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第9回

古くて新しい夢

9 古くて新しい夢

 商売に大人の話は付き物。
 ましてや、四丁目のことになるともう本当に古い話。四丁目のアーケードに火が点いて火事になってほとんどのお店や家が焼けてなくなってしまったのは、確か昭和五十一年。西暦で言うと一九七六年で、今から五十年ぐらいも前の話。
 五十年って、半世紀!
 だから、商店街の住人でその火事のことを知っているのは、本当にお年寄りばかり。その頃に二十歳の若者でも七十歳になっちゃっているんだもんね。十歳の子供だったとしても六十歳。うちのお祖母ちゃんもまだ二十代のときだったって。
「そういう昔のことをいろいろとひとつひとつ解決していかないと、そこで新しいことなんてできないってことですよね」
 桔平さんが、大きく頷きました。
「まぁ基本的には四丁目にいた人たちだって、普通の商売人で善人ばかりだったと思うけど、土地の権利とかそういう話にはね、いろいろと厄介なものがついてまわるものだから」
「そうよねー。具体的には何かわかってるの? それこそまだ地上げ屋とか、今なら地面師なんてイヤなものだってうろついてるでしょ?」
 千弥さんが本当にイヤそうな顔をしました。
「うちにだって、なんかいろいろあったそうだもんねー。お祖父ちゃんお祖母ちゃんが隠居を決めたときにはもう」
「そうなんですか?」
 智依さんもイヤな顔をした。
「話を聞いただけだけどねー。まぁここの土地はきっちりと権利書とか残っていたし、そもそも大昔にはセイさんのところ、矢車家の持ち物だったっていうのはわかっていたし」
「そうなのよ。実は今も四丁目がああやって、きちんと土地が残されておかしなものができていないっていうのも、矢車家のお蔭って話もあるのね」
「お蔭というと」
「あ、知らない? 〈花咲小路商店街〉を一丁目から四丁目まで貫くそこの通りは、実は私道なんだ。個人の持ち物の土地。そこを持っているのは今も〈矢車家〉、セイさんなんだよ。今もある意味では地主さんなのよ」
 えっ、それは知らなかった。
「そこって、私道だったんですか?」
 商店街の道路。私たちが毎日通るところ。
「私たちも知らなかった。そうだったの?」
 千弥智依さんも。でも二人は元々商店街で育った子供じゃなかったからね。
「お年寄りなら知ってるだろうし、あの三つの石像の騒ぎのときにも話に出たよね。ここは私道だから本来なら許可なく立ち入ってはいけないって、いろいろあったって」
「えー、本当に知らなかった」
 あの石像が突然のように現れたとき、私やすばるちゃんはまだ小学生だったから気にしなかったのかな。
「あ、じゃあ、目の前の道路が私道だから、変な人たちやそういうのが勝手に土地を買ってもその道路を使えなくしちゃえば」
 桔平さんが頷いた。
「究極的にはそういうことだね。まぁ他にもいろいろ理由があるんだろうけれど、それがあるから、四丁目は今も変な店がやってきたりおかしな連中に荒らされないで静かに平和が保たれているとも言えるって話」
 そうだったのか。うん、私は二十歳になったとはいえまだまだ子供だった。そういうことも全然知らないなんて。
「そう、そういう話になったら訊こうと思っていたんだけど桔平くんは知ってる? 四丁目に今も残っているお店って〈万屋洋装店〉と〈轟クリーニング店〉と〈味源〉ぐらいよね? あ、交番もあるけれども。そこは火事にならなかったのかな?」
 智依さん。
「〈万屋〉さんと、それから交番じゃなくて駐在所ね。その二つは実は本格的な石造りなのよ。だから火事のときも建物そのものは無事だったのね。今も昔のまま変わらずにある。轟さんは火事の後に創業してるからね」
 石造りかー、って智依さん。
「重厚な建物ですごいなって思っていたけれど、全部石だったんだねー。それこそヨーロッパみたいな」
「うん。〈万屋洋装店〉と〈花咲小路駐在所〉は同時期に同じ建築家が建てたって聞いてるけれどね。火事で木枠だった窓とかは焼けたそうだけど、家の中身はほとんど全部無事だったって話よ」
 あ、そんな話をしていたらドアが開く音がして、皆が思わずちょっと驚いちゃった。
「いらっしゃいませ」
〈万屋洋装店〉の万屋のおじいちゃん。
