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第1回

〈おもちゃのチヤチエチャ〉もうすぐ開店です

プロローグ 

 桔平が帰って来ていた〈バーバーひしおか〉で

 今日は第三月曜日。〈バーバーひしおか〉は定休日の朝。起きて一階に下りていくと、台所のテーブルに桔平きっぺいさんの笑顔が。
「おはようせいらちゃん」
「お帰りなさい!」
 日本に戻って来るのは連絡が入っていたし、昨日の深夜にギシギシ階段を昇ってくる音でちょっとだけ目が覚めて(あ、桔平さん帰ってきたんだ)って夢うつつで思っていた。そんなに遅かったのにわたしより早く起きてるのは、時差ボケ対策なのかな。
 今日の朝ご飯はパン。トーストにスクランブルエッグ、ベーコンもカリカリに焼いて、サラダには昨日の残りのマカロニサラダとレタスと胡瓜きゅうりにトマトも切って。ドライフルーツミックスを入れておいたヨーグルトにミルクにコーヒー。手作りのリンゴジャムに、蜂蜜も。いつも美味しい朱雀すざく家の朝ご飯。
「桔平さん帰ってきたの、何時ごろだったんですか?」
「三時近かったかな。うるさかったでしょ? 我が家ながらそーっと入ってくるのには不向きな家だよねぇ」
 それは確かに。階段なんか全部の段から音程の違うきしみ音がするから。
「しょうがないでしょう。もう年代物なんだから」
「君の稼ぎで改装してもらってもいいんだよ?」
 ミミさんと旦那さんが言って、桔平さんがムリムリって笑います。それは本当にムリだろうし、私はこのままがいいです。この古めかしくも昭和のかおり漂う理髪店の雰囲気が本当にいいんですから。
「改装って言えば茶木ちゃのきさんところ、お店閉めちゃったの? 工事入っていたんだけど」
 そうそう、ってミミ子さんが大きく頷きます。
「あなたに教えてあげようと思って忘れてたわ。閉店よ」
 三丁目にある〈玩具おもちゃの茶木〉さんですね。
 ここで働き出してから玩具を買うことはなかったのでわたしは一度も入っていなかったんですけれど、商店街で唯一のおもちゃ屋さん。ものすごく古株なんだって聞いていました。
「そうかぁ、茶木さん跡継ぎもいなかったんだもんね」
「二人とも八十過ぎだったしねぇ。ここのところはもう仕入れもめて在庫の処分ばかりしていたから」
「淋しいなぁ。ボクもだけどねぇせいらちゃん。商店街で育った子供たちはみーんなあそこで駄菓子やおもちゃを買ったりしてたのよ」
「あ、駄菓子とかもあったんですね」
「そう、おもちゃを扱う前はね、先代の頃は駄菓子屋さんだったんだよあそこは。雑貨もあったし」
「昔ながらの、子供たちが買うようなものは何でも扱うような店だったわよね。文房具とかもあったし。桔平が子供の頃には私たちもよく買い物に行っていたわよ」
 ミミ子さんが懐しそうな顔をして言います。そういうお店がなくなってしまうのは淋しいですよね。
「いや、それであなたに教えなきゃって思っていたのは千弥ちやちゃんと智依ちえちゃんが継ぐんですって」
「え? 千弥智依が?」
 ちやちえ? ってどなたでしょう。
「千弥智依はね、茶木さんの孫。双子の姉妹。ボクと同級生だったんだよ」
「あ、そうなんですか」
 桔平さんと同級生だったってことは、三十歳ぐらいですか。茶木千弥さんと、智依さんって書くそうです。すごく可愛い名前。
 二人ともここで生まれ育ったわけじゃないですけれど、幼稚園から小学一年になる頃に茶木さんのところで暮らしていたんですって。お家は清瀬市だそうで、夏休みとか冬休みにはやってきて桔平さんとも遊んでいたそうです。
「あれは、お母さんが病気だったんだよね?」
「そうね、しばらく入院とかなんかいろいろあってね。二人とも可愛かったわよねー。何から何までそっくりな双子で全然見分けがつかないの。今もなのよ。桔平あなたしばらく会ってなかったでしょう」
