あぁ、そうだった。連絡帳! お着替えセット! お布団セット! プールの日の検温!
本書を読みながら、二十年ちょっと前、息子を保育園に通わせていた日々を思い出す。一歳児クラスから入園できた保育園は、公立で駅近という、思い返せば入園できたことも、立地条件も、僥倖のような園だった。私が今も仕事を続けていられるのは、保育園のおかげだと言っても過言ではない(息子は超がつく虚弱児だったので、フルで仕事ができるようになったのは、息子に体力がついてきた年少クラスに上がってからだけど、それでも、一歳児、二歳児クラスで預かってもらえていなければ、仕事への復帰が大幅に遅れていたことは間違いない)。
なので、今でも保育園と保育士の先生がたには、感謝しかない。とりわけ、保育士の先生がたの、子どもたちに対する目配り、気配りには本当に頭が下がる。保育士のお給料が安い、というニュースを聞くたび、もっともっと報われなければいけない仕事なのに、と胸が痛む。
本書の主人公・内海文乃が勤めるのは、「認可保育園でありながら夜間保育を行う、東京で数少ない二十四時間体制の保育園」である「つづきの保育園」だ。まず、この設定に、お! となった。息子が保育園に通っていた頃は、公立だと延長保育は遅くとも午後7時くらいだったはず。それ以上の延長保育をしてくれるのは私立保育園しかなく、それでもせいぜい午後9時までだった記憶がある。数少ないとはいえ、ようやく24時間体制の保育園ができたんだな、と感慨深かったのだ。
何故なら、働く親の代わりに子どもを保育する場である保育園ではあるが、その「働く親」の想定が昼職限定のものであったからだ。そもそも、基本、園へのお迎えは午後5~6時。育児期間中の時短勤務が認められているか、完全リモートワークOKかでなければ、この設定はちょっと、いや、かなりキツい。フリーランスで基本在宅仕事の私でさえ、時間のやりくりが綱渡りの時もあった。
当たり前のことだが、「働く親」には、夜働く親もいる。夜間に働くというと、イコール水商売、のイメージが強いが、医師や看護師、介護士、警備員等々、にもローテーションの夜勤はあるわけで、その時にサポートしてくれる家族が身近にいない場合、そもそもがシングルマザー、シングルファーザーだったりする場合、その間、子どもを託す場所が必要なのだ。
大学の保育科を卒業した文乃は、新卒で公立保育園に勤めたものの、元来が夜型の体質だったため、六年目にして不調が出てしまう。夜、眠れなくなってしまったのだ。心身ともに疲弊した文乃は、ひと月休職したものの、その間も不眠は続き、結局退職。日中の仕事にはもう戻れない、と絶望していた文乃が見つけたのが「つづきの保育園」だった。
物語では、園に通う子どもたち、なかでも、お泊まりもありの「ほしの子部屋」を利用する子どもたちとその親、そして彼らとかかわる文乃のドラマが描かれている。
保育士歴六年、子どもファーストが染み付いている文乃が、「つづきの」で日々を重ねるうち、子どもファーストであるためには、彼らの親の事情、暮らしをも考慮せねばならないことに気がついていく過程がいい。「つづきの」での文乃の先輩保育士が語る「(保育所は)働いて生きるための、手段なのよ」という言葉が物語に通底しているところが、本書の肝で、そこが素晴らしい。
子どもが笑顔でいられるためには、まず親が笑顔でいなくてはならない。これ、すごく大事なことなんです。子どもは親が大好きなので、親の気持ちが安定していないと、親を心配してしまうのだ。どんなに幼い子でも、大好きな親だからこそ、些細な心の揺れにも反応してしまうし、そんな親を思い遣って自分も落ち込んでしまったり、逆に親を励まそうと、自分の気持ちを抑えてしまったりするのだ。だから、保育園は子どもの保育はもちろんだが、実は親をサポートすることを担う場所でもあるのだ。そこをちゃんと踏まえて描いているからこそ、物語に説得力がある。
並行して描かれる文乃個人の物語もいい。実は文乃と「つづきの」は、思いがけない縁で繋がっていたことが終盤、明らかになるのだが、そこも読ませる。また、若くして亡くなった文乃の父の恋人で、文乃に寄り添い、見守ってきた杏子と文乃のドラマもね、いいんですよ、これが。亡き父を真ん中にして繋がっていた二人の関係が、どんなふうに変化して、どこに落ち着くのか。そこにあるのもまた、子どもは大切な、大切な「星」なのだ、という作者の揺るぎない芯だ。いいなぁ、本当に、いい。
ラストの1行は、本書を象徴する1行だ。その素晴らしさを、どうか噛み締めて欲しい。
■ プロフィール
吉田伸子(よしだ・のぶこ)
書評家。1961年生まれ、法政大学文学部哲学科卒。著書に『恋愛のススメ』(本の雑誌社)。

