
2ヶ月間。計7カ国を渡り歩いた旅が終わる。
大人になってから、こんなに長いお休みをもらったのは初めてのことだった。
なんだかあっという間だった気もするし、とても長かったような気もする。
世界は広いなぁとも思ったし、案外、行こうと思えばすぐ行けるじゃん、とも思った。
あとは、このキャリーバッグの中の物だけで、私って生活できるんだ…とも思ったし、家に物をたくさん置いておけるのって最高…とも思った。
相反する感情が、同じだけ自分の中に存在しているのがおかしくて、感情というのはそんなに単純なものじゃないなと痛感する。
わかりやすいのは楽だけれど、わかりにくいから愉快だ。
なので、最後の締めはいろんな感情をとにかく思うままに書いてみることにしよう。
2024年、夏。
歌うのが嫌になって、怖くなって、ヨーロッパに行くことを決めた。
ただ、いざ蓋を開けてみると、ヨーロッパでの私は毎日のようにライブや楽器屋さんに足を運び、新しい音楽を探していて、「こういうことがやりたいなー」と、次々にアイディアが湧いてくるから不思議だった。
日本に居た時は、考えすぎてぬかるみにハマって何が何だかわからなくなっていただけで遠くに来て仕事から離れてみるとただ一人の人間として、音楽のことがやっぱり大好きだと思えた。
それが、何よりも嬉しかった。
ちゃんと「取り戻せた」と思った。
今本当は自分は何がしたくて
何をしていたら幸せで
身体を縛っていた力がスッと抜けて
思い切り息が吸えるのか。
人間って、知らないうちに自分自身にも嘘をつくことがあるけど旅を終えた今。自信を持って、ありのままの気持ちで自分と一緒に過ごせている実感があって、それがとても心地がいい。
そして今回の旅では、肩の力を抜いて思い切り息が吸えた瞬間や、「おばあちゃんになっても思い出すだろうなぁ」というかけがえのない瞬間にたくさん出会えた。
列車に乗り、車窓の景色を眺めながら、ひとり涙を流していた瞬間。
stingの曲を、みんなで大合唱していた瞬間。
夕暮れが水面に反射して、モネの絵画のようだった瞬間。
トレドのホテルから、城下町を見下ろしていた瞬間。
スイスの牛たちが、首元のベルを鳴らしていた瞬間。
今でも鮮明に思い出せる光景ばかりだ。
オランダ・アムステルダムにある「アンネ・フランクの家」を訪れた日のこと。
その日はすでにチケットが売り切れていて入れない予定だったが、目の前の係員の人に話しかけてみたら運良く入場させてもらえることになった。
最初は「ラッキー!」と、大盛り上がりだったけれど部屋のあちこちに残る戦時中の痛ましい記録や、無邪気なアンネの日記を目にするうち、次第にみんなの口数は減っていく。
沈んだ気持ちのまま外へ出ると、PRIDE PARADEで盛り上がった街中には、四つ打ちのビートと遠くからDJが回したqueen の「ボヘミアン・ラプソディ」が鳴り響いていた。
川沿いに停泊してある船の上で、アミアミの衣装を着た男性たちが、情熱的にキスをしている。
なんだか街全体があまりにも平和で、気が抜けて笑ってしまう。
戦争で辺り一帯が殺伐としていた時代と比べると、ここには、確実に良くなっているものもある。
少しずつ。
本当に少しずつしか変われないけれど、それでも、心地のいい方へ。
軽やかな方へ、行きたい。
悲しくて、怖くて、自分がずっと足りないような気がして、もっともっと、と外に何かを求め続けていたけど、もう全部持っていたような気もする。
正直、まだまだすべてを言葉にできるほど熟してもいない。
まだまだ人生の旅は続く。
ほんの少し軽くなった足取りでまた遠くまで歩いていけそう。
またどこかで!
藤原さくらさんの連載エッセイ「さくらのひとやすみ」はこれで終了となります。1年間、計12回にわたりお読みいただき、本当にありがとうございました。(ポプラ社 編集部)

藤原さくら(ふじわら さくら):1995年生まれ。福岡県出身。シンガーソングライター。天性のスモーキーな歌声は数ある女性シンガーの中でも類を見ず、聴く人の耳を引き寄せる。ミュージシャンのみならず、役者、ラジオDJ、ファッションと活動は多岐に亘る。interfmレギュラー番組「HERE COMES THE MOON」(毎週日曜24時~25時)にてDJを担当。