「うん、もう十年以上会ってないかも」
 桔平さんはほとんど外国で暮らしていますからね。
「この間挨拶に来ていたけれどねぇ。髪形とか服装はまるで違うようになっていたから区別できたけど、あれがなかったら今もまるでわからないね」
 そんなにそっくりな双子さんなんですね。そうか、って桔平さんが頷きます。
「千弥は確か電化製品のメーカーで商品開発していたし、智依は玩具メーカーにいたよね。二人で継ぐならピッタリってことだね」
「それがね、ただのおもちゃ屋さんじゃないみたい。あのガチャガチャってやつ? たくさん置いて、それとクレーンゲームも。〈ゲームパンチ〉さんとも被らないようにって話したって。あ、〈ゲームパンチ〉さんも改装に入るのよ。カラオケ屋さんと合体するんですって」
 桔平さんが、なるほど、って。
「いろいろ変わるんだね。ガチャガチャとクレーンゲームか。そういうパターンのおもちゃ屋さんね」
「それだけじゃないの。〈何でも作ります直します〉って看板出すんですって」
「へぇ」
 何でも作って何でも直すんですか。
「お二人ともそういうのが得意ってことなんですね?」
「そう、かな。うん、そう言われてみればそうかも」
 もう一度うん、って何かわかったように桔平さんが頷きます。
「楽しみだ。あの二人がどんなおもちゃ屋さんにしてくれるのか」

 二十歳になった瑠夏が〈田沼質店〉を継ぐ前に

 誕生日って、いつまでお祝いするんだろうって思っていた。
 今日、私は二十歳になって大人の仲間入りをしてお酒も飲めるようになった。煙草だって吸える。煙草は吸うつもりはまったくないけれども、お酒はきっと飲むと思う。
 だって、田沼たぬま家では男より女の方が酒豪になるんだって。
 お母さんもお祖母ばあちゃんも言ってて、実際のところそうなんだって。田沼の血を引いているのはお祖母ちゃんにお父さんで、お母さんは別の家の人だけど、何故かお父さんはまったくお酒を飲まないのに、お祖母ちゃんもお母さんもガンガン飲んでる。
 だからきっと私も酒豪になるよって。
 うーん、って思うけどね。ちょっと先に二十歳になったすばるちゃんはまったくお酒を飲まないので、それはどうかなって思うんだけど。
 すばるちゃんのところはお祖父じいちゃんもお父さんのつかささんも下戸げこだったんだって。アルコールが体質に合わないっていうのが遺伝なんじゃないかって司さんが言っていたって。
 なんか恥ずかしかったけど、すばるちゃんも呼んでうちで誕生日のお祝いをしてくれて。皆にお酒が入ってきたところで、すばるちゃん家に来た。赤いシトロエンのバン。
 ラジオがチカチカッて光る。
『お帰り』
「ただいま」
瑠夏るかちゃん、二十歳の誕生日おめでとう』
「ありがとうございます」
 すばるちゃんのお父さん、司さん。死んじゃって何年も経つけれど。何年経ってもシトロエンに魂だけが宿っていてこうやって話ができる。本人もいつまでこうなのかまったくわからないそうなんだけど、ずっといてほしい。
『楽しかったかい?』
「いつも通りの賑やかな食卓」
「うるさいよねー、うちは」
 田沼家は、代々質屋をやっているのになんか似合わないけれども、皆が賑やかなんだ。おしゃべりだし。私はそうでもないって思うんだけど。
 司さんが、あれ、って声を出した。
『サエさんが来るよ』
「お祖母ちゃん?」
 見たら、そうだった。裏口からお祖母ちゃんが出てきて、シトロエンに乗ってきた。
「お邪魔するよすばるちゃん」
「どうぞ」
 すばるちゃんのお父さんが魂になってここにいるのを知っているのはほんの少しの人だけ。お祖母ちゃんは知らないから、司さんも黙っちゃった。
「さて、二十歳になったから、瑠夏はいつでもここに泊まって朝帰りしてもいいからね」
「お祖母ちゃん」
 何を言うのよ。いやそう思ってるけれども!
