ブレイディみかこさんの初の長編小説『両手にトカレフ』の文庫が11月6日に刊行されました。文庫化を記念して、連載、単行本、文庫とイラストを描かれたイラストレーターのオザワミカさんとの対談をお届けします。
【あらすじ】
寒い冬の朝、14歳のミアは、短くなったスカートを穿き、図書館にいた。そこで出合ったのはカネコフミコの自伝。ミアは読み進めるうち、同級生の誰よりもフミコが近くに感じられた。一方、学校では自分の重い現実を誰にも話せなかった。けれど、同級生のウィルにラップのリリックを書いてほしいと頼まれたことで、ミアの世界は少しずつ変わり始める――。
連載は、イラストレーターさんとの共同作業だった
ブレイディみかこ(以下、ブレイディ):私は、ノンフィクションや社会時評などを主に書いているので、『両手にトカレフ』がはじめての長編小説でした。ノンフィクションは字だけ、もしくは写真を入れるぐらい。今回は、連載ということもあり、イラストレーターさんとの共同作業という感じがしました。
とくに印象に残っている絵がいくつかあって、最初に描いていただいた主人公のミアとフミコが背中合わせになっている絵もそのうちの1枚です。
オザワミカ(以下、オザワ):連載の最初のお話を読んで、この2人の女の子を書こうと思った時に、この子たちは向き合わないなと思ったんです。
どこかでちゃんと繋がっているけど、この2人はお互いの目と目を見合って結びつくタイプじゃないぞ、と。だから、背中合わせになりました。
ミアは強い女の子なんだけど、捨て猫みたいな強さというか、大人を簡単には信用しないぞという強さを持っている女の子が描けたらなあと思っていました。ブレイディさんのお話があってこそのあのミアの顔です。
ブレイディ:フミコもそうなんですけど、大人と子供が混ざり合っている。少女じゃないですよね。
オザワ:無邪気に子供ではいられない人だったんだろうなとすごく思いました。
ブレイディ:そうならざるを得ないというか。2人のクールさも、うまく表現していただきました。
2人が向き合わないということで言うと、もう一つすごく印象に残っている絵があります。それも、2人が背中合わせで、反転して、手を伸ばし合っている絵。
オザワ:ああ、うれしいです。
ブレイディ:よくあるシスターフッドというのは、肩を抱いていたりとか、向き合っていたりとか、一緒にやろうよという感じなんですけど、この2人はそうじゃないじゃないですか。
オザワ:フミコは友達ではないけど、ミアにとって必要な存在になってくるんだろうなと思い、ほどよい距離を保ちながら、でも確実につながっていく2人を描けたらいいなと思っていました。
英ブライトンの図書館に金子文子の自伝があった
ブレイディ:このお話を書こうと思った時に、日本の大正時代のフミコと現代のイギリスのミアは、あまりにもかけ離れているから、普通一緒に走らそうとは思わないというか、どこで結びつくのかと思いますよね。
それが結びついたのは、私が住んでいるブライトンの図書館に、金子文子の自伝の翻訳本があったからなんです。
オザワ:そうだったんですね!
ブレイディ:アメリカの出版社から出ているみたいなんですけどね。それがイギリスにあったというのは、ブライトンがちょっと特殊な場所で、アナキストが昔からすごく多いんです。
ブライトン名物はブライトンロックとアナキストと言われるぐらい、アナキストが多いんですよね。本の中に出てくるカウリーズ・カフェは、カウリーズ・クラブという名前で実在していて、そこがアナキストのたまり場みたいになっています。
私がアナキズムという思想に割とかぶれているというか、好きなので、やっぱりそういう思想が『両手にトカレフ』にも散りばめられています。
英語圏では、金子文子はアナキストとして知られているんです。日本だけじゃなくて、韓国ともかかわりがあって、国際性もある人ですし。そこまで有名なラッパーじゃないんですけど、アメリカのラッパーが、カネコフミコという曲を作ったらしいんですよ。
オザワ:そんなに知名度があるんですね!
ブレイディ:だから金子文子のような境遇にいるというか、貧困とか、いろいろ苦しい状況にある子がフミコの自伝を読んだらどう感じるかな、というところが出発点だったんです。
こんなに時代も場所も違うのに、どうして同じところがあるんだろうと、逆に親しく感じられる部分もあるのかなというのがあって。みんなでがんばっていこうよと、手を取り合ってやっていくという関係よりも深みがあるじゃないですけど。
オザワ:現実にすぐ近くにいないからこそ慣れ合わないで、本当に親和性が持てるみたいなところがきっとあるんですよね。
金子文子の本が、ブレイディさんが住んでいらっしゃるところに、実際にあるということにびっくりしました。
ブレイディ:図書館で本を見つけたのは10年近く前の話で、そこで止まっていたんですけどね。小説を書いてみようという話になったときに、蘇ってきました。
*
対談の続きはこちら!