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第3回

その贈り物に込める思いは

3 その贈り物に込める思いは

〈たいやき波平〉さん。
 私がうんと小さい頃にはまだ和菓子とかも売っていたそうなんだけど、作っていたおじさんやおばさんが亡くなってからは、たいやき屋さんになったんだ。そして、警察官だった禄朗さんがお店を継いだ。禄朗さんが以前は警察官だったっていうのは、私も後から知ったんだけど。
 お店は二丁目の中通り。すごく小さなお店で六畳間ぐらいしかない。そこでたいやきを焼いていて、四人座れるカウンターと、小上がりに座卓。あんみつとぜんざいもあるんだよね。商店街で育った私たちみたいな子供たちは、ゼッタイに食べに来てる。
「こんにちはー」
 のれんをくぐって入ると、たいやきを焼いてる背の高い禄朗さんと、やっぱり背が高くてスラッとしたユイさん。禄朗さんは甲子園球児だったし、ユイさんは射撃のオリンピック選手だった。二人が結婚するってわかったときには、産まれてくる子供は一体どんなスポーツのエリートになるのかって皆が話してたっけ。
「いらっしゃい瑠夏ちゃん。茶木さんも」
 この間、挨拶に来たもんね。ユイさんを看板娘でフィギュアにしたいって話もOKもらっているし。禄朗さんは、千弥智依さんが小さい頃に〈玩具の茶木〉に住んでいたことも覚えていたし。
「開店準備終わったので、たいやき食べに来ましたー」
 私が言うと、禄朗さんがちょっとだけ口元を緩めて頷いて。
「新しいのを焼くから」
「お茶は緑茶でいいですか? ほうじ茶もありますけれど」
「あ、じゃあほうじ茶でお願いします」
「一人一個でいいのかな」
「いいです」
 千弥智依さんはこんなところでもユニゾンで答えてしまうんだ。私もほうじ茶で。他にお客さんはいなかったので、三人でカウンターに座って、禄朗さんがたいやきを焼くのを眺める。
 ここのたいやきは、一匹ずつ焼いていくもの。一丁焼きとか、天然物とか言うんだって。他のたいやき屋さんに行ったこともあるけど、そこのは五匹とか六匹とかまとめて焼くタイプだった。
 もうすぐこの二人は結婚する。〈海の将軍〉のところでの人前結婚式は前にも出たことあるけど、すごく賑やかで華やかで、楽しみ。
「もうすぐ結婚式なんですよね」
 千弥さんが言うと、ユイさんがちょっとはにかみながら頷いた。
「私たちも参列させていただきますので」
「ありがとうございます。ちょっと恥ずかしいんですけど。あ、でも瑠夏ちゃんも予定はあるんだよね」
「あー、そうです」
 私とすばるちゃんが結婚するのはもう商店街の人は皆知っていて、当然〈海の将軍〉のところで人前結婚式だろうって。禄朗さんとユイさんのもそうなるだろうけど、商店街の人同士の結婚式だからもうほとんど全部のお店の人たちが参列して、まるでお祭りみたいになるだろうって。
「私たちはもうちょっと、たぶん数年後になると思いますけど」
 全然急いでない。すばるちゃんもこのまま駐車場をやっていくかどうかを考えているし、私も質屋を継ぐことを決めてはいるけれども、継がないで何か一生の仕事を探してもいい立場でもあるから。
「禄朗さん、ちょっと訊いていいでしょうか?」
「どうぞ?」
「そのたいやきの型は、オリジナルのものなんですか?」
 千弥さんが訊いた。
「型。いや」
 ちょうど焼き上がったみたいで、型からきれいに焼けたたいやきを取り出して禄朗さんが言う。
「うちのオリジナルではない。造っている製作所の、いわゆる既製品だね。はい、おまちどおさま」
 美味しそうなたいやきが竹皮の上に乗って出てくる。
「いただきまーす」
 本当に、ここのたいやきは毎日食べても美味しいと思う。
「それじゃあ、その型で作った同じ形のたいやきはあちこちにあるってことですね」
「そこの製作所の型を使っていれば、そういうことになるね」
