〝鞆の浦〟の通称で知られる、瀬戸内海沿岸の町である鞆。山のほうに続く石畳の細い坂道を上ると、閑静な住宅地。その奥にあるのが、昭和初期に建てられたというコロニアル様式の家だ。急勾配の三角屋根とアーチ型の玄関ポーチという愛らしいその姿は、ペパーミントグリーンの外観から「ミント邸」と呼ばれている。
物語は、そのミント邸に暮らす橘琴葉と、彼女の義理の息子である壮馬の物語だ。平日は、東京にある会社のリモートワークをしている琴葉と、パティシエ専門学校に通う壮馬。二人は、ミント邸のリビングルームで週末だけのティーサロンを開いている。サロンを開くと決めてから、琴葉は食品衛生責任者と紅茶ソムリエの資格を取っており、彼女がいれる紅茶と、サロンで供される壮馬のスイーツは、ともに絶品だ。
ちょっと想像してみてください。素敵洋館のこれまた素敵リビングで、美味なる紅茶とスイーツを味わうひとときを。日常の憂さを忘れて、リラックスする我が身を。至福、じゃないですか?
このティーサロンは、アフタヌーンティーではなく、イブニングティーをゲストに振る舞っているのだが、それは「土日くらいゆっくり寝ていたいじゃない」という琴葉の意向があるからだ。いいなぁ、このゆるっとした感じ(まぁ、ミント邸が琴葉の自宅(!)であり、なおかつ琴葉は夫が遺した会社の非常勤役員を務めている、という背景もあるのだけど)。
琴葉には紅茶占いという趣味があり、悩めるゲストが彼女に相談を持ちかけ、それを琴葉と壮馬、二人で紅茶占いを読み解くことで、ゲストの悩みを解決していく、というのが物語の大筋。恋の悩みや、こじれた親子関係、もつれた女子高生の友情をほぐしていくのだが、占いの主導は、紅茶の茶葉の形からシンボルを読み取る能力に長けた壮馬が握っている。
琴葉の占いは紅茶占いとタロット占いを組み合わせた彼女のオリジナルで、壮馬は、ゲストが口にする相談内容から、そもそもの悩みの背景と、その原因までをも推理する。そう、本書はいわゆるコージーミステリーなんですよ。しかも、洋館に紅茶。英国か! もう、これだけでたまらなくなる読者も多いのでは。
恋の悩みに登場するのは、相談者の「ちょっと不気味」な彼。付き合ってすぐの頃に、彼の家に女友だちと遊びに行くと、料理が得意な彼は、カツサンドとポテトフライを二人に振る舞う。かなりのボリュームだったが、頑張って全部食べた二人。なのに、彼は新たにサンドイッチまで作ったこと。手編みの白いニット帽に、緑の毛糸で四つ葉のクローバーのマークをつけてプレゼントしたときは喜んでくれたのに、一向にその帽子をかぶってくれないこと。ホワイトデーに彼から贈られたトートバッグの中央には「666」と黒でプリントされていたこと。一歳年上だと言っていたのに、彼が落とした財布を拾ったときに、ちらりと見えたマイナンバーカードの誕生日が、実は同い年だったこと。
壮馬は彼女の話を聞いて、件の彼の〝不気味さ〟の種明かしをするのだが、全てを明かした後で壮馬の「すべては、思い込みと先入観」「物事をひとつの方向から見ただけでは、その全体像を把握できませんよね」という言葉に、はっとなる。これ、恋バナだけではなく、あらゆることに通じることだからだ。世に蔓延る(蔓延んな!)ヘイトの根っこって、これですよね。
各章でゲストの悩みが解決していくのと同時に、琴葉と壮馬が抱える事情が少しずつ明らかになっていく、というのもいい。壮馬、ちょっと出来過ぎくんみたいなところがあるんですが、じゃあなぜ若干二十歳の壮馬が、そこまで練れているのかという理由は、最終章で明かされる。幼い頃に壮馬の心に刻まれてしまった哀しみがね、切ないんですよ。でも、そんな壮馬の傷ついた心をゆっくりと癒してきたのが琴葉なのだ。
コージーミステリーとして、たっぷりと読ませる本書だが、もう一つ書いておきたいのが、本書に登場するスイーツをはじめとする食の数々。冒頭に登場する、壮馬が作るクロックマダムの美味しそうなことといったら。そしてそして、本書には欠かせないホットケーキ!(どうして欠かせないのかは、実際に本書をお読みください)。
なんたってメープルシロップかけ放題! でもそれだけじゃない。添えられるホイップクリームに混ぜる季節の果物が週替わりで、この地特産のブラッドオレンジだったり、姫リンゴだったり、洋ナシだったりするのだ。そもそもの特製ホットケーキだけでも美味しそうなのに、これですよ。
コージーミステリー好きにはもちろん、美味しいもの(とりわけスイーツ!)好きにもお薦めです。

■ 書籍情報
『ミント邸で夜の茶会を』斎藤千輪
舞台は海街の瀟洒な洋館のティーサロン。おなかと心がやさしく満たされるおいしい連作ミステリー!
■ 評者プロフィール
吉田伸子(よしだ・のぶこ)
書評家。1961年生まれ、法政大学文学部哲学科卒。著書に『恋愛のススメ』(本の雑誌社)。

