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第1回

#1 京都ナイン


 ついに開幕である「万城目学のエッセイ万博2024」!
 エッセイ連載のタイトルには、常に「万」をつけていくスタイルゆえに、今回の連載を始めるにあたり、「万博」なる単語を採用した。
 されど、「万博」の言葉が持つ「世界に開けた」イメージを忠実に踏襲するつもりはさほどなく、開けた話もあれば、閉じに閉じた内面の話もあろうということで、記念すべき第一回は、わが内面を彩る想像の世界から、一本のエッセイをひねり出したい。
 
   #1 京都ナイン
 
 昨年、『八月はちがつ御所ごしょグラウンド』なる作品を上梓した。
 ひまを見つければ京都きょうとを舞台に書いている――。そんなイメージをまき散らしがちな私かもしれないが、実は現代の京都を小説に登場させたのは、『鴨川かもがわホルモー』『ホルモー六景ろっけい』以来、十六年ぶりのことである。
「なぜ、京都を書くのか?」
 デビュー以来、幾度と知れず投げかけられてきた質問である。それに対し、
「街に特濃なる歴史の蓄積があるから。次点でぼんくら大学生がわんさといるから」
 という答えが我ながらしっくりくる。
 この「歴史」の部分をさらに厳密に表現すると、
「そこに『あそび』の領域がたっぷりと含まれているから」
 あたりになるだろうか。
 たとえば、「京都にまつわる歴史的有名人限定で、野球チームを作ってみる」という思考ゲームを頭の中で組み立ててみるとしよう。
 この場合、「京都にまつわる」は京都生まれという狭い意味ではなく、京都にゆかりがある、すなわち一時的な滞在や活躍も含む、広い意味で用いたい。
 野球チームに必要な人数は最低9人である。
 それではさっそく私が考える、「京都ナイン」のスターティング・メンバーを発表していこう。
 まずは1番。
 いきなりの坂本龍馬さかもとりょうま
 選出理由は、とにかくチャンスを拾い上げ、塁に出てくれそうだから。いつかは太平洋を渡り、大リーグで活躍する日を夢見ている。口癖は「アメリカぜよ」。守備位置はライト。
 2番。
 大久保利通おおくぼとしみち
 1塁に出た龍馬を次の塁に進めるべく、堅実にバントを決める。派手なことはせず、地道なプレー、いわゆるスモール・ベースボールに徹することができる仕事人。維新の英傑のなかでは地味な存在ながらも、明治日本の礎を築いたその堅実さを買いたい。守備位置はレフト。
 ここからはクリーンナップ。打撃力が求められる打順だ。
 3番、ファースト土方歳三ひじかたとしぞう
 2番が薩摩さつまの大久保で、宿敵同士である新撰組副長土方歳三がチームメイトとして打線をつなぐなどあり得ないわけであるが、そこは大目に見ていただきたい。
 彼を選んだ理由はズバリ、女性人気だ。
 野球も人気商売。興行である。一時期もてはやされたカープ女子やJリーグのセレ女(セレッソ大阪の女性ファン)のように、彼の涼やかな目元に惹かれた、
「ヒジジョ」
 と呼ばれる熱狂的女性ファンを取りこみたい。そんな球団経営目線から、彼を3番に置く。チームポスターの撮影でも、当然、最前列に立たせる。
 4番、チームの主砲は、これ弁慶べんけいである。幕末勢が三人続いたのち、いきなり時代を遡って、平安時代末期からの選出だ。
 理由は言うまでもなく、力持ちで長打力がありそうだから。
 長い歴史を有する京都であるが、文化や政治の中心だったこともあり、頭脳派として名を馳せる人物は多けれど、意外や「脳筋タイプ」とでも呼ぶべきフィジカル要素に全振りしたイメージの歴史的人物は少ない。大江山おおえやま酒呑童子しゅてんどうじであったり、鞍馬山くらまやまの天狗であったり、別次元の力を操る面々がいるが、残念ながら人外である。
 弁慶のポジションはキャッチャー。奥州おうしゅう衣川館ころもがわのたちにて、主君である義経よしつねを守らんと館の入口の前に仁王立ちし、身体じゅうに矢を受けてもその場を譲らなかったエピソードから導き出される、鉄壁の守備感。ピッチャーから放たれるどんなフォークボールもそらさず受け止めてくれそうだし、ホームに突っこんでくるランナーを怖れず全身で跳ね返してくれそうだ。
 クリーンナップのラスト、5番を紹介する前に閑話休題――。
 京都にゆかりのある歴史的人物を考えたとき、その知名度が上がれば上がるほど、必ずと言っていいほど、志半ばで無念の死を遂げていることに気づく。実際に、これまで1番から4番に挙げた面々は、全員が暗殺or戦死という悲しい結末を迎えている。ならば、ひとりくらい、殺しとは無縁の平和な人生をまっとうした人物をチョイスしたい。
