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第1回

交錯する街—渋谷

私は、歩き方が変らしい。私単体でもそうかもしれないし、特に人と歩いたりするとよく言われる。
「ちょっと!私の右側か左側かどっちにいるか決めて。落ち着かないから」
「今、かかと踏んだでしょ。距離感ちゃんとしてね」
「大人なんだから、もっとシャキッとして、ちゃんと歩きなさい」
「ここにいたの!もう、すぐいなくならないでよね」とか。
こんな感じで、とにかく人と並行して歩くのが苦手なのだ。
私自身は、ごく自然に歩いているし、ずっとあなたの近くにいたのになぁ。なぜか人と歩くとクレームが入ることが多い。
そんなこともあって普段、人と歩くよりも一人で歩く方が好きだ。
しかしこれは今に始まった事ではなく、小学校時代の集団登校もなるべく集合時間をずらしてあえて一人で登校していたし、大人になってからも帰り道誰かと一緒になることを極力避けたりして生きてきた。
そもそも、私の生き方も人から見たらちょっと変かもしれない。人生が、これまで私が好き勝手歩いてきた道程だと考えると変な歩き方をしてきた人間の人生がちょっと変なのも頷ける。
しかし歩いている際中、私から見えている景色は、私視点だと「変」ではなくただワクワクしていたり、ニヤニヤしているだけだったりする。
もしかしたらそんな私が普段どんな日常を送っているのか気になってくれている人もいるかもしれない。その気持ちはよくわかる。
実は、自分でも私自身が次どんな道を行くのかが楽しみだったりする。最後に、私のいいところも言っておこう。
私は、器用ではないが小回りの聞く身体だったり、いろんな視点でものを考えることを普段から心がけていて抜け道を探すのは得意だったりする。
このエッセイで、一人散歩が大好きな私と一緒に、知っている街から知らない街まで一緒に散歩してる気分になってもらえたら嬉しい。

今日歩く街は、渋谷。
渋谷といえば、私がBiSH時代所属していた事務所WACKがある場所で当時は毎日のように通っていたものだ。
駅前に大々的な広告も出したこともあり、ライブも何度やったか数えきれない。そんなゆかりのある渋谷を改めて今訪れる。思えば、最初に人生の抜け道を探してたどり着いたのもこの街だった。
「なんでもいいからアイドルのオーディションに行って、アイドルになりたい子の自己PRを観察しに行きたい」そんな動機で、ただの大学生であった私は、この街を訪れた。私の人生を変える大きな一歩だったが、その日の私にとっては渋谷のオーディション会場に行くことは、バイトや大学の授業に行くことと並列する「だるい外出」の一つでしかなかった。と言うのも、確かオーディションが始まるのが16時とか17時くらいだったのに、その日は前日に映画館で深夜までバイトしていて、起きたのが15時くらいだったからだ。アイドルのオーディションだし、すっぴんで行くわけにもいかない。腰はかなり重かった。
しかし、その日は大学の授業にも出れていなかったし、何か一つでも生きた証を残すべきと考えたのだろう。いや、そんな大袈裟な決断でもなかったかもしれないが。

散歩当日はGW明けの平日、時刻は14時。天気は快晴!絶好の散歩日和だ。
渋谷駅ハチ公前からスタートする。
忠犬ハチ公像の前には、観光客の写真待ちの行列が。ハチ公くん、いつの間にこんなに人気者になっていたんだ! 今や待ち合わせの目印にも軽々しく使えなそうだ。なんだか昔からの友人が手の届かない場所にいってしまったような寂しさを抱えながら、GW明けでも人で溢れかえったスクランブル交差点を渡り、センター街へと進んで行く。
横目に見るドトールも焼肉屋も、マクドナルドも、昔はよく仕事の合間などに時間潰しに利用していたとても馴染みのある場所だ。しかし、ここで感傷に浸らずに、代々木公園方面にどんどん進んでいく。

