
「タブチ」を見つけたのは偶然でした。
私が高円寺に住み始めてすぐ、22歳のときです。当時住んでいた家と駅の途中にタブチはありました。タブチの定食はとにかく安い。そしてデカい。そしてうまい。
私がいちばんお世話になったのは鳥野菜フライ定食です。でっかい胸肉のチキンカツに、ナスやピーマンの野菜フライが、ばんばんばん!とのってる。うまかったですねえ。日替わり定食にも、ラーメンにも、カレーにもお世話になりました。毎日通ってた時期もありました。
そのカレーなんですが、50円プラスすると辛口にできる。「辛口」って言うんだから辛くなると思うでしょう? でもちがうんです。うまくなるんです。
タブチのカレーはいわゆる家庭的な味。それでもじゅうぶんすぎるくらいうまいんですけど、辛口にすると一気にコクがでる。ハッシュドビーフ感がでるというか、どこか本格的な味になる。「うまさ」が追加されるんです。
この「辛口」って言ってるのに、うまくなるとか、そもそもなんでうまいのかわからないとか、そういう飯が高円寺には集まっています。「高円寺飯」とでもいいましょうか。
「うまさ」には、この味とか、この食感とか、明確な理由がだいたいあるものです。でも高円寺飯はその理由がわからない。うまいことはうまい。うまいから食べに行く。でもなんでうまいのかよくわからない。それが「高円寺飯」です。
高円寺飯の代表といえるのが「ニューバーグ」のハンバーグです。正直「ハンバーグ」と言っていいのかわからない。何肉が入っているのか、どんな配合なのかもわからない。肉は入ってませんと言われても不思議じゃない。高円寺研究家のあいだでは「高円寺最大のミステリー」と言われています。でも、うまい。たしかにうまい。なんか食いたくなる。私の知人の多くもニューバーグの虜になっています。でもなにがどううまいのか、わからないんです。ニューバーグがなぜたくさんの人の心をつかんでいるのかわからないんです。
2025年3月に惜しまれつつ閉店した「味楽」のウインナイタメライス。炒めたウインナー5本、目玉焼き、マカロニサラダにキャベツ。ただそれだけ。なのにうまい。塩加減の塩梅が絶妙で、ウインナーもどうしたらこんなになるんだってくらいパリパリ。噛めば、パリッ、ジュワァ、急いで米をほおばる。いまでもヨダレがでてきますよ。ウインナー炒めただけなのになんでこんなうまいの!
「富士川食堂」(こちらも閉店)のみそ汁もバカうまい。でもなにでダシをとっているのかぜんぜんわからない。異次元のうまみ。定食を食べるときってだいたいみそ汁を途中に挟みつつ、飲む量を調整しながら、最後に残ったみそ汁を飲んで終わりませんか? でも富士川食堂のみそ汁はうますぎるから途中で飲み切っちゃうんですよ。最後まで残せない。飲みたい願望に抗えない。あのダシはなんなのか。答えは闇の中です。
パチスロ専門店「東鵬会館」(残念ながら閉店)のコーヒーもわけわかんなかったなあ。朝イチで行くと、サービスで紙コップに入ったコーヒーをもらえるんです。それが、こんなの飲んだことない!ってくらいうまい。朝イチで飲むからとか、寒い日に外で飲むからとか、そういう雰囲気のうまさじゃない。どこの豆使ってんだ⁉ っていううまさなんです。でもさびれたパチスロ店がサービスで提供するコーヒーの豆にこだわってたとしたら、その意味がまったくわからない。
謎ばかりの高円寺飯ですが、15年食い続けてみると、うまさの理由がだんだんうっすらと見えてきました。飯の声が聞こえてきたんです。
たとえば「七面鳥」のオムライス。絶滅の危機に瀕しているといわれる町中華のオムライスです。昔ながらの薄く焼いた卵をケチャップライスのうえからかぶせるスタイル。楕円形ではなく、円形。まるいんです。汁気のない天津飯にケチャップがかかってる感じ。どこか中華を感じる。洋食と中華の融合。このまるい形と中華のフレイバーに、うまさの秘訣があると私はにらんでいます。
「和田屋」のつけワンタン。中華のワンタンを和のポン酢とからしにつけて食べるこの折衷感がポイントです。お湯に入ってるワンタンを、アミアミのオタマですくって水を切ってポン酢につけて食べる「ねるねるねるね」みたいな知育菓子感もある。その作業の楽しさがうまさを増幅させているのは間違いないでしょう。
「七助」のチューハイ。甘味があって、柑橘の感じもしてめっちゃうまい。唯一無二、七助でしか飲めない味です。でも「七助チューハイ」みたいな名前がついているわけじゃない。メニューにはただ「チューハイ」としか書いてない。油断して注文して飲むと想像とぜんぜんちがう味がするからびっくりする。超スタンダードな皮をかぶった異端児。そのおどろきもうまさに関わっているはず。
「大陸」(閉店)のカツ丼。安くて、ボリュームがある、とくに個性のないオーソドックスなカツ丼です。ではなぜ行くかというと、猫がいるからです。大陸は猫カフェの元祖なんです。我々はテーブルの上に乗ってきたりする猫を見ながら、ときに猫と戯れながら、カツ丼を食う。大陸のカツ丼のうまさの秘訣はきっと、安さ、ボリューム、猫です。
食の「和・洋・中」と言いますけれど、そこに高円寺の「高」を加えることを私は提案したい。これからは「和・洋・中・高」の時代です。和食も洋食も中華も一通り食って、他になんかないかなって思ってる人がいたら、高円寺に来てください。出会ったことのないカテゴリーのうまさをもつ「高円寺飯」があなたを待っています。

写真:辻敦(ポプラ社)
鈴木もぐら(すずき・もぐら):1987年5月13日生まれ。千葉県出身。NSC東京校17期で、同期の水川かたまりと2012年にコンビ「空気階段」結成。2019年に『キングオブコント』ではじめて決勝に進出し、2021年に優勝。2017年から放送中のラジオ『空気階段の踊り場』(TBSラジオ)では、それぞれの結婚や離婚などをリアルタイムで伝え、反響を呼んでいる。特技は将棋(アマチュア二段)、麻雀(アマチュア四段)、卓球(中学時代千葉県ベスト16)。