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毒をもって僕らは
僕は今日、命からがら十六歳になった。 総合病院のジメジメしたロビー。こんな辛しん気き臭い場所で五月十二日の誕生日を迎えるなんて最悪だ。退院手続きを済ませ、硬いソファで母の迎えを待っている。 春の陽気も重たくなってきた五…
僕は今日、命からがら十六歳になった。 総合病院のジメジメしたロビー。こんな辛しん気き臭い場所で五月十二日の誕生日を迎えるなんて最悪だ。退院手続きを済ませ、硬いソファで母の迎えを待っている。 春の陽気も重たくなってきた五…
左手に書かれた「国語びん」に気づいたとき、ぼくは商店街を走っていた。 一瞬スピードをゆるめたが、家に戻るほどの時間もない。それにいまのところ、一度も信号に引っかかることなくここまで来ているのに、走りを止めるのはとてもも…
甘くてからい。煮詰まる音はくつくつとかわいい。四国の醸造元から取り寄せた醬油にてんさい糖で甘みをつけて、弱火で焦がさないようゆっくりと煮詰めた。里芋にこのタレを絡めて、みんながすきな味にする。 濃くておもい。味噌にぎゅ…
「おじさんは本当に律儀な方ですよ。死んでからも義理を尽くすなん…………すみません」「もう一回」「おじさんは本当に律儀な方ですよ。死んでからも義理を尽くすなんてまあ」 演出のカイトの言葉に従って、勝まさるは頷き、演技を続け…
どこまでも続く真っ白な大地を一歩一歩踏み締める。 足首の上まで分厚いブーツで覆われているのに、積もったばかりの柔らかい雪に踏み入れると、足首どころかふくらはぎのあたりまで埋もれてしまった。 ずぶっ、ずぶっ、と用心深く進…
第一章 余命銀行の新入社員 ロッカーに貼ってある【生内いけうち花菜はな】の名前が書かれた薄っぺらい磁石をはがすとき、胸はたしかに痛かった。 三月二十四日、金曜日。最後の出勤日である今日、引き継ぎをしているうちにいつの間…
春一番に飛ばされたものは 本田さん。斎藤さん。水谷さん。小川さん。千葉さん。佐々木さん。中野さん。東さん。 左に曲がって。 若林さん。多田さん。児玉さん。長谷川さん。武藤さん。島さん。河合さん。大塚さん。 配りつつ、…
1 どんぐり生ハム ──ポインセチア仕立て 十二月の寒い夜、ポストを開けると封印したはずの過去が待ちぶせていた。 写真つきのポストカードは、遠くイギリスからだった。 結婚しました。 イベリコ豚、もう食べま…
第1章 余命一年のふたり 「先生。俺は……あとどのくらい生きられるんですか?」 清潔な診察室。皺のない白衣を纏った、初老の医者。机の上のカルテと、対面のホワイトボード。 ついさっきまで俺は──待合室にいたときに入ったク…
三 翌日、僕と未夢は放課後に学校近くのコンビニで待ち合わせて、そこから歩いて十分くらいの距離にある太市の家に向かった。太市が住んでいるのは、バス通りを右に折れて坂を上った先にある市営住宅の四階だった。 去年の改修…
第一話 甜花、新しい夫人にお仕えするの巻 序 「……君をお嫁にもらってあげる。そしたらいつも一緒にいられるよ」 白く小さな花が房になって下がっている。その花陰で少年はわたしに囁いた。「いいよ、おにいちゃんが──にな…
第一話 どうせあいつがやった 男のスーツは、見るからにくたびれていた。 背広は襟のあたりがほつれ、黒地のスラックスは表面がつるつるに擦り減っている。実際、彼が着ているものは高級品とは言えない。量販店のセールで購入した…
プロローグ 運命の出会いは、時に驚くようなあじわいがあるものだ。 たとえるなら……唐突に渡されたホカホカの肉まんのように。 * 雨の夕暮れ。 倉庫整理のアルバイトを終えた俺は、トボトボと中華街を歩いていた。 その日…
序 其れは、図られし縁 大陸に、最大の面積を占める大国、陵りょう。 この地ではかつて、無数の悪鬼が跋扈ばっこし、人々は悉ことごとく疫病や災いに苦しめられていた。草木は生えず、水は涸れ果て、空にはいつも暗雲が垂れ込め…
「Aの図とBの図、『静けさ』を表しているのはどちらだと感じる?」 担任で美術担当の二木にき良平りょうへいが、教室の生徒全員に問いかけた。美術室の黒板には、大きな白い紙に印刷された二枚のシンプルな図が、四隅をマグネットで留…
ママはダンシング・クイーン 「ママ、チアリーダーになる!」 突然の宣言を、家族はことごとくスルーした。「ママ、おかわり」と息子は茶碗ちゃわんを突き出し、「あ、俺も」と夫がつられ、「ねえ、お弁当まだ? 早くしないと遅刻しち…
賢王と花仙の伝承 「だから! いったい貴様はどこの誰だと聞いているんだ!」「だから! ここがどこかって聞いてるんだってば!」 百花国ひゃっかこくの後宮こうきゅうは、本来ならば男性立入禁止。妃と宮女と宦官かんがんのみの世俗…
一筆啓上仕候 和久様 古今東西、ひとかどの人物ってのは、てえしたことを言いなさるもんだ。 あんまり感心しちまったから、お前さんにも教えてやろうと思ったが、同じ家に住んでいるってのになかなか話す時間もない。俺もいい年…
プロローグ 一九八〇年 八月七日 立秋 泣いていたらいつも抱き上げられ、背中を撫なでてもらえた。 とてもあたたかい、大きな手だ。手を広げてその人の首に抱きつくといい匂においがした。 あれはおとうさんかな、と思うけ…
プロローグ 六月半ば、そろそろ梅雨が近づいてきたある雨の日の夕方。十五歳の葛かつら城ぎ汀てい一いちは金沢駅で特急電車から降りた。大きな荷物は既に引っ越し先の祖父母の家に送ってあるので、リュック一つ、それと駅の売店で買…