 確か、伸一さん。洋装店のご主人だから、オシャレなんだ。仕事をしているときにはピシッとオーダーメイドのスーツで決めているし、外出するときにも、とてもおじいちゃんには思えないぐらいオシャレな服装をしている。
 今日も、白い開襟シャツに素敵なブルーのジャケット。もう九十近いはずだけど、まだまだお元気。
「どうもね。なんだ〈ひしおか〉の桔平じゃないか」
「お久しぶりです。万屋さん」
「日本に帰ってきていたのかい。遊びに来てんのかい? あぁそうか、茶木のお孫さんたちとは同じぐらいだったか?」
「そうなんです。同い年なので」
 千弥智依さんはここの子供じゃなかったので同じ学校には通ってなかったですけどね。万屋さん、にこにこしながらカウンターの前の椅子に座りました。
「瑠夏ちゃんも、何だかやっぱりあんたはこういう明るい店にいるのが似合うじゃないか」
「そうですか? ありがとうございます」
 うちは質屋なので、ほの暗いですからね。めっちゃ明るい質屋っていうのもそれはそれで入りづらいだろうし。
「千弥智依ちゃんだったか。ちょっとお仕事というかご相談なんだけどね。今、いいかな? 桔平と何か仕事の話だったら後にするかい?」
「いえ、大丈夫ですよ、どうぞ」
「ボクは本当に遊びに来ていただけなので」
「そうかい。うちのね、店に大きな時計があるんだよ」
「時計ですか」
「そう、見てもらったらわかるんだけどね、大きな古時計。俺よりも身長が高いようなやつで、イギリス製なんだよ」
 桔平さんが大きく頷きます。
「〈Grandfather clock〉ですね! お店で見たことありますよ」
 グランドファーザークロック。おじいちゃんの時計?
「あの古時計って歌の時計ですか?」
 そうそう、って万屋さんと桔平さんが同時に頷いて、桔平さんが眼を輝かせて言います。
「大きなのっぽの古時計って歌詞にあるように、本当に大きな置き時計なんだ。正確には〈床置き型振り子式時計〉とでも訳せばいいかな? 向こうでは広間とかに置かれるから、〈ホールクロック〉とも呼ばれるね。きっと映画や何かでも眼にしていると思うけど」
「わかりますー。立派な時計ですよね」
「それがあるんだよ。たぶんだけれども、もう二百年ぐらい前の骨董品なんだ」
 二百年!
「それは、向こうで手に入れたものなんですか?」
 千弥さん。
「いや、あぁ向こうってイギリスで買ったわけじゃなくてね。開店のときだからもう何十年も前だけれど、骨董品屋から買ったんだよ。ずっと店に置いてあって動いていたんだけど、ほら、もう店を閉めるからさ。放っておいたらもう動かなくなってね」
「万屋さん、お店閉めるんですか?」
 知らなかったけれど。
「閉めるよ。いやもう二年ぐらい前からほとんど開店休業していたからね。うちの孫は知っていたかな?」
「知ってます。あゆみさん。結婚されて東京に行ったんですよね」
 確か、あゆみさんのご両親は亡くなっていて、お祖父さんである万屋さんと二人で暮らしていたんですよね。
「俺もね、もう身体が動かなくなってきたからさ。まぁ仕立て直しができるうちは住んでいるけれどさ。近い内にどっかの老人ホームに移るか、それともおっ死んじゃうのが先かってところだから」
 がはは、って笑うけどそんなこと言わないでください。長生きしてください。それでなくても最近、あそこのおじいちゃんやあそこのおばあちゃんが亡くなった、って話をよく聞くようになったので。
「いや、それでな? ここであの時計修理して、なんだったらどこか使ってくれるところに売ってもらうことはできないかなってさ。何でも修理できるんだろう?」
「できます! そしてうちは古物商の許可も取っているので、古いものならなんでも売れますよ」
「でも、そういうものを売っちゃっていいんですか?」
 いいんだいいんだ、って万屋さん。
「どうせな、身体が動かなくなる前に、もう使っていないものはどんどん売ることにしたんだ。そうだよ、古物商できるんなら、うちにあるものなら何でも持ってって修理して売っていいからさ。とりあえず、時計の修理ができるかどうか、見に来てくれないかな。さすがに持ってくるのは無理なので」
「伺いますー! 今からでもいいですか?」
「うん、いやそれで言い忘れていた」
「何ですか?」
「その時計、金庫が付いているんだ」
 金庫?
