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第14回

愛と美とおもちゃと四丁目

14 愛と美とおもちゃと四丁目

 プラン。
 プレゼンするための計画。
「もちろん、セイさんにプレゼンしてオッケーをもらったら、その次には商店会の皆さんの前で〈ムーサ〉つまり〈花咲小路商店会による四丁目再興計画〉としてプレゼンしなきゃならないわよね?」
 智依さんが言って、皆がそれぞれに顔を見合わせてから頷いた。
「それは、そう。まぁもう別個に話をしている人たちもたくさんいるし、そもそもは単純に四丁目に新しく店を造って出すって話だから、商店会の許可とか認可とかは基本的には必要はないけれどもね」
「でも、四丁目の道路を〈公園〉として開発するのなら、矢車家の許可はもちろん、商店会の総意は一応必要だよね。矢車家からは商店会の道路として使用する、っていう許可をもらっているんだから。だから、そのための商店会へのプレゼンは必要だよね」
 克己さんと北斗さんが頷きながら言う。そうですよねもちろん。
「そう、当然必要。そのための模型は全部わたしが造るわ。〈花咲小路商店街〉のジオラマを」
〈花咲小路商店街〉は一丁目から四丁目まで。一丁目から三丁目まではアーケード、屋根があるけれど、四丁目のアーケードは火事で焼けてしまって今はない。空が見えるところ。
「ずっとガチャガチャの中身にするために計画していたものを使う、ってことですよね?」
 言ったら、智依さんが頷いた。
「準備していたわよねー。その全部を、全部というか建物に関しては許可が取れるところは全部取ってジオラマにしちゃうって。残念ながら商店街の建物の年代の統一はちょっと無理なので、そこはいろいろ交じってしまうけれどねー」
 智依さんが言う。
「それをガチャにする場合、そこのお店の人に許可が取れないと売ることはできないけれど、今のところは商店会の皆さんに協力してもらってほぼ許可が取れているのでオッケー。まぁ一丁目から三丁目に関しては、ほぼ全部のお店がずっとそこで営業していて、昔の自分の店の模型を造るだけだから、何の問題もなく皆さん喜んでくれてる」
 そうだね、って皆が頷いた。
「アーケードももちろん造る。パカッと取り外せるようにするけれどね。そして四丁目に関しては、まずは重さんと樹里さんがタイムトラベルして撮ってきて、手元に残っている写真を基にして、その頃のジオラマを造っちゃう。普通の一軒家もあってもうどこにいるのかわからない人も多いから、その辺は写真を参考にして造ったその当時の普通の民家、ってことにしちゃえばカプセルトイとして販売しても問題にはならないから」
「それは大丈夫だね」
 重さんも頷いた。カメラマンをやっていると風景を撮ることも多いから、その辺の権利関係もちゃんと調べているんだって。
「でもガチャの景品として計画しているサイズなら、プレゼン模型にするにしてはちょっと小さいよね? スケールを大きくするのかな」
 北斗さん。千弥智依さんが同時に頷いた。
「もちろん、そう」
「そうだねー。わかりやすくするために、一町の長さを一メートル、一メートルは長過ぎるかー。五十センチぐらいかな。それぐらいのスケールにすれば四つで二メートル。それぐらいの大きさならどこにでも持って行けるし」
 え、でも。
「〈ムーサ〉のプランは?」
 四丁目に新しく造る〈花咲長屋〉の方は。智依さんが、うん、って頷いた。
「タイムトラベルして撮ってきた写真を使って造るのは、あくまでも昔の四丁目の様子ねー。それはそれ。せっかく造るんだから、それを見て昔の四丁目をしっかりと把握してもらうためのものになる」
「そんなこと考えていなかったけれど、図らずもいいプレゼン資料になるわね」
 千弥さんも言う。
 そうか、元々はただのガチャの景品として考えていたけれどもそれがそのまま四丁目の昔を再現して、これからの四丁目と比べるいい参考資料になるんだ。それこそ、セイさんの家だった〈矢車家〉の昔の姿もちゃんと見られる。
