
ゴールデンウィーク明けの最初の平日13時。五月病なんて入る隙もなさそうに日差しが燦々と降り注いでいる。
それに負けじと賑やかな学芸大学駅には、自転車、自動車、歩行者、老人、学生、若者など、様々な人が行き交っている。電車の音、人々の話し声が入り混じるが、不思議と騒々しい感じはない。
学芸大学駅には、友人に会いに年に1〜2回行くか行かないかで久々の訪問だ。
駅の東口付近を歩いていると、観葉植物がたくさん置いてあるカフェ、オウムのいる不動産屋さんと個性的な店が並ぶ中、ひときわ個性が光る店を見つけた。看板には「SMALL DRUG STORE」と書いてある。
「小さな薬局」。一見雑貨屋にも見えるが、一体どんな店なのだろう。
店内を覗いてみると、薬剤師が着ているのと同じような制服を着た男性が、お客さんと親しげに話している。
入店してみると、名前の通り、漢方や、塗り薬、錠剤等、薬が置いてあるが、みたことのないパッケージのものが多かった。
中には、海外のお土産でいつか知人にもらったのと同じものも置いてある。薬のセレクトショップといったところだろうか。
確かに、服やインテリアだけではなく、薬局があってもおかしくない。しかしドラッグストアといえば、駅の近くにあるような典型的な場所しか行ったことがなかったから、こんな薬局もありなのか!と驚いた。
よくみると店内には薬だけではなく、Tシャツなどの雑貨や珍しい炭酸飲料、貝殻なども売っている。薬屋とは言いつつも、バラエティに富んでいる。
店主の阿久津さんは、にこやかで“気さく”という言葉がとても似合う威圧感のない方だ。ここに置いてあるものは、すべて阿久津さんのセレクトで、貝殻も彼の趣味なのだという。
店を始めたのはここ数年のことで、阿久津さんの実家も薬局だったのだという。実家が、薬局だったのもあり、お客さんとコミュニケーションを取りながらどの薬をお勧めするか決めたりもしているようだ。
私は、「肩こりと眼精疲労が慢性で辛い」と阿久津さんに相談しながら、おすすめの目薬と、肩こり用のクリームを手に取った。
普通の薬局とは違い、緊張感なく会話の中で自然と自分の不調を相談できて、だんだん気分も和んできて、薬をもらうまでもなく元気になってくる。
阿久津さんとの、会話は心地よく、話しても話題が尽きなく、その人柄もあって、相談しやすい薬局だ。
また、どうやらバラエティに富んでいるのは、お店だけではない。
阿久津さんは長年、音楽活動も続けているようで、話を聞いているだけで交友関係が広いのがうかがえる。店のイラストも友人が書いてくれたのだという。
もし私が店を始めようと思ったら、手伝ってくれそうな友人はいるだろうか、と少し考えてしまった。
ふと友達が多い秘訣を聞いてみると、阿久津さんは「ん〜友達とか、友達じゃないとかあんまり考えたことがないなぁ」と少し困っていた。
なるほど、彼はそもそも友達の枠というものを作っていないのだろう。
私は、友達が多いかと聞かれたら、少ないと答える。そして、「友達ほしいな〜」と口では言いながらも、「どうせ、友達が多いって言ってもみんな薄っぺらい関係でしょ?」そんな冷たい視線も持っている厄介なタイプだ。
しかし、私が友達が少ないのは、自分で「ここからここまでが友達だ」と枠を決めているだけだからかもしれない。実際は友達が少ないのではなく、友達を自分で少なくしているのだろう。実際、大人になってから友達を作る上で入り口を狭めている自覚もある。
経験を重ねてきたからこそ、関わる人を慎重に品定めするような、そんな目線を無意識でも持つようになっているかもしれない。
だけど、友達は人事採用でもないんだから、損得を考えたりして、人間関係を決めない方がもっと円滑に気軽に人と関われるはずだ。
そうやって、もっと柔らかく人に向き合うことができれば、自ずと私の眼精疲労と肩こりもよくなるかもしれない。

阿久津さんは、最後に自分のCDと、お店のステッカーとエコバッグを特別にお土産でくれて、お店を出る時は私が購入したものよりお土産の方が多かった。
この人から買ったものだから、もらったものだから大事にしよう、という感覚をまさかドラッグストアで感じることができるなんて、新鮮な気持ちだ。
15時近くなったが昼ご飯はまだで、そろそろお腹が空いてきた。
駅の高架下には、カラフルな海外の食品やお菓子、生活雑貨などが店外に並べられた洒落た店舗がある。
その隣に、本屋とカフェが一緒になっている店を見つけた。学芸大についてから、センスのある店ばかりが目につくが、どこも入りやすい雰囲気がある。
