ポプラ社がお届けするストーリー&エッセイマガジン
メニュー
facebooktwitter
  1. トップ
  2. エッセイ一覧
  3. さくらのひとやすみ
  4. 【さくらのひとやすみ #11】旅と音楽
第11回

【さくらのひとやすみ #11】旅と音楽

旅も終盤。

エッセイも終盤である。

 

スペインからロンドンへと舞い戻った私はピアニストの渡辺翔太さん、しほさん夫妻の旅行にジョインすることになっていた。

 

そもそも翔太さんとわたしが出会ったのは、旅立つ数ヶ月前。

2024年に開催したアルバム「wood mood」のリリースツアーにて演奏してもらったのがきっかけだ。

 

あまりに美しいピアノの旋律と優しい人柄に、あっという間に翔太さんのことが大好きになったわたし。

「このツアーが終わったら旅行へ行くつもりなんです」と伝えると、

「え、夏だったら自分も奥さんとヨーロッパ行くよ!」とのこと。

どっかで乾杯できたらいいっすね!と最初はその程度の気軽な話だった。

 

ツアーは翔太さんの地元の名古屋でも行われた。

終演後、楽屋に挨拶に来てくれた奥さんのしほさんとはそこで初対面。

 

会って早々

「さくらちゃん初めまして!ヨーロッパ楽しみだね〜〜よろしく〜〜!」

と天真爛漫なしほさんに、周りのバンドメンバーが「しほちゃんは今まで出会った人間の中で一番コミュ力が高い」と言っていたことを思い出す。

 

・・・確かにこの人はレベルが違う。

私たちって会う前からもう友達だったよな。と思わせる説得力すらある。

 

最初の方は

「いやいや!さすがにわたし邪魔すぎるのでどっか数カ所お邪魔する感じにしますよ〜」

と笑っていたのだが、「本当に大丈夫だよ!」と言うしほさんの目は本気と書いてマジだった。

 

え…夫婦旅行だよね…?

この人…正気か?

 

この連載の第一回目でも触れたが、当時のわたしは発声障害のことも相まってかなりバッドが入っていた。

 

ただ考えすぎたことも相まって色々と不調が出たとも感じていたため、これはもう頭で考えすぎず、身体でビビビと感じた

「私たちはこの人たちが好きだ。どうやら彼らも本心で一緒に行こうと言っているようだ。お邪魔じゃないのなら良いじゃないか」

という直感に従うことに。

 

そんなこんなで、ここからは出会って数ヶ月の翔太さん&出会って2回目のしほさんとの2週間のヨーロッパ旅行が始まる。

(さすがにものすごい絆が生まれた。)

3人での旅は

ロンドン▶ブリュッセル▶アントワープ▶アムステルダム▶ベルリン▶ロンドン

と様々な都市を転々とする行程ではあったのだが、基本ホテルではなくエアビー暮らし。

 

キッチンや洗濯機のある部屋を選んだので、旅というよりは生活に近い。

朝は翔太さんが作ってくれる朝ごはんの香りで起床し、リビングを通ると翔太さんが持参したミニピアノで作曲しており、しほさんがパックしながら洗濯していた。

 

道中二人の友達をたくさん紹介してもらい、皆でたらふく飲んだ後、減量のためYouTubeを見ながら3人でダンスする愉快な日々。

 

そして中でも印象的だったのは、各国のジャズバーで翔太さんが無双していくのを間近で見れたことである。

 

異国の地でピアノを演奏するその姿は、『BLUE GIANT』の主人公・宮本大さながら。

本当にモテてモテてモテ続け、男女問わずインスタを聞かれ続け、「またプレイしよう!」と話しかけられ続けており、何故かわたしの鼻が高かった。

 

ちなみにわたしはジャズのセッション自体訪れるのは初めてだったので、詳しい仕組みをあまり知らなかったのだが、バーによってそのプレイスタイルは異なる。

 

