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ミステリアスでビター。人間の本質を問いかけてくる作品【評者:瀧井朝世】

 夏休み初日の朝。中学2年生のホノカは違和感を抱きながら目覚める。自室のベッドで寝ていたはずが、そこは大きな体育館だった。周囲を見渡すと、他にも7人の少年少女がいて――。

 荻堂顕の新作『いちばんうつくしい王冠』は、青春エンタメ小説である。と聞くと意外に思う読者も多いだろう。裏社会の人間模様にファンタジー要素を組み合わせた『擬傷の鳥はつかまらない』で新潮ミステリー大賞を受賞してデビュー、アイデンティティが抹消された国を舞台にしたSF『ループ・オブ・ザ・コード』、与那国島を舞台にサイボーグ密売人の冒険を描く日本推理作家協会賞受賞作『不夜島(ナイトランド)』、時代の流れを背景に数奇な運命を辿る男を描いた吉川英治文学新人賞受賞作『飽くなき地景』――これまでに発表してきた作品はどれも骨太な世界構築の中で人間の本質を問いかけてくる作品だった。それが、今回は8人の中学生が登場する青春小説だというのだから。といっても、非常にミステリアスでビターで、そして今回も、確かに人間の本質を問いかけてくる作品となっている。

 
 目覚めたホノカが目を前に向けると、舞台には緑色の妖精の着ぐるみがいる。機械で音声を変換し自分を「おいら」と名乗るその妖精が言うには、子供たちはそれぞれの親の承諾を得てここに集められており、これから一本の劇を完璧なクオリティで演じ切るようになるまで帰れない。体育館内には寝泊まりできる個室があり、そこに食事や着替えは配給されるが、部屋は外から施錠され、稽古の時だけ外に出られるという。稽古といっても最初のうちは発声練習や筋トレやストレッチといった基本的なことや、奇妙なワークショップばかりで、劇が完成するまでにはかなりの日数がかかりそうだ。

 8人の個性はそれぞれで、お調子者もいれば冷静な少年、無口な女の子もいる。置かれた状況に戸惑うのはみんな一緒だったはずだが、3日目の朝、一番反抗的だった少女がなぜか姿を消してしまう。8人いなければ劇は完成させられないというのに。

 
 ようやく渡された台本のタイトルは『いちばんうつくしい王冠』。病に倒れ死期が近いことを知った王様が8人の王子たちを集めて、「このなかで、いちばんうつくしい王冠をかぶっているものを後継ぎにする」と宣言する。そこでホノカらが演じる王子たちは話し合いを始める。うつくしさとは何か。王に相応しいのは誰か。ホノカに与えられた役名は「ヤサシサ王子」。他の役名も、「ヨワサ王子」、「カシコサ王子」、「ツメタサ王子」、「ツヨサ王子」など奇妙な名前ばかりだ。

 日が経つにつれ、当然、脱出や反逆を試みる者も出てくる。そんな彼らに、緑色の妖精の座長は言う。

「これはキミたちに下された罰なんだよ」

 なぜ演劇をすることが罰になるのか。そもそも、罰せられる理由は何なのか。ホノカにしてみればバドミントン部で先輩からレギュラーの座を奪ったことしか浮かばない。しかもそれが理由で、彼女は先輩たちからいじめられていた。まったくの理不尽である。

 謎が謎を呼ぶ展開だが、ユニークなワークショップや台詞の稽古、大道具から小道具まで自分たちで制作していく過程や、彼らが少しずつ打ち解けていく様子も描かれていく。「罰」を与えられている彼らだが、読者の目から見て、みな決してそこまで悪い子には思えないはずだ。

 だが、やがて子供たちも読者も、それぞれに与えられた役名や役割に、深い意味が隠されていると知ることになる。この演劇の意味を知った時、彼らは改めて自分自身と対峙しなければならなくなるのだ。彼らは演劇で別の人格を演じたからこそ俯瞰する目を獲得し、自分と向き合えたともいえるだろう。芝居というものが持つそうした側面も、本書は味わわせてくれる。

 自分たちの「罪」を自覚した時からの彼らの葛藤は読みどころだ。演劇を完成させれば「罪」がなくなるわけではない。劇中で謝罪すればいいというわけでもない。彼らはそのことをよく分かっている。でも、彼らは前を向いて、芝居を作っていく。終盤、子供たちの顔つきが変わっていることが、はっきりと感じられる。

 正直、読み始めた時は、中学生相手にこのやり方は容赦なさすぎ、と思った。でも、彼らのほろ苦い成長を見届けた時、その気持ちは消えていた。

 著者は以前から「全ジャンルの小説を書きたい」と発言している。これでジュブナイルというジャンルをクリアしたといえるが、本書は子供はもちろん、大人にも刺さる内容である。彼らの抱く“ほろ苦さ”は、誰もがなにかしらの形で経験したことがあるだろうから。でもだからこそ、そこから新たに歩きだす彼らの姿に、誰もが励まされるのだ。



■ 評者プロフィール
瀧井朝世(たきい・あさよ)
1970年生まれ。WEB本の雑誌「作家の読書道」、『別冊文藝春秋』『WEBきらら』『週刊新潮』『anan』『クロワッサン』『小説幻冬』『紙魚の手帖』などで作家インタビュー、書評を担当。TBS系「王様のブランチ」ブックコーナーのブレーンを務める。著書に『偏愛読書トライアングル』、『あの人とあの本の話』、『ほんのよもやま話 作家対談集』、「恋の絵本」シリーズ(監修)。

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