
マッサージが好きだ。なんなら愛している。
「わたし、最期はヘッドスパされながら死にたいんです」と頭部をほぐしてもらいながら伝えたこともあるくらいには重い。
指圧も好きだし、オイルも好きだし、基本見境はない。
整体、整骨院、アーユルヴェーダ、リラクゼーション、カイロ、鍼、お灸、ストレッチ…
あらかたのマッサージ経験があると思う。
一番すごかったマッサージに関しては、触ってもらえなかった。
そして術後、突然「あなたの耳から冥王星を抜きました。」と言われた。
わたしの耳に宇宙が存在していたことをその瞬間まで知るよしもなかったわけだが、失うとなると何故だか切ない。
そして15000円支払った。
私の冥王星なんて絶対価値あるんだから、逆にお金をもらってもいいのではと思ったが、そういう事ではないらしい。
数多の経験を経たわたしは、この際触ってさえもらえればもう何でもOKという境地にまで達していた。
しかし。
2024年、8月。
バルセロナの一角にて、わたしは世界の広さと対峙することになったのだった———
スペインに滞在して二週間が経過したある日のこと。
一緒にスペインを回っていたすーちゃんは日本に帰国。
わたしはバルセロナに残り一人観光を続けていた。
二週間目ともなるとほぼ全ての観光地に行き尽くしてしまっているため地元民がいくような科学館で時間を潰し、古代の石を眺めたりする日々。
街の椅子に座り込む。流石に外は暑い。
長旅で疲れ果てているし、行きたい所もないがヨーロッパの夏は日が長い。
ホテルに帰るのは勿体ないしなぁ…とウダウダしていると、私の脳裏に“マッサージ“というヴィジョンが浮かび上がってきた。
考えてみれば、1ヶ月も移動続きなのだ。
こんな体のあちこちがバキバキの状態でずっとマッサージをされてないなんて、
普段のわたしからしたら考えられない。
思い立つなりGoogleマップで「massage」と検索。
ヒットしたのが「ZENマッサージ」の店だった。
禅。
誰もが一度は聞いたことがあるだろう。
精神を統一して、真理に近づく、あの禅だ。
Googleマップのクチコミを見てみると、「素晴らしく経験豊富で最高のマッサージ!」とか「クッキーが美味しい!」とか書いてある。
なるほど。これは期待できるぞ…。
すぐさま数時間後のオイルマッサージを予約。
何かご希望ありますか?と聞かれたが、特にないですと返答した。
お店に到着すると、そこは別世界のように真っ暗。
最初眼が慣れるまでは、何が何やらわからなかったが、奥からイケてるおじさんとイケてる女性が登場した。
外は日差しも強くかなり暑かったので、天国のようにすら感じる。
アジアンなテイストの家具と、いい匂いの室内。
間接照明もムーディーでめちゃくちゃ良い雰囲気である。
期待を膨らませ、出してもらった冷たいドリンクを飲み干すと、イケおじはわたしを部屋へと案内した。
彼は、私に裸になってここに寝ておくようにと指示して部屋を出ようとする。
「え、あ、紙パンツは…?」
「あぁ、OK。じゃあこれ」
彼は去っていった。
え…待てよ…?
この人じゃないよな?
案内する人がこの人なだけで、施術は女性がやってくれるよな…??
紙パンツを持って、しばし立ち尽くす。
日本ではオイルマッサージというと基本的にセラピストは女性だ。
裸になるし。
男のセラピストも存在するにはするのかもしれないが、私は一度も出会ったことないし、選ぶ場面に直面したこともなかった。
ベッドに横たわって待っていると、やっぱりあのおじさんがやって来た。
えー…どうしよう…変えてって言おうかな…。
でもJapaneseで、ZENマッサージなのに、意識しすぎだろって思われるかな。
数秒のうちに、JapaneseがJapaneseらしく色々と思いを巡らせたり遠慮したりしたが、まぁ…モノは試しか。「ZEN」って言ってるし…
自分にそう言い聞かせる度に、「で、ZENって何だっけ…」とゲシュタルトが崩壊してくるのを感じる。
そしていよいよお手並み拝見。
マッサージが始まると、さすが男性。力も強いし腕もある。
…めちゃくちゃうまい!!
ただ、時折長時間手を握ってくる事と、「ふぅーーー。。。ふぅーーーー。。。」と息がめちゃくちゃ荒いことが気になる。
ZEN経験も乏しく、鬼滅の刃も最後まで見れていない私には、これがZENの呼吸なのか、EROの呼吸なのか判別が難しかった。
時折「Are you ok?」と聞かれるが「OK…」と言うことしかできない。
私は日本の美容室でも「痒いとこありますか?」と聞かれた時に本当に痒い場所を教えられない人間だからだ。
あれ…そこはダメなんじゃない…!?
あ、それならセーフか…。
え?アウト??????
みたいなスリルのある攻防が1時間続く。(長い)
騙し騙しいろんな局面を乗り換えていったが、私の足裏をおじさんの胸にぐっと押し当てられるという謎の動きがあった時に私はあることに気付く。
おじの鼓動が異様に早かったのだ。
これは、通常の人間の鼓動じゃない。
これはZENじゃないかもしれない…
これはEROかもしれない!!!!
そして最後の仕上げ。
彼はおもむろに丸い鐘のようなものを取り出し、
ゴーーーーン
と音を鳴らして、わたしの体の上でグルングルンして音で場を整えた。
なんかこの人お尻とかめっちゃ触ってきたくせに終わりよければ全てよしみたいなZENの雰囲気で締めようとしてる…。
終わった後も「リラックスできた?」と5回くらい聞いてきたが、とにかく意識しすぎてドッと疲れた1時間ちょっと。
もしこれが本当にZENだった場合私の煩悩を消さないと禅への道は遠そうである。座禅しようかな。
P.S.
店が割れたら気まずいなと思って「スペイン zen massage」と検索したらわたしの行った店はヒットせず「zen erotic massage」というものがヒットしました。
え?ZENってEROだっけ?

藤原さくら(ふじわら さくら):1995年生まれ。福岡県出身。シンガーソングライター。天性のスモーキーな歌声は数ある女性シンガーの中でも類を見ず、聴く人の耳を引き寄せる。ミュージシャンのみならず、役者、ラジオDJ、ファッションと活動は多岐に亘る。interfmレギュラー番組「HERE COMES THE MOON」(毎週日曜24時~25時)にてDJを担当。