「でも、ここじゃあちょっと」
 すばるちゃんも答えなくていいのよ。
「まぁねぇ。ここじゃあ声が外に筒抜けだしこのオンボロ車も盛大に揺れるしねぇ」
 カッカッカって笑うお祖母ちゃん。何の話をしに来たのよ。
「なので、瑠夏と入籍したら近くに部屋を借りようと思ってます」
 うんうん、ってお祖母ちゃんも頷いて。確かにそうしようって話しているけれど、そうするとここにお父さんが一人きりになっちゃう。でも、すばるちゃんの仕事中はいつでも一緒だから。
「それでだね、瑠夏。あんたはうちを継ぐ気満々だろうけれどもね」
「うん」
「まだまだ私が元気であんたも暇だろうから、しばらく他所よその店を手伝わないかい。いや手伝ってほしいんだけどね」
 他所のお店?
「全然いいけど、どこのお店?」
「〈玩具の茶木〉だよ」
「え? でも茶木さんは」
 お店を閉めちゃった。
 今も部屋にあるけどシルバニアファミリーは〈玩具の茶木〉で買った。他にもいろんなものを小さい頃はあそこで買った。
 茶木のおじいちゃんおばあちゃんは優しくて、いつも笑顔で私たち商店街の子供たちには割り引きをしてくれていた。一人で買い物に行ったときなんかは、偉いなぁって駄菓子をお駄賃だってくれた。
「店を新しくするんだよ。あんたたちは覚えていないだろうけど、あそこには孫が二人いてね」
「僕覚えてますよサエさん。千弥さんと智依さん。双子のお姉さんたちですよね」
 千弥さんと智依さん?
「私も覚えてるよ」
 本当にどっちがどっちかわからないそっくりなお姉さんたち。
「そう、あの二人が〈玩具の茶木〉を新しくして、またおもちゃ屋さんをやるのさ。広太郎こうたろうさんにね。もしも瑠夏がまだ身体が空いているのなら、二人を手伝ってもらえないかって頼まれてね」
 茶木のおじいちゃんに。
「明るくて元気なあんたはおもちゃ屋さんにぴったりだってね。悪いけど質屋にはまるで向いてないって」
 いや確かに私もそう思っているけれども。
「新しい名前はね。〈おもちゃのチヤチエチャ〉だってさ」
 楽しそうな名前!