センター街を抜けてしばらく歩いていると、人がだんだんと少なくなってくる。渋谷は「谷」という文字が入っているくらいだから、人々も中心に集まりやすいのかなとか考えながら、人のまばらな渋谷にドギマギする。そう、ここが噂の「奥渋谷」。奥渋谷には、昔から近寄りがたい、憧れのようなものがあった。
擬人化すると、ワイルドな無精髭を生やしセンターパートで肩まで髪を伸ばし、一体何で生計を立てているのかよくわからないミステリアスな30代男性のイメージだ。
「髭」「収入源不明」は女性から煙たがられそうだが、20代で遊び尽くしてきたからこその余裕と、謎の清潔感で年齢問わずモテてそうな、そんな感じだ。
実際そのような男性は私のことは、「子供っぽい」と相手にしなさそうだし、実際話も合わなそう。そんな考えから憧れはありつつも、距離をとってきた奥渋谷を慎重に歩き進めていく。

道なりに見つけた昔ながらのお肉屋さんでは、100円以下のコロッケが売られている。そこからまた少し先に見えてくるのが、ガラス張りの本屋さん。最初の寄り道はここにしよう。
表の通りは、そこまで人通りは多くなかったがガラス越しに見える店内はたくさんの人で賑わっているようだ。早速中に入ってみる。中には、本だけではなくマグカップやフレグランスなど多くの雑貨も取り揃えられていてその一つ一つに選定者のこだわりを感じる。普段あまり出会わない品物も多くて、ついつい財布の紐が緩みそうになるが、一旦ここは我慢!
今日の目的は、あくまでも散歩。ここで沢山のものを買って、両手を塞いでしまうわけにはいかない。そんな中でも私の心をときめかせてくれたのは、こちら。

森絵都さんの『できない相談』という短編集。森絵都さんといえば、私の大好きな小説『カラフル』の作者だ。1話数ページほどであるのも、この後の散歩のいい相棒になってくれそうだ。こちらを購入して、店を後にする。

今まで距離をとってきた奥渋谷だが、当初私の持っていたイメージとあまり相違はなかった。外面はクールで話しかけづらく、仲間内ならではのノリもありそうで少し緊張するが、話しかけたら親しげな笑みを返してくれる。そのギャップにトキメキそうになるが、その笑みはきっと私だけのものではなく、他の人にも向けているものだから勘違いしてはいけない。
再び通りに出ると、今来た道をまたなぞるように戻っていき駅の方へ向かう。

次に目指すは、これまでと逆方面の恵比寿・代官山方面へと続く渋谷。ハチ公口とは、反対側の出口を出ていく。このあたりで気がついた。渋谷を渡り歩くのって楽じゃない。
距離的には、そんなに歩いているわけでは無いのに、人、人、人。駅周辺に近づくほど、とにかく人でごった返している。希望の出口までなんとかマップをみながら進むため、頭も体力も消耗する。それに本日は初夏の陽気。時刻は15時に差し掛かるところ。昼ご飯は食べてきたけど、もうすでに腹ペこ。奥渋谷のお肉屋さんのコロッケ、食べておけばよかった。
周囲には奥渋谷とは雰囲気が違って、よく見る飲食店が立ち並んでいる。もうとにかく、なんでもいいから食べたい、、、。かと言ってせっかくの渋谷散歩でどこにでもあるようなチェーン店に入るわけにもいかない気もする。しかし、もう何度も行ったことのある牛タンねぎしが輝いて見える。
だ、だめだ、こんなんじゃ散歩に集中できない!
気を紛らわせるように景色に目を向けると、近くに川が流れていることに気がついた。忘れがちだが、渋谷には川が流れている。その名も「渋谷川」。近くに行って、眺めてみると、流れはとても緩やかで生き物は居なそうだ。
川沿いをまた歩いていく。さすが、恵比寿・代官山へ続く道。段々とおしゃれなお店が増えて行く。自然の近くにカフェがあるとフラット寄りたくなる。

