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第8回

【没頭飯8】「ずずずず」と「どぅるん」が卵かけご飯の醍醐味である

 起きたらまずタバコを吸います。そのあと朝飯を食います。私は起きる時間が遅いので、すでに朝じゃないときも多いんですが、もっとも確率が高い朝飯は卵かけご飯です。私の卵かけご飯の食べ方をご紹介します。

 茶碗に8割くらいの米を盛る。もし炊きたての米だったらちょっと減らして7割ぐらいにする。その米の真ん中に、ちょっとした穴を掘る。その穴に卵を落とす。

 卵を割ると、黄身に引っかかってる白いヒモみたいなやつがありますよね。そのヒモは必ず取り除きます。小学校3年のとき、ばあちゃんに「白身と黄身はただの栄養だけど、この白いヒモがひよこになるんだ。だから私はこれを全部取ってからじゃないと卵は食えない」って言われた日から、私もヒモを取らないと生卵が食えない体になってしまいました。ひよこを生で食ってるみたいに感じちゃって。あのヒモは魚でいったら骨ですね。卵の骨です。

 ヒモをとったら、「溶き」の工程に入ります。

 米の真ん中の穴に入っている卵を溶く。溶かずに醤油をたらすと、醤油が卵にはじかれて流れて米に吸われちゃう。味のダマができやすい。味の濃さもよくわからなくなる。だからまず卵を溶く。そしたら醤油をピーっと1秒垂らしてまた溶く。最後に味の素を10フリしてまた溶く。


 卵割って溶く。醤油かけて溶く。味の素かけて溶く。これを経て、そっから「混ぜ」の工程に移ります。

 茶碗の端から真ん中の溶いた卵の穴に向かって米が吸い込まれるように混ぜていく。茶碗の下からも米を掬いあげて穴に入れていく感じ。最終的には卵を米全体にいきわたらせます。茶碗の中は白い世界から完全に黄色い世界に変わっています。

米の量を8割にしたのは、米と卵を全部混ぜたとき、米の表面に卵の汁気がしっかりある状態にしたいからです。そうじゃないとかきこみにくいからです。卵かけご飯はやっぱり、ずずずず! っと食いたいんで。
 炊きたての米は熱すぎて、卵を混ぜるとちょっとした卵焼きみたいなのができちゃうんですよね。ほくほくの米になっちゃう。そうなったらずずずずってかきこめないんで、炊きたての場合は米をさらに少なくして7割にするという具合です。

 卵かけご飯の醍醐味のひとつめはこの、ずずずず。いま説明してきた工程を丁寧に積み重ねて積み重ねて、そのあと、ずずずず! っとかきこむ最初の一口はたまんないですよ。

 私にとっては牛丼も卵かけご飯のひとつです。高級卵かけご飯。卵かけご飯の牛トッピングですね。ただ、牛丼を食べるときはまた別のひと手間をかける必要があります。やってみましょう。

 大盛り牛丼のつゆだくと生卵を注文する。上にのってる肉をどんぶりの半分に寄せる。上から見たら、半分肉、半分米。カレーライスみたいにする。その米の部分の中心に、さきほど説明したように穴を掘る。そこに卵を落とす。

 ここでつゆだくが生きてくる。牛丼は米の量が多いから、卵の汁気だけじゃ米に勝てない。そこで牛丼のつゆの力を借りる。牛丼のつゆは普段の卵かけご飯の醤油とか味の素の役割もしてくれるから、そこからなにもかけなくていい。

 穴の中で卵を溶いたら、穴に米が吸い込まれるように混ぜていく。そうすると、半分卵かけごはん、半分肉がのったごはんという状態になる。そこから肉の下の米を卵かけご飯の下に挿入させていく。肉は上に置いたまま、下の米を卵かけご飯にしていく。

 最終的に上から見たら、どんぶりの半分に肉が寄せられてる。空いてる部分は卵かけご飯になってる。さらにその肉の下の部分も卵かけご飯になってる。これで完成です。そっから、肉だけをまず口に入れて、肉の脂と旨みを口の中に行き渡らせたあと……ひゅうううううう! っとかきこみます。

