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第6回

6 スイングマシン

 
 引退試合が終わった。  

 私は同じバスケ部の仲間4人でぐるぐるめに来ていた。

 「山中青田遊園地」っていうのが正式名称だけど、なぜなのか、そっちよりも「ぐるぐるめ」の名前のほうがみんなに知られてそう呼ばれている。

 決勝戦まで持ち込むことができた県大会。

 優勝は逃したけど、もともとそんなに強いわけでもなかった部で、ここまでよくがんばった。

 まさか予選で勝ち抜くとは思っていなかった他の3年生は、春にはほとんど部活に来ていなかった。最後まで一緒にいたのは、この4人だ。


 だから、今日はそのメンバーで打ち上げ。

 思いっきり遊んで騒いで、あとは受験勉強に身を入れようって、4人で話した。


 バスケのことしか考えられない高校生活だった。

 バスケをやらなくなったら、もう自分じゃなくなってしまうような気がする。

 今度、コートに出てボールを触れるのはいつなんだろう。


()()()、ほら、行くよ」

 ぼうっとしていたら声をかけられて、みんなを追いかけた。

 私は、一緒に並んで歩いている仲間を横目で見る。

 ()()はエースだ。

 得点王。潔いショートヘアで、スタイル抜群の高身長。

 彼女にボールを回せばほぼ確実にゴールが決まる。

 ムードメーカーなのは()()ちゃん。

 ピリピリした雰囲気を和ませてくれたり、常に明るい笑顔を見せてくれた。

 彼女のおかげでどれだけ助けられたか知れない。

 そして、マネージャーの(かえで)

