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第8回

【さくらのひとやすみ #8】地獄のモン・サン・ミシェル

わたしはよく風邪をひく。

以前占いで、「前世では毎回早死にしてるので、こんなに生きたのは今回初めてです。」と言われたこともあるほどの儚い女だ。

 

パリにて中学時代の友達と遊ぶ中感じた、「あれれ、何だか喉の調子がおかしいぞ?」という予感は見事的中。

次の日私は見事に体調を崩した。

 

ただその日は一人でモン・サン・ミシェルを見に行く予定で既にホテルや電車も予約済み。

絶対外に出るような体調でないのは確かだが、一旦ホテルへ向かうべく一人列車へ乗りこんだ。

 

車内は思いの外空いており、向かい合わせになっている4人がけの座席に乗客が自分だけで嬉しい。

しんどすぎてジャケットに包まりながら寝ていると、途中の駅から3人+反対側の座席に4人、計7人の男女韓国人グループが入ってきた。

仲間たちの間に紛れ込んでしまった感があり何だか気まずいが、孤独な私に彼らは「これいる?」とニコッと笑いながらバナナをくれた。

優しい…サランヘヨ…

駅に到着した後は、ふらふらの身体を引きずるようにしてホテルに向かい「どうにかチェックインを早められないか」と交渉してみるも前の人が居るからまだ部屋には入れないとのこと。

荷物だけロビーに預け、野に放たれる私。

めちゃくちゃの田舎である。何もない。

 

仕方ない…

モン・サン・ミシェルに行くしかない。

もう、ここまできたらやろう。私はやれる。

 

ホテルからモン・サン・ミシェルまではバスで数十分。

窓際の席でぼーっと景色を眺めていると、ふと開けた場所に出てモン・サン・ミシェルの姿が現れた。

「わ…!」と小さな歓声がバスの中に広がる。

あの時の私たちは完全に「本当にラピュタはあったんだ…!」の時のパズーだった。

 

う、美しい〜〜〜〜〜〜

雑誌で観たやつ〜〜〜〜〜

きてよかった〜〜〜〜〜〜

 

乱れそうだった天気も見事な快晴。

完璧なモン・サン・ミシェル日和である。

 

ただ、この時の私は知らなかった。

まさか帰りのバス便が少なすぎてその後モン・サン・ミシェルに5時間閉じ込められることになるとは…。

 

モン・サン・ミシェルは、フランス西海岸のサン・マロ湾に浮かぶ小さな島で、世界遺産にも登録されている。

潮の満ち引きが激しく、干潮時には陸とつながり、満潮時にはまるごと海に囲まれる。(今は囲まれないのかも)

その姿は、まるで絵本から飛び出した城のようだ。

 

階段を登った先にある修道院は8世紀ごろに建設が始まり、何度も戦争や嵐を乗り越えながら増改築されてきた。

中世には巡礼地として栄え、フランス革命後には監獄として使われた過去もある。

「なんて厳かで歴史の詰まった場所…」と感じたいところだが、帰りのバスがないことを途中で把握してしまった私は、修道院ツアー中に“監獄“というワードを聞いて、シンパシーすら感じた。

ここがわたしのジェイル…

 

正直モン・サン・ミシェルの中に5時間閉じ込められてもやることがないのだ。

対岸からぼーっと眺めて「あそこには何があるんだろう…」と島を眺めているのが一番ロマンがある気すらする。

なぜなら、中にいるとモン・サン・ミシェルのことが見えないからである。

あとシンプルに体調が悪い時に来る場所ではない。

 

修道院ツアー後、暇すぎて島の外周を一周するというストイックな行為を終えた後は全ての気力と体力が失われ(それはそう)カフェでぼーっとしながらただ時が過ぎるのを待った。

そして5時間後。本当に記憶がないのだがなんとかホテルへ戻り風呂にも入らず20時から10時過ぎまで14時間寝続けたらケロッと治っていた。

 

しんどすぎたモン・サン・ミシェルも、こうやって振り返ると良い思い出だが、帰国した後に「ヨーロッパの霊が憑いてますよ」と言われたのは、多分この時のモン・サン・ミシェルの仲間達なのではないかと踏んでいる。

そして、その後は10年来のフランス人の友達と合流。

この友達は、私が福岡の野外でライブをしていた時にたまたま通りがかった交換留学生でお姉ちゃんと同じ大学に通っていたのも相まって仲良くなった。

その後も東京を案内したり、株主総会に呼んだり(?)、カナダを案内してもらったりと定期的に会ってはいたが、今回会うのはかなり久しぶり。

ということで、ここからは車を持っていなかったり土地勘がないと中々いけないようなルートでフランスの中部を観光するというありがたい旅が始まる。

 

早速初日は「La Nuit De l’erdre」という、何度聞いても決して名前を覚えられない音楽フェスに向かうことになっていた。

Nantesの駅で合流した後、一度荷物を置き一息ついたらまたすぐに出発しなければならなかったのだが「なんか飲む?」と聞かれ、真昼間から当然のようにワインを手渡される。

ウェルカムドリンクがワイン!