 そうか。たいやきの形なんて考えたことなかったけれど、同じ型を使っていればそうなるのか。
 禄朗さんが、うん、って頷きながら、今使ったばかりのたいやきの型を一度手に持って見てから言った。
「千弥さん」
「はい」
「〈なんでも作ります〉ってことだったけれど、こんな鋳物を造ることはできるのかい」
「できますよー!」
 智依さん。
「もちろん鋳物をうちの店内で造ることはできないので、提携してくれる鋳物工場がありますから、うちで型を製作して、それを持ち込んで造ってもらうってことになるんですけどー」
「型を作るんですか?」
 ユイさん。
「そうなんですー。鋳物っていうのは最初の型は大体は木製なんです。ですから、うちでその木製のたいやき型を作って持ち込んで、鋳物を製作してもらう、っていうパターンです」
 うん、って禄朗さんが頷く。
「その最初の木製の型を造るときに、パソコンでシミュレーションみたいなことはできるかな。つまり、焼かれた皮の厚さがどれぐらいだと、中身の餡の量はどれぐらいになる、なんて感じなのは」
「できますよー。うちの場合はパソコンで3Dで型を作ります。そのときに」
「計算するんだ? 皮の厚さがこれぐらいなら、餡の量はこれぐらいって」
「そうです。そういうこともできますしー、たいやきの鯛をどんな形にするかもいろいろ作ることもできますよ」
 うーん、って禄朗さん。
「禄朗さん、新しい型を造ろうって思っていたんですか?」
 ユイさんが訊いたら、頷いた。
「いや、訊かれて思い出したんだけど、結構以前から考えていたんだ。この型じゃなくてもっと自分の納得できる形のたいやき器はないものかなってね。でも手に入れられる一丁焼きのものはどれもこれも似たようなものだったので、それなら買い替えるまでもないな、と」
「うちでなら、理想の形を追求できますよー。3DCGで本物みたいな出来上がりのたいやきを作って見せられます」
「お休みの日にうちに来てもらって、智依が作るCGを見て指示してもらいながらやれば手っ取り早いですよね」
 千弥さんもそう続けて。
「でも、そうなると製作費も当然高くなりますよね。デザイン料とかも入りますよね」
 ユイさんに、ニコッて千弥さんが微笑んだ。
「木型は絶対に造らなきゃならないもので、鋳物工場に直接お願いしても木型製作費が別途掛かります。だから、うちがその分を頂いて、プラスデザイン料としては三万円から、ですね。幅があるのは、最終デザイン決定までの作業量によります」
 禄朗さんが頷いた。
「だから、僕が直接店に出向いて指示を出してさっと決めちゃえば安く上がると」
「そういうことです。営業に来たみたいになっちゃいますけど、今発注していただければ、オープン記念サービスでどれだけデザイン決定までに時間掛かっても、デザイン料は三万円で請け負いますよ」
 仕事の話になっちゃった。
 ニコニコしながら千弥さん言ってるけれど、ひょっとして千弥さん最初からこの話題を持ち出そうって考えていたのかな。そうだよねきっと。ここに挨拶に来たときから、あの一丁焼きの鋳物を造ったらどうか、なんて。
 禄朗さんが、ユイさんを見た。
「どうだろう。予算は多少掛かってしまうけれど、結婚を機に新しい〈たいやき波平〉だけのオリジナルのたいやき器を造るというのは」
「いいと思います!」
 私もいいと思う!
「加えて」
 千弥さんがクルッと手を回して店内を示した。
「新しいたいやきの型が出来上がれば、それをイラストに起こして新しいのれんを作り、そしてグッズやノベルティなんかもどうでしょうか」
「グッズ」
「一丁焼きのたいやき器の形って可愛いんですよ。たとえばですけど」
 スマホを操作して何かの写真を出した。
「こういうキーホルダーとか、たいやきがついたお箸、湯呑み、お茶碗、いろんなものに展開できます。ちょこちょこ売れると思いますよ。手拭いとか作ってもいいと思います」
 カワイイたいやきの絵柄の手拭いだったら私も欲しいかも!
