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【後編】『ピエタ』刊行15周年記念対談 大島真寿美×有働由美子 大切なのは自分の感覚を信じること

2011年の刊行以来、多くの読者に愛され続けてきた大島真寿美さんの『ピエタ』。
かねてより親交のあるフリーアナウンサーでジャーナリストの有働由美子さんをお迎えし、作品の魅力や創作の背景について語り合っていただきました。
女性が自分らしく歩み続けるために大切にしてきたことや、人生の後半戦との向き合い方、そして変化の大きい時代を生きる若い世代へのメッセージまで、たっぷりとお届けいたします。

この記事は【後編】です。【前編】はこちらをご覧ください。 https://www.webasta.jp/pieta_td1/

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●一生懸命やる。でも、自分の感覚は鈍らせない

――『ピエタ』には、さまざまな立場で人生をまっとうする女性たちが描かれますが、お二人もそれぞれの道を切りひらき、長年第一線で活躍していらっしゃいます。心がけてこられたことはありますか。
大島 有働さんはNHKという大きな組織で働き、独立され……まさに切りひらいてきましたよね。
有働 自分では切りひらいてきたつもりはないんですよ。
大島 ないの?
有働 全然ない(笑)。でも、一生懸命やる、ということだけはやってきた気がします。そうすると大失敗したときにも、誰かが手を差し伸べてくれるんですよ。一生懸命やっていないと誰も助けてくれないんだな、ということにもあるとき気づいた。うまくやるじゃなくて一生懸命やる。自分の好みじゃない仕事でも必死に取り組むなかで、技術も経験も身についていったんだと思います。真寿美さんはどうですか?
大島 私はもう、書ける量が決まっているから、一つの作品が終わらないと次が書けないんですよ。昔、連載を四本抱えていたことがあったんですけど、倒れちゃって。
有働 それは大変でしたね。 いつ頃?
大島 四十すぎかな。四つ並行していると、頭がずっと休まらないんですよ。あのとき自分の限界がわかったので、自分がOKを出せるものだけを世に出そうと決めました。だから量としては全然なんだけど、その代わり、一つずつに全部を出しきろうと思っています。
有働 かつては「三日で八十点にして」みたいな仕事も来たんですよ。でも私は、言われた通りに仕上げるんじゃなくて、こっちの方向なら九十点を出せるんじゃないかと思ったら、一旦「はぁい」って引き受けておいて、違うやり方を試したりしていました(笑)。やりたくないことをやっていると、自分の感覚がくすむ気がしていたんですよね。だから、最初は本能的に、途中からは意識的に感覚を鈍らせないようにしてきたのかもしれません。
大島 それを生放送でやるっていうのがすごいよね。
有働 もちろん一部のスタッフには事前に話していましたけどね。リハーサルと違うことを本番でやるから、案の定あとで呼び出される(笑)。
大島 でもその挑戦こそが、今の有働由美子を作るために必要だったんでしょうね。
有働 真寿美さんだって同じですよ。かつてイチローさんが「なぜそんなに打てるのか、とよく質問されるから、努力して言語化しているけれど、本当はしたくない。あくまでもその日の自分の感覚だから」とおっしゃっていたんです。
 さっきの「一行書かないと次の一行がわからない」「物語様の下僕」も同じで、言語化できないけど、真寿美さんにしかわからない理論がある。だから真寿美さんにしか書けない作品が生まれるんでしょうね。
大島 いつも自分の書き方の話をすると「この人は何を言っているんだろう?」と思われていないか不安だったんだけど、イチローさんと並べて語ってもらえると、なんとなく説得力が出ます(笑)。ありがとうございます。
 