そんな中見つけた次の寄り道ポイントは、その他に飲食店と並ぶこじんまりとした気軽に入りやすいカフェ。表のメニューの看板のバナナブレッドに惹かれて吸い込まれるように入店。ここでおやつ休憩としよう。
近くには川が流れているし、テイクアウトして食べ歩きも良さそうだが、これまで歩きっぱなしだったし、さすがに座りたいと思いお店の角のテーブルに着席。アイスコーヒーで身体の熱を覚まし、生クリームの乗ったバナナブレッドで疲れを癒す。机のしたで、いつも履いているローファーを脱いで、足の指を解放する。次からは、ちゃんと散歩用のスニーカーを履いていこう。
グループが解散してソロになってから、ローファーを履くことが多くなった。これは、「人から舐められたくない」とか「ちゃんとした人にみられたい」といった私の下心から来ている気がする。しかし、外に見える行き交う渋谷の人々は、私の足元など誰一人みていない。みんながそれぞれの目標に向かって、一目散に歩いている。
この街は絶えず何かが行き来していて、さっき見た川のように常に流れている。立ち止まってみるとよくわかる。その大きな流れに抗って歩くのは、簡単なことではない。かといって、人の波に乗っかるのも時に私らしくない。この街で、うまくかっこよく、流れるように歩くのって結構大変なことだったんだな。
休憩もできて、体力も回復。外にでると、店に入った時よりも空気がひんやりとして夕方へ近づいていた。思いのほか長居してしまっていたようだ。が、日が落ちて一段階テンションが下がったくらいの渋谷もまたいい。

また駅方面へ戻り、ハチ公口から少し歩いたところにある呑兵衛横丁に入るとまた別の顔が広がっている。散歩の締めくくりは、入り口のおすすめメニューに私の大好物「いかの丸焼き」の文字があったお店に入ることに。
もんじゃ焼きメインのお店なのにいかを推しているなんて、この店は信頼できる。しかし、この信頼に根拠はない。猫好きの人がよく言う、「猫好きに悪い人はいない」の類のやつだ。ただ、「いか好きに悪い人はいない」とは断言できないのが悔しいところだ。せいぜい、「いか好きに顎が弱い人はいない」とかなら言い切れるかもしれない。
こちらももんじゃ焼き同様、テーブルの鉄板で焼いてくれるそうだ。今日は呑兵衛になっちゃおうかな〜と考えつつも、ドリンクはラムネをオーダー(笑)。もんじゃ焼きは梅タコ豚のりもんじゃをセレクト。

時刻は17時過ぎ、店内の8割は埋まっていて、店員さんも活気に溢れている。
すぐ隣のテーブルでは、なにやら日本人の店員さんが外国人客に口の近くで片手をグーからパーに広げるジェスチャーをして彼らに何かを一生懸命伝えようとしている。そこで、メニューに「いか墨もんじゃ」があったのを思い出した。
店員さんの健気な姿にニヤニヤしていると、来ました、いかの丸焼き!
店員さんに目の前で焼いてもらう。濃厚な肝が混ざっていて、お祭りのソレとは訳が違う。一口口に入れて、ラムネを一気飲みする。最高の気分!
ふと、外国人の隣のお客さんが油の入ったボトルをこちらに倒してしまい、ボトルを直してあげるとご丁寧に日本語で「ごめんなさい」と言ってくれた。
そうそう、こういう隣人とのコミュニケーションが最近は不足していた。あ、そういえば、「いか墨」は上手く伝わったのだろうか。

集まったり、散らばったり、あらゆるものが交錯する街、渋谷。
この街は、沢山の人に溢れているのに、目が合うのなんてほんの一握り。彼らは私の行き先を知らないし、私も彼らの行き先を知らない。
どこに居場所を見つけるか、果たして何かに見つけられるか。
流れに乗ったり、乗せられたり、時には乗り遅れたり。行き着く先は運と自分次第。
にぎやかだけどシビアな街、渋谷。

早歩きでも遅歩きでも、自分の歩幅が道になる。
歩くのが下手なんだったら、どうせなら人よりユニークで面白い道をゆこう。

さて今度はどんな街を歩こうか。次回へ続く。


モモコグミカンパニー
9月4日生まれ。東京都出身。ICU(国際基督教大学)卒業。
2023年6月29日の東京ドームライブを最後に解散したBiSHのメンバーとして活躍。
メンバーの中で最多の17曲の作詞を担当。2023年9月から音楽プロジェクト(momo)を始動。
執筆活動やメディア出演を中心に幅広く活躍。
著書に『御伽の国のみくる』『悪魔のコーラス』(ともに河出書房新社)、『解散ノート』(文藝春秋)、
『コーヒーと失恋話』(SW)など多数。

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