「金庫というか、一番下に鍵の掛かる引き出しが付いているんだが、そもそも買ったときから鍵がないんだ。そこも開けられるんだったら、開けてみてほしいんだよ。ひょっとしたら何か良いものが入っているかもな」
 お宝!
「あぁそれでまた忘れていた。修理代金ってのは、どれぐらいになるんだい。見てみなきゃわからんだろうけど」
 智依さんがちょっと考えた。
「そうですね、どういう修理になるかで全然変わってきますけれども、単純なオーバーホール、つまりちょっといじっていろいろメンテナンスしてきれいにしたら動いた、というぐらいなら技術料込みで二万円ほどですね。そうではなくて、部品交換とかいろいろあったとしたならー、最大で十数万円ほども掛かってくるかと思います。もちろん、あくまでも参考としてですけれどー」
 なるほどね、って万屋さん頷いて。
「じゃあ、修理して、それ以上の金額でこっちで売ってくれればそれで相殺って話もできるかな?」
 千弥智依さんが顔を見合わせた。
「できますね。もしも、部品交換などして十数万も掛かるようであれば、うちで引き取っていい、という話になるならですけれど」
「うん、じゃあまぁ見てもらおうか」

 千弥さんが店番をして、私と智依さん、そして何故か桔平さんも一緒に来ちゃった。桔平さん、万屋さんのお店が好きなんですって。久しぶりにじっくり見たいって。
 石造りの〈万屋洋装店〉は三階建ての小さなビルみたいな感じ。三階建てに見えるけれども、実は二階建てで、三階に見える窓はただの屋根裏部屋なんだって教えてくれた。それも、知らなかった。もう二十年商店街に住んでいるのに。
 外観が良いのはもちろん知っていたけれど、中も本当に良かった。何かの映画で観た本物の、イギリスにある紳士服店みたい。
 そして〈グランドファーザークロック〉も本当に大きかった。百八十センチある桔平さんよりも大きい。
「ちょっと桔平さん使っていい? サイズ測りたいのー」
「あぁ、いいよ」
 桔平さんに踏み台に乗ってもらって、メジャーの先端を持ってもらって測ったら。
「二百十五センチ。本当に大きいですねー。重さって、どれぐらいか検討つきますか?」
 智依さんが万屋さんに訊いたら、うーん、って唸って。
「若い頃に一人で少し移動させたことがあるから、まぁ百キロはないんじゃないかな? 六十とか七十とか。まぁ重たくてデカイ男を一人持ち上げるって感じだったか」
 重いです。
「じゃあ、運び出すのには男手が」
「そうだな、若いのを四人ぐらいは集めないと、安全には運べないかもしれないな」
 メモしておきます。
「じゃあ、ちょっと中身見てみますね」
「智依さんもちろん時計の修理もできるんですよね?」
 今更だけれども。
「できるよー。ただ、ここで修理できるかどうかはちょっとわからないけれど。運び出してもっと広いところでやらなきゃダメってこともあるかも」
「そもそも部品とかがやられていたら、それを作らなきゃならないものね」
「そうなるねー。こんな古い時計はまず部品を自分で作らないと修理なんかできないかもしれないから」
 そうか。交換する部品なんか残っているはずもないからですね。
「じゃあ、ちょっと開けて見てみますねー。あ、その前にその金庫というか、引き出し開けてみますか?」
「あぁ、そうした方がいいかな。鍵開けもできるんだね?」
「できますよー」
 智依さんって本当に何でもできる人。〈グランドファーザークロック〉の前面のガラスが入った扉を開けると、確かに一番下に大きな引き出し。
「これねー」
 智依さんが床に這いつくばるようにして、鍵穴をペンライトで照らして見る。
「単純な構造のものですね。でも、かなり錆びちゃっているのでまずはこの錆をなんとかして、かなー。すみませんこれやっぱりどこか広いところに持っていかないと無理ですねー」
「やっぱりそうか。そこ、狭いしな」
