2 結婚のお祝いに、幸せになるために。
〈おもちゃのチヤチエチャ〉の営業時間は、午前十時十五分から午後八時三十分までに決まっていた。
基本はカプセルトイとクレーンゲームだけだから、あまり早く開けてもたぶんほとんどお客さんは来ないだろう、って千弥さんは踏んだ。もちろん事前に〈玩具の茶木〉に、お祖父ちゃんお祖母ちゃんちに泊まり込んで、いわゆる市場調査をしたんだって。その結果、開店は午前十時十五分にした。
そしてうちの商店街は、飲食店はけっこうたくさんあるけれど、お酒を飲める店がほとんどないので夜の九時過ぎぐらいにはほぼ全部のお店が閉まってしまうんだ。だから、人通りもあっという間に少なくなってしまう。
でも、晩ご飯を食べに行くその前とか帰りにちょっと寄る、っていうパターンは充分考えられるし、駅からの通り道でもあるから仕事で遅くなった人が帰り道に寄るっていうのもありそうなので、閉店は午後八時半。
開店閉店が十五分と三十分っていうのも、そういう半端な時間にしているお店はそんなに多くないので、一度でも目にすると確実に覚えるし印象に残るからなんだって。
私がバイトするのは、基本的には午前十一時から午後六時までの間の何時間か。
どんなふうにシフトを組んだらちょうどいいのかは、やってみなきゃ全然わからないので、とりあえず開店して二週間ぐらいは毎日お店に入ってみる。
明日は、いよいよ開店。
十日ほど前からちょこちょこお手伝いしてきた。
主に商店街の皆のところに千弥智依さんを連れて行って紹介してお店のパンフを配ったり、看板娘の皆さんの写真を一緒に撮ったり、っていう案内役をしてきたんだけどね。千弥智依さんのことを覚えている人もいたけど、ほとんどの人が、茶木さんのお孫さんってことで知ってはいたけれど初対面だった。
商品であるカプセルトイのマシンもクレーンゲームも運び込まれて、全部が正常に動くかどうかのチェックもした。クレーンゲームなんかここ数日で私はプロなんじゃないかって思えるぐらい上手になってしまった。
そして、もうすべて準備万端になって、店内のお掃除も全部終わってすぐにでも開けられるぐらい。
千弥さんと二人で店内をチェックして回っている。
真っ白な店内にズラッと並んだカプセルトイのマシン。
マシンも基調が白なのが多いし、その中にカラフルなマシンもあって、店の中が全部外から見渡せるから本当に目立つ。
これも、千弥さんの作戦なんだろうなー。
そしてマシンって二段か三段で縦に積んであるのがほとんどなんだけど、おもしろいのは、私の背でギリギリ届くか届かないか、っていう四段五段にマシンが積んであるところもあるんだ。そこには真っ赤なハシゴがあって、レール式で自分で移動させてガチャが回せるようになってる。
「これ、楽しいですよね」
「でしょ? その辺には明らかに大人向けか、うち独自のスペシャルなマシンしか置かないから」
もしも子供が昇ってうっかり足を滑らせても安心なように、そこの床だけ、よくある子供が靴を脱いで遊ぶスペースみたいにクッションシートになってる。もちろん滑ったりしないようにしてあるから大丈夫だけどね。
マシンが並んでいるだけじゃなくて、壁にはディスプレイの棚がたくさんあって、そこには智依さんが今まで作ってきたフィギュアの原型とか、今では手に入らないような貴重なフィギュアとかそういうものをたくさん並べた。もちろん、盗んだりされないような工夫をして。
「これ、私は知らないですけど本当に貴重なものとかあるんですよね?」
うん、って千弥さんが頷く。
「智依がそっちの業界だったからね。いろんなものを手に入れていたから、すっごく助かるのよね」
やっぱりそうなんだ。
「不定期でいろいろ入れ替えもするけれど、見るだけでも楽しいでしょ」
「うん、いいです」
ゼッタイ子供たちとか、そういうのが好きな大人も喜ぶと思う。
「開店時にはちょっとムリだったけど、そのうちにね、セイさんが作ったモデルなんかも並べたいんだ」
「セイさんの家にたくさん並んでますよね!」
前に一度家にお邪魔したことがあって見せてもらった。真鍮製の車とか、ものすごく精巧な飛行機とか。
「とんでもなく高かった」
「そうなのよね。しかもちょっと壊したりなんかしたら修理代だけで何万とか掛かっちゃうから、そこのところはこのフルオープンな店でどうしようかなって思っていて、まだ考え中」
ですね。