「〈おもちゃのチヤチエチャ〉の店内で、のれんとか手拭いも作れるんですか?」
「生地も織り機で作れますよー。でも手拭いにちょうどいい生地は安く購入してありますから、そこからの染めから仕上げまでわたしができますから」
 そう、織り機も作業室にあった! いったい智依さんはどれだけの技術を習得してるんだろうって思っちゃった。
「スゴイですね。じゃあ、たとえばまずは十枚手拭い作って、売り切れたらまた注文とかも」
「できます。全部うちで一個、一枚からの最小個数単位で作れますから他よりも手軽に簡単にできますねー」
「手拭い一枚、売値で八百円とかに設定すると、材料費制作費でうちの取り分は二百五十円ぐらいでしょうか。残りの六百円ぐらいが〈波平〉さんの利益です。デザイン料は最初にいただくとして、ですね」
「猫ちゃんいましたよね? 黒猫ちゃん。それもお店のキャラクターとして使えるかもしれませんね」
「招き猫ですね」
「今は、どこかで寝ていますね」
 一応飲食店なので、お店には出てこられないように柵を付けてあるんですよね。お客さんが皆猫好きとは限らないし、アレルギー持っている人もいるだろうし。
 話がどんどん進んで行っちゃう。私はたいやき食べてるだけなんだけど、これもアルバイトとしてのお勉強の時間なんだろうな。〈なんでも作ります直します〉の受付としての進め方。
「いいね。のれんも新しくして新装開店ぐらいの気持ちでやるのもいいかもしれない」
 そう思います。結婚して晴れて二人でお店をやっていくんだから。
「あ、それじゃあ禄朗さん。正式に発注いただくのはうちが開店する明日以降にするとして、今の一丁焼きのたいやき器の写真を撮らせていただけますか? 参考資料にしますから」
「あぁ、いいですよ」
 禄朗さんが使っていないたいやき器をひょいと持ってカウンター越しに。
「そっちに置いて撮る?」
「すみません、ちょっとお借りします。カウンターに置いても大丈夫ですね?」
 大丈夫、って頷く禄朗さんに、智依さんが手を伸ばしてたいやき器を受け取ろうとした。慎重過ぎるぐらいにゆっくりと、禄朗さんの手にちょっと触れながら。
 その仕草が、ちょっと気になっちゃった。今、智依さん何かした? って。
「いい道具です。使い込まれて、まさしく職人の道具です」
 そう言いながら千弥さんがスマホで写真を撮ってる。
「サイズ測るね」
 智依さんがどこから出したのか布製っぽい小さなメジャーをしゅるしゅる伸ばして、たいやき器の寸法を細かく、そしてものすごく丁寧に測ってサイズを言う。千弥さんは素早くビデオに切り替えて動画撮影してる。何も言わずともすべてがツーカーみたいな感じで流れていく。
 本当にスゴイなこの二人、って思ってしまう。
「はい、オッケーですー。お返しします」
「それじゃあ、禄朗さん。明日以降お休みの日に、うちまでお越しくださいますか。その場ですぐにたいやき器のデザインができるように準備しておきますから。もちろん、その他ののれんやグッズのデザインも含めて、プレゼンできるようにしておきます」
「あっ、ユイさん。黒猫ちゃん、クルチェちゃんでしたっけー。写真撮れます?」
「いいですよ。中に入ります?」
「お邪魔します」
 智依さんがスマホを手にして、お家の中へ。
「それと、禄朗さん」
 千弥さんが、ちょっと姿勢を正して禄朗さんを見た。
「今日お邪魔したのは、たいやきを食べたかったのもありますけれど、実はお義父様である権藤さんから頼まれたことがあるからなんです」
「権藤さんから?」
「はい、結婚祝いの品をうちで作ってくれるということなんです」
 あぁ、って禄朗さん。ちょっと苦笑いした。
「何を頼んだんですか?」
「いえ、それはまだ内緒ということで。確認なんですけれども、禄朗さんもユイさんも、身に付けるものでアレルギーとかはありませんか? 指輪がダメだとかそういうのは」
 いや、って禄朗さんが軽く首を傾げた。
「二人ともそういうのはないね。ユイはピアスも付けることあるから大丈夫だろうし。指輪もこうして」
 そう、薬指に指輪があるんだ。すごくシンプルな指輪。
「結婚指輪はもう二人ともしているので」
「では大丈夫ですね。念のために、指輪を作るかどうかはわかりませんけれど、指のサイズも測らせてください。首回りも。あ、智依、サイズ測って」