1 〈おもちゃのチヤチエチャ〉もうすぐ開店です

 開店十日前のお店。
 外装が上がったから良かったら見に来て、ちょっとお願いもあるからー、って千弥さんから電話を貰って、サンダル履きで来てみた。
 同じ商店街のお店でバイトするのは初めてだけど、こうやってすぐに来られるのはとっても便利でいいかも。
(ホントにきれいだー)
 三丁目のお店の前、少し離れて立って眺めると心の底からそう思ってしまう。
 予算はそんなにないので大幅な建て直しとか改装はしていないんだ。商店街に面した正面もほとんど以前の〈玩具の茶木〉のまま。
 でも、外装を少しがして塗り直した。
 真っ白な、ペンキ。
 これ、なんていう名前の白なんだろう。ペールホワイトとか? 普通の白いペンキとは何かが決定的に違う。なんか、まるで地中海に浮かぶ島の真っ白な建物が並ぶ町みたいな、白。
 今、四時半過ぎたのでそろそろ陽射しが夕方っぽくなってきているんだけど、そういう陽の光に照らされていると、まるで真珠のような深くて鮮やかできらびやかなホワイトに輝くお店。
 これは、この三丁目の中でも相当に目立つと思う。
 目立つけれど全然イヤらしくない。なんていうか、ペンギンの群れの真ん中にすっくと立った白鷺しらさぎみたいな雰囲気。
 そして、扉と窓だったところはほぼ全面ガラス張りにしたので中の様子が全部見える。これは防犯上も効果があるんだってね。何もかも丸見えだから、怪しいことも危ないことも出来っこない。
 店内の壁も全部真っ白で、そこにズラリと並ぶ予定のガチャガチャのマシンは全部で二百台。そして店の前と奥に二台ずつ合計四台のクレーンゲームを置く。もう配置の図面も全部上がっていて、明日から搬入される予定。
 ガチャガチャって呼び名がいろいろあるんだけど、引っくるめてカプセルトイって言えばいいんだってね。まぁガチャガチャって私は言っちゃうけど。
 いちばん奥に、そこだけ真っ赤に塗られた〈なんでも作ります直します〉の受付カウンター。カウンターの後ろに黄色く塗られた扉があって、その奥は倉庫と作業室で、二階は千弥さん智依さんの住む住居。
 以前は〈玩具の茶木〉って看板があったところには、真っ白のボードにすごく楽しい雰囲気の書体で真っ赤な文字。
〈おもちゃのチヤチエチャ〉。
 そう聞いたらゼッタイに歌っちゃうよね。
 おもちゃのチャチャチャを。
 すっごく古い歌だけどいろんな人が歌ってるしいろんなアニメなんかでもやっていたよね。だから知ってる。楽しい歌。
 でも、電話に出るときにちょっと発音がムズカシイかもってこの間二人と話していた。「はい、〈おもちゃのチヤチエチャ〉です」ってとっても言いにくいかも、って言ったら、千弥さんも智依さんもそうなの! って頷いて。「なんだったら〈おもちゃのチャチャチャ〉って言っちゃってもいいから! きっと誰も気づかないから」って。
 自分たちの名前がチヤとチエだから、しかも名字が〈チャノキ〉なんだから。せっかく楽しいネームバリューもある歌に引っかけられるんだからゼッタイにそれで行こうって最初から決めていたんだって。
 まだ小さい頃、〈花咲小路商店街〉に住んでいた頃にはもうそんなふうに二人で話したんだって。お祖父ちゃんお祖母ちゃんのお店をやるときには〈おもちゃのチャチャチャ〉にしようって。
「そんな話をしていたんですか?」
「してたのー」
 双子の人たちとそうやって話すのは、〈花の店 にらやま〉のまさきさんとひいらぎさんがいるから初めてじゃないんだけど、やっぱり二人の声が揃うことが多いんだなって。どうしてハモっちゃうんだろうね。
 そして千弥さんも智依さんも声がとってもキレイなんだ。透き通るような声ってこういうのを言うんだろうなって感じの声。