このカフェもガラス張りになっていて、中の様子がよくわかるから、とても入りやすい。
店の中に入り、まずは一通り本を物色してみる。その中で、私が手に取ったのが、こちらの本だ。

村上春樹の作品は好きでよく読む。だけど、この本はまだ読んだことがない。好きな作家の好きな小説を、著者本人による解説付きで読むのも面白そうだと思った。
その人が紹介しているものを読んでみたくなる。これって推し活に近いのだろうか。
店の外にも座れる席はあったが、今回は食べ物も注文して店内のテーブル席でゆったりすることにした。
食べ物は2種類あり、アボカドを贅沢にスライスしてパンに乗せたオープンサンドと、カフェには珍しいおにぎりと味噌汁のセットもあった。

カフェと和食が好きな私にとって、後者はかなり魅力的だったが、残念なことに売り切れだったため、アボカドのパンとカフェラテを注文して席に着く。
アボカドって普段私は、なかなか食べることがなかったが、一口食べてみると、その独特な柔らかい食感が硬めのパンとの相性が良く、とても美味しい。
そんなふうに空腹を満たしていると、ふと隣のテーブル席に着こうとしている若い女性二人組のうちの一人と目が合った。
彼女に見覚えがあるものの、一体どこで会ったのか、なかなか思い出せない。彼女の方もこちらをハッとした表情で見つめている。
「あの、会ったことありますよね?」
恐る恐る彼女にいうと、
「モモコさん」と彼女は私の名前を口に出した。それでもなお、私は彼女とどこで知り合ったのか思い出せなかったが、彼女にそれを正直にいうと嫌な顔をしないで教えてくれた。
彼女とは、私が先々月ごろから2カ月間期間限定で、週に一度通っていた演技教室での生徒仲間だった。
生徒は全員で10人ほどいて、メンバーは舞台俳優さんやタレントさんなど、芸能を目指しているような男女だった。その生徒と毎回二人1組になったりして、渡された台本のシーンの役を割り振り、他の生徒の前で演技をして講師にアドバイスをもらう。演技がほぼ未経験の私は、夏の舞台に向けてこの教室に通い始めたのだ。
生徒は、各々来られるときに来るという感じで、毎回固定ではなかったし、何度も顔を合わせる人もいれば一度きりしか見かけなかった生徒もいた。
役に入り込むレッスンのため、特に本人たちがどんな仕事をしているかとか、芸名は何かなどの個人的なことは話さない。むしろ、他の生徒が普段どんな名前でどんな活動をしているのかを深掘るのは野暮な空気が流れていたし、私に対して周りもそうだった。
たまに講師が、生徒の名前を下の名前で呼ぶときにその人の名前を知ったが、次のレッスンにはもう忘れてしまうような程度の距離感だ。
そんな教室で、何度か顔を合わせていた彼女とは、ペアになったこともなかったので、話しをしたこともなかったし、私は彼女の名前も知らなかった。だから、彼女が「モモコさん」と私を知ってくれていたのは意外だったし、嬉しかった。
実際、初めて言葉を交わすのに、初めましてではない。不思議な感覚になったが、彼女が「生徒のうちの一人」から、もう一度会えた「彼女」に変わった瞬間だった。彼女にとっても私が、「モモコグミカンパニー」から「モモコさん」に変わった瞬間だっただろう。
私は、改めて彼女の名前と、普段のお仕事について聞いた。劇場で働いたり、歌もやっていると教えてくれた。一緒にいる友人も劇場の関係ということだった。
カフェを出た後も、偶然の出会いにまだ少しドキドキしながらも、今度は少し離れて、東口の方面を出て、あてもなくまっすぐ歩いてみることにした。
少し歩きを進めると、またいろんなお店が並んでいるエリアに着いた。
まず、目を引いたのがひときわ年季の入ったせんべい屋さんだ。
中に入ってみると、仲の良さそうな老夫婦が二人で営んでいるようだった。この店はいつからやっているか質問すると創業90年の老舗であった。大きなビンに詰められたせんべいや、飴など、昔ながらのお菓子がずらりと並んでいて、眺めているだけでも楽しい。
せっかくなら、何か購入しようと飴の入った小袋をレジに持って行ったが、現金払いのみの張り紙に気づく。
普段電子マネーに頼りきりの私は、現金の持ち合わせがなかった。そのことを伝えると、「そりゃあ、ダメだなあ〜」とお祖父さんが気さくに笑って見せた。仕方なく、また来ますと言って店を出ると、隣の店のケバブ屋さんの外国人の店員と目が合い、「オイシイヨ〜」と声を掛けられた。