 そこで5番バッターは在原業平ありわらのなりひら
 ご存じ、『伊勢物語いせものがたり』のモデルとされる平安時代を代表する色男。土方歳三とチームを二分する人気を誇るが、土方と決定的に違うことは浮名を流す頻度の高さである。文春砲にフライデー、何でもござれ。これぞスターの生き様よ、とばかりに、LINEで相手の女性に詠んだ恋の和歌が流出する。虚実にまみれた色男ぶりを自ら否定することなく、これぞ公家の本懐とばかりに、世間の注目をエネルギーに変え、今日も快音を響かせてくれる。守備も華麗に軽やかにセカンドを担う。
 6番、これから下位打線に入る。
 ここで登場するは、楠木正成くすのきまさしげである。
 とにかく守りを重視しての人選。千早城ちはやじょうにて押し寄せる鎌倉幕府の大軍をきりきり舞いさせた、驚異の守備能力を買おう。
 近ごろスポーツの試合を観てつくづく感じるのは、まずよい守りがあり、そのあとによい攻めが続く、ということだ。ポジションはショート。彼の千早城での粘り強い守りが、やがて鎌倉幕府崩壊のきっかけの一つとなったように、変幻自在な守備から攻撃へとつなぐ、大楠公だいなんこうの頭脳プレーに期待したい。
 同じく守備への意識から、7番センターのポジションには那須与一なすのよいちを抜擢したい。
 平家物語におけるハイライトのひとつ、屋島やしまの戦いにて、はるか海上に浮かぶ軍船に掲げられた扇の的を、彼は見事一矢にて撃ち落とす。講談でも、いまだ人気の演目だ。
 その強弓ごうきゅうを操るイメージから導かれるのは強肩、すなわちイチロー並みの、センターからキャッチャーに向けてのレーザービーム返球だ。
 ひとつ懸念があるとするならば、彼は京都ゆかりの人物なのか? という疑義に対してであるが、実は源平合戦ののち頼朝から京都に荘園をもらい、没した場所も伏見である。ゆえに問題なし。
 余談であるが、与一という名前は、長男なら太郎、二男なら次郎、三男なら三郎……という流れに従い、当時、十一男の子どもに対して授けられた名前だったという。十あまり一から、余一で与一。現在の日本では、想像できない名付けパターンである。
 8番、残るポジションはサード。
 偉人がひしめき合う京都ゆえに、選択肢は無尽であるわけだが、ここは少し切り口を変え、サードという視点から「長嶋一茂ながしまかずしげ枠」を設けたい。
 どういうことかというと、偉大な初代のあとを継ぐ難しさが、いずれの二代目にもあったはず。一茂氏があえて天才長嶋茂雄しげおと同じ道に進み、見なくてもいい地獄を見てきた、その二代目のしんどさに共感するがゆえの「長嶋一茂枠」。
 チョイスするのは藤原頼通ふじわらのよりみちである。
 太政大臣藤原道長みちながの長男である藤原頼通。
 父親の道長と同じく、栄華に満ちた人生を送った頼通ではあるが、では、彼がどういう人間だったのか、と問われたならば、まったくイメージが湧いてこない。強烈な満月エピソードを持つ父親と異なり、頼通自身に巷に知られたパーソナルな逸話は皆無で、ただ平等院鳳凰堂を造ったという十円玉的記憶が刻まれているのみである。
 濃すぎるメンバーのなかに、一人くらい影の薄い人物がいてもよいのではないか、という理由から、頼通をサードに立たせる(実際には、父と同じく太政大臣まで上り詰め、社会的地位ではナインのなかでぶっちぎりのトップなのだが)。
 9番はピッチャー、もしくはDH。
 DHならば、西郷隆盛さいごうたかもりだろう。
 これは強打者の風貌・体格の持ち主ではあるが、一方で守りが苦手そうというイメージからの西郷どん。かろうじてキャッチャーができるかもだが、すぐに膝を壊しそうというイメージからの西郷どんである。
 では、ピッチャーならば誰か?
 栄えある先発投手の座を射止めたのは、源義経みなもとのよしつねだ。
 キャッチャー弁慶との関係からも当然のチョイスである。五条大橋ごじょうおおはしからの主従バッテリー。キャッチボール時は五条大橋の両端から投げ合い、肩を温める。
 ときに孤独なポジションと言われるピッチャーに九郎義経はよく似合う。
 希代の戦術家であったところから、球種が多そう、常にバッターの狙いを外し、意表を突いた投球術を駆使しそう、というイメージが導かれる。その一方で、兄頼朝が発した政治的メッセージを何も理解しなかったことから、監督の指示をまったく聞かない、という弱点もありそうだ。もっとも、周囲の空気が読めない鈍感力は、アウェーの球場であっても臆しない強靭な勝負師メンタルに成り替わり、どんなシチュエーションでも、すさまじい高低差を誇る「鵯越ひよどりごえフォーク」がばったばったと三振の山を築くことだろう。