 壁際に立ってはいますけれど、その前のスペースには作り付けの棚とかあって、作業できる場所がほとんどないから。
「持って行くとしたら? やっぱり〈おもちゃのチヤチエチャ〉の作業室?」
 桔平さんが言うと、智依さんが顔を顰めました。
「それがいちばんいいんですけれどねー。うちの作業台は三メートルあるので充分だし。後は、男手と車ですねー。運ぶのはいいけれど、何せ時計、精密機械ですから、できるだけ振動を与えたくないので」
「ゆっくり、ゆっくりですね」
「車だね。でも、うちの車には入らないしな」
 あ。
「すばるちゃん、呼びます。あのシトロエンなら入るし、しかも中にはベッドマットが敷いてありますから、そこに載せてゆっくり走れば!」
「ナイスアイデア」
 商店街の道路は基本的に朝と夜の荷物搬入時以外は車両通行禁止だけど、商店街の人だったら許可とか取らなくてもオッケー。それでなくてもすばるちゃんのシトロエンは皆知ってるし。
「ボクとすばるちゃん、もう一人二人だね。じゃあ、克己と北斗を呼ぼう。それで男手が四人だ」

 どれどれ、って〈白銀皮革店〉の克己さんと〈松宮電子堂〉の北斗さんがやってきて、そしてすばるちゃんもシトロエンを動かしてゆっくりゆっくり商店街の道路を走ってきて。
 桔平さんと男三人で慎重に〈グランドファーザークロック〉を持ち上げて、シトロエンの後ろからそっと運び込んで、すばるちゃんの寝床であるベッドマットの上に載せて。
「瑠夏、一応、後ろに乗って時計を押さえていてよ」
「うん」
「あ、僕も乗って押さえるよ。いちばん背が低いし」
 北斗さん。そうですね、すばるちゃんも大きくないけど運転するし、桔平さんと克己さんは大きいから。
「出るよー」
 すばるちゃんが言って、シトロエンをゆっくりと発進させて。桔平さんと克己さんが前に回って、商店街を歩いているお客様が危なくないように「車が通りますー」って声掛けしながら進む。
「北斗さんって、桔平さんと同じぐらいでしたっけ?」
 訊いてみたら、ううん、って。
「後輩だよ。二つ下。だから小中は皆一緒に通ってた。高校は、桔平さんは早くから留学とかしていたから別だけど」
 二つ下だったのか。克己さんも北斗さんも今は若くして商店会の会長さんと事務局長さん。ものすごく頑張っている。
 あれ? ということは。
「ひょっとして、北斗さん、桔平さんが日本に帰ってきて、その、いろいろやってるのって」
 一応言葉を濁したら、北斗さん、ニコッて笑った。
「大丈夫、もちろん聞いてるよ。今のところは僕と克己だけだから、まだまだ内緒ね」
 ですよね。商店会の会長さんと事務局長さんに話を通さないと何もできないですよね。
でも、そうだったのか。やっぱり桔平さんは裏でいろいろ動いていたんだ。

〈グランドファーザークロック〉を、〈おもちゃのチヤチエチャ〉の作業室に四人で運び込んで、後はもう智依さんにお任せするしかない。
「参考までにだけど、桔平くん」
「うん」
「この時計、いくらぐらいで売れると思う?」
 千弥さんが桔平さんに訊くと、うーん、って唸った。
「まず、出所をはっきりさせた方がいいわね。イギリスのどこの会社がいつ作ったものなのかってところ。そしてもしもわかるのなら、最初にどこに置かれていたのかも」
「あれですか、たとえばどこかの貴族の家にあったのなら、それだけで値段が上がるとかですか?」
 克己さんが言うと、桔平さん頷いた。
「その通り。そこをはっきりさせるのは千弥智依では無理だろうから、うちの親父を呼ぼうか?」
「え、お父様?」
「桔平くんの?」
 千弥智依さんがきょとん、ってして。私もなんで〈バーバーひしおか〉の朱雀さんを呼ぶのかって思ったけど。
「うちの親父、実は美術品の鑑定士なんだよ。こういう骨董品にも詳しいから、調べられるのよ」
「そうだったの?」
 全然知らなかった。朱雀さん、そんな仕事ができたんですか。びっくり。
「じゃあ、お願いします」