店の奥、真っ赤な〈なんでも作ります直します〉の受付カウンター。椅子はカウンターの外に二つと中に二つ。カウンター横には両替機。百円玉に替えるやつね。私もゲームセンターとかで使ったことがある。
カウンターの上にはパソコン。受付で打ち合わせしながら使うソフトは私も使ったことあるものばかりだから全然大丈夫。カウンターの下には小さな冷蔵庫があって、毎日飲み物とかおやつとか入れておくから食べて飲もうねって。
「椅子、これでいいわよね? 高かったりする?」
「いえ、全然オッケーです。私にはちょうどいいです」
クッションも利いていて、長い時間座っていても疲れなそうな椅子。千弥さんが座って、私も座って、千弥さんがカウンターの引き出しからキーホルダーを出してきた。
「あ、千弥智依さんの」
この間見せてもらった二人のフィギュアが付いている。
「邪魔だったら外していいから。これが、後ろの作業室へのドアの鍵で、こっちがお店の正面玄関の鍵ね。たぶん瑠夏ちゃんが使うことはほとんどないとは思うけど、念のために持っていてね」
「はい、わかりました」
お店の鍵。しかも作業室ってことはその上の階の自宅への鍵でもあるんだ。思いっきり信用してもらっちゃっている。でもそうだよね。私は商店街の人間なんだから、なんか悪いことするはずないもんね。
智依さんはもう作業室でいろいろ作業中。
開店前に私も一緒に撮影してきた商店街の〈看板娘〉や〈二枚目〉たちをどうやって3D化してカワイクカッコよいフィギュアに、カプセルトイの商品にできるかを、パソコンで試している。
「〈看板娘〉たちのフィギュアって、ここで全部作れるんじゃないですよね?」
「そうね」
うん、ってちょっと考えた。
「少ない数であれば、それこそ十個ぐらいの数ならここで作れないこともないのよ。3Dプリンターがあるからそれで製作しちゃって、フィギュアの色付けも全部智依が一人でやればね」
「あ、智依さん一人じゃ限界が」
「そう、時間をかければ何十個でも作れるけれどもね。その辺は予算との兼ね合いでこれからね。ある程度の数を作るときの発注先の確保はしてあるから」
お店の中のカプセルトイも、別に全部のマシンを千弥智依さんが二人で集めているわけじゃないんだ。私も初めて知ったけど、そういうのを専門にやってくれる代理店さんがいて、どこそこのなんのマシンが欲しいって発注すればその分を確保して納品してくれている。今、お店の中にあるのもほとんどがその代理店さんが持ってきてくれたもの。経費とかの精算もその代理店を通じてやるんだって。
どのメーカーのどんなマシンを選んで置くかっていうのは、そこは千弥智依さんのセンスに掛かっている。何せ、カプセルトイが売れなかったら仕入れた分がほとんど損になっちゃうから。
その他に、千弥智依さんが、〈おもちゃのチヤチエチャ〉がオリジナルで作るカプセルトイのマシンもある、って感じ。
オリジナルは、いろいろ作る予定があるんだって。
「ジオラマってわかる?」
「わかります」
風景とかをそのままモデル化しちゃうんだ。
「将来、っていうか近いうちに〈花咲小路商店街〉を全部ジオラマモデル化して、それもカプセルトイにしちゃおうかなって」
「商店街を? 全部ですか?」
「全部」
千弥さんが、ニコッと笑った。
「ひとつひとつのお店をモデル化して、もちろん道路やアーケードも込みにしてね。それを全部組み合わせていったら〈花咲小路商店街〉のできあがり! みたいにして」
スゴイ!
「おもしろい!」
「でも、結構大変なのよね。それこそ全部のお店やビルの持ち主の許可を取らなきゃならない。中通りなんて個人宅もアパートもあるでしょ?」
「あー、そうか」
そこに住む人の許可も一応取らなきゃ、建物のモデル化もできないんだ。
「できあがった〈花咲小路商店街〉が歯抜けみたいになっちゃうのは淋しいし、そもそもどこまで〈商店街〉のジオラマとして盛り込むかって話にもなるし」
「そっか。うちとかもですよね」
「そうなの。中通りにある〈田沼質店〉とか〈カーポート・ウィート〉とか〈ゲームパンチ〉さんとかもね、立派に商店街の一員なんだけれども、中通りも全部含めちゃうとそれはもう」
「この町一帯のジオラマ作りになっちゃいますね」
そうなのよねー、って千弥さんが笑う。
「そしてね、〈久坂寫眞館〉さんにはね、商店街を撮った写真がたくさん残っているの。見たことある?」
「ないです」
「〈久坂寫眞館〉さんは古株だから、昭和の初期から後期、もちろん平成の頃の商店街の写真もあるのよ。だから」
あ!
