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Ⅲ チューリップ
フゥフフフフフフゥウン、フゥフフフフゥン、フゥフフフンフンフゥン。 なんの歌だ、これ。 自分でも知らないうちに鼻歌を唄っていた。だがなんの歌だったか、まるで思いだせない。首を傾げながらアトリエをでる。そして玄関脇に…
フゥフフフフフフゥウン、フゥフフフフゥン、フゥフフフンフンフゥン。 なんの歌だ、これ。 自分でも知らないうちに鼻歌を唄っていた。だがなんの歌だったか、まるで思いだせない。首を傾げながらアトリエをでる。そして玄関脇に…
プロローグ 三十年に一度と言われる大寒波は、滅多に雪が降らない九州南部の海岸線にも記録的な降雪をもたらした。 一夜明けてもまだ、湾の上空は分厚い雲に覆われている。 曇天を映した重油のような色の波が、のたりのたりと寄せ…
世界は無彩色でできている。 花も空も季節でさえ、 この目には灰色に映る。 けれども君がそばにいて、 当たり前に笑っていたから、 僕はずっと、大切なことに気づけなかった。 三百六十五日。 君が残した言葉のすべてが 僕に恋…
2 感謝された。オーナーからだ。 やはり面倒な客から逃げ出したというのが真実だったようで、夕方ごろに店へ帰ってきた彼女から「深川カヌレ」と小箱に書かれた洋菓子を渡された。門前仲町まで行っていたらしい。「急に怒り出す…
黒い夏のうたかた③ 五年前のひどく蒸し暑い七月、宇う佐さ見み椎しい奈なは中学二年生だった──。 「はじめまして。わたしは雪ゆき代しろ宗そう司じといいます」 子ども相手にもかかわらず、そのひとは丁寧な口調で話しかけてき…
第一話 嗤う婚約者 1 第一印象は、堂というよりも蔵だった。 最寄り駅からバスに乗り三十分揺られた後、終点で下車。それから二十分ほど、人通りの少ない坂を上り閑静な住宅街へ進むと、ほどなくして古びた土塀に囲まれた一軒…
真っ白だ。 壁も床も天井も、あらゆるところが隅々まで真っ白な部屋に深作ミドリはいた。身にまとった服も真っ白だった。右手に握る絵筆の毛と柄も白く、左手のパレットもその上にある絵の具も白い。そして目の前にあるキャンバスも…
滅亡しない日 教室から近い、二階女子トイレ。鏡に向かいながら、荒れた唇に、新しいリップグロスを塗る。ドラッグストアで、口コミサイトで大人気だというようなことが書かれた派手なポップが添えられていたものだ。薄い赤に色づく…
4 「先生、先生」 ヒールの音を鳴らして秋あき津つが後をついてくる。朝のS駅地下街は通勤の人々で混雑していた。途中で「あっ」という声と共にパンプスが脱げる音が聞こえて、秋津の靴のかかとが溝か何かに嵌まったのを察したが…
このたび『藍色時刻の君たちは』(東京創元社)にて、第14回山田風太郎賞を受賞された前川ほまれさん。前川さんの最新文庫『セゾン・サンカンシオン』(ポプラ文庫)は、前川さんいわく受賞作と「ある意味対になっている作品」。受賞を…