 これにてナインの紹介は終了であるが、終盤、試合の流れを変えるために必要なピンチヒッターも用意しておきたい。
 足利義輝あしかがよしてる
 室町幕府の十三代将軍だ。
 彼は剣の達人であった。剣聖塚原卜伝つかはらぼくでんから、奥義「一之太刀ひとつのたち」を伝授されるほどの腕だったとか。二条御所を三好勢に急襲され、非業の死を遂げるが、その際、彼は畳に刀を何本も突き立て、刃こぼれする刀を次々と交換しながら、押し寄せる敵をなぎ倒した(のちの創作ではあるが)。
 そんな義輝がピンチヒッターの切り札としてベンチに座っている。その傍らには、シチュエーションに合わせた特注のバットが何本も置かれている。コールを受けた義輝は、そこから一本を抜き出し、剣豪の迫力を全身からみなぎらせ、バッターボックスへと向かうのだ――。
 さらには先発の義経が終盤、集中力を突如切らし、自暴自棄に陥りそうになったときのリリーフ投手として、明智光秀あけちみつひでをブルペンでスタンバイさせたい。
 本能寺の変で主君織田信長おだのぶながたおすも、すぐさま羽柴秀吉はしばひでよしに返り討ちに遭い、「三日天下」なる無様なイメージを背負う彼であるが、三日だけでも天下を取ったのだから大したもの、という解釈もじゅうぶん可能である。
 それをたとえば、9回を投げ切ることは無理でも、3回だけならぴしゃりと抑えられる、という野球的意味合いにスライドできるなら、彼ほど試合を締めるクローザーとしてうってつけの人物はいない。野球のルールでは、スコアで勝っているとき、7回、8回、9回と3イニング投げ切って勝利すれば「セーブ」がつく。セーブ王目指し、令和の「8時半の男」爆誕である。
 さて、最後にチームの監督を選ぼう。
 権謀術数にまみれた都の歴史が背景にあるゆえ、いくらでも知将、謀将の性格を持った監督候補を挙げられそうだが、私が薦めるのは菅原道真すがわらのみちざね後白河法皇ごしらかわほうおうだ。
 天神様と名高い、学問の神様菅原道真ゆえに、故野村克也のむらかつや氏なみにその言葉には説得力が宿り、「野村ノート」ならぬ「菅公ノート」が有名になりそうだ。
 しかし、北野天満宮きたのてんまんぐうに雷神として祀られているとおり、日本屈指の雨男、いや雷雨男である。連敗がスタートすると、途端に機嫌が悪くなり、ドーム球場ではいいが、屋外球場では雷雨を呼びまくる。そんなに雨天順延ばかりだと興行が成り立たない、と球団サイドから難色を示されそうだ。
 ということで、この京都ナインを統率する監督は後白河法皇でいこう。理由はその肖像画から連想される、ベンチでずっと座っているイメージがあるから。それだけである。
 
 いかがだったろうか。
 わが選定の京都ナイン。たった一都市に集った歴史上の人物だけで、いかほどにもメンバーを組み替えることができる。これが京都の歴史が持つ「あそび」の偉大さであり、かの地に積み重なった、人々の行動と記憶のぶ厚さの証明でもある。貴族出身者以外、紹介したメンバー全員が天寿を全うすることなく、道半ばで命を失っているのも(那須与一の最期は不明)、京都の薄暗い、裏の顔の存在を示唆していて趣深い。
 そうそう、彼らが集い、野球に興じる場所は?
 もちろん――、御所グラウンドしかないでしょう。

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