「それを踏まえて四丁目だけは、これからの未来の四丁目のジオラマを造るのよー。大きさはわかりやすくするために一メートル、いや一・五メートルは必要かな。あまり小さいとわかりにくくなっちゃうから」
 皆がちょっと上を見たりして想像してる。
「そうね。それぐらいのスケール感の模型でプレゼンするとわかりやすいわね。二メートルは大き過ぎるから」
 千弥さん。
「もちろんその模型を造る費用は、ちゃんと〈おもちゃのチヤチエチャ〉に支払うからね。きちんと計算しておいてね」
 桔平さん。
「それで、肝心のその〈ムーサ〉の〈四丁目再興計画〉のプランの中身を、〈公園〉ってキーワードからしっかりと思いついたってことね? 智依は」
「そう、もうはっきり頭に浮かんでいる。後はそれを絵にして模型にしていくだけー。まずは、絵にするから。スケッチして、それを実寸のものに落とし込んでパソコンで3DCGで造っちゃって、まずはここの皆に、〈ムーサスタッフ〉にプリプレゼンするねー」
「それを皆で検討してブラッシュアップするのね?」
 桔平さんに、智依さんが頷いた。
「そう、それが完成したら、まずはセイさんにプレゼン。〈愛と美のムーサ〉の像に関しては、〈セイントの愛と美のムーサ〉を下敷きにしてわたしがアレンジする、〈花咲小路の愛と美のムーサ〉になっちゃうだろうから、そこをしっかり理解してもらって、オッケーを取らないとね」
 皆が頷いた。
「それがオッケー出たら次は商店会だな。そこは任しておけ。たぶん誰も反対はしないからさ」
「〈万屋〉さんには事前に見せた方がいいよ。あの建物をそのまま譲渡してもらって、間違いなく四丁目のシンボル的なものになるから」
 克己さん北斗さんに、うん、って千弥智依さんが頷く。
「どれぐらいで、出来上がるものかな? ブラッシュアップするための資料は」
 重さんが訊いて、智依さんがうーん、って頭を捻る。
「一週間ちょうだいね。瑠夏ちゃん、一週間ぐらいはお店を任せっ放しにしていいかなー。千弥は二日ぐらいびっしり打ち合わせしたら解放するから、残りの五日間ぐらいは千弥と二人で」
「どんと来いです!」
 全然平気です。
「その間、修理・修繕とか、オリジナル制作の受付は、もろもろで二週間後ぐらいになっちゃいますけどいいですか、ってことですね?」
「その通り。それと、桔平くん。〈花の店にらやま〉の柾さんねー」
「柾?」
「〈ムーサ〉の話はしているのかなー?」
 桔平さんが頷いた。
「大まかにはね。祝い事にお花はつきものだから、新規開店のときの賑やかしお花とかあるいはプランター花壇とかね。そういうものにご協力願うだろうから」
 よし、って智依さんが微笑んだ。
「じゃあ、柾さんに一報入れといて。三日後にちょっと〈おもちゃのチヤチエチャ〉に御足労願って、お話を聞きたいからって」
 柾さんに。

〈おもちゃのチヤチエチャ〉に持ち込まれるオリジナル制作の依頼と修理って、けっこうあるんだ。
 でも、基本的にコンピュータ関係のものの修理受付はできない。ゲーム機が動かなくなったので修理してほしいって言われても、単純に電気的な配線がどこかで切れたとかならなんとかなっても、コンピュータ関係の部品とかがダメになってしまったのならどうしようもないから素直にメーカーに直接依頼を出してください、ってなっちゃう。
 オリジナル品の制作もたくさん受けた。
 亡くなっちゃった猫ちゃんの写真をもとにしてそっくりな木彫りの猫を作ってほしいとかもあった。そういうのを実際に作っているアーティストさんがたくさんいるから、どこかで見て依頼してきたんだろうけど、智依さんは難しいんだって言ってる。
 実際に、そういうのを作っているアーティストさんの作品に似てしまうのはマズイからって。猫をリアルに木彫りで作ったら、どうしてもどこか似た雰囲気になってしまうんだそうだ。
 なので、そういう依頼のときには完成品をネットなどに上げないようにしてくださいねってお願いしてる。模造品とかで騒がれたら困るから。家で愛でる分には何の問題もないので。そして、ちょっと申し訳ないけれども、お腹のところにしっかりと彫っておく。〈実物をモデルにした木彫です〈おもちゃのチヤチエチャ〉〉って。
