
グループ活動を経て、今はタレント、作家、アーティストといった感じで活動してきている私だが、
側から見たら、好きなことを仕事にしていて楽しそうと思われているかもしれない。
もちろん、そこには楽しさもあるが、私の中で「仕事=楽しい、好き」だけではない。
私にとって「仕事」とは、誰かの役に立てること、自分に需要があること、成果に見合った対価がもらえることだ。
そして、6月からフリーになり、また働き方も変わってきた。そんな中、私は最近「働く」ということについてよく考える。
皆さんは、働くことが好きですか?
今回は、ビジネス街のイメージがある新橋・有楽町エリアを散策していく。
月曜日の15時過ぎ、新橋駅烏森口からスタート。
駅周辺は平日ということもあり、予想通りスーツ姿が多く目に入る。
9月に入ったものの、まだまだ暑く陽射しも降り注ぐ中、烏森口からまっすぐ進んでいくと飲み屋街の路地に入る。こぢんまりとした飲み屋が複数並ぶ。
最近は会社の飲み会も少なくなっていると聞くが、まだまだ「働く」と「呑み」はセットなのだろうか。
歩き進めていくと、突如店と店の間に神社が現れる。その名も「烏森神社」。
こんな場所にある神社を、私は初めて見た。とりあえず、中に入ってみる。
この神社のご利益は、商売繁盛、当社の縁起から必勝祈願の成就、技芸上達、家内安全と、期待通りビジネス街らしい。
飲んだ後に参拝する人もいるのだろうか、手軽に行きやすい場所にあって、やはり働く人に優しい。
神社の奥には、お守りや、おみくじなども豊富に取り揃えられている。
私は、その中で烏のキャラクターが描かれた黄色の可愛らしいお守りを購入した。
ちなみに後から調べてみると、「烏森」という地名の由来は、昔このあたりは江戸湾の砂場で、一帯が松林であったため、「枯州の森」あるいは「空州の森」と言われていたことに由来するそうだ。
そして、その松林には烏が多く集まって巣を作っていたため、「烏の森」と呼ばれるようになった(烏森神社公式HP参照)。
二重の意味があったなんて、なかなか面白い。

神社を出て、汐留方面へ10分ほど歩いていくと、新橋駅周辺とは打って変わって、洋風の建物が目立つ、日本離れした街並みが出現する。
ここはイタリア街と呼ばれているらしい。
洒落た店が多くあったが、大体が閉まっていたので、仕方なくウィンドウショッピングや街の雰囲気の見学にとどめる。
飲み屋街の神社、イタリアの街並みと、すでに私の知らない新橋に出会い、そのイメージも覆されていく。
普段なかなかくる機会もない新橋だが、私が思っていたよりも面白い街かもしれない。
イタリア街を通り過ぎ、さらに汐留方面に歩きを進めると、その途中、なんだか見覚えがあるマークのついたお店を発見。
赤と青の四角を星二つで白抜きしたそれは、子供の頃兄が熱中していたあれだ!