フランスっぽい!!!

 

フランス人は、血の代わりにワインが流れているとしか思えないほど、とにかく日常的にワインを飲みまくる。

それもそのはず、ワインの値段が信じられないほど安いのだ。

日本で1000円以下のボトルなんて頭が痛くなってしまいそうだが、そのくらいの値段でも美味しいものがたくさんある。

市場にも良く行ったのだがフルーツもワインもチーズもパンも全部安くて美味しくて天国かと思った。

 

フランス人がいかにワインと密接なのかを感じたのは、ある日の早朝、熱気球へ乗りにいった時のこと。

田舎町へ集合した私たちは、バンの中でお互いに自己紹介をしながらさらに開けた草原の方まで向かった。

気球にはシートベルトも何もなく、本当に人間がただカゴの中に収まっているだけ。

これを初めてやろうとした人マジでやばいな…と、あまりの心許なさにちょっとした恐怖感を感じつつ上昇していく。

 

気球からの景色は本当に夢のようで現実味がない。

朝日が登る中、上空からは前日訪れた美しいシュノンソー城が見えた。

午後は天候不良で欠航になることが朝の時点で決まっていたので、みんなでラッキーだったねぇと話しながら、言葉少なに絶景を味わう。最高の1日の始まりだ。

そして激しめに地上に降り立ち(降りる時が一番怖かった)気球の後片付けをした後、ハンガリー人の陽気なガイドのおじちゃんが手を叩いた。

「さーーみんなでピクニックしよう!」

 

彼らは急にテキパキとテーブルやら何やらを準備し始め、朝の6時半ごろ、急に私たちはピクニックすることになった。

“きのこの山”の下位互換みたいなチョコレートのお菓子を、「僕の助手がさっき向こうの山で取ってきてくれたきのこだよ」と振る舞ってくれたり、

「かつて気球に乗れたのは貴族だけでした。よってあなたたちは貴族です。マダ〜〜ムッ」と言われ、朝から楽しい。

(基本フランス語で話した後に、私のために英語で話してくれる)

 

そして問題はここから。

この人たち、朝っぱらにもかかわらずめちゃくちゃワインを飲ませてくるのである。

 

友達に「え、みんなって車で来てるよね…?」と聞くと「フランスでワインを避けることは不可能」とのこと。

しかも「日本人は飲むぞってなったらtoo muchだけど、フランス人はほどほどでやめれるから。」とまで言われた。

ほんとかよ…

 

そもそもヨーロッパの国の多くはアルコールの呼気濃度の基準が日本と違うらしく、一杯くらい飲んで運転するのは普通のことらしい。(そしてイギリスはもっと緩い)

文化の違いに圧倒されたが、日本人としては普通に「ちょちょちょちょ」という感じである。

また別の日にも遺跡のようなものを見に行ったのだが、ガイドブックを見ながら一つ一つ回っていくとどこもかしこもワインのことが書かれており

わたしが「またワインだよ…」と呟けば「フランスの建物は基本的に全部ワインのために存在しているよ」とも言っていた。

 

そして散々遊び倒して最終日の7/14は奇しくもフランス革命記念日。

フランス最大の祝日の一つということもあり、単なる”フランス革命があった日”というよりも自分たちがどう生きるのかを決めた日のような、より彼らのアイデンティティや誇りに繋がっているような大切な日のようだ。

近くで花火が上がるから見ようということになりフラーっと見に行ったら、私が想像していた5000倍くらいの量の花火がぶち上がってあぁ…良い最終日だな…楽しかったな…とうっとり。

感動のフィナーレである。

いろんなラッキーが重なり花火、音楽、歴史、ワイン、そして監獄まで体験できたフランス旅。

自然も豊かで、そりゃぁモネもああいう絵を描くわ…というくらい水面に映る夕焼けも、青々とした庭園も、どこをとっても美しかった。

そして何を食べても、何を飲んでも、とにかくおいしい。

 

次の旅先のスペインへ向かうべく、空港で余韻に浸るわたしの携帯が震える。

「めっちゃ体調悪いかも…」という友達からのメッセージを見て、そっと携帯をポケットの中に仕舞いこんだ。

わたしのせいじゃないと今は信じたい。

(イラスト/藤原さくら)


藤原さくら(ふじわら さくら):1995年生まれ。福岡県出身。シンガーソングライター。天性のスモーキーな歌声は数ある女性シンガーの中でも類を見ず、聴く人の耳を引き寄せる。ミュージシャンのみならず、役者、ラジオDJ、ファッションと活動は多岐に亘る。interfmレギュラー番組「HERE COMES THE MOON」(毎週日曜24時~25時)にてDJを担当。

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