 卵かけご飯を食べるときに大事なのは「卵を溶きすぎない」こと。白身にはどぅるんとしたかたまりがありますよね。このどぅるんは絶対に残しておく。絶対に崩さない。消さない。どぅるんが卵かけご飯の醍醐味のふたつめです。どぅるんは私にとっていちばんのごちそう。卵かけご飯の肝です。

 ここでもうひとつ大事なことは、どぅるんがごちそうだからといって、最後までとっとこうと思わないこと。自然とどぅるんが口に入ってくるタイミングで食う。

もちろん私にもどぅるんを最後に食いたい気持ちはありますよ。いちばんのごちそうなんですから。でも決して意図的にどぅるんを最後まで残したりはしない。だからどぅるんが一口目にきちゃうことも全然あるんですけど、それはそれでいいんです。

 窓の外の景色だって毎日ちがいますよね。晴れの日もあれば、雨の日も、雪の日もありますよね。それと一緒です。毎日同じことなんてないんだなって、どぅるんは感じさせてくれるんです。それもふくめて楽しむ。

 私は自然とこの食べ方になりました。まったくもって卵かけご飯の食べ方の教科書なんてないじゃないですか。誰からも何も教わってない。ただ、茶碗にはいった米と卵と箸があって卵かけご飯をつくる。その日々の積み重ねの結果なんです。

 私のばあちゃんもそうだったんですが、「卵別がけ派」がいますよね。小鉢に卵を割って、醤油たらしてそこでよく溶いてから、米のうえにかけて卵かけご飯をつくる人。牛丼屋でも生卵を頼んだら小鉢が2枚でてきますよね。卵を溶く用の小鉢と、割った殻を入れる用の小鉢。

 あの別がけの方法は、見た目的にはものすごくうまそうなんです。でも、私は小鉢に残ってしまう卵がどうしても気になっちゃう。もったいないと思っちゃうんですね。あの小鉢の表面にうっすら残ってしまう卵の汁気が味を左右するんです。ほんとにその汁気、卵っ気が卵かけご飯には重要なんですよ。

 ちょうどこの話を「没頭飯」の連載を担当してくれている編集者さんに語っていたら、「もぐらさん、東海林さだおさんのエッセイに書いてあったことと同じようなこと言ってますよ」と言うんです。

 編集者さんの話では、東海林先生がオムレツ作りの秘訣を教わるために、有名シェフに話をききに行ったと。そこでシェフの方が「卵を割った殻の内側には卵白がまだ残っているから、それを指でかきだしましょう。その量は意外とバカになりませんよ」と言っていたそうなんです。

 この話をきいた私は反射的にこう思っていました。

「卵白を指でとっていれたってなんも変わんねえだろ」

 そして我に返りました。

「でもそれっておれじゃん……」

 私は卵の汁気を大事にしよう精神にのっとられすぎてました。「小鉢の表面に残った汁気が味を左右する」なんて変なこと言ってました。はっきりと目が覚めました。私は愚かでした。すみませんでした。「人のふり見て我がふり直せ」は金言ですね。

 卵別がけ派のみなさん、どうぞそのまま卵かけご飯をお楽しみください。小鉢についた卵の汁気で味が左右されることなんてありませんから。

写真:辻敦(ポプラ社)

鈴木もぐら(すずき・もぐら):1987年5月13日生まれ。千葉県出身。NSC東京校17期で、同期の水川かたまりと2012年にコンビ「空気階段」結成。2019年に『キングオブコント』ではじめて決勝に進出し、2021年に優勝。2017年から放送中のラジオ『空気階段の踊り場』(TBSラジオ)では、それぞれの結婚や離婚などをリアルタイムで伝え、反響を呼んでいる。特技は将棋(アマチュア二段)、麻雀(アマチュア四段)、卓球(中学時代千葉県ベスト16)。

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