「昭和レトロとか、平成レトロですね? その頃の商店街のレトロな情景もジオラマにして!」
「いいでしょ? レトロ大好きな人たちにも刺さると思うのよ」
楽しい!
「ただのカプセルトイ専門店じゃないんですよね〈おもちゃのチヤチエチャ〉は。いろんなものを自分たちでも作って売っていく」
うん、って千弥さんが大きく頷く。
「〈おもちゃ〉ってただ玩具ってだけじゃなくて、〈暮らしの思い出〉だと思うの」
「思い出」
「幼い頃の思い出、若い頃の日々、家族の在りし日々に遊んで使ったもの。それは、私が仕事にしていた電化製品にも通じるもの。瑠夏ちゃんだってまだ二十歳だけど、小さい頃の思い出のおもちゃや家電とかあるでしょ?」
おもちゃはあるけど、家電?
あ、ある。
「ずっと家で使っていたトースター、何年前かな? もう十年前ぐらいに壊れちゃって新しいのにしたんですけど、なんか新し過ぎて味気なく思ったんですよね」
「壊れたやつは捨てちゃった?」
「いや、うちは蔵があるのでそこに置いてあります。昔使っていた洗濯機とかテレビとかそういうのも置いてありますようちには」
そういうの、捨てられない家系みたいで。
「物にもよるけれど、トースターぐらいだったらうちで完璧に直せる。なんだったら全部作り直して新品同様にもできる」
「〈なんでも作ります直します〉、ですね!」
「そう。その話をきちんと瑠夏ちゃんにして開店を迎えようと思っていたの。うちはね、古物商許可も取ってるから、そのうちにそうやって直したいろんなものをお店で売ることも考えているんだ」
おもちゃは、家で使う製品は、暮らしの思い出。
〈おもちゃのチヤチエチャ〉は、その思い出を直したり作ったり、売ることもできるお店にしていくんだ。
「その辺の打ち合わせ、というか、どういうものを作ってどういうものを直していくのか、いけるのかっていう辺りは、瑠夏ちゃんにも受付としてお客様の相手をしてもらうんだけど、実際にお客様が来ないとわからないから」
「現場で実践ってことですよね」
「そう。でも、瑠夏ちゃんは質屋さんでもうそういうことをやってもいるから、大丈夫だと思って頼りにしてるの」
わかります。
いろんな品物を、いろんな人が持ってくるのが質屋。質草、つまり持ってくる物は人によって千差万別。
「そうか、質草も〈暮らしの思い出〉ですね!」
「うん、そうよね」
この間、大正生まれのお祖父さんが生涯にわたってずっと使ってそして集めていた眼鏡を二十本ぐらい持ってきた人がいた。血の繋がった孫だっていう人。これはいくらかにならないだろうかって。
お祖母ちゃんは、そもそも物の価値としては二束三文だって。いくらアンティークだと言い張っても、使い古しでぼろぼろの眼鏡フレームは商品にはならない。でも、これは歴史を語るものだからってそこに価値を与えて、二十本で三万円なら貸せるって、お金を出してあげた。
質屋は、そういう商売。もちろんお祖母ちゃんも、このクラシカルな眼鏡フレームならなんとかすれば、質草として流れても最近のファッション方面で四、五万で売れるだろうっていう判断をしたからなんだけど。
そういうのを、私は中学生の頃からずっと見てきた。
だから、私だったのか。ここのお手伝いには最適だって。
「楽しみですね。どんな〈なんでも作ります直します〉のお客さんが来るか」
言ったら、千弥さんは笑顔で大きく頷いた。
「本当に! 二人でそういうことをやりたくて開いたんだもの」
智依さんと。仲良しの姉妹なんだなーって思う。
後ろの作業室のドアが開いて真っ赤なツナギを着た智依さんが出てきた。ドアの横には窓があって、実はマジックミラーになっていてこっちから中は見えないけど、作業室から店は見える。
「ねぇ、瑠夏ちゃんは、今夜は空いていますか?」
「今夜ですか? 何もないですけど」
明日は開店だから、それに備えてゆっくり寝るつもりです。
「晩ご飯を一緒に食べましょうよ。決起集会? なんちゃって。がんばってお店を盛り上げようっていう」
「あぁ、そうねいいわね。空いてる?」
「空いてます!」
「それならーすばるくんも一緒にどうぞ。あ、駐車場は、閉めるのが遅いのかなぁ?」
大丈夫です。
「晩ご飯の間、弦さんや中村さんはいるので」
いつもじゃないけど、わりと交代制みたいな感じでやってるので。
「どこに行こうかしらね。〈ラ・フランセ〉がいいのかな」
〈ラ・フランセ〉も美味しいし〈バークレー〉のカレーも最高だし〈あかさか〉だって。ここには本当に美味しい料理屋さんがたくさんあるんだ。
話をしていたら店の入口にひょい、って感じで顔を見せた人がいた。
スーツを着た男の人。
あれ?