「だって、基本子供の頃なんか〈おもちゃ屋さん〉って夢の場所じゃない?」
「ですよね!」
「欲しいモノがたくさんずらっと揃っているんだから、二人ともここに来るのが楽しみでしょうがなかったのよ」
 そしてだいたい二人で順番に話していくんだよね。これも、柾さんと柊さんもそうだけど、何ていうか阿吽あうんの呼吸みたいな感じでアイコンタクトもしないのにゼッタイに二人が被らない。
 双子ってスゴイなって改めて思ったっけ。
(ここで働くんだなぁ)
 きれいなお店って、それだけで気持ち良くなるし、ワクワクしてくる。
 五月五日の開店まで、あと十日。
 開店をその日にしたのも、もちろん〈こどもの日〉だから。
 おもちゃ屋さんの開店にはピッタリの日だし、ゴールデンウィークも終わる頃で出かけていた人たちも帰ってきて、近所だからちょっと行ってみるかってなりやすいんじゃないかって。財布のヒモも緩んでいるだろうからって。
 お姉さんの千弥さんは、スゴイ。
 さすが、一流企業で商品開発とかマネージャーとかやってきていた人。
 どうやったら話題になるか、たくさんの人に知ってもらうのにはどうしたらいいかっていうのをきっちり戦略を立てて、開店の日を迎えようとしているんだ。
 SNSはもちろんほとんど〈おもちゃのチヤチエチャ〉で網羅もうらしてる。毎日のように、工事の進行状況とか、どんなガチャガチャやクレーンゲームが入るかっていうのも、小出しのようにして更新している。
 公式サイトもしっかり作っているんだ。全部自分でやったんだって。デザインもカッコいいしカワイイんだ。どこかのデザイン会社に頼んだようにしか見えないんだけど、それも二人で作ったんだって。
 そこには、今まで智依さんがどんなものを作ってきたかも全部載せている。
 妹の智依さんは、玩具メーカーでクリエイターをやってきた人なんだ。それこそガチャガチャの中身になるものもたくさん作ってきたし、キャラクターデザインっていうのもやってきた。
 何よりもびっくりしたのは、智依さんはフィギュアの原型師でもあったんだ。
 私はあんまりそういうものに興味はないけれど、すばるちゃんが意外と持ってる。好きなアニメとかマンガのキャラのフィギュア。だから、今回のことですばるちゃんも智依さんが原型師だったって聞いて、なんかもうスゴイ喜んでいた。開店したら〈おもちゃのチヤチエチャ〉に入り浸りになるんじゃないかな。
「やぁ、ルカちゃん」
 後ろから、声。
 すぐにわかるセイさんの声。
「セイさん。こんにちは」
 いつものこの三つ揃いのスーツ姿。散歩するときも買い物するときも。英国紳士のダンディなんだよねぇ。
「こんにちは。店を見ていたのかな」
「はい、さっき外装が終わったって聞いて来てみました」
 セイさんも私の横に並んで、〈おもちゃのチヤチエチャ〉を眺めて。
「良い店になった。雰囲気がある」
「私もそう思っていました!」
 そう、一言で言えば雰囲気がある。いいお店ってどんな業種でもそうだよね。佇まいからして雰囲気があるものなんだ。この商店街にだってそういういい雰囲気のお店がたくさんある。
「ルカちゃんがこのお店を手伝うと聞いたのだが」
「そうなんです」
 セイさんはうちのお祖母ちゃんと仲良しだから、聞いたのかな?
「明日から、バイトです。下準備も含めてお手伝いします」
 うむ、ってセイさん頷きます。
「セイさんは、千弥さんと智依さんのことを知っているんですか?」
 いいや、って軽く首を横に振りました。
「もちろん、幼い頃に何度か見かけたけれどもね。その頃に話したことは一度もなかったのだが」
 だが?
