10月9日に発売となる、小川糸さんの待望の新刊『小鳥とリムジン』。
「人を愛すること」をテーマに描かれた本作は、どのような経緯で生み出されたのか。
創作の裏側について、小川さんに伺いました。

※※※
――小鳥にとってもう一人の重要人物との出会いの場としてお弁当屋さんが登場しますが、これがお弁当屋さんだったのはなぜですか?
いつもと同じ発想なんですけど、こういうお弁当屋さんがあったらいいな、というところです。理想のお弁当屋さん。
――たしかにこんなお弁当屋さんが家か会社の近くにあってほしいです!
そのお弁当屋さんの店主は、小鳥を明るく照らしてやわらかく包み込むような人ですが、この人物像というのはどう形づくられましたか?
彼も実はなかなか大変な生い立ちなんですが、本人は全くそう思っていなくて。先ほどの、下を向くか上を向くかというのにも繋がるんですが、この人は完全に上を向く人です。ある程度本来の性質はあっても、訓練というか、行動で変えられるところってあると思うんです。
出自ではないというか。親がこうだからというのを子が背負う必要はなくて、本人は本人だし、負の伝統をうけついでいく必要はないんです。それを体現している人という感じです。

――小川さん作品のなかでたぶん一番よくしゃべる男性でもありますね。
そうですね。しゃべりだすと止まらない(笑)
――とても好きな場面のひとつなのですが、はじめて彼の作ったお弁当のおかずを食べた瞬間、小鳥の気持ちがあふれるというシーンがありますね。全く同じ体験をしたことがあるわけではありませんが、すごくわかる感じがしました。
何の変哲もない食べものでも、心のくぼみにすっぽりハマったときに、本人もわけがわからないぐらいの反応になるというのはあると思います。
彼は料理人として特別とびぬけた才能を持っていたり、特別なことをしたりしているわけではないですが、当たり前のことを当たり前に、愛情をこめて丁寧に作った料理に宿る力というのもあると思うのです。
――小川さんはこの場面の小鳥のような経験をされたことはありますか?
母が亡くなる直前、おそらく最後の面会というときに、小学校の頃に自分のお小遣いで母にごちそうしたことがある喫茶店に入ったんです。お店がその頃そのままで、その瞬間、いっぺんにいろんなことを思い出して、号泣しながら食べたということがありました。
――それこそ香りが呼び覚ますものとかもあったんでしょうね。
本当にいろんなものが重なって、その瞬間でなければそうはならなかったと思います。
※※※
小川糸『小鳥とリムジン』
10/9頃発売予定

<あらすじ>
主人公の小鳥のささやかな楽しみは、仕事の帰り道に灯りのともったお弁当屋さんから漂うおいしそうなにおいをかぐこと。
人と接することが得意ではない小鳥は、心惹かれつつも長らくお店のドアを開けられずにいた。
十年ほど前、家族に恵まれず、生きる術も住む場所もなかった18歳の小鳥に、病を得た自身の介護を仕事として依頼してきたのは、小鳥の父親だというコジマさんだった。
病によって衰え、コミュニケーションが難しくなっていくのと反比例するように、少しずつ心が通いあうようにもなっていたが、ある日出勤すると、コジマさんは眠るように亡くなっていた。
その帰り、小鳥は初めてお弁当屋さんのドアを開ける――