「ゴンドさん」
店の中を見て、私がいるってわかったんだ。ゴンドさんが一歩前に出ると自動ドアがゆっくり開いた。ここの自動ドア、普通より開閉を遅くしてあるんだって。お客さんは子供が中心だろうからって。
「よぉ、瑠夏ちゃん。しばらくだ」
「こんにちは。お久しぶりです」
いつもスーツ姿の刑事のゴンドさん。うちには、〈田沼質店〉の方には仕事絡みでよく顔を出してくれるんだけど私はしばらく会ってなかった。本当に久しぶりかも。
「明日開店だって聞いていたけど、通ったら中に人が揃っていたんでね」
何か、用事だろうか。
「あ、こちら刑事の権藤さんです。〈あかさか〉の常連さんで、淳ちゃん刑事さんの先輩なんです。お店のオーナーの茶木さんです。姉妹なんです」
三人で、同時に頭を下げ合って。
「権藤です。お祖父様の茶木さんとは顔見知りでした。お孫さんがいることも伺ってます」
初めまして、って声が揃った千弥智依さん。
「私が茶木千弥で」
「智依です」
ゴンドさんが思わずって感じで微笑んだ。
「伺ってはいたんですが、本当にそっくりですな。髪形が同じだったら全然わからない。顔立ちはお祖母様の稲美さんにも似ていらっしゃる」
「そう言われます。母と祖母がよく似た親子だったので」
あ、そうかもしれない。気づかなかった。
「今日は、防犯か何かのお話ですか?」
千弥さん。ゴンドさんが詐欺とか窃盗とかそっちの担当の刑事さんって知ってたんだね。ゴンドさんが、軽く頷いた。
「それはまぁいずれ交番の、あ、駐在所か。そこの警察官が来るでしょう。瑠夏ちゃんも知ってるよな」
「知ってます」
四丁目にある〈花咲小路駐在所〉の三太さんと角倉さん。それにちょっと前に新しく勤務することになった長本さん。皆優しい笑顔のお巡りさん。角倉さんは渋いけど。
「ここでは〈なんでも作ります〉っていう話を聞いてね。ひょっとしたら第一号の客になるんじゃないかと思って来たんだが」
作る!