 今日一日では終わらないだろうからって、そこで解散。私も、バイトの時間は終了なので、すばるちゃんと一緒に帰ってきた。
 桔平さんのアイデアは、仮称っていうか〈ムーサ〉って呼ぶことにしちゃった。
 まだまだ内緒にしておかなきゃならないけれども、何かの拍子に話が出たときに四丁目とか言葉にしちゃうと、商店街の人なら反応していろいろ訊かれて困っちゃうだろうからって。〈ムーサ〉ならうっかり口にしちゃっても、美術とか歴史の専門家以外は何のことだかさっぱりわからないから。
 そういう話は、克己さんも北斗さんも全部知っていたみたい。

      *

「ムーサ。うん、全然知らなかった」
 すばるちゃんも頷いた。
 夜になって、すばるちゃんのシトロエンで一緒に晩ご飯を食べていたときに全部話したんだ。桔平さんのアイデアの話を。すばるちゃんには全部教えていいって言っていたし、ぜひ協力してほしいとも言っていたんだから。
「お義父さんは知ってました? ムーサって」
 ラジオのところがチカッと光って。
『何かで読んだ覚えはあるけれども、詳しくはまったくわからないね』
 中学校の先生だったお義父さんもわからないのなら、本当に皆知らないと思うから安心。
『しかし、桔平くんのそのアイデアは確かに素晴らしいね。もしも私が生きていて何か商売をやっていたのなら、一も二もなく賛成して協力していたかな』
「ですよね」
『すばる』
「うん」
『すごくいい話だと思うぞ。今度桔平くんが〈おもちゃのチヤチエチャ〉に来てその話をするときには、参加してみたらどうだ?』
「うーん」
 コーヒーを一口飲んで、すばるちゃんが唸った。
「楽しそうな話だし、そういうものが四丁目にできるっていうのは、本当にいいよね。僕でさえ、子供の頃から四丁目には何かできないのかなー、って思ってたし」
「だよね!」
 私たち商店街の子供だったら一度は考えたことがあるはず。四丁目って、もっと賑やかにならないのかな、とか。いろんなお店ができればいいのになって。
「でも、最大の疑問というか、問題というか、皆思ったみたいだけどお金だよね。予算。それがどうなるんだろうってまず思っちゃうなー」
 うん。私も頷いちゃった。
「同じく商店街の子供の桔平さんが嘘とか変な誤魔化しとか、詐欺とかそんなことをするはずはないだろうけどさ。ましてや商店会会長の克己さんも北斗さんもいるんだから心配はないだろうけど、実際お金がないと計画は本当にただの絵に描いた餅になっちゃうし、夢見た分だけがっかりしちゃうっていうのがあるんだけど」
「そうなんだけど」
 ある程度の目処はついているって言っていたけれども、実際問題桔平さんはただの革職人で、大金持ちではないはず。
 だから、きっと何かプランとか、そういうものがあるはずだと思うんだけど。
『たぶんだけれどね。予算の面は、桔平くんがずっと海外で暮らしていたことが何か関係していると思うよ』
「海外で?」
『革職人の仕事で大金を稼げるはずもないけれども、向こうでは思いも寄らないものがお金になったりするから。その〈ムーサ〉のスケッチにしてみても、桔平くんが手に入れたんだろうけれども、ものすごく貴重なものだったかもしれないよね? 何せミケランジェロが残したという石像のスケッチなんだから』
「あ! 骨董品とか! ものすごい美術品を手に入れてそれがものすごく大金になったとか!」
 すばるちゃんが言って、そうか! って私も。
「それは、あり得るかも。そうだ、桔平さんってときどき海外からアンティークな小物とか持って帰ってきていたし」
 そうだった。前に見せてもらったこともあったっけ。誰の作品だったか忘れたけれど、売れば結構な金額になるランプを蚤の市で見つけたって。
『正当な方法でそういうものを手に入れて、それを元にして四丁目を開発していく資金に充てるのかもしれない。そもそも全部のお金を桔平くんが払うなんてことは無理だろうし、だからこそ若い皆に協力してほしいと言っているんだよ』