「そういうのは焼き印でできないのかな?」
 今日も一日お店で働いてきて、すばるちゃんの家で一緒に晩ご飯。うちで作った酢豚をそのまま持ってきて車の中でお味噌汁作ってご飯を炊いて。
「焼き印は何となく可哀想になってしまうからダメなんだって」
「あ、なるほど。猫ちゃんやワンちゃんのお腹だからね」
『それは確かに可哀想な気持ちになっちゃうかもしれないね』
「ですよねー。想像しただけでやりたくない、って千弥智依さん言ってました」
 二人とも動物は大好きなので、できれば犬や猫も飼いたいんだけれども、もう少しお店が落ちついてから考えるって。
「明日で一週間になるけど、どうなったの? 千弥智依さんの考えているプランの方は」
 うん、ってご飯を口にしながら頷いた。
「予定通り明日には皆にプリプレゼンして、話し合いながらブラッシュアップできるって智依さん言ってた。それで、夜にはすばるちゃんも〈久坂寫眞館〉に来てほしいって言ってた」
「〈久坂寫眞館〉に?」
 そう。
「パソコンを見ながらやりたいけれど、皆で一緒に見るならプロジェクターで壁に映しながらの方がいいでしょ?」
「あ、広いスペースと、しかも真っ白な壁をスクリーンに使えていちばんいいのは〈久坂寫眞館〉の撮影スタジオだ」
 その通り。
『なるほど、それはいい考えだ』
「広いから、セイさんへのプレゼンも〈久坂寫眞館〉のスタジオがいちばんいいんじゃないかって」
「そうか、ジオラマも並べられるし」
 セイさんにとっても縁の深い〈久坂寫眞館〉。重さんもきっとそれがいいって。
「でもゼッタイに僕にカメラを触らないようにって」
 笑っていた。
「タイムトラベルなんてしてみたいけれども」
「戻ってこられなくなったら困っちゃうよね」
『あれは本当にびっくりするよ。記憶を見ただけの私でさえものすごく混乱したからね。二人とも、いやセイさんも含めて三人か、よく無事に帰ってこられたものだよ』
 ちゃんと帰ってこられる保証があるなら、一生に一回ぐらいは経験してみたいけれども。
『じゃあ、明日の夜帰ってきたら、詳しい話を聞かせてほしいな』
「あ、お義父さんにも聞いてほしいので、zoomかなんかで流すから、ここにiPad固定して見えるようにしてほしいって言ってたので」
『なるほど。それはいいね』
「楽しみだな。どんな形になってるのか」
 私も本当に楽しみ。

       *

〈久坂寫眞館〉のスタジオで千弥智依さんからのプリプレゼンがあって、本当に皆が驚いて喜んで拍手まで出るぐらいで。それで、細かいところやもっとこうした方がって皆でいろいろ話し合って。
 その話し合いがまとまるまでに、また一週間。皆が仕事が終わってから集まっての話し合いになってしまうからどうしても時間は掛かるんだよね。
 でも、そうやってしっかり話し合いをした甲斐があって、全員が納得できたものすごくいいものが仕上がって。
 それからまた四週間。
 千弥智依さんが、完璧なプレゼン用ジオラマを造るのにはやっぱり結構時間が掛かっちゃったんだ。
 一丁目から三丁目はすぐに仕上がったんだけど、四丁目。新しい四丁目のジオラマ造り、特に〈花咲小路の愛と美のムーサ〉の制作が難航しちゃって、その間に〈万屋洋装店〉の万屋さんが施設に入ることが本決まりになってしまって。
 正式に〈万屋洋装店〉の建物と土地を〈花咲小路商店会〉の中に新たに作った組織〈花咲長屋〉が譲り受ける契約を交わして。〈花咲小路商店会〉の会長は克己さんだけれど、〈花咲長屋〉としては桔平さん、朱雀桔平が代表になるということになりました。
 でもプレゼンする際に、〈万屋洋装店〉をどのような形態のお店にするか、っていうのもきちんと進められることになったので、そういうふうに言うとあれだけどいいタイミングだったかなって。

 そして、ついにセイさんにプレゼンする日が来て。
 火曜日の夜。
 セイさんには桔平さんから、四丁目に新しく〈花咲長屋〉を造るっていう話をして、それで新しい四丁目の計画を見てもらって、私道使用の許可ももらいたいのでプレゼンさせてください、ってお願いしたんだって。