 キリッと冷静で、細やかな気配りでみんなをサポートしてくれた。

 私は……。

 私は、キャプテンとして、うまくやってこられたのか、ずっと自信がなかった。

 チームのみんなをちゃんとまとめることができたのか、今でもわからない。

 そもそも、どうして自分がキャプテンに選ばれたのかも。

 降りたいと思ったことだって、何度もある。


 メリーゴーランド、回転マシン、ジェットコースター……。

 目につくままアトラクションの列に並び、次はスイングマシンだ。

 4人並んで乗り込むと、スイングマシンは巨大なブランコみたいに、ふわーっ、ふわーっと反復して大きく揺れた。

 ゆっくりで変な余裕があるぶん、ジェットコースターより怖かった。

 大きな声を出して気持ちよかったけど、さすがにちょっとふらふらだ。

 
 楓も同じだったようで、マシンから降りると「タイムアウト!」と言って笑った。

 私たちは、大きな樹の下に設置された長いベンチに腰かけた。


 タイムアウト。

 実際のバスケの試合では、その声はコーチがかける。


 選手が負傷したときや、ファウルが行われたときなど、両チームが一時的にベンチで過ごす時間が与えられるのだ。

 あとは、相手チームのシュートが入ったとき、試合の流れを変えたいというタイミングでも。

 いったん挟んだその時間で、コーチは戦略の変更や客観的なアドバイスをしてくれた。

 わずかな時間だけど、選手の体力回復にもなる。チーム全体の気持ちの切り替えにすごく役に立った。

 去年から来た新しいコーチは、厳しかった。荒い言葉に泣かされる子もたくさんいた。

 だけど私は、チームを強くしたのは間違いなくあのコーチだと思っている。

 だから怖くなかったし、みんなとコーチに距離があるぶん、中継ぎとして互いの想いを伝達できるように努めていた。逆を言えば、私にはそれぐらいしか、できなかった。


 突然、どおおおん、と大きな音がした。

 びっくりしてそちらに顔を向けると、赤白シマシマのエプロンをかけた、大柄なピエロが太鼓を叩いている。

 鳴り響くその音は4回続き、最後にピエロはカーンと小気味良く太鼓の縁に棒をあてた。よく見ると、木のお玉だ。

「4時半ってことか」

 希穂が顎に手をやりながら言った。

 太鼓はアナログ時計になっていて、たしかに針が4時30分を指している。

 「あのピエロ、朝、ポップコーン作ってたよね」

 私がそう言うと、芽美ちゃんが受け答えてくれた。

 「そうだったかも。あのときは遠目に見ながら通り過ぎただけだったけど、なんかフライパン振ってたよねぇ」

 太鼓の載ってるカートは、庇に調理道具がぶらさがっている。
 そして脇にガスコンロが備わっていた。

 ピエロはエプロンと同じ赤白シマシマ柄のコック帽をかぶっていて、見るからに彼は料理人なのだった。

 ピエロは私たちの前までカートを押してくると、立ち止まってニヤリと笑った。

 「お、なんかやってくれるの?」

 希穂が身を乗り出す。

 するとピエロはズボンのポケットから折り畳んだ紙を取り出し、ぱっと広げた。

 焼きトウモロコシ 1本 100円

 子どもみたいな文字で、マジックでそう書かれている。

 焼きトウモロコシ? どこに材料があるのだろう。

 私が黙って様子を見ていると、芽美ちゃんが手を挙げた。

 「はーい、私、食べたい!」

 希穂がそれに倣って「私も」と言い、楓と私もうなずいた。

 ピエロはバチンとウィンクをひとつして、カートの裏側に回った。

 ちょっと腰をかがめ、平べったいものをはがすようにして持ち上げている。

 なんと、カートには鉄板がくっついていたのだ。気が付かなかった。

 コンロの上に鉄板を置くとピエロは、今度は庇の裏に手をやった。

 ラップに包まれたトウモロコシが1本、出てくる。

 「うわあ!」

 私たちが歓声を上げると、ピエロは嬉しそうに、次々とトウモロコシを4本、取り出した。

 庇の裏に隠し棚があったのだ。

 さらに5回目、庇の裏に腕を伸ばしたピエロが手に持っていたのは、ハケだった。

 トウモロコシがくるまれたラップには、内側に水滴がついていた。

 たぶん、すでに茹でてあるのだろう。お尻には持ち手として割り箸が刺さっている。

 ピエロは鉄板の上に4本のトウモロコシを載せ、弱火で焼き始めた。

 彼のエプロンの内側から黒い液体の入った小さなプラスチックボトルが出てきて、それは醤油だとすぐにわかった。

 ころころとトウモロコシを転がしながら、ピエロはハケで醤油を塗っていく。

 あまじょっぱい匂いが立ちのぼり、あっというまに、こんがりした焼きトウモロコシが出来上がった。

 割り箸の部分を持ち、ピエロは私たちに焼きトウモロコシを配る。

 全員にいきわたり、それぞれが100円玉をピエロに渡し終えると、彼は言った。

 「タノシモウ!」

 そして片手を振り、カートをガラガラと引いて去っていく。

 楓がちょっとぽかんとしたあと、笑った。

 「楽しもう、って言った?」

 芽美ちゃんが「言った、言った」とはしゃいでいる。

 私はピエロの後ろ姿を見ながらつぶやいた。

 「ああやってピエロが遊園地の中をぐるぐる回ってるから、ぐるぐるめなのかな」

 希穂が首を傾ける。

 「時間ごとにぐるぐるめぐるってこと?」

 「そうかもね」と、楓もうなずく。

 ぐるぐるめぐる、ぐるぐるめ。

 私たちはベンチで並んで焼きトウモロコシを食べた。

 ええと、どうやって食べたらいいかなと、私はちょっと迷った。

 希穂は、ワイルドにかぶりついている。

 茎にはだいぶ実が残っているけど、おかまいなしだ。

 芽美ちゃんは、一粒ずつ指でちまちまとむしりながら口に運んでいる。

 醤油がかかっているから指はべとべとだし、いつになったら食べ終わるのかと思うけど、楽しそうでおいしそうで、かわいくて思わずほほえんでしまう。

 楓は、まず、下の歯を使って上手に一列だけ食べた。

 見惚れていると、「最初に一段、空席をつくるのが決め手よ」と彼女は言った。

 そこから、きれいに粒を抜くようにして食べていく。

 私は、楓のまねをしてみたけどうまくできなかった。

 彼女のような、がらんとした空席が作れなかった。でもそこからなんとか、次の列に歯をあてるスペースを用意して、食べ進んでいった。

 「私、野菜の中ではトウモロコシが一番好きだな」

 希穂が言う。

 少し間があって、楓が説明口調で答えた。

 「トウモロコシは穀物だよ。米と小麦とトウモロコシ。世界三大穀物」

 「えっ、そうなのか」

 びっくりしている希穂の隣で、芽美ちゃんがしみじみとトウモロコシを見た。

 「よく考えたらすごいよね、トウモロコシって。ポップコーンにもなるし、スープにもなるし、一本そのままの姿でも、バラバラの粒々でも、それぞれ活躍して。変幻自在っていうか……。なんにでもなれるし、どこにでもいるよね」

