
こんなこと書くのは作っている方に本当に申し訳ないんですけど、股関節手術で入院していた間の食事がまじでマズかったんです。
基本的に塩分がないんですね。たとえば、ほうれん草のおひたしはただ茹でてあるだけ。醬油もなし。鰹節の味でなんとかうまさを保っている感じです。中でもいちばんマズかったのが「無塩パン」。塩分も水分もない、ガッサガサのパン。
もちろん健康を取り戻すための食事なわけですけど、これが耐え難くて。うまい飯を食えるっていうのは、あたりまえじゃないんですね。うまいもんを食うためには、ある程度、健康でいなきゃいけない。そんなことが身に染みた入院期間でした。
退院後、はじめて飯を誘ってくれたのがオズワルドの畠中です。畠中に誘われたときまず頭に浮かんだのがすき焼きです。もともと私はああいう甘っ辛い味付けが大好きなんですね。しかも入院食の反動で、ずっと塩味と甘味を求めている状態でした。すぐにすき焼きを提案すると畠中は、
「すき焼きいいね。ジンギスカンもあるけど」
と言ったんです。そう言われた瞬間、すき焼き一色だった私の脳に、ガッと横から猛スピードでジンギスカンが入り込んできました。すき焼きをおしのけて。もうジンギスカンしか考えられなくなっちゃいました。畠中は北海道出身だから、自分が食いてえっていうのもあったんでしょう。その提案に、まんまとのせられちまいました。思えばこのときからもう、畠中の北海道マウントははじまっていたのです。
ふたりで行ったのは新宿西口の「だるまや」。カウンターに10席くらいしかないこじんまりした店。畠中は1度来たことがあるらしくて自分だけ店員となかよさそうに話しています。席につくとまず生ラムと野菜のセットが自動的に2人前でてくる。絶対そこからスタートです。
ちょっと珍しいのがタレ。ニンニクのすりおろしじゃなく、卓上に置いてあるフライドガーリックを入れるんです。これがうまい。それをつけながらまずは肉をひたすら食います。肉が2人前ぜんぶなくなったら、次は野菜です。ジンギスカンのあの丸い鍋の上で店員さんが野菜をガンガン焼いてくれます。やっぱり合いますね、ラム肉にもやしと玉ねぎ。うまいっすね。肉単体で食べるよりも、一緒に食べたほうがまあうまい。もやしの食感があって、玉ねぎの甘さがあって。タレにもよく合う。あれはうん、食べちゃいますね。たまんないっすね、本当に。うまかったので生ラムはおかわり。
次どうしようかって話していたら、畠中がでっかいブロック肉を頼んだんです。この店の先輩感、来店2度目の余裕を見せつけるかのように。それ頼むの今じゃなくないかって気がちょっとしましたけど、肉は当然うまかったです。その次は味付けラムに移行。塩・タレ・青唐がらしの3種類。網で焼くスタイルです。いちど網に変えてしまうと、丸鍋には戻れなくなるのでご注意を。あぶりラムサシもうまかった! 外はちょっと炙ってて、中はレア状態のラム肉を薄くスライスして出してくれるんですけど、口の中でとろけるし、ぜんぜんクドくない。いくらでも食えちゃう。
最後、これも食ってみようってことでハンバーグを頼みました。 200g ぐらいかな。しかも、ちょっと残しておくとシメのハンバーグライスができるって言うんです。そんなもん食うに決まってるでしょう。1/4 ぐらい残ったハンバーグを渡すと、店員さんがハンバーグの上に飯をかぶせてくれて、それを薄くプレスしてバーナーであぶってくれます。それ食ったらもう。ハンバーグの肉汁と、米の旨味と、バーナーで炙ったちょっとパリパリした加減がぜんぶマッチしてる。あれだけでも食いたくなっちゃいます。
そんなラム肉たちを、私はホッピー、畠中はハイボールで流し込んでいました。そろそろ最後の1杯というタイミングで畠中が「ソフトカツゲンのハスカップ割り」を注文したんです。
え? なにそれ? しかもこのタイミングでそれいく?
北海道限定の乳酸菌飲料の「ソフトカツゲン」を、北海道特産の紫色の果物・ハスカップのジュースで割った飲み物らしい。
どんな味するんだろう。ちょっと想像つかない。
畠中を見ると、ちょっと得意気な顔をしています。
その顔を見て、私はやっと理解しました。あいつ、わざとやってるんです。私にちがいを見せつけようとしてるんです。「ソフトカツゲンのハスカップ割りも、俺は北海道出身だから飲めちゃうよ」みたいな。北海道マウントをとってるんです。なんだか悔しくなってきました。
「どう? 飲む?」
畠中はソフトカツゲンのハスカップ割りをすすめてきます。
「べつに飲みたくねえし」
私は反射的に強がっていました。「じゃ俺も」なんてプライドが邪魔してとても言えない。私は完全に畠中の挑発にのってしまったんです。してやられました。思えばジンギスカンを提案されたあのときから、私は畠中の掌の上で踊っていたのでした。
なんで強がっちゃったんだろう。ソフトカツゲンのハスカップ割りはいったいどんな味がしたんだろうって、いまでも気になっています。冷静になって考えると、畠中が退院祝いでおごってくれたんだし、べつに北海道マウントをとられてたとしても、素直に飲ませてもらえばよかったんです。後悔のない飯ライフをおくるには、強がったり、カッコつけたりせずにちょっとでも気になったメニューは頼むべきですね。猛省。

写真:辻敦(ポプラ社)
鈴木もぐら(すずき・もぐら):1987年5月13日生まれ。千葉県出身。NSC東京校17期で、同期の水川かたまりと2012年にコンビ「空気階段」結成。2019年に『キングオブコント』ではじめて決勝に進出し、2021年に優勝。2017年から放送中のラジオ『空気階段の踊り場』(TBSラジオ)では、それぞれの結婚や離婚などをリアルタイムで伝え、反響を呼んでいる。特技は将棋(アマチュア二段)、麻雀(アマチュア四段)、卓球(中学時代千葉県ベスト16)。