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シリーズ化希望! 多彩な魅力を持つ、新鮮な捕物帳【評者:細谷正充】

 浪華なにわか江戸か。築山桂の時代小説を手にして、まず気にするのがこのことである。というのも一九九八年の第一著書『浪華の翔風かぜ』を刊行してからしばらくの間は、NHK土曜時代劇「浪花の華 ~緒方洪庵おがたこうあん事件帳~」の原作になった「緒方洪庵 浪華の事件帳」シリーズや、『鴻池小町こうのいけこまち事件帳 浪華闇からくり』、「甲次郎こうじろう浪華始末」シリーズなど、浪華を舞台にした時代エンターテインメントを、次々と発表していたからだ。その後、江戸を扱った作品も増えていき、主に二つの都市を舞台にしているのである。だから浪華か江戸か、気にしてしまうのだ。
 そんな作者の最新刊は、タイトルから分かるように江戸が舞台である。主人公は、本所のあづま橋が見える場所にある、石細工をかんざしに使う小間物屋「くじゃく屋」の主のおしち山間やまあいの村で暮らしていたお七だが、十歳のときに両親が亡くなり、「くじゃく屋」を営む祖父に引き取られた。以後、好きな石と共に成長したが、一月前に祖父が亡くなり十八で店を継いだ。しかし祖父が病で寝付いたときに番頭が店の金を博打ばくちにつぎ込み、その借金の返済に困って、ある理由で「くじゃく屋」を憎んでいる廻船問屋かいせんどんやの「甲州屋こうしゅうや」にすがって金を借り、そのあげく家族を連れて江戸から逃げ出した。残った五十両の借金の返済期限は三ヶ月後だが、そんな大金を用意することはできない。もっとも「甲州屋」の主の千右衛門せんえもんが狙っているのは、「くじゃく屋」の家宝ともいうべき孔雀石くじゃくいしの大玉と、お七をめかけにすることであった。
 追い詰められた状況に、鬱々うつうつとするお七。そこに現れたのが〝遊び人のきんさん〟を名乗る浪人だ。長崎で目にした、時によって色が変化する、色変わりの石を探しているという金さん。どうやら西洋の石らしい。また旗本の家の出らしい金さんは、何者かに頼まれ、市井の騒動を調べている。店に出入りするようになった金さんと共にお七は、さまざまな騒動や事件にかかわることになるのだった。
 というのが物語の大枠だ。全四章の連作になっており、最初は主が亡くなってから客層が変わり、悪い噂の絶えない深川の料亭のお家騒動に、お七が巻き込まれる。料亭を仕切る先代の後妻と、それをなんとかしようとする先々代の妻。しかし二人とも性格が悪く、善悪の構図に収まらないところが、物語の妙だろう。お七の石の知識(「あとがき」で分かるが、作者はかなりの石好きである)と、金さんの活躍によって迎えるラストが気持ちいい。
 続く第二章は、恋のまじないを絡めて勾玉を売る、修験者姿の木化坊石斎もっかぼうせきさいが登場。その勾玉が原因で起きた騒動を何とかしようとする金さんが、お七を誘って石斎がいる両国広小路の屋台に赴く。ところがこの石斎、気のいい人物で、石細工の腕も確かだ。お七は石斎を、自分の店で雇えないかと考える。騒動の裏に潜んだ真相はかなり複雑で、読みごたえあり。また、金や身分の力によって我意を通そうとする者たちに、お七や石斎が浴びせる言葉が痛快だ。
 第三章は、無人のいおりにあるたたりの仏像の目にはめこまれた石が、色変わり石かどうか確認しようとした金さんとお七が、死人まで出た事件とかかわることになる。ラストの第四章は、前章の流れを汲みながら、大きな事件の真相が暴かれる。どの話にもお七の石の知識が活用されており、新鮮な捕物帳として楽しく読むことができるのだ。
 さらに「甲州屋」の借金をどうするかという、タイムリミット要素が、ストーリーを面白くしている。意外なほど商売上手な石斎も加わり、前途に希望が見えてきたかと思えば、第四章の冒頭で、いきなり「甲州屋」から五日後に返済するよう命じられる。いったいお七はどうなってしまうのか。詳しくは書かないが、こういう方向に行くのかと感心させながら、読者が納得できる着地点に、見事に到達するのだ。
 そしてそれ以上に見逃せないのが、お七と金さんの恋の行方だ。遊び人の金さんの正体は、時代小説や時代劇でお馴染みのヒーローである。作者は徐々にその正体を明らかにしながら、しだいに二人の距離を近づける。第三章で金さんが色変わりの石を探す真の理由が明らかになり、お七がショックを受けるなど、恋心も一筋縄ではいかない。かなり鈍感なお七の恋を、やきもきするしながら応援するのも、本書の大きな楽しみなのである。
 その他、崖っぷちだった「くじゃく屋」がしだいに活況を呈していく、お仕事小説の面白さ、酸いも甘いもみ分けた石斎の言動や、向かいのそば屋夫婦を始めとする、近所の人々の心遣いに嬉しくなる。強い力を持つ「甲州屋」のせいで近所の人たちは表立って協力できないが、ちょっとしたことで手を差し伸べてくれるのだ。こうした人情譚にんじょうたんの部分にも注目したい。多数の魅力を持つ本書。できればシリーズ化してほしいものだ。

■ 書籍情報『本所あづま橋小間物細工くじゃく屋 色変わりの石』
美しい「石」がもたらす事件が、心を癒し絆をつなぐ――祖父の残した店を守るため奮闘する少女の姿に元気をもらえる人情時代小説

■ 評者プロフィール
細谷正充(ほそや・まさみつ)
1963年埼玉県生まれ。書店勤務のかたわら書評などを手掛け、のち文芸評論家として独立。推理小説や時代小説の書評、解説を多数手掛ける。2018年より優れたエンターテインメント小説5作品を選出して「細谷正充賞」として表彰している。

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