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春の浅草・上野であの日の思い出と歴史を辿る

今回の散歩は、13時過ぎに浅草の雷門から始める。
気がつけば3月にも入り、天気も良く陽射しが目一杯に降り注いでいる。
そんな中、浅草寺へ続く道(仲見世)を歩いていくと、
イチゴ飴など、お祭りのように出店が出ている。
外国人の観光客がたくさんいるのは覚悟していたが、
平日にしては想像以上に混み合っていて自分の好き勝手に進んでいけないほどだ。
しかし、都心の鬱陶しい人混みとは違って、
ここにいる人、みんなから浅草を堪能しようという前のめりさを感じる。

浅草には学生時代の友達が住んでいて、何年か前に訪れたことがあったが、
今はその子とも疎遠になり、どこに住んでいるのかもわからない。
それ以来、浅草にゆっくり足を運ぶことはなかった。
しかし、こんなに天気のいい日は歩いているだけで、
なんだかお祭り気分を味わえそうな都心からもアクセスの良い、浅草に久しぶりに足を運んでみたいと思ったのだ。

浅草寺の本堂近くに差し掛かると、線香の煙がぼわっと立ち上る場所(常香炉)がある。
その煙を身体の悪いところにかけると良くなると言われているのだ。
私は、迷わず煙を頭にかけておく。
そういえば、前にここを訪れた時も私は、頭に煙をかけた記憶がある。
学生時代も、足が速い人よりも頭の良い人に憧れていた。
中学生時代、クラスで一番の天才、文武両道と持て囃されていた女の子が自習しているときに、
「勉強できるのに、どうして勉強するの?」と誰かが聞いて、
「私は勉強できないから、勉強してるんだよ」と彼女が答えていたのを未だに忘れられない。
その子を「天才」とくくり、並の自分と別物と考えていたのを恥ずかしく思った。
勉強って、勉強ができるかどうかというよりも、勉強しようと思うかが大切なのだろう。
煙をかけながら、頭が良くなりたいと思う自分は、そういう意欲はあるってことなんだろうと考えた。
それに、真っ先に頭に行くということは、身体は丈夫ということだろう。
人間、悪い部分に目が行きがちだが、まず変わらずあることに感謝したいものだ。

本堂で賽銭を入れてお祈りして、そのまま右の脇道に逸れると近くに
大正ロマンを謳っているクレープ屋さんを見つけた。
ちょうど何か甘いものを食べたいと思っていた。
シュガーバターのクレープを注文し、いくつか丸テーブルの置かれた立ち食いのイートインで食べながら、ガラス張り店内から外を眺めた。
外国人観光客ばかりだと思っていたが、道行く人をよく見ると若い日本人も多くいることに気がついた。
先月、一人で京都旅行に行ったときは、体感で外国人が8、9割くらいいて、
日本人である私の方が珍しかったが、今の時期は春休みの人もいて、
遊びに来ている学生さんなどもいるのだろう。
春といえば新学期の季節だが、大人になってからはクラス替えもないし、
私自身、春からガラッと環境が変わることもない。
それでもやっぱり春めいてくると、気持ちが心機一転新しくなっていく気持ちがする。
平たいクレープを少しずつ齧っていると、BiSHが好きだったという女の人が、私に声を掛けてくれた。
その方は地方から遊びに来たようだ。まさか浅草で私と会うなんて驚いただろう。

クレープ屋さんを後にして外に出ると、晴れているしせっかくなら浅草ならではのことをしようと、私にとって記憶の中では多分、人生初の人力車に挑戦してみることにした。
まず、街中を歩きながら、人力車を探す。
しかし、人が乗っている人力車は見つけられても、中々空の人力車は見当たらなかった(後から調べると、人力車が待機している場所もあったようだ)。
しばらく、歩きながら探していると、やっと2、3台が道路の端で待機していたので、
その一つに乗ることにした。
3月と言っても、風に晒されると寒いかなと思っていたが、
毛布のような赤い膝掛けをかけてもらうと十分暖かかったし、
オープンカーのような大きな日除けも開閉できるようだった。
しかし、天気が良いのに窓を閉めているのも勿体無い気がしたので、開けてもらうことにした。
若いお兄さんが私たちを乗せた人力車を軽々と手すりを持ち上げ、浅草の街を颯爽と駆け抜けていく。
人力車に乗ると、歩いているときよりも、視点が上がるので浅草の街をパノラマで一望できた。
走っているのにとても安定していて、風を心地よく感じながら浅草の景色を眺めているのはとても贅沢で、まるで平安時代や江戸時代の姫になった気分になった。
さっきまで歩いた時と同じ浅草の街並みのはずなのに、視界が開けると見え方はまるで違うのが面白い。

