これは間違いなく人気ミステリシリーズとなる。そう思わせるのが、乾ルカの新作『神の代役 HBD調査鑑別室』である。犯人当てやトリック解明といった謎解きモノではない。故人を絶望させたものはなにか、という、人の心の謎に迫るミステリである。
札幌に暮らす一ノ瀬美羽は、22歳。北海道新墾血液医療研究センターに就職し、たった三日間の基礎研修後に配属された先は、「HBD調査鑑別室」。
HBDは「Heart Break Death」の略で、日本語では『抗体誘発型体内雷撃死』といい、強い絶望や悲痛を抱くことが引き金となり死に至る現象だ。風邪に似た症状が出るZPウイルスに感染したことがあり、その抗体を持つ者だけにみられる死因だという。
つまり、相手がZPウイルスの抗体を持っていれば、凶器を使わなくても故意に絶望させて殺すことが可能なのだ。そのため国は「HBD悪用傷害罪」の法制定を目指しており、その委託を受けて北海道新墾血液医療研究センターに設立されたのが「HBD調査鑑別室」というわけだ。HBDによる死亡ケースについて、死因、つまり絶望に至った要因を調べ、その犯罪性の有無を鑑別する部署である。最終的に事件扱いするかどうかの判断は警察に委ねられるとはいえ、責任重大である。
穏やかで優しそうな印象の室長の百瀬、外見も中身もクールで知的な主任の四方田、声でお金をとれそうなくらいイケボの二木、イケメン陽キャの八反、理知的な室長秘書の三上。個性の強い同僚たちのもとで、美羽は少しずつ学んでいく。
第一話で彼女たちが取り組むケースは、36歳の女性の突然死。亡くなった場所は居酒屋で、人気漫画のオタ活仲間とオフ会で盛り上がっていたという。ほどなく、彼女ががんで余命宣告を受けていたこと、恋人に別れを告げられたばかりであったことが判明する。それらに関する絶望が心内で蓄積されていたとも考えられるが、しかしいったい、なにが死へのトリガーとなったのか。
他にも、ショッピングモールの広場のベンチソファで男性が突然死した謎、いじめを受けていた中学生の少年がHBDで亡くなり、母親が“犯人を処罰したい”と主張して始まった調査、東京中央調査鑑別室からセカンドオピニオンを依頼された突然死案件、さらには過去の事件にまつわる検証など、美羽たちはさまざまなケースについて聞き込みを重ね、真実に近づこうとしていく。
もちろん、死んだ人間は真実を明かすことはできない。だから完全な答え合わせはできない。だからこそできる限りフラットな視線で状況を俯瞰し、いちばん可能性の高い死因を導き出すのが彼らの仕事だ。
美羽は中学を卒業するまで地元の劇団で子役として活動していた経験があり、“誰かになりきる”ことに長けている。彼女が新卒でいきなりHBD調査鑑別室に配属となったのも、そこを見込まれてのようだ。といっても、これは主人公が絶望した人になりきって真相を見抜く、といった単純な話ではない。どこまでも真摯に、丁寧に、故人の絶望の正体をさぐっていくところが美点である。
悪意が人を傷つけるとは限らない。善意の言動が人から希望を奪うこともある。また、孤独だからこその悲しみもあれば、誰かを大切に思うあまりの悲しみもある。“絶望の原因”はさまざまで、どの短編も真相には意外性があり、そして切ない。
しかし、調査鑑別室の面々が、個々に事情を抱えながらも、先入観なく事実を見つめ、真実を見出そうとする誠実さには、心が洗われる気持ち。人に寄り添うとは、こういうことなのだろう。彼らの仕事ぶりと美羽の成長を、この先も見ていきたいと思わずにはいられない。人間ドラマの詰まったこの連作集、読めばきっと、あなたもシリーズ化を期待するはずだ。
*
■ 書籍情報
『神の代役』
■ 評者プロフィール
瀧井朝世(たきい・あさよ)
1970年生まれ。フリーライター。WEB本の雑誌「作家の読書道」、『WEB別冊文藝春秋』『WEBきらら』『週刊新潮』『anan』『クロワッサン』『小説幻冬』『紙魚の手帖』などで作家インタビュー、書評を担当。TBS系「王様のブランチ」ブックコーナーのブレーンを務める。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』、編著に『ほんのよもやま話 作家対談集』、監修に「恋の絵本」「キミの知らない 恋の物語」の各シリーズがある。