今まで眠っていた記憶が蘇ってくる。
そうそれは、「ミニ四駆」のマークである。ということは、ここはミニ四駆の専門店だろうか。
店内に入ってみると、小型の車の部品などが豊富に取り揃えられている。
兄は、幼いころそれらをプラモデルのように組み立てて、自分好みのミニカーを製造し、それを走らせてよく遊んでいた。
しかし、ここにあるのは兄が使用していたものよりも明らかに精度の高そうな部品が豊富に揃えられていて、値段もそれなりだ。
確かに、兄も実際走らせることに重きを置いているというより、どれだけ部品に拘って自分好みの車にするかに目を輝かせていた。
その時は共感できなかったが、「男のロマン」というやつだったのだろう。
当時は特に興味もなかったのに、無条件にテンションが上がってくる。
働く大人たちの中には、稼いだお金をこういった趣味に注ぎ込んでいる人もいるのだろう。
子供の頃に、お年玉や、親に買ってもらっていたものを、自分のために買い揃えるなんて、まさに大人の道楽という感じがする。
他にも、駄菓子を箱買いするとか、漫画全巻を一気に購入するなども、その部類だろう。
最近は、私が小学生の頃クラスの女子の間で流行っていたシール帳が大人の間でも再熱しているらしい。
当時はたまにしかもらえないプクッとしたシールや、タイルのシールをこれでもかと大切にしていたが、今はどんなシールだって躊躇なく買える。
実際今シール集め・交換をしても、あの頃と同じくらいそれらに価値を感じられるかは疑問だ。
ともかく自分の稼いだお金を自由に使えるのは大人の特権だ。それと同時に、いやでも、大人は働いて稼がないといけないのだろう……。
誰かに頼り続けて生活するのは、難しい。
懐かしさに浸りながら、今度は新橋駅を越えて路線沿いに有楽町方面に歩いていく。
すると、路線の下にずらっと店が立ち並ぶ秘密基地のような場所にたどり着いた。
秘密基地といっても、窮屈感はなく、広々とした快適な空間だ。
ネクタイ、寝具、理髪、飲食など、さまざまなジャンルの店が入っていて、その数は約50店舗にも及ぶようだ。
どの店も上質な商品、サービスを提供してくれそうな気品が漂っている。
高架下にこんな空間が広がっていたなんて! 素敵すぎる!と感激しながら、たまに立ち止まって店の中を覗いたりしながら、さらに有楽町方面へと歩いていく。
少し小腹が空いた頃で、魅力的なお店もたくさんあったが、ここで食べるのはいったん控えておく。
次に行く場所は、前から行きたいと目をつけていたお店だからだ。
有楽町駅付近に着くと、新橋とはまた雰囲気が変わってくる。
新橋のようなビジネス街の名残もありつつ、銀座や東京駅からも近い有楽町は、どこか文化的な雰囲気が漂う。
街の顔は歩いていくとグラデーションで変わっていくから面白い。
気づいたら17時を過ぎているが、空は明るいままだ。
駅からすぐの有楽町マルイに店舗の入っているお目当てのカフェダイニング「Giolitti Café有楽町店」へ足を運ぶ。
創業1900年、イタリア発祥のジェラートが有名なカフェで、あの名作映画『ローマの休日』でオードリー・ヘプバーン演じるアン王女が食べているのもここのジェラートなのだそうだ。
『ローマの休日』は個人的に心に残る作品だったため、ここのジェラートを楽しみにしていたのだ。
私は、昔から名作とか名曲といったものにあまり自分から手を伸ばすことをしてこなかった。
『ローマの休日』に関しても、有名なシーンの切り取りはテレビで見たこともあったし、
すでに身分を越えた恋愛という、作品のテーマはわかっていたからわざわざ観なくてもという気持ちもあった。
しかし、去年ひょんなことで人に勧められ、最初から最後までしっかり観ようという気になり鑑賞した。すると、すでに知っていたあらすじだけでは、語りきれない新たな感情に芽生えるような心が揺さぶられたのだ。
名作には、ちゃんと名作たる所以があるのだ。
実際、親に勧められた黒澤作品や、村上春樹の小説も好きなので、天邪鬼だと自分で思う。
今後は躊躇せずたくさんの名作に触れていきたいものだ。
白やグリーンを基調にした清潔感あふれる広々とした店内に入り、窓際の席に座る。
ありがたいことに、シェフが接客をしてくれたので、イチオシを聞くと、シェフの名前がついたパフェを勧めていただき、そちらを注文する。