 セイさんは快くオッケーしてくれた。
 そもそも私道使用の許可なんかまったく必要ないけれども、どんなものが出来上がるのかを見られるのを楽しみにしてるって。
〈久坂寫眞館〉に集まったのは、重さんと樹里さんはもちろん、桔平さん、克己さんに北斗さん、私とすばるちゃん、そして千弥智依さん。
「お邪魔するよ」
 そう言っていつもの三つ揃いのスーツを着たセイさんがスタジオに入ってきて、そこで待っていた私たちを見て、ニコッと微笑んで。
 きっとセイさんは、私とすばるちゃん、それに千弥智依さんがいるから、これは仲間内の、つまり〈怪盗セイント〉を知る仲間の集まりではないのだな、って思ったはず。
 そしてセイさんは、スタジオの中央に白い布を掛けて置いてある細長いテーブルをぐるっと見回した。
「ひょっとしてこれは、今日のプレゼンに使用する〈花咲小路商店街〉の模型というわけだね?」
 スゴイ。一目でわかっちゃうんだ。
「セイさん」
 桔平さんが言った。
「何故そうなったかは後できちんと説明しますけれど、すばるちゃんも瑠夏ちゃんも、そして千弥と智依も、〈怪盗セイント〉のことは知っています」
 セイさんは、わざとっぽく青い眼を大きくさせて驚いたふりをしてから、微笑んだ。
「顔ぶれを見た瞬間にそういうことになっているのではないか、と予測はしたが、なるほどそうか。いや実は随分と前から、すばるちゃんは私が〈怪盗セイント〉であることを知っているのだろう、とは思ってはいたのだがね」
「え、そうなんですか?」
 すばるちゃん。
「確証も何もなく、何となくなんだがね。それこそ怪盗の勘というものだ」
 そう言って、私を見て微笑んだ。
「しかし、ほぼ婚約者としていつも一緒にいる瑠夏ちゃんは何も知らないようだったので、すばるちゃんから広まることはないのだろうと安心はしていたのだが、その理由も後からわかるのだね?」
「そうします」
「つまり、このプレゼンは、ここにいる関わった全員が私が〈怪盗セイント〉である、ということを知らないと完成しなかった、というわけだ」
 そういうことなんです、って桔平さん。
「実に興味深い。では聞かせてもらおうか」
 桔平さんが、智依さんに向かって頷いた。
「計画そのものはボクが主導したけれども、その全てを最初に絵にして、こうして模型にしたのは智依なので、智依から説明しますね」
 智依さんも、うん、って頷いた。
「じゃあ、まずこちらのテーブルから」
 千弥智依さんが白い布を取ると、そこには昔の〈花咲小路商店街〉一丁目から四丁目までのジオラマが。
 セイさんが思わず、って感じで「おお」って言ったんだけど、英語の〈Oh!〉って聞こえた。
「素晴らしい。見事だ。在りし日の一丁目からのジオラマだね? いやこれは懐かしいものばかりだ。ひょっとして後にカプセルトイとして発売するものをスケールアップしたものだね?」
「はい、そうなります」
 食い入るようにして見る、ってこういうことだ。セイさんは腰を屈めて本当に真剣に見ている。私たちも最初に見たときには見入ったものね。
「そうか、これは」
 四丁目のところでセイさんが腰を伸ばして言った。
「これは、重くんと樹里さんがあのときに撮った写真を基にして造った四丁目だね? あの頃の四丁目の姿だ」
「そうです。写真に写っていないところもありましたけどー、そこは当時のお店や家などの資料を参考にして架空の物件で埋めてみました」
「そしてこれは、我が家だ。あの日の〈矢車家〉だ。いやこれも素晴らしい。この瓦の質感などとても3Dプリンターで出力しただけとは思えない。後で加工したのかね?」
 そうです、って智依さんが頷いた。
「〈矢車家〉だけは表面だけでもしっかりと質感を出したかったので」
「見事だ。さすが智依さんだ。私はこれを百万出しても買うよ」
 いやいや、って皆が手を振りました。
「そしてこの全体の雰囲気、ディテール。まさしくあの日の四丁目の匂いさえ立ち上ってくるかのようだ。忘れていたよこの〈花咲長屋〉の雰囲気などは。そういえばここの写真はかなりの枚数を撮っていたね」
「そうですね」
