

私は普段、冷たいジュースをあまり飲まないのですが、ANDROSのオレンジジュースは気に入って、冷蔵庫にストックしていたくらいでした。

つぶつぶ入りで、果汁100パーセントなのにすっぱくなくて美味しかったです。使用されているオレンジが好みなのかも。


この日のお仕事は、午前中にホテル内のミーティングルームで雑誌取材からスタート。

約束の時間にロビーに降りると、クレモンスさんとミヤコさんがいらしていました。


取材が始まる前にちょっと感動したのが、席について飲み物を注文するとき、クレモンスさんが「ミチコはミントティーよね?」と言ってくださったこと。

前日のラジオ収録のとき、「私は一日のうちどこかでミントティーを必ず飲みます」と言っていたのを覚えてくださっていた……! 感激。


取材媒体は、女性誌「Femme Actuelle Jeux extra」という女性誌。

日本でいうところの「日経ウーマン」のような雑誌だそうです。

インタビュアーは、編集長を務めるジャーナリストのセリーヌ・ラクセールさん。


主に小説の書き方、アイディアの出し方などについて質問があり、お話ししました。

『リカバリー・カバヒコ』や、そして『お探し物は図書室まで』についてもいくつか訊かれました。

私の著書のフランス語翻訳本は『お探し物は図書室まで』が最初に発行され、そのあとに『木曜日にはココアを』『月曜日の抹茶カフェ』『月の立つ林で』『リカバリー・カバヒコ』の順番で今のところ続いています。フランスでは『お探し物は図書室まで』がデビュー作のように言われることもありますが、フランス語版という意味ではそうなのかも。小町さんに拍手!


取材を終えて、クレモンスさん、ミヤコさん、三枝さんと4人でランチ。

写真は撮るのを忘れてしまいましたが、私はジェノベーゼのパスタをいただきました。


食後のお茶とスイーツ。

紅茶だったのに鉄瓶で提供されたので「これは私が日本人だからサービス?」と思ったら、どこのお店でもわりと普通に使用されているそうです。和風というわけではなくて鉄製のポット……なのかな?


4人で楽しくいろいろなお話をして、おなかも満ちたあとは、いよいよメインイベントのブックフェスティバル。みんなでタクシーに乗り込み、いざ、グラン・パレへ!


タクシーの中で、ミヤコさんがスマホを見ながら私に言いました。

「現地入りしているスタッフから、動画が届いています。青山さんのブースに並んでいるお客様たちです」

ミヤコさんが私に向けてくださったスマホには、画面に入りきらないくらいの、人、人人人……。

「えっ、これはイベント自体に並んでいるお客さんではないんですか?」と訊ねると、ミヤコさんは首を横に振りました。

「いいえ、青山さんを待っている方々です」


思わず、じわっと涙がにじみました。


正直に言うと、私は、このブックフェスティバルでサイン会をするにあたって、読者さんはどれくらい来てくださるんだろうか?と疑問だったのです。

私のところに来てくださるにしても、日本からやってきたという珍しさだけでのぞいてくれるのかも、とか、暇になって私も他のブースを見に行ったりもするのかな、ぐらいに思っていました。

でも、その画面に映る人たちの手には、たしかに私の著書のフランス語版がありました。

私のサイン会の始まる時間よりうんと前だというのに、こんなに早くから並んでくださっている。

ああ、ここにいる読者さんたちに、今から会えるんだ。早く、早く行きたい。気持ちが逸ります。


着いた! グラン・パレ!

1900年のパリ万国博覧会のために建てられた大規模な展覧会場。

とにかくでかーーーい!!!! この画像に映ってる5倍ぐらいある!!


会場の様子。(ほんの一部)

関係者入口から入り、わくわくとブースへ向かった……のですが。

このとき、想定していなかったことが起きました。


…………暑い。


ガラス張りの天井から陽が入り、大勢の人の熱気で蒸していてエアコンなども効いておらず、温室のような状態でとにかく暑いのです。

建物の前でうかれている私の画像を見ていただけるとわかるように、私はこの日、白いニットを着ています。その下にコットンのオレンジ長袖Tシャツ、そして皆さん驚かれるでしょうが、さらにその下にはヒートテック的な防寒インナーを2枚着ていたのです。私にはこれぐらいがちょうどよかったのです。だって寒いと身も心も絶対的につらいんだもん。だからといって暑いのが得意かといったらそうではなく、人並みに消耗するし、高気温に耐えうるそもそもの体力がないし。


だけどもう、目の前にはずらりと読者さんたちが。

そうです、さっき、ミヤコさんがタクシーの中で見せてくれた、あの方々です。

皆さん、ニコニコと迎えてくださったので、私もニコニコと手を振りました。

嬉しい。会いたかった、会いたかったんだよ。

暑さがなんだというのだ、気合いでなんとでも……!!


……ならなかった。


読者さんと向かい合う椅子に座ろうとして、あ、これはまずい、と危機感を覚えました。

吹き出す汗、ぼうっとしてくる頭、胸にせりあがってくる気分のわるさ。

どうしよう。どうしよう、どうしようと、募ってくる不安。それがまた体調不良を招くのがわかりました。

持っていた水筒のお茶を飲み、ともあれ服を(特に防寒インナーを)脱がなくてはと思ったものの、ブースには仕切りがなく、会場が広すぎてトイレに行っていたら読者さんたちをものすごく待たせることになります。


でも倒れたら元も子もない!