スカイツリーがよく見えたり、道の両側に開運や縁結び、金運などそれぞれの願いに特化したたぬき像があったり、見ているだけで楽しい「たぬき通り」も通った。
お兄さんによると、浅草には一つ一つの通りにちゃんと名前がついているのだという。
その後も江戸時代の街並みを再現したような伝法院通りを通った。
よくみると、屋根の上にダイナミックな人の置物を見つけた。
歩いていたら見つけられなかっただろう。
途中、お兄さんと私が話しているのを聞いたおそらく地元もおばあさんが会話に入ってくれた。
その気さくさに、東京の下町の情緒を感じる。

お兄さんの説明とともに、浅草ならではの名所を回り、約12分の人力車の旅は終了した。
12分と聞くと短く感じるかもしれないが、乗ってみると12分とは思えないとても満足感のあるものだった。

最後に、お兄さんから人力車のステッカーをプレゼントでもらった。
街を普段と違う角度で見るのもいいものだ。浅草に何度も来ている私でも楽しめたのだから、
初めて来る観光客は、もっと楽しめるはずだ。

それから、私はある場所に向かう。
浅草に来たら、密かに確かめたいと思っている場所があった。
「洋菓子喫茶 アンヂェラス」という老舗の喫茶店だ。
しかし、この喫茶店は2019年3月17日をもって閉店し、70年の歴史に幕を閉じたのだ。
この喫茶店で大学時代に、父とお茶をしたことがあった。
父親は、昔からアクティブな性格で、私が幼い頃は映画館やキャンプ、エンタメ施設によく一緒に遊びにいった。
しかし、中、高校と上がっていく度に、世の中の親子の大半がきっとそうであるように、
仲の良かった私たち親子も段々と溝ができ、いつしか必要なことがないと話さなくなっていったし、ましてや理由なく二人でどこかに出かけるなんてこともなくなっていた。
そんな時に、私は父親をふとアンヂェラスに呼び出した。
特にこれと言って話すことがあったわけでもない。
ただ、それでも何か話がしたいという理由だった。
昭和からある老舗の喫茶店であるアンヂェラスは父親も知っていて、
私がちょうど、浅草付近にいるから、せっかくなら来ないか、という誘い文句だったと思う。
アンヂェラスは、3階建ての一軒家のような造りで、店前のショーケースには喫茶のお手本のようなケーキやパフェのサンプルが並んでいた。
ここで父と話した内容は覚えていない。
ただ、この場所で久しぶりに二人で話したのは覚えている。
アンヂェラスの跡地の住所を調べ、辿り着いたのは駐車場だった。
心に隙間風が吹いてくるような気持ちになった。
今考えても、あの時、父と行っておいて良かったなと思う。
喫茶店が閉店する前に行けたというのもあるが、今仲がいいのも、もしかしたらこの時の経験があったからかもしれないと、少し思う。
アンヂェラスはかつて、文豪の川端康成や池波正太郎も訪れていたようだ。
今って「誰々が通っていることで有名」とかは、昔より聞かない気がする。
一つ一つの情報はどんどんとネットで拡散されたりして、流れていくから後世まで語り継がれる希少性もなくなってはいないだろうか。
そもそも調べればなんでも出てくるから、口コミや噂で流す必要もないのかもしれない。

上野方面へ歩みを進め、ちょうど浅草と上野の中間あたりに差し掛かるとかっぱ橋道具街という通りを発見した。
ここには、食器や骨董品などの商店が多く並んでいる。
どの店もかなり年季が入っている。
調べてみると、この通りには約170店舗もあり大正初期に古道具を扱う人々が店を出し始めたのがきっかけだという歴史ある通りだ。
さらに、上野駅方面にまっすぐ10分ほど歩いて行くと、お目当ての喫茶店に辿り着いた。