 セイさん、にこりと微笑みます。
「チエさんが、フィギュアの原型師をやっていたのは聞いたかな?」
「聞きました」
「そして私はモデラーだ。そういう世界にももちろん詳しい。彼女の作っていた原型の見事さなどに感心していたよ。それが、茶木さんのあのお孫さんだったと知ったときには驚いた」
「そうだったんですね」
 その世界でも認められていた人だったんだ智依さんは。
「お店の形態の話も聞いたが、察するにルカちゃんは、あのカウンターで受付をするのかな?」
「そうですね。基本は千弥さんと二人で受付と、ガチャガチャやクレーンゲームの商品の管理です。智依さんはたぶん奥で製作や修理に励むことになるので」
 なるほど、ってセイさんも頷いた。
「でも千弥さんも昼間は動き回ることが多くなるだろうから、大体私が表にいて、休憩のときなんかは智依さんが出てくるって。そんな感じになるだろうなって言ってました」
 その辺はやってみてからなんだ。
 私は全然融通が利くから、あまりにもヒマだったらちょっと家に戻ってのんびりするし、忙しくなったらさっと来て手伝えばいいし、ってそんな感じに。もちろん、時間給でバイト代は貰うけれども。
「いいね」
「いいですか?」
「以前からルカちゃんが質屋を継いであそこに閉じこもってしまうのはちょっと惜しいと思っていた」
 そうなのか。
「茶木のおじいちゃんもそう言っていたそうです。それで私に声が掛かって」
 そんなふうに思われていたのは、ありがたいというか何というか。
「さて、店に行こうか」
「え、セイさんも?」
 セイさんが微笑む。
「二人が、私に頼みがあるというのでね。散歩に出るから私が寄るよって言ったんだ」
 そうだったんですね。

 わざわざすいません! ってジーンズ地のツナギ姿の千弥さん智依さん。このツナギは制服なんだって。私も明日からこれを着るんだ。ジーンズ地だけれど、色は千弥さんが真っ白で、智依さんは真っ赤。そして私は黄色。このツナギも、実は智依さんの手作り。
 智依さん、本当に何でも自分で作れる人なんだ。
 フィギュアみたいなものはもちろんだけれど、服も縫えるし絵も描けるし彫刻もできるしとにかく何でも自分でやってしまえる。美大出身なんだって。
 作業室はけっこう広くて、もういろんな機材も揃っている。真ん中に畳二畳ぐらいの大きな木の作業台。
 紅茶をれて、私も貰ってしまって。千弥さんが壁にある棚から小さな人形を二つ持ってきて、ポン、って作業台に置いた。
 カワイイ女の子のフィギュア!
「あれ?」
 じっと見ると。
「これ、千弥さんと智依さんですか?!」
「そうなの」
「カワイイ! すっごくカワイイ!」
 二人のフィギュア。
「オリジナルで智依さんが作ったんですね?」
 黒髪ロングの智依さんが微笑んで。
 二人は本当にそっくりで顔なんかそれこそ人形みたいに同じなんだけど、髪形がまるで違う。金髪でショートなのが千弥さん、黒髪ロングで後ろで縛っているのが智依さん。
 その髪形のイメージ通りに、活発で元気なのが千弥さんで、大人しくて静かなのが智依さんなんだ。
「これは、見事だね」
 セイさんも手に取って、じっくりと見つめて言った。
「さすがだ。アニメ風に描いて3Dに起こしたのも智依さんだね?」
 智依さん、こくり、って頷いた。
「双子なので一種類描けば使い回しで楽です」
 笑ってしまった。でも本当にカワイイ。二人の似顔絵をそのままアニメ風にして3Dのフィギュアにして。もう見ただけで、千弥さん智依さんを知ってる人ならすぐにわかる。
「ひょっとして、これもガチャガチャの中に入れる商品にするんですか?」
 ううん、って千弥さんが首を横に振った。
「私たちじゃなくて、〈花咲小路商店街〉の花たちを」
「花たち?」
「ここには、看板娘がたくさんいるでしょう? 〈花の店 にらやま〉の花乃子かのこさんとめいちゃん、〈久坂寫眞くさかしゃしん館〉の樹里じゅりさん、〈バーバーひしおか〉のせいらちゃん、〈ナイタート〉のミケさん、〈ミュージック国元くにもと〉の美代みよちゃん、〈たいやき 波平なみへい〉のユイちゃん、〈バークレー〉の奈緒なおちゃん、〈ラ・フランセ〉の美海よしみさん。それに伝説の看板娘の〈和食どころ あかさか〉のうめさん」
 梅さんも! 
