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第4回

【うちがふつうで、よそがへんなの!4】ミートソース

 兄は十九歳のとき、同い年の女の子と結婚した。そのとき、わたしは中学三年生だった。
 ふたりが結婚するのを認めるかわりに、お父さんは条件を出した。うちで同居すること。
 うちの家は、もともと二世帯住宅用につくられた中古の一軒家なのである。

 高校受験勉強中だったわたしは、いままでどこかにいっていた兄がいきなり戻ってきて、よく知らない金髪の女の子と一緒に暮らすことになった。

 兄のお嫁さんのことは、名前にちゃんづけで呼んでいた。仮に、みゆきちゃんとする。
 みゆきちゃんはギャルだった。兄は、とにかくギャルが好きだった。

み ゆきちゃんはギャルだけれど、別に明るいわけじゃなかった。どちらかというとコンプレックスのつよい、根暗なひとだったと思う。それでもどうにか派手な服や化粧や髪色で自分を鼓舞しているようなひとだったと思う。わたしは、そういうところに、ひそかに共感していた。

 みゆきちゃんはよく泣いた。
 わたしがひとり、自分の部屋で勉強していると、兄たちが住んでいる部屋のほうから泣き声が聞こえてきた。大きな、大きな、泣き声だった。

 お父さん、お母さん、お兄ちゃん、みゆきちゃん、わたしの5人で夕飯を食べるのが決まりだった。
「今日はわたしがつくるね」
 とある夕方、みゆきちゃんが言った。

 お母さんと、お兄ちゃんは仕事へ出かけていて、お父さんは散歩へ出かけていたので、家には学校帰りのわたしと、みゆきちゃんのふたりだけだった。
「たのしみ」と、小さな声でわたしは言って、台所に立つみゆきちゃんのことをそばで見ていた。
 みゆきちゃんは大きなフライパンでひき肉を炒め、目に涙を溜めながら玉ねぎを細かく切り、にんじんも丹念に切り刻んで、フライパンに入れ、木のへらでよくよく炒めた。

 それから冷蔵庫を開けて、ケチャップととんかつソースをとり、フライパンへどばどば入れた。
「ミートソースって、とんかつソース入れるんだ」
 すこしおどろいて、わたしが言うと、
「とんかつソース入るとね、給食のミートソースの味になるんだよ」
 みゆきちゃんは、得意そうに言った。
 ひとくち食べさせてもらうと、ほんとうに給食のミートソースの味がした。

 夕食を5人で食べることもいつからかなくなって、お父さんとお母さんとわたしの3人で食べるようになった。そしていつのまに、ふたりはうちを出ていった。遠くの町でふたりで暮らし、いつのまにふたりは別れた。もうみゆきちゃんには、ずっと会っていない。

小原晩(おばらばん)
作家。1996年、東京生まれ。2022年にエッセイ集『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を自費出版する。2024年11月に実業之日本社より増補版を刊行。他の著書に『これが生活なのかしらん』(大和書房)がある。 

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