「喫茶 古城」は、以前上野を訪れた際にも訪問してみたが、その時は休日だったこともあり入れなかった、しかし、今は平日で時間も14時すぎということで再訪してみる。

地下へと続く階段を下っていく。店内は8割ほどすでに埋まっていて、混み合っているようだった。
「古城」というインパクトのある名前の通り店内は、ステンドクラスやシャンデリアで飾られていて、年季の入っている雰囲気やうっすらと流れるクラシック音楽も相まって、まるで古いお城にいるような、優雅な気分になる。

店前のメニュー看板に出ていた、ホットケーキや、ケーキなども魅力的だが、昼にクレープを軽くしか食べていなかったため、お腹が空いていた。
私は少し悩んだ挙句、ハンバーグランチセットを注文した。

こういう、喫茶店で出てくる平たいお皿に盛られた白米って、野外で食べるお弁当みたいに、いつもより特別に感じるのはなぜだろう。
ランチを食べ終わると、頼んでいたブラックコーヒーにゆっくりと口をつけながらお客さんやステンドグラスの窓を眺めたりした。
隣の席には、ラフな格好をした20代後半くらいの男性二人がひそひそ声で話している。友達同士か、仕事の打ち合わせかはわからないが、平日のこの時間にチェーンカフェではなく、この場所に集まってどんな会話をしているのだろうと気になってしまう。
イレギュラーな生活を送っている私は、平日のこの時間に純喫茶にこんなに人がいる状況になんだか安心する。
フリーランスはまだ少数派とはいえ、働き方はこれからもっと柔軟になっていき、個人で働く人の割合もこれから増えるのだろうと私は思っている。
最近は、AIの進出により、人間一人の価値も上がっていったりするのではと考えたりもする。

ふと、カップに目を落とすと、ブラックコーヒーの中に店内の煌びやかな照明が反射してうっとりと眺めてしまった。

春は、「運命」とか「偶然」とかいう言葉がよく似合う。
学生のクラス替えや、社会人の人事異動など、環境の変わる季節。
それに暖かくなると、植物や生き物だけでなく、人間の寒さで縮こまっていた身体も解放的になり、
出会いにも寛容になるのだろう。
私は、運命をうっすら信じているけど、「命」という漢字を入れるほどダイナミックなものではないと思うのだ。
〝運命的な一瞬″だって、その瞬間は日常的に通り過ぎてゆき、後からそうだったと思い直したり、
あるいはこじつけられたりするものではと思っている。
昔は、クラス替えだって単なる〝運″だと思っていたけど、裏では教師の策略があっただろう(というか、あるべきだと思う)。
まあ、それも運だけど、そういうのって自分のコントロールできないことを運とか言って納得させるためのものだったのかも。
「運命に身をまかせる」ってのも、責任逃れではないか?と思うから、
私は運命を信じつつも、成り行きに身を任せるのが苦手で、いつも自分で舵を取りたくなってしまう。
結局のところ、成り行きとか、自分の意志とか、そういうものが全部混ざったものこそが結局、運なのかもしれない。
ここにある場所も、私も、どんどん移り変わっている。
新しい季節、いつだってすぐそばにある〝運命の一瞬″に目を凝らしていきたいものだ。

早歩きでも遅歩きでも、自分の歩幅が道になる。
歩くのが下手なんだったら、どうせなら人よりユニークで面白い道をゆこう。

さて今度はどんな街を歩こうか。次回へ続く。


モモコグミカンパニー
9月4日生まれ。東京都出身。ICU(国際基督教大学)卒業。
2023年6月29日の東京ドームライブを最後に解散したBiSHのメンバーとして活躍。
メンバーの中で最多の17曲の作詞を担当。2023年9月から音楽プロジェクト(momo)を始動。
執筆活動やメディア出演を中心に幅広く活躍。
著書に『御伽の国のみくる』『悪魔のコーラス』(ともに河出書房新社)、『解散ノート』(文藝春秋)、
『コーヒーと失恋話』(SW)など多数。

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