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原田マハさんインタビュー:悲しみを乗り越え、前進してきた最先端に、あなたたちはいる。『翔ぶ少女』の著者がいま伝えたいこと。

原田マハさんが「震災」というテーマに真正面から取り組んだ小説『翔ぶ少女』。
登場人物たちが被災した阪神・淡路大震災から30年となる節目にお話を伺いました。

※本記事は、『季刊アスタ』2026年1月号に掲載されたインタビューを再掲載したものです。


 

*『翔ぶ少女』誕生のきっかけ

 阪神・淡路大震災が起きた当時は、東京で会社員をしていました。毎朝NHKのニュースを見るのが日課だったんですが、1995年1月17日の朝7時頃、テレビをつけた瞬間に、今自分が何を見ているのかわからなくなって。5時46分に震災が起きてから1時間ちょっと、あちこちに火の手が上がり、建物が倒壊している様子がまざまざと映し出されてるけれど、これが現実なのかフィクションなのかも覚束なくなるような感覚でした。おそらく日本中の人たちが同じように感じたのではないでしょうか。
 中学、高校と岡山で過ごした私にとって、神戸はきらきらした憧れと親しみを感じるお姉さんのような街。その後西宮にある大学に進学し、神戸にもちょくちょく足を運ぶようになり、この街で過ごした四年間は自分にとって大きなギフトになりました。
 そんな憧れの街が大きな被害に遭っているにもかかわらず、当時自分は何もできなかったというもどかしさを抱き続けていました。そして2011年東日本大震災が起きた。『翔ぶ少女』の連載開始は2012年ですが、世の中が大惨事に巻き込まれたときに、作家は、小説は何ができるんだろうという問いに直面する中で、東日本大震災そのものをフィクションとして描くにはまだ時間が必要だけれども、風化させてはいけない阪神・淡路大震災の物語を一種のメタファーとして描くことはできるのではないか、という思いから執筆をはじめました。
 

*人はいかなる悲しみも乗り越えて前進しつづける生き物

 2012年、震災記念日の前日に神戸入りして、主人公となるニケたちの実家や小学校がどこにあるだろうかとイメージしながら街を歩きました。商店街のお店の方や町で行き会った方々に当時はどうでしたかとお話を聞いたりもしましたね。みなさん当時のことをとても熱心に語ってくださったのが印象的でした。
 翌日1月17日は、朝5時頃に起床して被害の大きかった長田を実際に歩きました。凍ったような空気の明け方で、まだ月が出ていて、町のあちこちで追悼セレモニーが行われていて。そこに参加させていただきながら、どんなふうに夜が明けて、どんなふうにあの大惨事が人々の目に飛び込んできたのか——あの残酷な朝の再現を私の筆でどこまで描けるだろうかと葛藤しながら、想像力を最大限に働かせました。自分が体験していない震災を題材に書くことへの恐れはありましたが、だからこそ責任を持って全力で書かなければならない。
 冒頭は震災の場面から描くことは決めていました。最初に一番過酷なシーンが来てしまうけれど、そこですべてが終わったのではなく、そこからが始まりなのだということ、そして神戸の方々が実際にそれを乗り越えたのだということを書きたかったんです。
 東日本のあとも各地で震災が起こり、去年1月には能登が大きな被害に遭いましたよね。コロナ禍や、昨今の過酷な暑さもそうですが、立ち向かおうにもどうすることもできない力というのはあるわけで、日本人は古くからそういうものと闘いながら、ある意味では共存しながら生きていかざるを得なかった。
 だからこそ、いつ誰が直面するとも限らない災害を経て、人の心がどんなふうに変化していくのかという過程を丁寧に描きました。親しい人が亡くなったり家屋が被害に遭ったりと、あってはならないことばかりが起こるけれど、互いに思い合い、励まし合いながら生きる中で、人はいかなる悲しみも乗り越えて前進しつづける生き物なのだ、ということを物語の中で証明したかったんです。
 

*若い世代へ伝えたいこと

 この物語の主人公・ニケは震災で両親を亡くした少女ですが、成長するなかで彼女の身にある出来事が起こります。このお話は若い読者にも読んでほしいという思いが強かったので、どうすることもできない現実を飛び越えていく彼女の心のメタファーとして、ファンタジー要素を入れてわかりやすいように描きました。
 これほどの出来事にもニケは負けなかった。成長し、自分の思いを込めて飛ぶことすらできた。だからあなたたちにもきっとできると伝えたかった。どんなに辛いことがあっても、自分もニケのように乗り越えていけるかもしれない、いや乗り越えていこう、と思ってくれれば嬉しいですね。
 震災や戦争を知らないことは幸せだけれども、災いはいつ降りかかるかわからない。記憶の風化をなぜ恐れるのかというと、それが忘れた頃にやってくるからなんですよね。
 悲しい思いで家族や友人と別れたり、信じられないような光景を目にしてしまったことをなかったことにはできません。なかったことにできないほどの過酷な現実があったということを、何も知らない若い世代に伝えていくことも、平和教育の一環だと思います。いかなる災害も乗り越えて人類は前進してきた、その最先端にあなたたちがいるのだ、と。
 世界にはアウシュヴィッツのような負の世界遺産があり、語り部の方たちが語り継いだりと、伝承にもさまざまな方法がありますが、そういう場に行く機会が持てない、直接見聞きするのはつらいという方もたくさんいらっしゃるはず。そんなときに、少女の成長を描いたファンタジー小説でありつつも震災のことを語っている本書が入り口となって、記憶を伝承するきっかけの一つになればと思います。
『翔ぶ少女』は、日本に住まう誰もが他人事ではない未曽有の災害を乗り越えた、小さなファミリーの物語です。どうすることもできない辛い現実も、悲しみも、飛び越えていける強さが、人間の心にはある。
 私、登場人物の名前は遊び心でつけたりすることも多いんですけれど、今作も、ゼロ先生、イッキ、ニケ、サンクでしょう? 0、1、2、3って揃ったら、もうあとは前に進んでいくだけ。元気を出して歩いていこうって感じの家族の名前にしました。執筆を通して自分自身も元気づけられた、私にとって、非常に重要な作品だと改めて感じています。

  *

■ 著者プロフィール
原田マハ(はらだ・まは)
1962年、東京都生まれ。85年、関西学院大学卒業。96年、学士入学した早稲田大学卒業。アートコンサルティング、キュレーターを経て、2005年、『カフーを待ちわびて』で第1回日本ラブストーリー大賞を受賞し、翌年デビュー。12年、『楽園のカンヴァス』で第25回山本周五郎賞、17年、『リーチ先生』で第36回新田次郎文学賞、18年、『異邦人いりびと』で第6回京都本大賞、24年『板上に咲く』で第52回泉鏡花文学賞を受賞。他の著書に、『キネマの神様』『ギフト』『スイート・ホーム』『晴れの日の木馬たち』『すべてが円くなるように』など多数。

■ 書誌情報
原田マハ『翔ぶ少女』
1995年、神戸市長田区。震災で両親を失った小学一年生の丹華(ニケ)は、兄の逸騎(イッキ)、妹の燦空(サンク)とともに、医師のゼロ先生こと佐元良是朗に助けられた。復興へと歩む町で、少しずつ絆を育んでいく四人を待ち受けていたのは、思いがけない出来事だった――。『楽園のカンヴァス』の著者が、絶望の先にある希望を温かく謳いあげる感動作。【解説/最相葉月】
https://www.poplar.co.jp/book/search/result/archive/8101300.html

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