 クルチェちゃんの写真を撮ってちょうど戻ってきた智依さんが頷いて、まずユイさんの指と首回り、ついでにって肩幅や腰回りっていう身体のサイズも。そして失礼します、って禄朗さんに近づいて、同じように。
「身体も測らせてもらったので、これでお店のユニフォームもうちで作れますよ。いつでも言ってください」
 それもナイスかも。

「たいやき、美味しかったー」
「本当に。ねぇ瑠夏ちゃん〈波平〉さんのは本当に美味しい。絶妙な味よね」
「そう思いますよね!」
〈おもちゃのチヤチエチャ〉に戻ってきて、第一声。
「今までけっこうあちこちの、東京の有名どころのたいやきも食べてきたけど、〈波平〉さんのあんこは絶品!」
「皮もねー。あの表面のぱりぱり感と中が意外なほどにもっちりしていてー。どうやって焼いたらあんなふうになるんだろうって思ったけど」
「焼き方は普通よね。普通に焼いてるのに。やっぱり生地の配合とか焼き加減の微妙さなんだろうなぁ。もう毎日食べたい」
「週末には行列できますからね〈波平〉さん」
 それこそ東京はもちろん、他の県からも買いに来る人がいるぐらいなんだ。
「わかってるから私たちは週末は買いに行きませんよ。忙し過ぎるから」
「そうよね。うちもそれぐらい繁盛するお店にしなきゃ」
 そうなったらいいと思うけれども。
「それで、千弥さん智依さん、何かわかったんですか? たいやき食べて」
 訊いたら、千弥さんは智依さんを見た。
「どう?」
「たいやきは最高」
 そう言って笑った。
「いくらなんでも、たいやきを食べても何もわからないわねー。とんでもなく美味しいっていうだけで。でも」
「でも?」
 智依さんは、うん、って頷いた。
「あのたいやき器には、魂込もっていた」
「たましい?」
 魂って。
「その人が、その物に込める思い。芸術家だけじゃなくて、どんな人だってどんな仕事だって、真剣に思いを込めてやっていれば使われたものにはその魂が宿る。わたしは、そう思ってるし、そう感じるんだー。だから、禄朗さんが毎日毎日使ってたいやきを焼いているあのたいやき器にも、魂込もっていた」
「それは」
「美味しいたいやきを焼く、っていう思い、ね。禄朗さんがあのたいやき器を持って焼いているところを見ていたでしょう? 瑠夏ちゃんも」
「見ていましたけれど」
 いつも見てるけれど。
「禄朗さん、全身の感覚をフルに使ってたいやきを焼いていた。一言も発しないで、眼で見て、耳で音を聴いて、手に伝わる熱を感じて、視覚聴覚触覚すべての感覚でその瞬間を感じ取ろうとしていた。筋肉すらそうよねー。その最高の瞬間にたいやき器を上げるために手を動かそうとする」
「それは、いわゆる〈職人の勘〉ね」
 千弥さんが言う。
 職人の勘。
 そうだね、って智依さんが続けた。
「あんなに美味しく仕上がるのは、もちろん仕込みの種やあんこの美味しさもさることながら、最高の焼き上がりを想定した〈職人の勘〉。それはきっと魂なんだと思うー。そしてたいやき器から感じたその魂は、ものすごく正直だったー」
「正直、ですか」
 智依さんが頷く。
「純粋な正直さ。嘘のまったくない純粋さ。ねぇ、禄朗さんって、すごく真面目で堅物で、ユイちゃんと付き合い出したときに皆が驚いたんですって?」
「そう、です」
 本当に皆が驚いていた。あの禄朗が?! って。
「別に無愛想ってわけじゃないんですけど、禄朗さんは真面目で無口で堅物で人付き合いも悪いしって感じでした」
 私たちは、ずっと年下なのでそんなに付き合いがあるわけじゃなかったけれども、それでもそういうのは伝わってきた。
 千弥さんも智依さんも、うんうん、って頷いた。
「きっと、そういうものに関したことなんだろうね。権藤さんがあの夫婦へ贈りたい願いって。正直で真面目で堅物な禄朗さん、でもそれ故に願いを込めたいほどの何かを抱えてしまっている。だから、そういうことがありませんようにって権藤さんは願いを込めた贈り物を作って贈りたい」
 正直で真面目で堅物だからこそ抱えてしまう何か。
「ユイさんは、とても素直で何事にも一生懸命な人です。ある意味では似た者夫婦だから、たとえば正直で素直な二人が、それ故に悪い人に騙されないように、とかでしょうかね?」
 智依さんが、あー、って大きく頷いた。
「当たらずといえども遠からじ、かもねー。父親である権藤さんがそれを知ってるってことは、既に二人にそういうことが振り掛かっていて、刑事であるからこそ気づいているのかもねー」