「結構撮りました」
 重さんと樹里さん。セイさんが、うむ、って感じで息を吐いた。 
「まるであの日の全ては、このときに繋がっているようだ。あの日がなければ、ここまで見事なものは造れなかっただろう。感慨深いものがあるよ」
「本当にそうですね」
 何もかも、この四丁目を新しくするためにあったのじゃないかってセイさん。
「さて、すると」
 セイさんが、もうひとつのテーブルに目を向けた。
「こちらが、新しくなる四丁目、というわけだ」
「そうです。では、お見せしますね」
 千弥智依さんがゆっくりと白布を取った。
 セイさんの眼が、今度はわざとじゃなくて、心底驚いたみたいに大きく見開かれたんだ。
「これは」
 すぐにわかったんだね。
 ムーサ、って小さく呟くのが聞こえてきた。
 桔平さんが、言った。
「セイさんが残した〈愛と美のムーサ〉のスケッチを、ボクは手に入れました。これを何とかして甦らせたい、四丁目のシンボルとして置きたい。そう思っていたら、千弥智依がやってきました。智依なら、〈愛と美のムーサ〉をきっと甦らせることができる。そう思って相談したんです」
 セイさんが智依さんを見て、頷いた。
「でも、すばるちゃんのアイデアがあったからこそ、できたんです。すばるちゃんが『公園にしたらいいんだ』って言ったんですよ。その瞬間に、この〈花咲小路の愛と美のムーサ〉が降りてきたんです」
「公園か」
「公園は、子供たちが遊ぶところです。わたしたちはおもちゃ屋です。子供が遊ぶのがおもちゃです。〈花咲小路の愛と美のムーサ〉は子供たちと大人が遊ぶところにふさわしいものであるべきだって」
 智依さんが四丁目の真ん中にある〈花咲小路の愛と美のムーサ〉を指差した。
「〈愛と美のムーサ〉は九人の女神がそれぞれリボンで結ばれています。そのリボンは服にもなり背中の翼にもなり大地に立つ台にもなっています。このリボンはレールにもなっています。最初の女神ウラニアの手に絡んだリボンのここに」
 智依さんが、そこに置いてあったビー玉を手に取った。
「ボールを置くと、レールになったリボンの上を転がっていきます」
 ビー玉が軽やかな音を立てて、ウラニアからクレイオ、テルプシコレ、カリオペ、ポリュヒュムニア、タレイア、エラト、エウテルペ、メルポメネと、全部の女神の纏ったリボンを上を転がって、時には穴から下に落ちたり、ぐるっとカーブしたり、翼になったところを段々に落ちて行ったりしていく。
「素晴らしい」
「楽しいですよねー。子供たちは何時間でもこれで遊べると思いますー。そしてこのリボンの最後のところ、メルポメネのところは小さい子用の滑り台にもなっていきます」
 ゼッタイに子供たちはここでキャアキャア言いながら滑ると思う。
「さらに、このリボンはテルプシコレ、カリオペ、ポリュヒュムニアの部分ではこのようにステージにも変化しています。ここでは、誰もがギターを抱えて歌ったり、あるいは数人でダンスをしたりできるようにもなっています。またこのステージや、それぞれの女神の台座の部分は穴を開けて小さい子供が通れるようにもするので、かくれんぼや秘密基地ごっこなんかもできるでしょう」
 セイさんが、首を軽く振った。感嘆してるんだと思う。
「そして、ムーサの周りにはこのように緑と花がたくさんあります」
「これも素晴らしいイングリッシュガーデンだ。薔薇があり、果実が生る木もあり、自然のままの草花が表現されている。これは、柾だね? 〈花の店にらやま〉の柾がデザインしたものだろう?」
 そうです、って桔平さんが頷いた。
「柾さんはイギリスでガーデニングの修業をしてきましたからね。もちろん、ここの手入れは〈花の店にらやま〉に一任する予定です。あ、もちろん〈にらやま〉には〈怪盗セイント〉のことは内緒にしていますよ。あくまでも、新しい四丁目を公園にする、という計画で参加してもらいました」
「素晴らしい。何度繰り返しても足りないほどに素晴らしい。桔平、もちろんこれは絵に描いた餅ではなく、餅を実際に用意する資金はあってのことだね?」
「もちろんです。オヤジギャグではなく」
 笑った。