 それは。
「どういう意味ですか?」
『たとえばすばるにも協力してほしいと言っているのは、すばるがいつまでも駐車場をやるんじゃなくて、何か新しい事業、それこそ何かのお店でも商店街でやりたい、って思ったのなら、〈花咲長屋〉にお店を出すのは自分のお金でできるだろう? 瑠夏ちゃんとの新居だってそこに造れるんじゃないのか?』
 あ、そうか。
 お金はもちろんこれからの人生に必要なものだけれども、すばるちゃんには、お義父さんとかお祖父ちゃんが遺した遺産や死亡保険金がある。お義父さん、こうやって話しているのに死亡保険金が入ったっていうのもなんか変なんだけど。
「そうだね。そうか、瑠夏と籍を入れたらどこか近くのアパートの部屋を借りようって思っていたけれど、もしも四丁目で何かやろうと思うなら、〈花咲長屋〉を一緒に造って、そこの二階に住めばいいんだ」
「自分たちのお金で!」
『そういうことだと思うよ。きっと桔平くんには、もちろん克己くんや北斗くんも含めて、ある程度の土地を手に入れるだけの金銭的な目処はついているんだろう。建物は、そこに入る人たちの協力で建てていけばいいっていう感じじゃないのかな』
 そういうことか。だから、協力してほしいか。
「ありだよね」
「うん! 全然あり!」
 私も一応跡継ぎではあるけれども、まだお祖母ちゃんも元気だしお父さんだってお母さんだっているんだから、実際のところ私がいなくても〈田沼質店〉はずっと続いていく。
「すばるちゃんが何かやりたいなら、私が一緒にできるし」
『瑠夏ちゃんは、何かをやりたいとかあるのかな?』
 私ですか。
「さっき千弥智依さんと話していたんですけど、二人もいろいろ考えたんですって。今のスタイルではなくて、新しい形のおもちゃ屋さん? 季節によって商品が替わるとかそういうのも実はやってみたかったって」
「季節で替わるおもちゃ屋さん? って?」
「通年販売するものはきちんと置いといて、春には子供用の自転車とか三輪車とかそういうのを置くとか」
 へー、ってすばるちゃん。
「そういえば自転車屋さんってないんだよね。商店街にもこの近くにも」
 そう。私たちも自転車は車で遠くまで行って買っていたし。
「じゃあ夏には海水浴のものを置くとか?」
「そう! 秋にはぬいぐるみとか」
「なんでぬいぐるみ?」
「寒いし人恋しくなるでしょ、って智依さん言ってた」
『じゃあ、冬には雪遊びの道具を置くとかかな?』
「そう言ってました!」
「おもちゃ屋さんじゃなくて、雑貨屋さんになっちゃうんじゃない?」
「おもちゃは人生の遊び。〈人生の遊び道具をわたしたちは売るのよ〉って千弥さん言ってた。だから、何でもアリなの。新しい〈おもちゃのチヤチエチャ〉ができるものなら造りたいって。そうしたら今のお店はそのままカプセルトイと〈なんでも作ります直します〉でやっていけるし」
 なるほどなー、ってすばるちゃんが言って腕を組んだ。
「やるなら、商店街の皆が喜ぶようなことをやりたい、っていうのはずっと考えていたんだ。僕は、商店街の皆に育てられたようなものだし、恩返しじゃないけどさ。駐車場は確かに商店街の役には立っているからそのままでいいとして、今の商店街になくて、皆が喜ぶようなものって、何だろう?」
 何だろう。
「コインランドリーって、ないんだよね」
「ないね。アパートは近くにたくさんあるし、独身の人だって多いだろうからあったら便利だよね。でも、私はカフェがあったらいいなー」
『それこそ昔はそこにお蕎麦屋さんがあったけれど、今はないだろう』
「ケーキショップもない! パン屋さんも!」
「蕎麦もケーキもパンも修業しなきゃならないよ」
 考えるだけで楽しい。
 でも、本当に自分たちに何ができるだろうか。

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