初日に訪れたロンドンでは、受付で自分の担当楽器と名前を紙に記入し提出。

司会者の人が全員均等に順番が回るように、一曲終わるごとに名前を読み上げ、ステージ上で「よろしくお願いします。この曲はできますか??」と演者同士でやり取りした後、演奏が始まる。

 

違うバーでは、自分から座っている演者のもとへ行って

「次自分弾きたいっす」

とグイグイ行かなければならない場所もあった。

 

セッションでは誰かの呼吸や、誰かの奏でたメロディ、ちょっとした視線に互いが反応し合いながら、繊細に、そして時に大胆に音が紡がれていく。

 

決まったことを譜面通りにやったり台本の通りにセリフを読むのとは違う、完全なるエチュード。

 

本当に会話のようだ。

 

翔太さんの弾くピアノはいつも言語や色んな思考を超越して、音の中を飛び回ってくれる。

わたしが音楽でしたいことは、気持ちの良い会話なのかもしれない。

小難しいことを考えず、その場や音と溶け合って開放されることなのかも。と、

各国のjazz barで背中で、音で、教えてもらえる美しい時間だった。

さて。

本当に濃密な二週間だったので他にも書きたいことは無限にあるのだが、楽しかったことだけではなく、苦労した話も書いておこう。

 

アムステルダムで思い切り遊び倒した後、ドイツのケルンへ向かうべく駅で自分たちの列車を待っていると、突然出発がキャンセルになってしまったのだ。

 

このままだと次の乗り継ぎの電車に乗れないので、いくら調べてもケルンのホテルに辿り着けない。

インターネットを駆使しながら駅のホームで

「バスに乗ったら行けるんじゃない?」

とか

「こっちの電車に乗って、違うところから乗り換えたら?」

などと3人で必死に色んな代案を考えたものの、しっかり噛み合わず謎に、ホテルを2ヶ所とバスを1台予約した状態が出来上がった。

 

加えてその時の私は、オランダのダニに苦しめられており、自分の全ての衣服やキャリーの中身がダニに汚染されているのではと疑心暗鬼状態に。

想像してほしい。

最悪である。

痒いし、なるべく早急に全てを洗濯したかった。

 

しかし二人は「全然うまくいかなくてウケるね!旅だね〜〜」と楽観的でかなり救われた。

こういう上手くいかない時に、お通夜のようなムードになることだってあり得るのにおかげで笑えてくる。

 

結局ケルンに行くのを諦め、ベルリンに行ってしまおうということに。

その後私たちは知らん駅のバーガーキングで夜を明かした。

 

何故かわたしだけトイレのチップを要求されたのも、

ようやく辿り着いたエアビーのシャワーで熱湯しか出なかったのも、

優しいオーナーがたくさん柔軟剤を入れて洗濯してくれたおかげで家中がどぎつい柔軟剤の香りに包まれ、臭すぎて眠れない香害に悩まされたのも

オランダの街でみんなが男性器の置物に向かって輪投げしていたのも

何もかもが良い思い出である。

 

長かったような、短かったような不思議な旅もそろそろ終わりを迎えようとしている。

 

笑えるくらい上手くいかないことも笑えるくらい上手く行くこともあった。

たくさんの人に出会った。

たくさん語り合ったり、一人無言でぼーっとしたりした。

自分探しというとなんだか照れ臭いがたくさんの新しい自分にも出会うことになった。

  

そろそろ日本に帰る時間である。

(イラスト/藤原さくら)


藤原さくら(ふじわら さくら):1995年生まれ。福岡県出身。シンガーソングライター。天性のスモーキーな歌声は数ある女性シンガーの中でも類を見ず、聴く人の耳を引き寄せる。ミュージシャンのみならず、役者、ラジオDJ、ファッションと活動は多岐に亘る。interfmレギュラー番組「HERE COMES THE MOON」(毎週日曜24時~25時)にてDJを担当。

このページをシェアするfacebooktwitter

関連記事

関連書籍

themeテーマから探す