ポプラ社がお届けするストーリー&エッセイマガジン
メニュー
facebooktwitter
  1. トップ
  2. エッセイ一覧
  3. 没頭飯
  4. 【没頭飯6】サカナマフィアの影
第6回

【没頭飯6】サカナマフィアの影

「はいったことねえ店で飲みてえなあ」

 そんなことを考えながら夜の高円寺をぶらぶら歩いていました。もう10年も前のことです。

 そのとき私の目に飛び込んできたのが、でっかい「チェーン店」の文字。古びた赤ちょうちん。入口の横に積み上げられた発砲スチロールとビールケース。なかなかに年季が入った店構えなのに、看板にでっかく「チェーン店」と書いてある。

 いまの時代、チェーン店であることを売りにしますか? でもこんなでかでかと書いてあるってことは昔はチェーン店が信用されてたってことか、っていうかここ絶対チェーン店じゃねえだろ、よし入ってみるか、なんてぶつぶつ言いながらお店に入ってみました。そこがいまや私が10年以上通い続けている「和田屋」でした。

 出てきたホッピーに度肝を抜かれました。

 これジョッキで提供されたお冷? と思うくらい焼酎(いわゆる「ナカ」)の量が異常に多い。ぜんぜんホッピーで割れないじゃんってくらい多い。ホッピーで割るというより、ホッピーを垂らして飲む感じ。「ソト」がいっこうに減りません。なんだこの店は……。

 刺身の見た目は超本格派。

 食った瞬間、確信しました。ああ、ここやばい店だ、って。だって刺身がうますぎるんですから。しかも安すぎるんですから。質の高いバキバキの刺身がなんでこの値段なんですか? 一瞬にして私は和田屋のトリコになりました。

 和田屋に行ったら絶対に刺身を頼んでください。種類が多くて、ぜんぶうまいので。それをあの値段で出せるのは、何か裏があるとしか考えられない。闇魚屋とかサカナマフィアとか、なんらかの闇の組織とつながってるはずです。もしそういうあやしい組織が裏にいなかったら、自分で自分の首を絞めているだけの値段設定なんで。利益なんて出ませんよあれじゃ。必ず裏にサカナマフィアがいます。

 でも和田屋は刺身だけじゃないんです。つけワンタン、たこ入り卵焼き、なんこつのたたき、このあたりはローテーション入りメンバー。登板回数おおいです。安定感抜群、文句なしにうまい。ここに刺身をくわえたのが私にとっての四天王と言えるでしょう。

 この連載を読んでくださっている人の中には和田屋に行ったことがある人もいらっしゃるかもしれません。そんな人に食べていただきたいのがつみれ汁です。お吸い物のような澄んだ汁、つみれが3つとネギがお椀に入っています。

 もしつみれ汁を飲んだことがある人がいたらなかなかの玄人ですよ。和田屋でつみれ汁を見つけるのは至難の業ですから。

 そもそも和田屋のメニューって1000種類くらいあるんですよ。まずグランドメニュー。追加のメニューとして壁一面にバーっと並んでいる短冊。本日のおすすめを載せたようなペライチのメニュー。それらに載ってないメニューが書いてあるホワイトボード。で、さらにそれらのどこにも載ってないメニューが書かれた「隠れホワイトボード」。

 この「隠れホワイトボード」は3か所くらいあります。メニューの種類も、メニューが書かれた媒体の種類も、意味不明なくらい多いんです。

 だからとなりのお客さんのテーブルを見て、「え、いぶりがっこあったのかよ!」みたいなことが往々にしてあります。私がつみれ汁たどり着いたときもそうでした。あのおじさんつみれ汁みたいなの頼んでるけど、つみれ汁なんかあるの!? と思って探してみると「隠れホワイトボード」に書いてあったんですね。

 つみれ汁のおともはぜひホッピーで。ナカの量が異常に多くてパンチ力の強い濃いホッピーに、やさしいつみれ汁っていうのがいいんですね。親父とおふくろみたいな。厳しさとやさしさをどうぞ一緒に味わってください。

写真:辻敦(ポプラ社)

鈴木もぐら(すずき・もぐら):1987年5月13日生まれ。千葉県出身。NSC東京校17期で、同期の水川かたまりと2012年にコンビ「空気階段」結成。2019年に『キングオブコント』ではじめて決勝に進出し、2021年に優勝。2017年から放送中のラジオ『空気階段の踊り場』(TBSラジオ)では、それぞれの結婚や離婚などをリアルタイムで伝え、反響を呼んでいる。特技は将棋(アマチュア二段)、麻雀(アマチュア四段)、卓球(中学時代千葉県ベスト16)。

このページをシェアするfacebooktwitter

関連記事

関連書籍

themeテーマから探す