「セイさんには、〈怪盗セイント〉として、同時に地主である〈矢車聖人〉として、この〈花咲小路の愛と美のムーサ〉を中心として四丁目を憩いの場の公園とすることに、許可を、そして賛同していただきたいのです」
 セイさんが、大きく頷いた。
「賛同以外に何をするというんだ。こんな素晴らしい〈愛と美のムーサ〉を前にして、賞賛以外の何も出てこないとも」
 セイさんは、そっと〈花咲小路の愛と美のムーサ〉に手を伸ばして、触れるか触れないかのところで愛おしそうに手のひらを動かした。
「五十年以上昔の話だ。ミケランジェロが造ったという〈愛と美のムーサ〉をずっと探し求め、縁のあるフィレンツェからも近い島の海に沈んでいるのを見つけた。何故そんなことになっていたのかはまるでわからない。見つけて、海中でこの眼に焼き付け、船に上がってはスケッチして。それを繰り返して描き上げたのが桔平が見つけたスケッチだ。引き上げようとはしてみたが、駄目だった。かろうじて引っ掛かっていただけの〈愛と美のムーサ〉はそのまま沈んでいってしまった」
 お義父さんが見た記憶のままだ。その話も後でセイさんにしなきゃ。
「そのスケッチを基に、崖の上に石を運んでそこで〈愛と美のムーサ〉を彫ろうとしたが、まさしく神の手の鉄槌のような地震でそれが脆くも崩れ去り、同じように海の底へ沈んでいった。神に許されなかったかと諦めたのだが」
 もう一度、四丁目の模型に手のひらを向けた。
「それが、まさしく生まれ変わったような姿でここにある。智依さん、見事だよ。私などでは思いもつかない、そう、現代に甦りただの石像ではなく、全ての人に愛されてその手にされるアップデートされた〈愛と美のムーサ〉がここにある」
 セイさんが、皆に向かって頷いた。
「これは私の方からお願いしたい。ぜひ、四丁目の〈矢車家〉の私道にこの公園を造ってほしい。及ばずながらになるとは思うが、資金面でもサポートさせてほしい」
「嬉しいです。ありがとうございます」
「それで、もっと肝心な部分があるだろう。ここにあるこれが〈花咲長屋〉だね?」
「そうです」
 桔平さんが、まず〈万屋洋装店〉だった建物を指差した。
「〈花咲長屋〉と隣接する万屋さんの建物をそのまま譲り受けました。ここは〈アート&トイ 万屋〉と名付けるお店にします」
 アート&トイ、ってそのまま英語の発音でセイさんが繰り返して微笑んだ。
「それはつまり」
「はい、実質は〈おもちゃのチヤチエチャ〉の別館にもなります。ボクのルート、そして朱雀家のルートで世界中から玩具とそれに限らず子供たちのためのものを集めます。文房具とか三輪車とか子供たちのものなら何でも、ですね。さらに、世界中から普段使いにできるものから隠れた名品まで、あらゆる美術工芸品を集めて、売ります」
 素晴らしい、ってセイさんが呟いた。
「それに加えてですね」
 千弥さんだ。
「ありとあらゆるリサイクル品、家具や服、工芸品に玩具、なんでもありですね。それを集めてきれいにしてあるいはアート作品にまで仕上げて売ります。もちろん〈おもちゃのチヤチエチャ〉で行ないます。そしてリサイクル品の売り上げに関しては、あたらしく作る管理組合で管理して、四丁目に造る公園も含め一丁目から三丁目の歩道に置かれた、あるいは置く予定になるあらゆるものの管理費に回します」
「管理費か。なるほど」
「今までは〈商店会〉で管理していましたけれど、公園としてアップデートするなら規模が大きくなりますからね。そして管理に関しては、商店街で引退するようなお年寄り、シルバー世代の方々、万屋さんはちょっと間に合いませんでしたけれど、そういう方々に管理人として働いてもらおうかと思っています」
「成程、それはまた素晴らしい案だ」
 千弥さんが考えたんだよね。
「そういうシステムにするということは、一丁目から三丁目の歩道のところにも、新たにいろいろ置く予定になるのかね?」
「そうです。アート作品から実用的なベンチまでバージョンアップする予定です。その辺りは〈ナイタート〉のミケさんに絡んでもらいます。彼女は今も美術学校の講師もやっていますから、アマチュアのアーティストたちたくさん知っていますから」
