本書は、昨年八月に刊行された『本所あづま橋小間物細工くじゃく屋 色変わりの石』の続編である。孔雀石や水晶といったきれいな石を使った簪や小物を商う「くじゃく屋」の主人、お七の物語だ。
前巻では、祖父を亡くした(両親はそれより先に亡くなっている)お七が、残されたくじゃく屋を守るべく奮闘する様子が描かれた。借金を盾にくじゃく屋を乗っ取ろうとした大店との戦いを縦軸にしつつ、「石の専門家」としてのお七が、細工師の老人や「遊び人の金さん」とともに石がからむ事件を解決する四話で構成された連作短編集である。
職業を持つ女性を主人公にした時代小説のシリーズは多い。それらに共通するのは、その職業ならではの専門的な情報、江戸時代に女性が一人で立つことへの挑戦、そして人情とロマンスだ。本シリーズもそのすべてをしっかり満たしており、女性職業ものが好きな読者には間違いなくご満足いただけるはずだ。
だが、宝飾品として石を使う文化が廃れたと言われる江戸時代を舞台に、なぜ敢えて「石」なのか。著者が石好き(愛に溢れた後書きは必読!)というのはもちろんだが、本巻を読んで私はその理由の一端に触れたような気がした。
本巻に収録されているのは三篇。第一章「薔薇の宴」は、簡単に割れるはずのない水晶の数珠が割れたことで夫婦別れになるかもしれないという一件。第二章「虹色の記憶」は、お七の婚約者を名乗る男が偽真珠の白粉を売っているという事件。そして第三章「紺青の珠」は、知り合いの商家が担保に預かっていた刀が奪われたという出来事が、思いがけない場所に着地する。
水晶、インカローズ(ロードクロサイト)、真珠、瑠璃、藍銅鉱(アズライト)……。前巻同様、本巻にも各話にさまざまな鉱石・宝石が登場するのが読みどころ。それらの特徴が謎解きのヒントになるのは前巻と同じだが、装飾品や願掛けとして石が描かれた前巻に対し、本巻は宝石の成り立ちや利用法が前面に出ていることにも注目いただきたい。
たとえば第二章の真珠やアワビ玉は、貝から採れる、いわゆる有機質宝石だ。第三章では絵を描く時の顔料として使われる鉱石の話が出てくる。前巻より一歩進んだ、生活の中の石の世界が本巻では繰り広げられる。
このテーマの深まりが、なぜ「石」なのかという問いに通じるのである。
鉱石や宝石は人が作れるものではなく、自然の営みの中で生成される。有機質宝石なら数年、鉱石に至っては数千年から長いものでは数十億年という歳月をかけて生み出されるもので、その過程に人間の手は入らない。鉱石・宝石はひとつとして同じものはなく、どれも自然が生み出した一点ものだ。そして自然が生み出した一点ものという点では、人間も同じなのである。これこそが、「石」をモチーフにした理由ではないかと私は考える。
鉱石がそれぞれ異なる硬さや色味を持つように、人もまたひとりひとり強さも性格も異なる。第一章に硬い水晶とぶつかって傷ができる石の話が出てくるが、これは身分違いの恋のメタファーだ。偶然の産物である真珠やアワビ玉が登場する第二章は、偶然の出会いや巡り合わせで大切なものを育んだお七たちの今日に通じる。舶来ものの鮮やかな顔料と古臭いとされるこれまでの顔料を比較する第三章は、時と場合と人によって何に価値を置くかは異なるというテーマの象徴だ。
強いものとぶつかれば傷がついたり、ありきたりに見えても磨けば見違えるほどきれいになったり、他者にとっては価値がなくても自分にとっては大事なものだったり、こちらの使い道には合わなくても別の使い道で輝いたり。本書で語られる石の話はどれも、そのまま人間を語っているかのようではないか?
その最たるものがお七と「遊び人の金さん」のロマンスである。若い商人に過ぎないお七。武家の跡継ぎである金さん。金さんの正体は前巻の最後で明らかになったが、未読の方のためにここでは明かさないでおく(が、まあ「遊び人の金さん」でわかるよね?)。身分も来し方もまったく異なるふたりは、それこそ遠く離れた場所で生成された、硬さも色も形も異なる石だ。ぶつかれば硬度の違いゆえ片方に傷がつく。そのまま並べて飾るには(一般的な価値観から言えば)釣り合いがとれない。
本書はそんな異なるふたつの石が寄り添う物語なのだ。寄り添うために頑張る物語なのだ。そして異なる石を組み合わせ、バランスよく収めるのが、石細工という仕事なのである。築山桂は人間という一点ものの石を巧みに組み合わせて物語を描く石細工師と言っていい。2冊をかけて、著者はふたつの石を磨いたり削ったり近づけたり離したりしながら、しっくりくる並びになるよう細工を施しているのである。
果たして異なる石はどう収まるのか。金さんは実在の人物で、彼の正室の存在も今に伝わっているわけで、そこをどうするのか気になっていたのだが、なるほどその手があったか。でもそうしたらくじゃく屋はどうなるの? 史実との辻褄も含め今後が気になるので、早くも第三巻への期待は膨らむ一方だ。
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■ 書籍情報
『本所あづま橋小間物細工くじゃく屋 紺青の珠』著/築山桂
「おすすめ文庫王国2026」時代小説部門第1位(青木逸美氏・選)獲得の、心あたたまる人情時代小説シリーズ第2弾!
■ 評者プロフィール
大矢博子(おおや・ひろこ)
大分県生まれ、名古屋市在住の書評家。著書に、『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』『読み出したら止まらない! 女子ミステリー マストリード100』『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』などがある。

