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君の余命が消えぬまに
第一章 余命銀行の新入社員 ロッカーに貼ってある【生内いけうち花菜はな】の名前が書かれた薄っぺらい磁石をはがすとき、胸はたしかに痛かった。 三月二十四日、金曜日。最後の出勤日である今日、引き継ぎをしているうちにいつの間…
第一章 余命銀行の新入社員 ロッカーに貼ってある【生内いけうち花菜はな】の名前が書かれた薄っぺらい磁石をはがすとき、胸はたしかに痛かった。 三月二十四日、金曜日。最後の出勤日である今日、引き継ぎをしているうちにいつの間…
一 幻のインディーゲーム『幸せの国殺人事件』を作った関東在住の大学生《AA》は、安堂篤子ではなく國友咲良だった――。 その太市の主張は、すぐには受け入れられるものではなかった。 「確かに《SAKURA》の六つのアルフ…
2021年本屋大賞2位となった、青山美智子さんの『お探し物は図書室まで』の文庫が、3月2日に発売されます。 初回配本限定で、著者の青山さんのメッセージが印刷された特別カード(名刺サイズ)が封入されます! 絵柄は上記の3種…
懐かしい匂いがした。 汗のしみついた防具の匂いだ。頭は手拭いで絞めつけられ、顔は面に覆われ、全身にずっしりと重さを感じる。 ここは道場で、対戦相手が見える。 腰につけた藍染めの垂たれには「瀬口」の文字。その横に小…
三 社員旅行で出かけた沖縄で、溺れた海水浴客を助けようとしたらしい――と太市は続けた。僕は無意識に息を止めていた。苦しくなって、そのことに気づく。心臓が激しく脈を打ち始めた。 水難事故で亡くなる人は、年間七百人から八…
自由に生きたければ なくてもいいものを手放しなさい ── トルストイ ── 今年も冬がなかなか巡ってこない。そう思っていたら、数日前から急に寒くなってきた。 阿紗あさはダウンジャケットを羽織り、家…
* 「こないだの奴ら、もうハピネスランド作んの諦めたのかな。ここ来る途中に覗いてきたけど、あれから全然進んでねえし」 盗賊はそうぼやくと、洞窟の天井から垂れ下がる鍾乳石に鞭を打ちつけた。鍾乳石を鞭で壊すことはできないし…
まばゆくなくても灯りがある 照らされている 足元も見えないくらい微かすかに、確かに 1 潜水艦せんすいかんがゆっくりと浮上するかのように、意識が覚醒し始める。 夕作ゆさは重いまぶたをこすりながら布団を払い、…
一話 水晶「清川きよかわの尚成たかなり。おまえは、此度こたび衛門府えもんふの大尉たいじょうから右近衛うこんえの少将しょうしょうとなるぞ」 尚成に昇進の話が舞い込んだのは、花の蕾かたい早春のことであった。 雪の混じった、…
三 少し前に、未夢が探していたインディーゲーム『幸せの国殺人事件』が、フリマアプリに出品されていた。だけどパッケージの画像が粗く、偽物を出品して代金を騙し取る詐欺だろうとその時は考えていた。 ゲームの製作者は、関東の…
プロローグ 死神から凶報が届いたのは、彼にメッセージを送ってからおよそ二週間後のことだった。彼、なんて呼んでいるけれど、もしかすると彼女かもしれないし、死神なのだからそもそも性別はないのかもしれない。いや、今はそんな…
みつば郵便局の配達員・平本秋宏と町の人々の交流を描いた「みつばの郵便屋さん」シリーズがこの12月、ついに完結となります。多くの方にご愛読いただいた人気作全8巻の完成を祝い、著者の小野寺史宜さんにお話をうかがいました。 …
みつば郵便局の配達員・平本秋宏と町の人々の交流を描いた「みつばの郵便屋さん」シリーズがこの12月、ついに完結となります。多くの方にご愛読いただいた人気作全8巻の完成を祝い、著者の小野寺史宜さんにお話をうかがいました。 …
みつば郵便局の配達員・平本秋宏と町の人々の交流を描いた「みつばの郵便屋さん」シリーズが、この12月、『みつばの郵便屋さん そして明日も地球はまわる』で最終巻となり、完結となります。多くの方にご愛読いただいた全8巻の完成を…