 でも、確かにそう。〈花咲小路商店街〉にはその名前の通り、花が咲くようにきれいな、もしくはカワイイ看板娘がたくさんいるんだ。
「皆さんをこうやってフィギュアにして、〈花咲小路商店街〉のカプセルトイのマシンを専用に作るの。もちろん、商店会に話をして賛同も貰った。それぞれの看板娘の皆さんにも、商店街のためならって許可も貰った。他にも何人かいるから、第一弾、第二弾って感じでシリーズにしようと思ってるの」
「すっごくいい!」
 本当に千弥さんって、アイデアマン、いやウーマンだ。
「むろん、こうやってアニメ風にデザインして、だね?」
 セイさんが訊いて、千弥さんが頷いた。
「大部分は。でも、たとえば梅さんとか、あるいは花乃子さんとか、そのままじゃないけどリアルに表現した方が映える人たちはそうしようかな、と」
 うん、ってセイさんも頷いた。
「いいアイデアだ。すると、その〈花咲小路商店街〉のカプセルトイだけは、商店街での買い物と上手く連動させて買える仕組みにする、という話だね」
「その通りです! さすがセイさんです」
「今、商店街で使っているポイントカードと連動させます。もちろん、この看板娘フィギュアのことを知らせないとならないので、そこはうちのサイトやSNSで広めていきます」
「これが欲しかったら商店街でいろんなものを買ってね食べてね使ってね! ってことですね?」
 そう! って千弥さん。
 いいなぁこれ。
「そのうちにね瑠夏ちゃん。すばるちゃんにも登場してほしいの」
「すばるちゃんに?」
「すばるちゃんとあの赤いシトロエンってすっごく絵になるでしょ? シトロエンをそのまま使っちゃうのは権利関係がややこしくなるのでオリジナルの車を描いて、すばるちゃんと一緒にフィギュア化するの」
 それもいい! 私が欲しい!
「女性だけじゃなく、男性たちも登場させたいんです。〈花の店 にらやま〉の柾さんと柊さん、〈久坂寫眞館〉のじゅうさん、〈バーバーひしおか〉の桔平さん、〈白銀しろがね皮革店〉の克己かつみさん、〈カーポート・ウィート〉のすばるちゃん。他にもまだいますよね看板娘ならぬお店の二枚目がたくさん」
 あ。
「じゃあ! セイさんに頼みって」
 言ったら、セイさんが眼を丸くした。
「私もかね」
「そうなんです」
 智依さんが、さっきから作業台の上に置いてあったコピー用紙を裏返したら、そこには三つ揃いのスーツ姿のセイさんの絵。
「ステキだ!」
 カッコいい! 渋い! ダンディ! セイさんそのものだけどちょっとだけアニメ風でもある。この人のアニメ映画があるならゼッタイに観たくなる!
「ぜひ〈花咲小路商店街〉最大の隠しキャラ、トップシークレットとして、セイさんのフィギュアを製作させてください。セイさんだけじゃなく、仁太じんたさんにもお願いする予定です」
 仁太さんも!
「あ、じゅんちゃん刑事さんは?」
 千弥さんが、苦笑いした。
「ぜひお願いしたかったけれど、さすがに刑事さんはね。いろいろ難しくて無理かなって」
 そっか。警察官だもんね。それは無理か。
 なるほど、ってセイさんが微笑んだ。
「いいとも。私は店もやっていないが元は地主の家系だ。商店街の発展のためだ。喜んで協力しよう」
「ありがとうございます!」
 楽しみだ。
「それでね、瑠夏ちゃん」
「はい」
「これから皆の写真を撮って回ってイラストを起こしていくんだけど、私たちは茶木の孫ではあるけど新参者だから、瑠夏ちゃんに一緒に回ってほしいの」
「全然オッケーです」
 ほとんどが私たちのことを可愛がってくれてきたお姉さんお兄さんたちばかり。
「あ、瑠夏ちゃんも看板娘の一人だから、お願いね」
「私もですか?」
「〈田沼質店〉さんは、ちょっとお店の性格上〈看板娘〉としては出せないっていうので、〈おもちゃのチヤチエチャ〉の看板娘ってことで」
 え、それは私より二人の方がいいって思うけど。でも。
「いいですよ!」
 私なんかでいいなら。

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