ブレイディみかこさんの初の長編小説『両手にトカレフ』の文庫が11月6日に刊行されました。文庫化を記念して、連載、単行本、文庫とイラストを描かれたイラストレーターのオザワミカさんとの対談をお届けします。
【あらすじ】
寒い冬の朝、14歳のミアは、短くなったスカートを穿き、図書館にいた。そこで出合ったのはカネコフミコの自伝。ミアは読み進めるうち、同級生の誰よりもフミコが近くに感じられた。一方、学校では自分の重い現実を誰にも話せなかった。けれど、同級生のウィルにラップのリリックを書いてほしいと頼まれたことで、ミアの世界は少しずつ変わり始める――。
『両手にトカレフ』の装丁を「すげえクール」と息子が言っていた
ブレイディ:うちの息子は、『両手にトカレフ』の装丁が一番好きなんですよ。単行本が出た時に、息子がめちゃくちゃ褒めていました。日本のアニメ文化と、アメコミというか、欧米のコミックの感じが、混ざり合っている。
いま日本文化というか、日本旅行のブームがあるじゃないですか。イギリスでも、日本に行きたい人たちが多いんですよ。若い子は、日本のアニメを見たり、マンガを読んだりしているし、そういう子たちからすると、和洋折衷の今風の感じなんですって。だから、息子が「すげえクール」と褒めていました。
オザワ:『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の息子さんですよね!? すげえ光栄です。
ブレイディ:オザワさんの描かれるイラストは、繊細さと強さを感じるんです。最初にイラストの候補として、オザワさんの絵を見せていただいたとき、「イギリスっぽくてドンピシャだと思います」と言ったのを覚えています。
オザワ:そうだったんですか!
ブレイディ:イギリスの天気の悪さというか、なんかどんよりしている感じというか、どんな色にもちょっとグレーが混ざっているような、そういうものをオザワさんのイラストから感じるんですよ。うまく言えないんですけどね。私は、けっこうイギリスのどんよりしている感じが好きなんです。
オザワ:ああ、嬉しいです。私がしめっぽい人間なので、絵にもそういう部分があるのかも。海外には、ほとんど行ったことがないのでわかりませんが、確かにアメリカ感はなさそうです。
ブレイディ:うん、絶対違うと思います。
オザワ:ロンドンパンクの文化は大好きですし、視覚的にモッズコートとか好きでした。息子の成人式の時も、普通に写るだけでは楽しくないと思って、スーツの上にモッズコートを着てもらい、靴もそれっぽいものを履いてもらったので、やっぱりそっちの文化は好きなのかも。
ブレイディ:かっこいい。
オザワ:ビジュアルという点でいうと、イギリス好きなのかも。ジェレミー・ブレッドのシャーロック・ホームズのドラマも大好きだったので、そういうのが影響しているのかもしれないですね。
ブレイディ:そういうものを感じるイラストですよね。だから、別のイラストレーターの方が描いていれば、アメリカ的になっちゃったかもしれないですね。
オザワ:なんか自覚してなかったんですけど、嬉しいです。よかった。
ブレイディ:だから本当に、オザワさん以外にはない。ミアを見ると、他にチョイスはなかったんじゃないかなという気がしますよね。
オザワ:嬉しいです。もうこれは声を大にしてXで叫びたいぐらいです。
絵がお話を書くのを助けてくれた
ブレイディ:連載の時のイラストは本当にどれも素晴らしくて、文子の龍の絵もすごいんですよね。書店さんが、連載の絵を展示してくれないかな。
オザワ:わ、嬉しいです。連載の挿絵をインスタグラムで何枚かアップしたら、『両手にトカレフ』を読まれただろう方が見に来てきくれて、「いいね」を押してくださったこともありました。
ブレイディ:ウィルも、こういう顔をしているのかと思いつつ、そうだよね、こういう顔をしてるよね、とイメージ通りでした。こういう優しい顔をしている子だったら、こういうこと言っちゃうよねとか、テキストメッセージを送っちゃうかもねとか。
オザワ:嬉しい。挿絵とかカバーイラストに、登場人物の顔を描かないでほしいという作家さんも、けっこういらっしゃるみたいなんですけど。
ブレイディ:そうなんですね。
オザワ:そうなんです。イメージが固定されてしまうので、嫌だと言われる方も多いらしいんですけど、『両手にトカレフ』では描かせていただいて、大丈夫かなと思っていました。
作家さんから見て、違和感はないかなというのをいつも気にしているので、ブレイディさんに直接お伺いできて、本当によかったです。
ブレイディ:私は、はじめての長編小説だったので、一緒に走ってもらった感じがあります。一緒に作ってきたキャラクターという感じがすごくしていますね。
オザワ:ええ、すごく嬉しいです! 勝手に参加しちゃっている感じで、申し訳ないですけど。
ブレイディ:いやいや、すごく刺激をいただきました。
オザワ:本当ですか? 邪魔になってなければいいなとは、いつも思います。
ブレイディ:連載のとき、オザワさんのイラストをしばらくじっと見ることがありました。この人だったらこうするだろうなとか、こういうこと言うだろうなとか。原稿を書いているときに、絵のイメージがふっと出てきて助けてくれるみたいな感じがありました。
オザワ:嬉しいです。もうこれは録音して、寝る前に何回も聞きたい。
ブレイディ:わたしは、言葉を書く仕事をしている人間にしては、わりと映像でよみがえってくる方なんです。映像をもらって、それを言葉に起こしているみたいな部分がありました。
お話ができあがる前に、絵を描くことも
オザワ:お芝居のチラシを描かせていただくことがたまにあるんですけど、脚本が上がる前に先に絵を描くということがよくあるんですね。脚本家の方からこういうお話を書こうと思っているということを聞いて、絵を描き始めるんですよ。
ブレイディ:ええ、それ難しいですね!
オザワ:脚本家の方が、「チラシの絵を見て脚本が書けたよ」と言ってくださることがあって。
ブレイディ:それ、めっちゃ分かります。
オザワ:本当ですか? そんなことあるなんてすごいと思っていたんですけど、今日、作家さんのイマジネーションってやっぱりすごいんだなと思いました。
ブレイディ:わたしは小説家じゃないからか、イメージを喚起するものをもらうのが割と難しいというか、イメージを喚起するものに出合うのが一苦労みたいなところがあるのかなと今思いました。最初に絵を描いていただいて、それに話をつけていくというのもありかもしれない。
オザワ:私は作家さんのお話があるから、絵を描けるというのがとてもありがたいんです。でも、確かにその逆の立場を一度味わってみるのもありなのかもと思いました。
ブレイディ:絵からお話が生まれるみたいなのも面白いかもしれないですね。
オザワ:すごくドキドキしますが面白そうです。
今日は、とても素敵な機会をいただいて、本当にうれしかったです。ありがとうございました。
ブレイディ:こちらこそ、ようやくオザワさんとお話しできて、うれしかったです。どうもありがとうございました。