 
●失うことで自由になれる

――『ピエタ』には、現役を退いた女性たちが中庭で楽器を演奏する印象的な場面が描かれます。五十代、六十代から先を豊かに生きることについて、お二人はどう考えていらっしゃいますか。
有働 若い頃は、どうしても世間の目や誰かとの相対評価がついてくるじゃないですか。仕事は評価されてお金をもらうものだから、そこから完全に自由になることは難しい。でも現役を退くと、少しずつ自由になれて、だんだん自分のために生きられるようになる。「本当に自分が幸せなのは何をしているときなんだろう」と純粋に考えられる環境がやっと整ったという気がしています。
――それは自然に気づかれたんですか。
有働 そう。誰かに言われたからでも、特別なきっかけがあったからでもない。体力が落ちるのと並行して、積んできた経験のなかで、少しずつ自分の感覚を信じられるようになるんでしょうね。以前は自分がいいと思っていても、一回世間に照らし合わせないと安心できなかったけど、そこからも自由になれました。
大島 うんうん。
有働 ちょっと前までは、年をとって仕事がなくなったら、孤独になっていくだけだとも思っていたんです。犬もそのうち死んじゃうし、マンションも借りにくくなるし――と減ることばかりを考えていた。でも「花に水をあげるだけで幸せだと思える時間を大切にしていい」と自然に思えるようになって、今はすごくこの先が楽しみですね。
――先ほど「体が枯れてできることも限られてきたから、自然と若い人を応援したくなる」とおっしゃっていましたが、有働さんのお話を伺っていると、できなくなることや失うことがむしろポジティブに捉えられて勇気が持てます。
有働 あとね、今『有働由美子の健康案内人!』という健康番組をやっているんですが、犬を散歩させているだけで、たくさん声をかけてもらえるんですよ。「私は膝が悪いの」「じゃあ、あの体操のやり方教えるわよ」って、健康や若さを失ったもの同士、損得抜きで瞬時に連帯感が生まれる。そういうのも年を重ねて知る面白さですね。
――大島さんが『アスタ』で不定期連載されている『カフェ スルス』にも通じるテーマのような気がします。定年を機に昔の仲間とカフェを開く女性の物語ですが、第一話を執筆されたのは五十代でしたよね。ご友人と老後にカフェをはじめよう、というお話が出たけど、現実はまだ準備期間だから、先に小説ではじめてみるとおっしゃって。
大島 そうです。今や、現実世界にもカフェスルスができています。
有働 名古屋にあるんですか?
大島 名古屋でスタートして、今は長久手市に移転しました。リアルのカフェがどんどん思わぬ広がり方をしていくので、「小説も負けてはいられない」と。虚構と現実でせめぎ合っています(笑)。
――六十前後の女性たちが新しいことに挑戦し、得意分野と苦手分野があるのを補い合って、わいわいと試行錯誤されているのがとても楽しそうです。
大島 この年までやってくると、小さな自信が少しずつ積み重なっているんじゃないかと思うんですよね。人にどう見られるかじゃなくて、自分が何をやりたいか。他人よりも自分を信じられるようになる。もちろん揺らぐことはあるんだけど、最後は自分の声を聞いて決められるようになる。そこを杖にできるようになると、だいぶ楽なんじゃないかな。
有働 そうそう。大きな自信じゃなくていいんですよね。
大島 人のなかで自分がどこにいるかばかりを気にしていると、七十歳になっても八十歳になっても楽になれない。一人でいる楽しさを知り、それを積極的に楽しめるようになると、誰かといることも楽になるし、楽しくなるんじゃないかな。無理に合わせるんじゃなくて、自然に集える。その方がずっと風通しがいいです。


