
小学生の私は、よく変な遊びを考案していた。
例えば「ヒロシ色鬼」。ルール自体は〝鬼につかまる前に指定された色に触る〟という色鬼のルールそのものなのだが、私はそこに当時はやっていた「ヒロシ」という芸人の要素を取り入れようと考えた。ヒロシといえば、我々の幼少期に一世を風靡していたお笑い番組「エンタの神様」で大人気だった、あのヒロシのことだ。
ヒロシ色鬼では、鬼になったものはヒロシになりきらなければならない。色を宣告する際は、ズボンかスカートに両手をつっこみ、思い詰めたように俯き、ヒロシと同じポーズをとる。鬼が俯いたの合図に、近くの逃げ手は「ガラスの部屋」を歌う。(もちろん原曲通りイタリア語で正確に歌うことはできないので、適当にメロディーに合わせて口を動かしているだけなのだが)。
そして、鬼は静かに「ヒロシです……次の色は、青とです……」と、逃げ手に色を発表するまでが一連の流れである。改めて書き出してみるとかなりしょうもない。いったい何が面白かったのか分からないが、私が生み出したこのヒロシ色鬼は、当時学年の中でかなり流行したと記憶している。
他にも、私はドロケイ、あるいはケイドロにおいて「バッファロー作戦」という戦法の第一人者でもあった。バッファロー作戦とは、まだ捕まっていないドロボウが一斉にケイサツの陣地に突撃し、ケイサツを翻弄しながら捕まっている仲間を解放するという戦法のことである。
実際に翻弄できていていたかは正直微妙なところで、バッファロー作戦が周知される頃には普通に全員捕まって収監されるということもあった。しかし、やはりこのバッファロー作戦も〝国家権力への襲撃の高揚感〟がゲームをおおいに盛り上げることから、私たちの学校ではそこそこに流行した。
私は地味で目立たない生徒であったが、ときどきこうして学校のトレンドを作った。私が作った替え歌をクラスの人気者が得意げに披露するのを見たとき、私はまるでこの学校のフィクサーになったような優越感に浸っていた。そしてもうひとつ、私の中で強く印象に残っている遊びがある。いや、あれははたして遊びだったのだろうか。今思い返してみると、あれは小さなカルトだったような気もする。
高学年になった私は、ある日校庭で変わった形の石を見つけた。細長い、人の足の裏のような形をした石だったと思う。変わってはいるが、べつに特別珍しいわけではない、小学生の手にすっぽり収まるくらいの石。私はそれをなんのきなしに教室に持ち帰り、持っていたサインペンで顔を描いてみた。
私が描く人の顔は今も昔も変わらない。猫のような大きな目と、膨らんだ鼻と、分厚いたらこ唇。東南アジアの生意気な少年のような顔。少しエキゾチックな不愛想なこの顔を私はよく好んで描く。もしかしたら、絵心がないなりの自画像なのかもしれない。そこにもじゃもじゃの髪の毛を描いて完成。
いつもよりうまく描けたので、気に入って机の上に出していると、友達のアリサとカナが寄ってきて「なにそれ!」と言って笑った。ふたりはクラスの中でも人気者の部類に入る女子だった。私と友達だが、私以外にもたくさん友達がいるような存在で、私はそんなふたりが自分の作ったもので笑ってくれたのがとても嬉しかった。
彼女たちの関心を維持するため、私は持っていた自由帳を広げ、その石のキャラクター設定を面白おかしく書き出した。なにを書いたのかは憶えていない。ただそいつの名前を「化石石ゴッド」としたことだけは今でもはっきり憶えている。私たち3人は化石石ゴッドを信仰することとし、儀式を行うことにした。
毎朝登校すると、私たちは化石石ゴッドに祈りを捧げてから学校のどこかに隠す。大抵はあまり人が来ない学校の一角に隠した。窓のレール部分なんかに化石石ゴッドを挟んで、それから何事もないように一日を過ごす。そして家に帰って、また次の日登校すると化石石ゴッドをその場所から回収し、祈りを捧げ、また別の場所に隠す。儀式はただこれの繰り返しであった。
なにか叶えたい願いごとがあったわけではなかったと思う。私たちが夢中になっていたのはたぶん、隠したものが誰に見つかることもなくそこに隠され続けているという感動だった。学校というたくさんの人間が行き来する場所の中で、私だけが知っている、変な顔が描いてある石。こんなふざけた顔の石がこんなところに挟まっていると知られたら、一体どうなってしまうんだろう。そんな意味不明な興奮を私たちは共有していた。
そうして儀式をする日々が数か月続いて、私たちは突然、化石石ゴッドに飽きた。最後は見つけた場所と同じ、校庭に生えていた木の下に埋めたような気がする。小学校を卒業した私たちは、それから自然に疎遠になっていった。
中学生になってしばらくが経ち、ある日近所のガストで家族と食事していると、小学校の同級生たちが10人ほどの集団で入ってきた。どうやら、とくに仲の良かったグループでのプチ同窓会のようなものらしく、その中にはアリサとカナもいた。
彼女たちは私に気づくこともなくテーブルをいくつも繋げて座り、和気あいあいとおしゃべりを楽しんでいた。私はそれを遠くから眺めながら、ふと化石石ゴッドのことを思い出した。アリサとカナと私だけの大切な秘密。あのときの面白おかしさや懐かしさをアリサとカナとどうしても話したくなって、おそるおそるその集団に近づいた。
私に気づいた彼女たちは嬉しそうにしてくれたので、私は得意になってそのテーブルの空いていた席に座った。正面に座っていたアリサとカナに親しげに話しかけ、みんなが料理を食べているのを見ていると、ふとカナがアリサに小さく耳打ちする仕草をした。アリサは聞き取れなかったようで、笑顔のまま「え?」とカナに聞き返した。カナはおそらく同じ言葉を少し音量を上げてもういちど繰り返した。みんなの雑談の中、その言葉は私の耳にもはっきりと届いた。
「なんでアワがいんの?」
体がスッと冷めていくのがわかった。
私が大切な秘密としてとっておいた記憶、特別な絆だと思っていたものは、このふたりにとってはなんら重要なことではないのだと、その一言ではっきりと分かった。私は聞こえないふりをして、数分なんでもないように過ごし、家族が待ってるから行くね、と言って席を立った。化石石ゴッドはまだ校庭に埋まっているのだろうか。
ヒロシ色鬼もバッファロー作戦も、たぶんもう誰も憶えていない。