晴れた日には必要ない。用心のために持ち歩く人もいるけれど、邪魔になることもある。多少の小雨なら不要だけど、しっかりと降っている時にはやっぱり欲しい。なんのことかというと、まあお分かりだろうが、「傘」である。自分にとって人生における「傘」ってなんだろうと、寺地はるなの新作『雨が降ったら』のページをめくりながら、ふと考えた。
大阪のとある街にある『わかば洋傘店』。七十代のスノと、息子の太志が営む個人経営の店だ。本書はこの店となにかしらかかわりを持つ女性たちが登場する連作短編集だ。
女性たちはみな四十代。ある程度人生が定まってくる世代であり、作中にも描かれるように老眼や更年期などで体の変化を迎えつつある時期だ。
第一話「初佳は傘を洗う」は、二人の子どもたちが成人した後に離婚した初佳の話。夫が初恋の人と再会し、恋が再燃したため別れることとなったが、長年「ひとりの時間が欲しい」と思っていた初佳はすんなり離婚を受け入れた。そんなある時、外出先で雨に降られて……。
第二話「走れ杏子」の主人公、杏子は独身生活を謳歌している。月に一度、一人でユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行くのが楽しみだ。また、『わかば洋傘店』の太志とは気心知れた友人同士で、時折一緒に食事をしている。一人で上手に生きているつもりの杏子だが、ある時、思わぬ恐怖にさらされる。
第三話「みつほとクリームソーダ」は、小さい頃に心臓に持病のあった妹中心の家庭で育ち、妹が元気になり結婚し子どもを産んだ今も彼女を気にかける姉、みつほの話。長年「私の家」が欲しいと願い、お金を貯めて二年前に小さな家を購入。みつほにとって、「しっかりしたお姉ちゃん」の役割を脱ぐことができる場所はこの自宅の他にもうひとつあるようだ。幼い頃、妹の通院に母が付き添っている間、父と二人で時間をつぶした『喫茶ブルー』。今でも月に数回通うみつほは、ある日その店で意外な人を見かける。
第四話「ソノミーテルミー」の主人公、苑美は息子たちが幼かった時に買ったマザーズリュックを今も活用し、家事とパートに追われる日々を送っている。彼女には元会社の同期だった輝美という友人がいる。ある時、東京で起業してスキンケア用品を製造している輝美が、万博記念公園のフリマイベントに出店するから手伝ってほしいと言ってくる。快く引き受けて出かけた当日、隣のブースには『わかば洋傘店』の店が。
最終話の「美禰子は遠くへ」はスノの姪、美禰子が主人公だ。離婚して実家に戻り母と暮らしていた彼女は、母を亡くした後、二人の恒例行事だった夏の志摩旅行に出発する。
各話、『わかば洋傘店』がどのように主人公たちに関わってくるのかは、読んでからのお楽しみ。さまざまなデザインの傘やレインウェアが物語を彩っている。その合間に挿入されていくのが、『わかば洋傘店』の朝、昼、夜の様子。各話の女性たちを再登場させつつ、この店はいつもこんなふうに、日常を積み重ねているのだろうと思わせる。そこに常にあるという、安心感を漂わせている。
店の公式サイトにある惹句は「雨が降ったら傘をさせ。生きていたら雨の日だってある」。第一話に登場する初佳と彼女の娘、聖菜は「生きていたら、悲しいこともある。雨の日もあるっていうのは、そういう意味やと思う」「晴れてる日に『また雨が降ったらどうしよう』なんて過剰に不安がる必要はありませんよ、その時はただ傘をさせばいいんですよ、ってことちゃうかな」などと言い合うが、はたしてそこまで深い意味があるのかどうか。
確かに「雨」は実際の天候について使われるだけでなく、困難や悲しみを象徴したり、涙を象徴したりすることがある。作中、「止まない雨はない」という、苦難はいつか終わるという意味合いのフレーズに対して太志が意外な解釈を語る場面がある。ポジティブな印象の言葉であっても、角度を変えて考えれば誰かをしんどくさせる要素があると気づかされる。こういう着眼点が、著者はものすごく鋭い。そして作中人物たちが無意識のうちに感じている「しんどさ」を浮かび上がらせるのが、抜群に上手い。ページをめくるうちに「あ、自分もしんどかったのかも」と気づき、主人公たちの言動に励まされていく。
人生において雨降りの日はきっとある。そんな時は誰かを頼っていいし、もちろん自分を大事にしていい。本書の主人公たちは、『わかば洋傘店』の傘に出合い、そして自分の人生における傘に気が付く、あるいは再認識していく。誰かに「傘」を差し出される日もあれば、自分が誰かの「傘」になることもある。そんな彼らの優しい物語に心がほぐれていく。この本自体も、著者が差し出してくれた「傘」なのだ。
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■ 評者プロフィール
瀧井朝世(たきい・あさよ)
1970年生まれ。WEB本の雑誌「作家の読書道」、『週刊新潮』『anan』『クロワッサン』『小説幻冬』『紙魚の手帖』などで作家インタビュー、書評を担当。TBS系「王様のブランチ」ブックコーナーのブレーンを務める。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』、編著に『ほんのよもやま話 作家対談集』、監修に「恋の絵本」「キミの知らない 恋の物語」の各シリーズがある。