しばらくして、テーブルに届けられたパフェは、ジェラートの中心にサクサクとした筒状の菓子が上から刺さっていて、なかなかダイナミックだ。
一口いただくと生クリームとチョコチップ、そしてミルクチョコとヘーゼルナッツのジェラートがふわふわ、サクサク、とろりと口の中でハーモニーを奏でうっとりとしてしまう。

さすが、アン王女の食べていたジェラート。ジェラートのパフェなのに、ケーキを食べているようなとても上品な味わいで、一緒に頼んだホットコーヒーもよく合う。
ふと、窓の外に視線をやると、空は一段と暗くなっている。そして、駅の方面に仕事を終えたであろう人々が吸い込まれていく。
この中には、週の始まりできっと憂鬱になりながらもなんとか乗り切った人も多いだろう。
週の初めにこんなに優雅なひとときを過ごしているのを若干申し訳なく思いながらも、彼ら、彼女らに「月曜日、お疲れ様でした」と心の中でつぶやいた。
私がこうやってデザートを食べている間にも、働いている人がいる。
けれど、こうやってジェラートを食べにくる客がいるから、働いている人もいる。
どちらも持ちつ持たれつの関係性だ。
最初に訪れた新橋の飲み屋街にもそろそろ仕事おわりのビジネスマンが入っていく時間だろうか。
ただ、月曜日から呑む人ってどのくらいいるのか、ちょっと気になった。
安くて美味しそうな居酒屋がたくさんあったから、今度行って確かめたい。
パフェを食べ終わって、店を出ても、まだ私にはやらないといけない作業は残っている。
だから、タブレットの入った大きなカバンを今日も引っ提げていたのだ。
今は帰宅ラッシュで電車も混んでいるだろうしどうせなら作業をしてから帰ろう。
有楽町駅付近で作業できそうな場所を探っていると、聞いたことのある洋楽の弾き語りが聞こえてくる。
その歌が聞こえる方へ自然と歩いていくと、本屋の前の広場で駅に向かう仕事疲れの人たちを癒すように、おじいさんが一人でギターの弾き語りをしていた。
その近くでは、靴磨き職人の男性が三人、椅子に座ったスーツ姿のお客さんの革靴を磨いていた。
職人たちはグリーンのベレー帽のような可愛らしい制服を着用して客が履いたままの革靴を、地面に座りながら磨きながら笑顔でそれぞれの客に話しかけている。
弾き語りと相まって、とても癒される空間だ。
働く人が多い街は、働く人を労るのが上手な街でもあるのかもしれない。
いつまでも癒されている場合ではないので、後ろ髪を引かれながらも駅付近のチェーンのカフェに入って、キーボードのついたタブレットを開いた。
私の仕事には、1日にこれといったノルマもない。
だから、自分で自分のお尻を叩き、その日の体調と相談して、締め切りに間に合うように動くのだ。
こんな感じで普段、家以外の作業カフェで仕事をすることも多くなった。
フリーになってからは、マネージャーのような仕事もするようになったし、今の向き合っていること、未来にやるべきことで頭が常にぐるぐるしていたりしている時もある。
特に創作物は、ただ時間ばかりかければオーケーという訳でもないし、遊びだって創作活動に繋がると考えると、遊びと仕事の境界線もないから難しい。
そんな自分とは真逆の出勤・退勤の概念があるメリハリのある働き方をしている人たちを見ると、少し羨ましい気持ちにもなってくる。
作業が一段落して顔をあげると、店内にいた他の客は帰っていて、仕事の電話をしているスーツ姿の男性と私だけになっていた。
店に入ってから頼んだホットティーはほぼ飲めずに冷めてしまっていた。
もう遅いから、そろそろ帰ろう。
この街でせかせかと働く人々は一体、どんな休日を過ごすのだろう。
ローマの休日くらい素敵じゃなくても、その人らしい休日を上手く楽しめているといい。
早歩きでも遅歩きでも、自分の歩幅が道になる。
歩くのが下手なんだったら、どうせなら人よりユニークで面白い道をゆこう。
さて今度はどんな街を歩こうか。次回へ続く。

モモコグミカンパニー
9月4日生まれ。東京都出身。ICU(国際基督教大学)卒業。
2023年6月29日の東京ドームライブを最後に解散したBiSHのメンバーとして活躍。
メンバーの中で最多の17曲の作詞を担当。2023年9月から音楽プロジェクト(momo)を始動。
執筆活動やメディア出演を中心に幅広く活躍。
著書に『御伽の国のみくる』『悪魔のコーラス』(ともに河出書房新社)、『解散ノート』(文藝春秋)、
『コーヒーと失恋話』(SW)など多数。