十八世紀前半イタリアの作曲家アントニオ・ヴィヴァルディ(一六七八-一七四一)は、二十代の半ばからほぼ終生に亙って、ヴェネツィアのピエタ慈善院で音楽を教えていた。ピエタ慈善院は主として女児を預かっていた孤児院であり、また音楽教育の面で名を知られてもいた。ヴィヴァルディは孤児に音楽を教え、また院内の音楽会のために数多くの合奏曲やソナタ、宗教合唱曲などを作った。
これはつまり、ヴィヴァルディの作品の多くが、女性だけで編成されたオーケストラや合唱団によって初演された、ということである。音楽を演奏する、また練習する姿というのは、(実際はともかく)イメージとしてはなんとなくいつも美しいものだが、これほどまでに可憐で清楚な美的イメージを喚起する音楽史的一場面も珍しい。
海辺の古都ヴェネツィアの教会、その孤児院に暮らす成人した女性の孤児たちが、つつましい服を着てヴァイオリンやリュートやヴィオラ・ダモーレを奏でる。彼女たちを指導し、溌溂とした音楽を矢継ぎ早に作り続けているのは、「赤毛の司祭」というあだ名で親しまれた永遠の美青年にして天才、アントニオ・ヴィヴァルディというわけだ。そこにはイタリア音楽の明るさとヴェネツィアの陰影、それに澄み切った川の流れのようなエロティシズムがある。
史実に基づいた音楽小説を書くなら、これほど好個の題材はないのである。もちろん僕もこの話をできれば小説にしたいものだと、ひそかに胸のうちにしまってあった。そこへ大島真寿美さんが『ピエタ』を上梓した。
なにッ。
正直にいって、若干「手ぐすねひいて」読んだことは確かである。僕の得意分野である音楽についての描写はもとより、十八世紀のヴェネツィアの空気をよく伝えているか、題材をよく咀嚼してあるか。読者というより審査員のような気持ちで頁をめくり、ちょっとでも気に入らなかったら読むのをやめるつもりでいた。
だがそんなさもしい読み方は、読み始めて半時間もすれば雲散霧消してしまった。『ピエタ』は、舞台となる場所や物語が持っているはずの、「異国の、歴史上の、音楽の」といった、幾種もの障壁を乗り越えている。そもそもそれらを障壁と思っていない。「日本の、現代の、小説家」である大島氏は、自分の世界とピエタ慈善院の世界のあいだに、懸隔があると思って『ピエタ』を書いていないのである。いや、懸隔はあったのかもしれないが、読者にはそれを感じさせない。感じさせないほどに大島氏は、対象を自分の世界に引き込んでいる。そしてそれは、たとえば僕には決して書けなかった世界になっている。
なぜなら、大島氏が彼女にとって異国であり、歴史の彼方にあり、音楽を背景としている『ピエタ』を「自分の世界」にすることができたのは、これを「女の物語」として描いたからだ。『ピエタ』は音楽小説ではない。音楽から始まる女たちの小説だ。
この小説はウィーンからもたらされた訃報から始まる。「ヴィヴァルディ先生」は、『ピエタ』の世界にあってはすでに死者なのだ。先生を慕っていたピエタの孤児エミーリアは、裕福な貴族階級の娘から、一葉の楽譜を探すように頼まれる。
『ピエタ』はこの「宝探し」を主筋としてはいる。またこの主筋は、やがて感動的なクライマックスに収束していく。しかしこの小説の魅力はそのような話運びの巧みさにのみあるのではない。むしろ主筋を逸脱したところに、『ピエタ』の価値はある。孤児エミーリア、貴族令嬢ヴェロニカ、院内のヴァイオリニスト、アンナ・マリーア、そして「コルティジャーナ」(これが何であるかはお読みになって確かめていただきたい)のクラウディアなど、この小説の主要登場人物はことごとく女性であり、彼らが亡き師ヴィヴァルディを偲ぶ思いは、いつしか女たちの、女であることの強さや哀しみへと深まっていく。
彼女たちの強さと哀しみは、それが十八世紀ヨーロッパの階級社会を舞台にしていることを超えている。『ピエタ』における登場人物たちの身分や立場の違いは、当時はそうであった、というような、限定的な、歴史的なリアリズムにはとどまっていない。それは同時に、女という存在の強さと哀しみが、普遍的なものであることを語っている。男である僕が書けるものではない。
しかしこの小説は、たとえばフェミニズムとかジェンダーとかいった、イデオロギーを主張するようなものにはなっていない。この小説では、物語ばかりでなく、また登場人物の采配や対話の内容ばかりでなく、言葉が、文章が、そのまま「女であること」を静かに歌っているのである。
無論のことこのような言葉、文章は、男には書けないものであり、それは決して性別的な限界とか、ましてや偏見などではない。男であること、女であることは、すぐれた文章家にとって所与の宿命である。古来すぐれた文章とは、そうであることに対峙して書かれてきた。『ピエタ』における大島氏の文章は、その伝統を意識しているかどうかは判らないが、結果としてそのようなすぐれた文章の系譜につらなっている。
というわけで男である僕は、この書評をあえて、男臭い、硬い文章で書いた。『ピエタ』の美しい女言葉に敬意を表して。
※2014年2月の『ピエタ』文庫化時にご寄稿いただいた書評を、再掲載させていただきました。
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■書籍情報
『ピエタ』大島真寿美
18世紀ヴェネツィア。ゴンドラが運んでいくのは、秘めた恋とかけがけのない友情――2012年本屋大賞第3位に輝いた傑作。
■評者プロフィール
藤谷治(ふじたにおさむ)
1963年東京都生まれ。2003年『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』でデビュー。10年『船に乗れ!』(3部作)が第7回本屋大賞7位となり、13年に舞台化される。14年『世界でいちばん美しい』で第31回織田作之助賞を受賞。著書に『二都』『遠い響き』『ぼくらのひみつ』『燃えよ、あんず』『エリック・サティの小劇場』など多数。