●自分で自分の声を聞くことが小さな革命に

――十八世紀のヴェネツィアは、繁栄の後にほころびが見えはじめた時代でもあり、今の日本と重なる空気を感じる読者もいると思います。これからの日本で生きていく若い世代へ、お二人からメッセージをお願いいたします。
大島 ヴェネツィアもそうだけど、社会の仕組みって劣化していくものなんだと思うんですよ。日本も例外じゃないし、それを大きく変えるのは本当に難しい。若い人たちに少しでも良いものを手渡せるように、我々一人ひとりが小さな革命みたいなものを続けるしかないと思うんだけど……。有働さんは、ジャーナリストとしてどう?
有働 報道の仕事をしていると、伝えきれないし、捉えきれないし、責任も感じる。暗い気持ちにもなりますよ。
 かつて、小澤征爾さんに戦争の話を伺うなかで、「個を大事にしろ」と言われたことがあるんです。「個」というと、個性や自分らしさを主張することだと思われるかもしれないけど、そうじゃない。世の中が衰退しているときって、戦時中の隣組制度みたいに、皆が監視し合う空気になるでしょう。そんななかで個を出せと言われてもしんどい。でも少なくとも、自分だけは自分の声を聞くことが大事だと思うんです。「私はこれが好きで、これは嫌い」「生活のためにやっているけど、本当は気が進まない」。そういう感覚をなくさないこと。
大島 それそれそれ! まさにそこなんだよね。
有働 そこさえ大切にしておけば、どんな状況でも必ず同じ感覚を持った人と出会って、連帯できると思うんですよ。本来は誰にでも備わっている感覚のはずなんだけど……。
大島 仕事でも人間関係でも、最初に何か引っかかると、あとで「やっぱり……」となる経験、誰しもあるもんね。つねに自分の勘を磨いて、それを信じるってことですよね。
 ただ、AIがここまで発達すると、考えることさえ外注できるようになってしまうから、それも怖いですよ。
有働 経験のあるベテランが使うには便利な道具なんだけど、若い人には気の毒な状況ですよね。もっともらしい答えに、すぐたどり着けるようになってしまって。
大島 頼りきってしまうと自分の考えを養う訓練ができないからね。一つ一つ考えていく過程が大切だから。
有働 今の世界情勢一つをとっても、武装するべきなのかそうではないのか、いろんな人がまったく違うことを言っている。じゃあ何を基準に最終的に判断するのかというと、自分の感覚なんですよね。そこを他人に委ねてしまうと、本来の自分が望まない時間や環境を生きることにもなってしまう。
大島 だからこそ何かと接したときに、自分がどう思ったのか、一回ずつ立ち止まって、自分の声を聞くことがこれからますます必要になりますね。
有働 そのためには私、本を読むことがとっても大事だと思うんですよ。
大島 なんてすばらしい切り返し!(笑)
有働 自分の声を聞くって、実は難しいんですよ。簡単にわかることじゃないし、周囲に同調するほうが圧倒的に楽なんです。でも本を読むことで、自分がどこで引っかかったのか、何に共感したのかを確かめる手掛かりができる。ノンフィクションだとついファクトチェックをしちゃうから、忙しいときとか疲れているときほど、私は小説を読みますね。
大島 そうだよね。小説を読むのは本当にいいことだと思います。遠くで起きている出来事の向こうにいる、たった一人の誰かを想像する力も育つから。
有働 なんだか最後、台本みたいになっちゃいましたね(笑)。
大島 美しい締めをありがとうございました。
 


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■ クレジット
聞き手・構成 編集部
撮影 土居麻紀子
ヘアメイク(有働さん) 戸澤りか(ヌーデ)
スタイリスト(有働さん) 長田久美
衣装協力 Haut tricot(問い合わせ:086-206-5440)
     Perlagione(ラ パール ドリエント)(問い合わせ:078-291-5088)

■ プロフィール
大島真寿美(おおしま・ますみ)
1962年愛知県生まれ。1992年「春の手品師」で第74回文學界新人賞を受賞。同年『宙の家』で単行本デビュー。2012年、『ピエタ』で第9回本屋大賞第3位に。19年、『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』で第161回直木賞を受賞。著書に、ドラマ化された『虹色天気雨』『ビターシュガー』、映画化された『チョコリエッタ』のほか、『香港の甘い豆腐』『やがて目覚めない朝が来る』『三人姉妹』『戦友の恋』『ゼラニウムの庭』『三月』『あなたの本当の人生は』『結 妹背山婦女庭訓 波模様』『モモコとうさぎ』『うまれたての星』など多数。『婦人公論』にて、小説「あなたの隣で」を連載中。

有働由美子(うどう・ゆみこ)
1969年鹿児島県生まれ。兵庫県、大阪府で育つ。91年NHKに入局。『NHKニュースおはよう日本』『サンデースポーツ』『NHKニュース10』『あさイチ』などの番組を担当し、ニューヨーク特派員や紅白歌合戦の総合司会を務める。2018年退局し、フリーに。『news zero』のメインキャスターなどを経て、現在は『有働Times』『有働由美子の健康案内人!』『うどうのらじお』など多方面で活躍。東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター客員研究員、日本車椅子ラグビー連盟理事などを務める。著書に『ウドウロク』『コドモの大學3 せんきょに行こう!~えらぶ たのしさ えらべる しあわせ~』『女将 有働由美子のおつまみレシピ帖』などがある。大島さんの小説『たとえば、葡萄』文庫版にて巻末解説を執筆。

■ 書籍紹介

『ピエタ』大島真寿美
18世紀ヴェネツィア。『四季』の作曲家ヴィヴァルディは、孤児たちを養育するピエタ慈善院で、〈合奏・合唱の娘たち〉を指導していた。そんなある日、教え子たちのもとに恩師の訃報が届く。
裏方としてピエタを支えるエミーリア。天才ヴァイオリニストのアンナ・マリーア。裕福な貴族の娘・ヴェロニカ。そして、かつてヴィヴァルディと深い関わりがあった高級娼婦コルティジャーナ・クラウディア――。

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