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第8回

【うちがふつうで、よそがへんなの!8】穴

 わたしの誕生日は12月の26日で、クリスマスとひとまとめに祝われてきた。

 大人になった今では祝ってもらえるだけましじゃないかと思えるけれど、子どもの頃はやっぱり不服だった。母のお店は日曜日がお休みだったから、だいたいその前の週の日曜日に、お祝いをしてくれた。その年も、そうだった。プレゼントを一つもらい、ケーキのロウソクを吹き消し、それですべては済んだのだ。

 誕生日の当日がきた。冬休みの初日だった。

 昼前に起きて、自分の部屋を出て階下のリビングへ下りる。父がいる。「おはよう」とは言われたけれど、「おめでとう」とは言われない。母はもう仕事に出ている。テーブルの上には、菓子パンが一つ置いてあって、それをつかんで部屋に戻る。

 わたしは、すねていた。今日が何の日であるか、父は忘れている。いや、先週やったけど、でも今日である。今日が本番である。むすめの誕生日を、忘れるかね。と、パンにかぶりつく。じゃりっと奥歯で噛んだ砂糖が妙に甘い。甘さが逆に腹立たしい。

 しばらくして、わたしは何かをやらかした。

 何をしたかは覚えていないけれど、ただ、父に怒鳴られた。怒鳴られたという記憶だけが、残っている。たしかに悪いのはわたしだった。しかし、である。誕生日である。誕生日。今日というこの日は、他の日とはちがうはずだ。そう信じていた。

 たっ! 誕生日なのに。誕生日なのに。誕生日なのに。

 階段を踏み鳴らして、部屋に戻り、勢いあまって、壁を蹴ると、穴が空いた。びっくりした。壁に穴を開けるなんてわけないくらい、いつのまに、わたしは大きくなっていた。

 しばらく、その穴を見た。隠さなくてはならないと思った。雑誌を切って、貼る。穴は隠れた。なくなった。見えなくなっただけだった。ベッドに横たわる。天井が、平らすぎる。反省した。反省しても手遅れなものこそ、ほんとうの反省をうながす力を持っている。

 結局のところ、壁の穴は、いつのまにやら母にも父にも知られていた。知られていたが、だからといって、怒鳴られることもなかった。

小原晩(おばらばん)
作家。1996年、東京生まれ。2022年にエッセイ集『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を自費出版する。2024年11月に実業之日本社より増補版を刊行。他の著書に『これが生活なのかしらん』(大和書房)がある。

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