異なるジャンルの店が立ち並んでいて、少し歩けば違う顔が現れる、何かと飽きない街である。
足を進めると、縦に長い2、3階建てのビルの雑貨屋さんを見つけた。
1階はおしゃれな花瓶などで部屋を装飾するようなインテリア、2階は洋服やアクセサリー売り場となっているようだ。
まず、1階にある花瓶コーナーを見てみる。
どれも素敵だなと思ったけど、私は部屋に花瓶を置いて花を生ける習慣がない。生花が部屋にある生活に憧れはありつつ、毎日水をやったり結構大変なんじゃないかなと思う。いつかそんな余裕のある生活をしてみたいなと考えながら、2階へ移動する。
アクセサリーを見ていると、私好みの小ぶりのピアスやネックレスなど惹かれるものが多かった。花瓶に花を生ける余裕は持ち合わせていない私だが、アクセサリーは好きでいくつも持っている。お気に入りのアクセサリーをつけていると味方になってくれるような気がするのだ。
こうやって、身の回りを大事にすることは、自分自身を大切にすることにもつながるのだろう。アクセサリーのように外に見せる味方だけではなく、自分の部屋に飾る花瓶と花のような、着飾らず、寄り添ってくれる味方もいい。こんなお金の使い方って、きっと無駄遣いではないだろう。
アクセサリーをいくつか購入して店を出て、駅に戻ろうとしたが、同じ道を辿るのは少しつまらない。別のルートを模索しながら歩いていると、美容院を見つけた。
ポツンといきなり現れた美容院だが、外からわかるくらい洗練されたおしゃれな雰囲気である。店先で担当の美容師と会話をしていた婦人が、とても素敵な笑顔で意気揚々と店を後にしていたのも印象的だった。
私は、普段行きつけの美容院もありつつ、いろんな店を試してみたいと思うタイプだ。だから、事前に美容アプリで口コミや店の雰囲気などをみて、次はどこに行こうかと探すことが多い。しかし、いくら雰囲気が良くても、星一つの評価を見つけたりしたら、ああ、ここは行かないでおこう、とシビアに判定してしまうが、この店は口コミを見なくてもきっとよい店なんだろうとわかる。今度行ってみようと、美容院を地図上でブックマークしておいた。
気づけば16時過ぎ、この後夕方からの仕事の時間が近づいてきたので駅へと急ぐ。
電車に乗る前に飲み物でも買おうと、駅付近のコンビニに寄った。いつものお茶のペットボトルを手にしながら、レジに向かっている途中、コミックの棚が本屋さんの一角のように充実していることに気がついた。
最近、引っ越しをして、近くにいくつかスーパーを見つけ、どこに行こうかとスマホでマップと口コミをみていると、スーパーによって結構評判が異なっていたことを思い出した。
今まで、コンビニはコンビニ、スーパーはスーパーと、どこも変わらないと思っていたけど、その店で働く人や場所によって品揃えの充実度や特徴、雰囲気も変わるようだ。コンビニの店長が漫画好きなのだろうかと 考えながら、そのラインアップを眺める。
自分がコンビニの店長になったら、こんな風に個性を出しても楽しいかもしれない。
コンビニを出て駅に向かうと、来たときとは人々も入れ替わり、また違う雰囲気で駅は賑わっていた。
『人は見た目が9割』というベストセラーの本がある。確かに私もそうだと思う。
しかし、人は結局顔か?と言われたら、そうじゃない。顔はその人の顔のパーツではなく、表情だという持論がある。
この街に住んでいる人は、皆同じような服を着ていたとしても、着崩し方で個性を出せる、そんなお洒落さと表情の豊かさを持ち合わせていると感じた。
私も表情豊かな、ちょっとくらいの余裕と遊び心のある大人な人間でありたいなと思う。
次の仕事に向かいながら、今日カフェで偶然再会できた彼女のインスタグラムを見ると、彼女の歌を聞くことができた。
話しているときとは、また印象が違う、柔らかくて素敵な声で歌う子だった。
早歩きでも遅歩きでも、自分の歩幅が道になる。
歩くのが下手なんだったら、どうせなら人よりユニークで面白い道をゆこう。
さて今度はどんな街を歩こうか。次回へ続く。

モモコグミカンパニー
9月4日生まれ。東京都出身。ICU(国際基督教大学)卒業。
2023年6月29日の東京ドームライブを最後に解散したBiSHのメンバーとして活躍。
メンバーの中で最多の17曲の作詞を担当。2023年9月から音楽プロジェクト(momo)を始動。
執筆活動やメディア出演を中心に幅広く活躍。
著書に『御伽の国のみくる』『悪魔のコーラス』(ともに河出書房新社)、『解散ノート』(文藝春秋)、
『コーヒーと失恋話』(SW)など多数。