「何か、作るんですか」
ゴンドさんが。
うん、ってちょっと苦笑いみたいな微妙な笑みを浮かべる。そういう顔をするとゴンドさんってものすごく渋いいい男に見えるんだ。
「あ、どうぞお座りください」
千弥さんが言う。まだ全員で立って話していたんだ。カウンターの前の椅子にゴンドさんが腰掛けて、千弥さんと智依さんにはカウンターの中に並んで座ってもらった。私は、後ろに置いてあった丸椅子持ってきて、千弥さんの隣に。
これだよね。私のお仕事になる〈製作の注文を受ける〉ってこと。
ゴンドさんが、ちょっと息を吐いてから言う。
「〈結婚祝い〉に何かを贈る、というものがあるじゃないか」
「はい、ございます」
ありますよね。私はまだ友達の結婚式とかそういうものに出たことはないんだけど、二人のために何かを贈るっていうのはもちろん、あるよね。
「それで、まぁ瑠夏ちゃんはもちろん知ってるが、俺は〈たいやき波平〉のユイの父親なんだ。もうすぐ、禄朗と結婚式を挙げるんだが」
はい、って千弥智依さんが同時に頷いた。
「聞いています。三丁目の〈海の将軍〉のところで人前結婚式を挙げるんですよね」
「私たちも参列していいんだっていうことなので、伺おうと思っています」
聞いてますよね。〈たいやき波平〉の禄朗さんとユイさんの話。禄朗さんはまだ小さかった千弥さん智依さんと会ったことがあるんだって。あの子たちが茶木さんを継ぐのかって喜んでいたって聞いた。
「ぜひ、祝ってやってください。まぁもっとも俺は随分昔に離婚して、ユイに父親面なんかできないんだがな」
そんなことないと思います。ユイさん、お父さんのゴンドさんのこと好きですよね。これまでもずっと〈花咲小路商店街〉に来て、ゴンドさんとも会っていたんだし。
「それでは、結婚祝いは禄朗さんとユイさんへのものということですね?」
うん、ってゴンドさんが頷いた。
「記念になるようなものを贈ってあげたいんだ。ずっと前から考えていたんだが、ここでは本当に何でも作れるんだっていうのをな、セイさんからも聞いたんだが」
あ、セイさんから。
千弥さんが大きく頷いた。
「はい、この世に生きる昆虫以外の生き物が使うものであれば、ほぼ何でも作れますよ」
「昆虫以外?」
「たとえば、カブトムシに着せる服を作ってほしいと言われれば、この智依は作れます。でも、それならば服を着たカブトムシの精巧なフィギュアを作った方がお互いのためではないかと提案して、そういうものも作れます」
「なるほど」
頷いたゴンドさんに、千弥さんはカウンターの下の引き出しからカタログを出してきた。
「結婚祝いの贈り物のパンフレットも、このように世の中にはたくさんあります。その中から選んでいただいて、同じようなものをオリジナルの一点ものとして製作することもできますよ。たとえばこのカタログにあるこれなんか」
千弥さんが一冊のカタログを開いた。わ、スゴイ。ハート形をしたクリスタルガラスの置物だ。
「ガラス製品を作る、ってことかい」
智依さんが、はい、って頷いた。
「わたしはどんな材質のものでも扱えます。こんなようなガラス製品でも、ありきたりですけど陶器で夫婦茶碗とか、ペアのぬいぐるみとか、とにかく何でも作れます。前にペアルックじゃないんですけれど、ご夫婦お揃いのスーツを作ったこともあります」
スーツまで。
「〈たいやき波平〉さんのお二人でしたら、二人がお店に出るときの揃いのユニフォーム、私たちが着ているようなものを作るとかもできますよ。もちろんオリジナルのデザインで」
ふむ、ってゴンドさんがカタログをパラパラとめくっている。でも、なんか気のない感じがするんだけど。
「どんなものを作りましょうか」
「それがな、何を贈ればいいもんか、もうずっといろいろ考えているんだが」
なんだか、歯切れが悪いですゴンドさん。いつもはそんな感じじゃないのに。刑事さんだから真面目なときにはものすごく切れ味いい感じだし、普段は気さくでざっくばらんなのに。
「あの、ひょっとしてゴンドさん、何を作りたいかはあるんだけど、上手く表現できないとかですか?」
なんか、そんな顔をしてる。ゴンドさんが苦笑した。
「さすが質屋の跡取り娘だな。質草を持ってきた人の心の中まで見通せるってか」
「いえ、そんなんじゃないですけど」
うん、ってゴンドさん。
「そんな感じなんだ。どういう目的のものを贈りたいかってのはあるんだが、それをはっきりとは言えないんだこれが。まぁ非常にプライベートな事柄なんでな」
プライベート。
「注文としちゃあ、面倒くさくて申し訳ないんだがな。たとえば、これは本当にたとえばなんだが〈お守り〉のようなもので結婚祝いにふさわしいようなものは、何かないかな?」
「〈お守り〉ですか」
千弥さんも智依さんも、ちょっと眉間にシワを寄せて考えた。そのシワの寄るタイミングも一緒だった。双子って。