「事件的なことなのかな?」
「事件ですか?」
 千弥さんは、ちょっと顔を顰めた。
「権藤さんは詐欺とか泥棒とかそっちの方の担当刑事さんなんでしょう? だったら二人はその正直さとか真面目さで、何らかの事件みたいなものに巻き込まれたとか。でもそんな話は瑠夏ちゃん聞いてないでしょ? 誰かが事件に遭ったのならそれはあっという間に広まらない?」
「聞いてませんし、そうだと思います」
 商店街で起こった事件があったのなら、誰にも知られないで済むはずがないと思う。
「言ってしまうと、ひょっとしたら商店街を巻き込むようなとんでもない騒ぎになるので誰にも言えなくて、それを権藤さんは人知れず解決してあげたことがあるのかも」
 わー、そうか。
 全然そんなこと思いつかなかった。
「あるかもしれないですね。そうか、だから誰にも言えないって。でも、二度とそんなことがないようにって願いを込めて、広い意味で〈夫婦円満〉のお守りみたいなものをって」
 今後はそういうことに巻き込まれないようにって願いを込めた贈り物を、か。
 ゴンドさん、すっごくステキないいお父さんだー。離婚しちゃっているのはちょっとあれだけれども。
「でも、仮にそんな感じのものだとして、それにふさわしい結婚祝いの贈り物って、どんなものになるんですか?」
「そうねー」
 智依さんが、んー、って指を口に当てる。智依さん、考えるときに口に指を持っていく癖があるんだね。
「なんだろうねー。結婚祝いって本当に山ほどあるんだけれども、権藤さんの願いはかなり具体的なもので、それを聞かないでなおかつ納得させるのにふさわしいものとなるとー」
「いや、智依、もう答えは出てるかも」
「出てる?」
 千弥さんが、自分のスマホを私たちに見せた。
「この中に、ある。図らずも私たちちょうどいい仕事をしちゃったかも」

      ☆

 記念すべき〈おもちゃのチヤチエチャ〉オープンの日。
 開店記念の花籠やスタンドや胡蝶蘭が、ほぼ全部〈花の店 にらやま〉から届いて、花乃子さんたちがめっちゃ大忙しよ! って。
 全部で二十ぐらい注文が来たんだけど、あんな小さい店にそんなにたくさん花籠持って行っても逆に迷惑だからって、全部商店街のお店からだったので花乃子さんが取りさばいて、ちょうどいい数に収めたって。だから、華やかで豪華でかつシンプルな感じでとっても良かった。
 開店からすごい数の人が押し寄せる、なんてことはまったくなくて、もちろんそんなこと考えてもいなかったんだけど。
 でも、開店と同時にお客さんがやってきて、それが途切れることはまったくなかったんだ。ずっと店内にガチャガチャを回す音が響いていた。さすが五月五日のこどもの日で、子供連れのお父さんやお母さん、子供たちだけでやってくる小学生や中学生や高校生も、たぶん大学生もいた。
 もちろん、大人たちも。
 今日だけはざっくりお客様をカウントしていったんだけど、常に十人ぐらいのお客さんが店内にいて、とても賑やかだった。
 商店街の人たちも、休憩がてらたくさん来てくれて、ガチャガチャを回していった。中には純粋にいろいろ欲しくて回していった人もいたと思う。すばるちゃんを筆頭に。
 セイさんも来てくれて、世の中の流行りを知る良い機会だって言って、全部のガチャガチャを回してクレーンゲームもやっていったけれど、すっごく上手だった。全部一発で取っていったのには千弥さんも智依さんも驚いていた。
 カウンターにやってきて、発注してくれるお客さんもいた。とっても勉強になった。お母さんの肖像画を描いてほしい、っていうのと、古いラジオを直してほしいっていうの。でもラジオはうちより〈松宮電子堂〉に持っていった方がいいから、一応預かっておいて後で相談することにした。
 その他にも、死んじゃった猫ちゃんの木彫を作ってほしいっていうのがあったり、びっくりしたのはお祖父さんの胸像を作ってほしいっていう注文。思わず「きょうぞう?」って声を出してしまったけれど。
「いろんな注文があるもんなんですねー」
 千弥さんと二人カウンターに並んで座って。
「ねぇ、さすがに胸像には私も驚いた」
「造れるんですね? 智依さん」
 うん、って力強く頷く千弥さん。
「本当にあの子は何でも造れるの。大学時代も天才的な器用貧乏って言われてたのよ」
 褒め言葉じゃないような気もするけど、なんとなくわかる。