 そしてミケさんなら〈花咲小路の愛と美のムーサ〉のステージで歌ってもくれるよねきっと。
「〈花咲長屋〉は住居と店が一体になったもの。二階が住居で一階が店舗ですね。ご覧の通り、建物のイメージは日本家屋、かつての〈矢車家〉を彷彿とさせるものです。屋根の部分だけですけれどね。最初の店舗入居者はもう決まっています」
 桔平さんの言葉にセイさんが人差し指を立てて、そのままジオラマを指差した。
「その長屋の向かい側、公園の中のここにすばるちゃんのあの赤いシトロエンのバンがあるということは」
 はい、ってすばるちゃんが頷いた。
「桔平さんが、好きなものをやっていいって言ってくれたので、僕はここにキッチンカーを出すことにしました」
「キッチンカー!」
 嬉しそうにセイさんが頷いた。
「キッチンカーで作る食べ物は、これからいろいろ考えますけれど、キッチンカーで買って〈花咲長屋〉では一階にカフェを作って、キッチンカーで買ったものをそこでも食べられるようにします」
「もちろん、瑠夏ちゃんも一緒にだね?」
「そうです!」
 私はカフェのオーナーになっちゃいます。
「そしてですね」
 桔平さんだ。
「すばるちゃんのキッチンカーの周りに、こんな感じで移動スタンド式売店も置きます。ここでは〈花の店にらやま〉の出店、気軽に買える季節の花束やアレンジメントですね。それを売ります。同じようにスタンドでは〈大学前書店〉からの雑誌など販売、〈ミュージック国元〉からはCDなど、手軽に気軽に買える物を揃えていく予定です」
「それは良い。まさしく海外などによくある公園での販売スタンドだ。きっと風景にもよく溶け込むだろう。他の店舗はまだ決まっていないのかね?」
 桔平さんが〈花咲長屋〉の端を指差した。
「まだ決まっていないところもありますけど、ここには教室を作る予定です」
「教室?」
「たとえば、〈おもちゃのチヤチエチャ〉による工作教室、ボクが講師になる革製品の教室、〈花の店にらやま〉によるフラワーアレンジメント教室、あるいは商店街で買った野菜や魚や肉などを持ち込んでその場で料理ができる料理教室など。教室をメインにして、商店街や近所の人たちが集うポータルのような場所造りを目指します」
 セイさんが微笑みながら大きく頷いた。
「何度も言うが素晴らしい。全てが本当に美しく素晴らしいプランだ。生きる愉しみが増えたよ。この新たな四丁目の完成を見るまでは、死んでも死に切れないだろう」
「いやいや、二年も経たずに出来上がりますから!」
 笑ったけれども、本当にですよ。セイさん死なないでくださいね。

 セイさんへのプレゼンが終わった翌日。
〈おもちゃのチヤチエチャ〉に出勤して、いつものように千弥智依さんと三人で今日やることやスケジュールなんかを確認していたんだけど。
「やらなきゃならないことはたくさんある!」
「そうだよー」
 智依さんが笑った。
「〈おもちゃのチヤチエチャ〉としてやることもたくさんあるんだけどさー」
「何よりもまず瑠夏ちゃん。いちばん最初にしなきゃならない、いちばん大事なことがあるじゃないの」
 いちばん大事なこと?
「すばるちゃんと結婚しなきゃならないよねー」
 あ。
「そうだった!」
 私はこれから〈おもちゃのチヤチエチャ〉のアルバイトとしても〈アート&トイ万屋〉のアルバイトとしても働くんだけど。
 何よりもまず、〈花咲長屋〉を完成させて、その二階に二人で住んでカフェをやるんだから。
「結婚しなきゃ!」
「まぁ、でも、結婚という形式に二人が別にこだわらないんだったらね」
「そうだよねー。わたしたちもまるで考えていないし。今のままでも二人はすっごく幸せそうだし」
 幸せだけど。でもたぶん。
「結婚します。あ! だったら〈花咲小路の愛と美のムーサ〉が完成したら、そこのステージですばるちゃんと人前結婚式ってどうでしょうか!」
「いい!」
 そうしよう。すばるちゃんにも相談するけど、きっとそれがいいって言うと思う。

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