「願いを込める、という意味合いですね? たとえば、神社で買うような本当のお守りには〈家内安全〉とか〈合格祈願〉とか〈夫婦円満〉とか、そういう願いが込められますよね」
「そうだな。たとえるならそういうものを贈りたいんだ。広い意味ではまさしく〈夫婦円満〉だ。何せ結婚する二人に贈る、願いを込めたものなんだから」
お守りのような、もの。
智依さんが、眼をぱちくりってさせた。二人とも瞳が大きいからとても目立つし、なんか可愛らしく感じる。
「権藤さん。つまり、そういう〈願い〉を込めた〈お守り〉のようなの贈り物を二人にしてあげたい。広い意味では〈夫婦円満〉には違いないけれども、具体的にどういう〈願い〉なのかは、夫婦になる二人のあまりにもプライベートなことなので、自分は父親として知ってるけど他人には言えない、というような感じなんでしょうか?」
ゴンドさんは、小さく顎を動かした。
「そういうことなんだ。本当に面倒くさくて申し訳ないんだが」
「私たちは注文主のプライベートは決して外に漏らしたりはしない。守秘義務として守ります、と誓約書を書いても、それを話すことはできない、ですか?」
千弥さんがそう言うと、ゴンドさんはまたちょっと考えた。
「済まんな。それでもその〈願い〉が何かは言えないんだ」
父から娘への贈り物。
願いを込めた結婚祝い。
「でもそれは、間違いなく〈二人の幸せを祈る〉願いなんですよね?」
「もちろんだ」
真剣な顔をして、ゴンドさんが言う。
ふむ、って感じで千弥智依さんは、一度眼を閉じて考える。これもまったく同じタイミング。
「わかりました。今日一晩考えさせていただけますか?」
「考える?」
「〈お守り〉のようなものを、いくつか考えて具体的な品物をプレゼンさせていただきます。もちろん、きちんとした絵を描いて。それで、またお話させてください」
「明日は開店日なんですが、こういうお店なので、接客しなくてもいいですから、権藤さんの時間のあるときに、いつでもお店に来ていただけますか?」
明日か、ってゴンドさんがちょっと上を向いた。
「ちょうど休みの日なんだ。夕方ぐらいになってもいいかな?」
「大丈夫です。それと、権藤さんがお二人のお祝いに贈る品物を考えている、ということは二人に知られてもいいですよね? お祝い事なんですから」
あぁ、ってゴンドさんは軽く頷いて。
「それは別に構わない。何か贈るという話はしているからな、あ、しかし今日話したようなことは二人には言わないでくれよ?」
ゴンドさんがよろしく、ってお店を出ていって。
「瑠夏ちゃん、〈たいやき波平〉は今日はやってるわよね?」
「やってますよ」
「禄朗さんもユイさんも、瑠夏ちゃんはよく知ってる?」
「知ってます」
禄朗さんはものすごく寡黙な人なので、ほとんど話したことはないけれども、ずっと小さい頃からお店にはたいやき買いに行ってるし。
「これから三人でお店に行こう。中で食べられるわよね?」
「食べられます。お茶とかもありますよ。何かを訊きに行くんですか?」
智依さんが、微笑んだ。
「具体的に訊いちゃったら、権藤さんに怒られるわよねー。でも、さっきの話から、お二人には何か問題、というか、課題、というか、願いを込めるような暮らしていく上で大事なものがあるっていうのは、わかったわよね」
問題、課題、願い。
うん。
「そうですね。何かがあるんですね」
それは、私やすばるちゃんにもあるようなもの。シトロエンに宿ったお父さんのことは誰にも言えないっていうような、大事なこと。
そんなようなものがきっと禄朗さんとユイさんの間にはあるんだ。そしてそれをお父さんのゴンドさんだけが知ってるんだ。
「なんとなぁくわかっちゃうのよわたし」
智依さんが言う。
「わかっちゃう?」
「その人が、その物に込める思いとか、なんかいろんなこと? 凄い絵画とかを観るとね、そこに込められた画家の思いが伝わってきたりすることない?」
いろんなこと。
「あ、さっき話したじゃない」
千弥さん。
「質屋さんに持ち込まれた物に対するもの」
「あー、質草」
質屋には、そういうことがある、ってお祖母ちゃんはいつも言ってる。質草として持ち込まれた物に対する、その持ち主の思い。
「そういうのが伝わってきたときには、少しいい値段を付けてあげたりもするって」
「そう、そういうの」
千弥さんが大きく頷いて智依さんを見た。
「智依さんもそういうのが、わかるんですね?」
にっこり笑った。
「物作りにはね、魂込めるものなのよ。製作者って人たちはみんなそう。そして、その込められた魂もわかるものなのよ」
だから、って続けた。
「〈たいやき波平〉のたいやき食べたら、何かがわかるかも」
「まだ食べたことなかったものね」
たいやきを?