 ゴンドさんがやってきたのは、夕方の四時半。店内にはお客さんが何人かいたけれど、すっかり落ちついていた。ゴンドさん、今日は休みだって言っていたのにいつものスーツ姿。っていうかスーツ姿以外のゴンドさんを見たことないかも。
「初日から繁盛していたみたいだね」
「あ、わかりますか」
「そりゃあな。カプセルがかなり減っているじゃないか」
 そうなんだ。基本的にはカプセルの補充はお客さんがいないのを見計らってすることになってるんだけど、人気のものはあっという間に減ってしまって、すみませーん、ってその場で補充したこともあった。
「幸先良くって良かった」
「ありがとうございます。それで、ご注文いただいた結婚祝いのお品物なんですけれども」
 ゴンドさん、うん、って頷く。
「実は昨日、〈たいやき波平〉さんに三人で行って、たいやきを食べてきたんです。そこでですね、話の流れで禄朗さんからこういうものの発注をいただきまして」
「発注?」
 千弥さんが、パソコンをくるりと回してゴンドさんに向けた。そこには、昨日撮った一丁焼きのたいやき器の写真。
「たいやきを焼くやつだね。〈波平〉で使ってる」
「そうです。以前から禄朗さん、〈波平〉オリジナルのものは造れないものかと考えていたそうなんです。そこで、うちでできないかと訊かれたものですから、できます、と」
「ほう」
 ゴンドさんもちょっと笑顔になった。
「そりゃあいい商売になったね」
「はい。権藤さん、お気づきになりません?」
「気づく?」
 千弥さんが、指でディスプレイの一丁焼きをもう一度示した。
「そもそも、たいやきは〈鯛〉そのものが〈縁起物〉です」
 あっ、ってゴンドさん。
「そうだったな!」
 鯛は、縁起物。お祝いに付き物。
「とにかく鯛は古来より神事や慶事に使われている魚です。鯛なくしてお祝い事は成り立ちません。つまり」
 ゴンドさん、ポンッ! ってカウンターを叩いた。
「俺が、このたいやき器を造って贈れば、それは文字通りの最高の結婚のお祝い物になるわけだ!」
 その通りなんです。私も昨日聞いたときには思わず膝を打っちゃいました。
「ただ、権藤さんは『〈お守り〉のようなもの』というご注文でしたよね。〈夫婦円満〉というような願いが込められるような、と」
「そうだね」
「たいやき器を贈れば間違いなく縁起物としてふさわしいものですけれど、お守りのようなもの、というところは弱いです。そこで」
 千弥さんがマウスを操って、写真を入れ替えた。
 そこには、半分が金色、半分が銀色に塗られた一丁焼きのたいやき器のCG。智依さんが昨日ささっと作ったまるで本物の写真みたいなCG。
「これは」
「『〈お守り〉のようなもので結婚祝いにふさわしいようなもの』というご注文。けれどもどんな願いを込めるお守りかは言えない。広い意味で〈夫婦円満〉。それならば、金と銀。二つが合わさってひとつの鯛を造るこの形ならふさわしいんじゃないかと。古来より銀は女性、金は男性を意味していました。あるいは銀は月で金は太陽、そして、〈沈黙は金、雄弁は銀〉という有名な諺も古来よりあります」
 ゴンドさんの顔が少し引き締まった。
「〈沈黙は金、雄弁は銀〉か。確かにな、その通りだ」
「無口で真面目な禄朗さん、明るくて素直なユイさん。お二人を表すのにも、この金と銀でひとつの鯛はとてもふさわしいんじゃないかと思いました。これには、二人を良く知る瑠夏さんも頷いていました」
 うんうん、って大きく私も頷きます。
「いかがでしょう。これを小さくして本物の銀と金で作ってアクセサリーにして二人で身に付ける、ということもできますし、あるいは本物の大きさで造って金メッキと銀メッキにして、お店の壁に飾るというのも、〈お守り〉としてはなかなか格好良いと思います。その辺りは、これからご予算と相談して決めていくというのは」
 ゴンドさんが笑顔になりました。渋いので見る人によってはコワイ笑顔かもしれませんけど。
「素晴らしいよ。まるで俺の思いを何もかも見通したようなお祝い物だ。これで行ってくれ」
「かしこまりました」
「ただ、予算との兼ね合いで、どうするかはこの後じっくりと」
「もちろんです」
 全然大丈夫です。〈おもちゃのチヤチエチャ〉はどんな要望にも応えられますから!

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