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第10回

【没頭飯10】母親は飯をうまく食う術を本能で知っている

 母親はちょっとイライラしたら、好きな食べものを食いてえって口に出す癖があります。

「あああっ! 『にんじん』のポークソテー食いてえな!」

 という感じです。

「にんじん」っていうのは、実家から歩いて5分、マスターが1人でやってる小さい洋食屋「グリルにんじん」のことです。洋食屋というか喫茶店みたいなたたずまいで、入って右側にカウンター、左側に4人掛けのテーブル席が3つありました。もうお店はなくなっちゃったんですけど、月イチぐらいで行ってました。

 小学校3年生のときでしたかね、学校の帰り道で見つけて気になって、1回入ってみたいって親に頼んで連れてってもらったのが最初です。エビフライとかハンバーグとかいろいろあるんですけど、母親も私もほとんどポークソテーしか頼んだことがありません。

 そのポークソテーがまあうまいんですよ。厚切りのロース肉。ブリッとついた脂身。めっちゃいいところを使ってるって子どもでもわかりました。そんな肉が、取っ手がついた小っちゃいフライパンみたいな器に乗っかって出てくる。醬油ベースで甘くてあめ色のさらっとしたソースがかかってじゅわあああってなりながら。つけあわせはジャガイモとインゲンとコーン。「グリル にんじん」だけどニンジンはありません。あとコーンポタージュとお皿にひらたく盛られたご飯もセットで。肉がしっとりとしてて、脂身はぶりぶりで、甘くてね。

私の目の前で、母親は鼻からすべての息を出す勢いで、

「うんんんまいな」
「うんうんうんうん」
「いやこれ……」

 一口食べるごとにぶつぶつ言いながらうまさを嚙みしめてました。そっから母親はグリルにんじんのポークソテーにどハマりしてしまいました。

 私の地元は千葉の超田舎なんですけど、ポークソテーは当時1100円。けっこういい値段ですよね。当時の家計からしておいそれと行ける店じゃぜんぜんなかった。だから「にんじんのポークソテー」は母親の月イチの最大のご褒美になりました。

 恋愛と同じで、人間はなにかを心から好きになったら脳がそのことに支配されちゃうんでしょうね。気が付いたら母親の口癖が「にんじんのポークソテー食いてえな!」になっちゃったんですよ。口癖っていうか怒ったり機嫌が悪くなったりしたときに口に出すおまじないみたいな。

「なんでてめえの親父は家に金入れてこねえんだ。馬鹿野郎だな。あああっ! にんじんのポークソテー食いてえな!」

「こんな散らかしやがって掃除めんどくせえなあほんとに。にんじんのポークソテー食いてえ!」

 怒ることとポークソテーがセットになってる。これにはきっとふたつの効果があったんじゃないかと思うんです。

 ひとつは、鼻から息が漏れるほどおいしいにんじんのポークソテーを思い出すことによって自分自身の怒りを抑える効果。もうひとつは、「にんじんのポークソテー食いてえ!」って口に出すことによって、次に食べるポークソテーをよりうまく感じるようにする効果です。イライラしたり怒ったりしたら「なになに食いてえな」って食いたいものをあえてセットで言うことによって、それが食えたときの喜びをものすごく上げてるんです。

 実際、次にグリルにんじんに行ってポークソテーを食べるとめっちゃうまく感じるんですよ。不思議なことに。毎回最高を更新する。それは母親の「あああっ! にんじんのポークソテー食いてえ!」を何度も何度も聞いてるから、私の脳にも「最大のご褒美」として刷り込まれちゃってるんです。

「空腹は最大の調味料」みたいな言葉がありますよね。母親の場合は空腹じゃなくて「怒り」が最大の調味料だったんですね、きっと。でも母親はそれを意図してやってたんじゃなくて本能でやってた。本能で飯をよりうまく食うためにやってたんです。

 約1か月間、怒りでうまさのボルテージをあげていく。ボルテージがパンパンになった状態で、満を持してにんじんのポークソテーを食べに行く。そして、「やっぱりにんじんのポークソテーは最高にうめえな」って心から言うんです。「人間は飯を食うために生きてんだな」ともよく言ってました。

 店を出たあとも「うまかったなあ。うまかったなあ」ってずっと言ってました。見るからに機嫌がよくなってる。でも次の日から怒ったらまた「あああっ! にんじんのポークソテー食いてえな!」っていうループが始まります。 

 私が飯をうまく食うことに執着があるのは、こんな母親の血が流れてるからだと思います。


昨年の2月から更新してまいりました鈴木もぐらさんの連載「没頭飯」はこれで終了となります。お読みいただきありがとうございました。今後は、単行本刊行の準備にとりかかります。2026年3月の刊行を予定しております。楽しみにお待ちいただけますと幸いです!(ポプラ社編集部)


写真:辻敦(ポプラ社)

鈴木もぐら(すずき・もぐら):1987年5月13日生まれ。千葉県出身。NSC東京校17期で、同期の水川かたまりと2012年にコンビ「空気階段」結成。2019年に『キングオブコント』ではじめて決勝に進出し、2021年に優勝。2017年から放送中のラジオ『空気階段の踊り場』(TBSラジオ)では、それぞれの結婚や離婚などをリアルタイムで伝え、反響を呼んでいる。特技は将棋(アマチュア二段)、麻雀(アマチュア四段)、卓球(中学時代千葉県ベスト16)。

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