10月9日に発売となる、小川糸さんの待望の新刊『小鳥とリムジン』。
「人を愛すること」をテーマに描かれた本作は、どのような経緯で生み出されたのか。
創作の裏側について、小川さんに伺いました。
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――『食堂かたつむり』では「食べること」、『ライオンのおやつ』では「死にむかうこと」というように、小川さんは人にとって不可避な、大切なものにスポットライトをあてて「生きること」を描き出してこられたと思うのですが、今回、『小鳥とリムジン』は、「愛すること」を通して「生きること」が描かれた作品だと思っています。
この作品が生まれたきっかけはどのようなものでしたか?
『ライオンのおやつ』で描いたのは死でしたが、私は死が全ての終わりだとは受け止めていなくて、それに続く次の作品として、命がどうめぐっていくのか、そのめぐりの次の展開を書きたいと思ったんです。
出産については以前別の作品で描いたことがあるので、今回は、命の誕生につながっていくその前のところを描きたいと思いました。
それから、ここ数年、サイン会に、小中学生で私の作品に出合って、そこからずっと読んでくれているという大学生や社会人になりたての読者の方たちがたくさん来てくれるんですが、そういう若い人たちが本当にかわいくてたまらなくて、そこにいるだけで光のかたまりみたいに見えるんですよね。
この子たちが理不尽に傷つけられることは本当にあってはならないと思うんですが、同時に、たくさんいただくお手紙からは、人知れず傷を負って苦しんでいる人たちが多いこともわかって。
できるだけそういう傷を負わずに済むようにというのと、傷を負わされてしまった人もただ傷を負ったままになってしまうのではない物語を描きたかったというのもあります。
――主人公の小鳥も若い女性ですが、過酷な環境にあって傷を負って、いろいろなことを諦めて自分の殻を固く閉ざしてしまっています。その彼女の感覚が、まずお弁当屋さんから漂うおいしそうないい香り、そしてハンドマッサージに使う精油の香りに出合うことで、徐々にほどけていくように感じました。この「香り」は意識的に盛り込まれたのですか?
そうですね。私自身が森で暮らすようになって、ハーブや薬草の勉強をするなかで、「香り」のもつ力をより強く感じるようになったんです。
小鳥はいろんな感覚を閉ざしてしまっていますが、嗅覚までは閉ざせない。香りは届きますよね。たとえば食べものが食べられなくても嗅ぐことはできる。
今の世の中の暮らしは、本来あるはずの感覚を麻痺させてしまうようなところがあると思うのですが、嗅覚は生命に直接結びつく感覚だと思うので、香りが導くものというのもあると思うんです。なのでそのあたりは意識しました。
今回、傷を負った人が、傷を負ってしまったから終わりではなくて、人と出会うことでも変わるし、自然治癒力というものもあるんだということを描きたかったんです。香りにはその自然治癒力を引き出す力もあると思うので。
――小川さんご自身が最近自然治癒力を感じたことはありましたか?
森で暮らすようになって肩こりがなくなったんです。以前はひどくて、鍼にも通っていたし、常に誰かにケアしてもらったりメンテナンスしたりする必要があって、肩はこるものと思っていたんですが、それがなくなりました。
そばにすぐに駆け込めるようなところがない環境なので自分でなんとかしなくちゃと思うようになったというのもありますし、体を動かす時間が増えたというのもあると思います。
太陽のリズムに添って、自然なことをして暮らすようになって、やりたいことしかやらないストレスのない状況になったら、自分で自分をケアするので充分になりました。
――本来もっている感覚がちゃんと発揮される日々になったからでしょうか。
主人公の小鳥は森に暮らしているわけではありませんが、彼女も少しずつ感覚を取り戻していきます。
小鳥にとって大きな転機のひとつが、コジマさんという、父かもしれない人との出会いですね。小鳥が、自分の人生や自分への信頼みたいなものを少しずつ取り戻していくときの最初のベースになる存在だと思いました。
小鳥は、母親との関係が全てだったところに父親の存在を意識したことで、感覚的に大きな方向転換があったというか、いろんなことの見え方や受け取り方が変わったんだと思うんです。
出会いそのものは向こうから来たものでも、コジマさんと一緒にいることを決めたのは小鳥の選択です。人生は選択と実行の繰り返しだと思うのですが、小鳥は、ちゃんと選択して、切り拓いたんです。
小鳥の境遇だと選択肢はとても少ないんですけど、でもゼロではない。その少ない選択肢をどう活かすかは本人次第で、たとえば転んだあとに下を向くのか、上を向くのかも、本人の選ぶことなんですよね。
小さなものから大きなものまで、日々の選択を積み重ねて人生は変わっていくんだと思います。
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小川糸『小鳥とリムジン』
10/9頃発売予定
<あらすじ>
主人公の小鳥のささやかな楽しみは、仕事の帰り道に灯りのともったお弁当屋さんから漂うおいしそうなにおいをかぐこと。
人と接することが得意ではない小鳥は、心惹かれつつも長らくお店のドアを開けられずにいた。
十年ほど前、家族に恵まれず、生きる術も住む場所もなかった18歳の小鳥に、病を得た自身の介護を仕事として依頼してきたのは、小鳥の父親だというコジマさんだった。
病によって衰え、コミュニケーションが難しくなっていくのと反比例するように、少しずつ心が通いあうようにもなっていたが、ある日出勤すると、コジマさんは眠るように亡くなっていた。
その帰り、小鳥は初めてお弁当屋さんのドアを開ける――