そこで、その場に居合わせた女性スタッフ数人にぐるりと立っていただいて「フィッティングスペース」を作り、私はしゃがみこんで服を脱ぎました。どんどん脱ぎました。ニットを脱ぎ、長袖Tシャツを脱ぎ、防寒インナーを2枚脱ぎ、下着のタンクトップ一枚になったところで、あらためて長袖Tシャツだけ着用。髪の毛も後ろで括りました。


そしてバッグの中にあるポーチを開いてごそごそ探り、軽く落胆しました。

ああ、日本で暑い時期は必ず熱中症予防のタブレットを持ち歩いているのに、フランスには持ってきていない。寒さ対策には余念がなかったものの、暑さに苦しむ時間があるなんて思わなかった。しかも、メインイベントのブックフェスティバルで。のど飴やぶどう糖タブレットはポーチに入っているのに、今どうしても欲しい「塩分チャージタブレッツ」がない……。


そこで私は、「ハッ!!」としたのです。

私には、私には、


おしゃぶり昆布がある……!!!!!(準備編参照)


あああ、このときほどYさんに感謝したことはありません。

いや、いつも感謝してるけど、よくぞ、よくぞ明治記念館でおしゃぶり昆布との出会いのきっかけをくだすった、Yさん。

そしてよくぞ、羽田空港のローソンでこの命綱を買った、私。

出発前に空港でコンビニをはしごしてくださった三枝さん、ありがとうございます。

あれは何かの予兆だったのでしょうか。


大いなる伏線回収でおしゃぶり昆布を口にし、水筒のお茶を飲むと、またたくまに心と体が持ち直し「やるぞー!!」とパワーがみなぎってきました。すごいね、塩分って、大事だね!

私の場合、「安心した」というのが一番回復につながったのかもしれません。


ということで、この笑顔。


このとき、私を涼めるために前方からハンディ扇風機を回し続けてくださった李さん、扇子をぱたぱたとあおぎ続けてくださった服部氏の涙ぐましいご協力も明記しておきます。そんなことのためにフランスまでご同行くださったわけじゃないのに、本当にすみません。どうもありがとうございます。


会場に来てくださった読者さんたちは、サイン会の数時間ひっきりなしでほとんど途絶えることなく、私は本当に幸せなひとときを過ごしました。

読者さんたちは皆さん、きらきらした目で、大切な贈り物を届けるみたいなていねいさで私にメッセージを伝えてくださいました。私はミヤコさんの通訳でそれを受け取りました。


「しばらく本が読めなかったけど、あなたの本がきっかけでまた読書を再開することができました」

「お母さんと一緒に読んで、感想を言い合っています」

「お友達にプレゼントしたいから、その人の名前を書いてくれますか?」

「私はこの作品の、このフレーズが好きです」


不思議なくらい、日本のサイン会で日本人の読者さんに言っていただけることと似ていました。

言語や住む国がこんなに違っても、同じ気持ちや同じ境遇があって、同じように分かち合えるものがあるんだなと実感しました。


前日、ラジオ収録で「世界中の読者に共通する点は何だと思いますか?」と訊かれたことを思い出しました。

やはり、言葉でうまくその「点」について説明することはできません。

ただ、日本から始まって世界のあちらこちらで、読者さんが私という「仲間」を見つけてくれたのだと、それが今私の中にある答えだと思います。


はしゃぎたくなるほどの喜びとともに、言葉にできない安らぎが私の中に流れていました。小説家としても人としても、私はまだまだ勉強しなくてはいけないことばかりだし、ぐじぐじと悩みの尽きない日々です。だけど、まずは書きたいことを素直に書き続けていいんだよと、なにか大きな存在から「OK!」をいただけたような気がしたのです。



この日のサイン会タイムのあと、ある方とお会いする機会をいただきました。


オリンピックで3度の優勝経験を持つ、ハンドボール選手・リュック・アバロ氏。

以前から私の著書を読んでくださっていたそうで、私の渡仏を知ったリュックさんから面会のリクエストをいただき、実現しました。スポーツだけでなく、絵画など多方面でのご活躍。お話しできて光栄でした。


そういえばさっき書きそびれていたけど、この日あんなに厚着していた私は、さらに裏起毛のパーカーを持っていました。我ながらどうかしています……。

サイン会のとき読者さんからはほとんど上半身しか見えないので、オレンジ×オレンジのまま通しましたが、面会時にはさすがにちょっとな、と思って急いでグレーのパーカーを羽織りました。結果として役に立ちました。よかった、よかった。


しかしポシェットまでオレンジだったため、リュックさんに「オレンジ、好きなの?」と言われて赤面。

は、はい、大好きです。Tシャツは差し色のつもりだったんだけど、ちょっと今日、予想外の事態で全身オレンジになったんです……。



そして帰り際に、ちょっと驚くことがありました。

今回、私のフランス滞在に関するクレモンスさんのお仕事はここまでだと、そのとき知ったのです。

もしかしたら言われていたのに私が認識していなかっただけかもしれませんが、突然だったので、自分でも思いがけないさびしさでちょっと涙が。クレモンスさんは迷わずハグしてくださって、それで私はまた泣いてしまいました。

「ミチコはミントティーね」と覚えてくださっていたクレモンスさん。私の作品についての理解も深く、励ましの言葉もたくさんいただきました。

ランチもご一緒できてよかった。もっとたくさんお話ししたかったなぁと思うのですが、またの機会があると信じて。


と、ここまででもかなりのボリュームになってしまったので、2日目の滞在記は分割することにしました。

グラン・パレ初日サイン会、無事に完走! そして、夜にまたもうひとつイベントが待っています。

でもそのお仕事の前に私は、それはそれは美しい光景を見せていただいたのです……!

後編はそこから始めますので、お楽しみに! 続く! 





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