 楓が変わらずきれいな空席を作り続けながら言った。

「トウモロコシの髭って、あるじゃない? あれも食べられるんだよ。むくみ予防にいいんだよ」

 私は、そんな彼女たちの会話を、ただ黙って聞いていた。

 私は彼女たちが大好きだ。

 ハッキリと自分のことを表現できたり、感受性が豊かだったり、勉強家だったり。

 それに比べて、私は……。

 「あー、うまかった」

 いち早く食べ終えた希穂が息をつく。口の周りが醤油で汚れていた。

 楓がトートバッグからウェットティッシュを出し、希穂はまるで付き合いの長い彼氏みたいにそれを自然に受け取った。

 すらりと背の高い希穂は、手も大きい。

 この手にバスケットボールを吸い付かせ、自在に操る姿はほんとうに見事だった。

 私より、希穂がキャプテンのほうが合ってる。

 ほんとはみんな、そう思ってたんじゃないかな。

 希穂自身も。

 「あーあ、今日が終わっちゃうの、やだなぁ」

 みんなの心を代弁するように、希穂が言った。

 それを聞いた芽美ちゃんが、しょぼんとしてうつむく。

 「……ずっとバスケ、やってたかったねぇ」

 希穂は「そうだね」とうなずきながら、私のほうを見た。

 「私さ、恵美里がキャプテンで、よかったよ」

 え?


 私は思わず顔を上げる。

 「ほんとに?」

 「うん」

 私は思わず、今まで表に出せなかった気持ちを口にした。

 「でも私、得点王じゃないし、ムードメーカーでもないし、細かい気遣いもできなかったし……」

 希穂は目を見開いた。

 「そんなこと気にしてたの!?」

 なんだかちょっと怒っているぐらいの強さで、希穂はまくしたてた。

 「恵美里は私たちのこと、絶対的に信頼してくれてたじゃん。自分自身がひたむきに努力する姿を見せてくれてたじゃん。存在自体が、リーダーとしてすごく説得力あったんだよ。コーチと私たちを繋げてくれたのも恵美里だし、チーム全体がいい方向にいくようにって、いつも考えてくれてたでしょ」

 芽美ちゃんも楓も、にこにこと私を見ている。

 目がうるんで視界がぼやけたとき、希穂がふっと笑ってくれた。

 「恵美里がキャプテンだったから、安心して思いっきりやれたよ。楽しかった」

 私だって。

 私だって、同じ気持ちだ。

 このメンバーでよかった。

 このメンバーだから、ここまでやってこられた。

 みんなと一緒に、力を合わせてきたから。

 だけどもう、バスケ部は引退。

 同じ時は続かない。明日から、孤独な試練が待っている。

 「……これからひとりで、受験勉強、頑張れるかなぁ」

 泣くのをこらえて私が言うと、楓がさらっと答えた。

 「たまにはさ、タイムアウトすればいいんだよ」

 4人の中に、なんだか連帯感にあふれた、あたたかな空気が流れた。

 そうだ、そうだね。

 これからは、自分のコーチは自分だ。

 そして仲間たちは、顔を上げればちゃんとそばにいてくれる。

 「だよね、これからも、楽しんでいかないと」

 握りこぶしを作った希穂に、芽美ちゃんが同意する。

 「そうそう、楽しもうって、ピエロも言ってたし」

 楽しもう。

 その言葉を私は頭で繰り返す。

 私はこれから、どんな道を行くんだろう。

 部活を引退して、受験が終わって、次の世界へ飛び込んで……その次はまたそこから先へ。

 どこまでも続いていくんだなと思った。

 未来に何があるのかなんて何もわからなくて、今はちょっと怖いけど……。

 「楽しもう」って、そんな気持ちはきっとお守りになる。

 流れを変えたくなったらタイムアウトして、そしてまた、ゲームを再開すればいい。

 そこで勝っても負けても、その大切な経験を携えて、次の試合に出ればいい。

 季節はそうやって、ぐるぐるめぐっていくのだ。

 今まで頑張れたんだから、きっとこれからも頑張れる。

 初めてそう思った。

 あんな苦しい練習にもプレッシャーにも耐えて、泣いたり笑ったり、体中で喜びを味わったり、全力で過ごしてきたんだから。

 たぶん、私たちだってトウモロコシに負けない。

 これからなんにでもなれるし、どこにでも行ける。

 私たちの青春は、きっとまだまだ始まったばかりだ。


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