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第1回

【うちがふつうで、よそがへんなの!1】バニラアイス

「コンビニ行くけどなんかいる?」と父が言った。

 父は病気がちになってから、働かずに家にいることが増えたのだ。あまり遊びにもいかず、放課後や夏休みはずっと家にいる中学生だったわたしは、父と過ごすことが多かった。

 そうはいっても、わたしには自分の部屋があったので、わたしはずっと自分の部屋にいた。父はずっとリビングでテレビを見るか、本を読むか、うたたねするか、掃除機をかけていた。

 喋ることと言ったら、「コンビニ行くけどなんかいる?」にほぼ限られた。

 父のほうからだけでなく、わたしもコンビニに行くときはそうきいた。あまり父のほうは、なにかを買ってきてくれと頼むことはなかったけれど、それでも毎回きいた。

 その日、わたしはバニラアイスが食べたかった。初夏の午後のことである。

「じゃあ、バニラアイス」

 と答えたわたしに、オッケーサインをつくり、父はコンビニへ向かった。

 わたしは一刻も早くバニラアイスが食べたかったので、自分の部屋でなく、リビングのソファーに腰掛け、父の帰りを待っていた。

 しばらくすると、レジ袋を下げた父が帰ってきて、

「ほら」

 と、わたしに手渡したのは『爽』だった。

 わたしは一瞬ことばにつまった。それから、やっと、ありがとう、と一言いった。

 バニラアイスと言われて『爽』を買うひとがいるかね、とわたしは腹のなかで思っていた。すこし、不機嫌になった。

 わたしの食べたかったのはミルク感のある、すべすべのやつ。というかバニラアイスといえば、そういうものでしょう。

 しかし、ブランドまで指定しなかったのはこちらの失敗であるし、『爽』はバニラアイスではないのかといわれれば、確実にバニラアイスなのだから、父を責めるわけにはいかないし、そもそも買ってきてもらってこんな態度はいかがなものか、と心のなかでぺちゃくちゃおしゃべりしながら、『爽』の蓋を開けて、木でできたスプーンをさし、口にはこんだ。『爽』を食べるのは、はじめてのことだった。

 すごくおいしかった。

 ごめんなさい、と素直に思えるほどの、おいしさだった。

 父はなにも気にしていないふうにテレビを見ながら、みたらし団子を食べていた。

小原晩(おばらばん)
作家。1996年、東京生まれ。2022年にエッセイ集『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を自費出版する。2024年11月に実業之日本社より増補版を刊行。他の著書に『これが生活なのかしらん』(大和書房)がある。 

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