春一番に飛ばされたものは 本田さん。斎藤さん。水谷さん。小川さん。千葉さん。佐々木さん。中野さん。東さん。 左に曲がって。 若林さん。多田さん。児玉さん。長谷川さん。武藤さん。島さん。河合さん。大塚さん。 配りつつ、…
一、玉鋼 リビングでテレビを見ていたはずが、いつのまにか寝落ちしたらしい。 顔を上げると、部屋がうっすらと黒煙に包まれていた。なんだか焦げ臭い。夕飯作るときなんか焦がしたっけ……ぼんやりしながら窓を開けようと立ち上がった…
一 太市のアカウントが消えていることに気づいた未夢は、最初は何かデータ上のトラブルが起きたのだと思ったそうだ。それですぐに太市に「WoNのアカウント消えちゃってるよ」とLINEでメッセージを送った。しばらくして太市から…
部屋に入ると、流果(るか)はあきれた口調で言った。 「うわっ、また、めっちゃ、散らかってるやん!」 先週末に片づけをしたはずなのに、隼人(はやと)の部屋はまた服が脱ぎ散らかされ、本や書類があちこちに広がり、シンク…
物語の真ん中あたりに、刀鍛冶の剱田つるぎだかがりが三人の客と対峙する場面がある。客はどんな用事で来たんだろうと自室の襖を少しだけ開けて、コテツが盗み聞きするシーンだ。客は夫婦とその娘で、娘さんが近々結婚するようで、その…
見えないけれども、ちゃんとそこにあるもの。それに気づかせてくれるのが、青山美智子の新作『月の立つ林で』だ。 全五章、それぞれの主人公は異なっている。 第一章の主人公は四十代の朔ヶ崎怜花。長年看護師を務めてきたが疲弊…
三 「そんなこと、気にしなくて良かったのに。オープンキャンパスって基本、誰でも来て大丈夫だから。受験生の妹さんや弟さんとか、家族も一緒に来てたりするし、うちの大学なんかは普段から、色んな人が出入りしてるからね」 中学生…
引退試合が終わった。 私は同じバスケ部の仲間4人でぐるぐるめに来ていた。 「山中青田遊園地」っていうのが正式名称だけど、なぜなのか、そっちよりも「ぐるぐるめ」の名前のほうがみんなに知られてそう呼ばれている。 …
1 どんぐり生ハム ──ポインセチア仕立て 十二月の寒い夜、ポストを開けると封印したはずの過去が待ちぶせていた。 写真つきのポストカードは、遠くイギリスからだった。 結婚しました。 イベリコ豚、もう食べま…
第1章 余命一年のふたり 「先生。俺は……あとどのくらい生きられるんですか?」 清潔な診察室。皺のない白衣を纏った、初老の医者。机の上のカルテと、対面のホワイトボード。 ついさっきまで俺は──待合室にいたときに入ったク…
* かつて火竜の住処となっていた広い洞窟には、橙色に輝くマグマが、あたかも地底湖のように満ちていた。洞窟の岩肌の上方にぽっかりと空いた横穴から、黒いローブをまとった隠者が顔を覗かせる。隠者は誰かを待っているように、その…
岩井圭也 くたびれたスーツの男が一人、タクシーから降りてきた。 四十歳前後と思(おぼ)しき彼に、身なりを気にしている様子はない。皺(しわ)だらけのシャツにくすんだ革靴。後頭部には寝癖が残っていた。ただし胸元につけた弁…
三 翌日、僕と未夢は放課後に学校近くのコンビニで待ち合わせて、そこから歩いて十分くらいの距離にある太市の家に向かった。太市が住んでいるのは、バス通りを右に折れて坂を上った先にある市営住宅の四階だった。 去年の改修…
第一話 甜花、新しい夫人にお仕えするの巻 序 「……君をお嫁にもらってあげる。そしたらいつも一緒にいられるよ」 白く小さな花が房になって下がっている。その花陰で少年はわたしに囁いた。「いいよ、おにいちゃんが──にな…
吉田大助 一作ごとに作風がガラッと変わることで知られる岩井圭也にとって、デビュー五年目となる二〇二二年は『竜血の山』『生者のポエトリー』『最後の鑑定人』と、著作が一挙刊行された当たり年となった。掉尾を飾る一作が、全五…
第一話 どうせあいつがやった 男のスーツは、見るからにくたびれていた。 背広は襟のあたりがほつれ、黒地のスラックスは表面がつるつるに擦り減っている。実際、彼が着ているものは高級品とは言えない。量販店のセールで購入した…
一 昨晩、小学校からの同級生の桶屋おけや太市たいちに「お前の母親、クソじゃね?」と言われた僕は、その意見に全面的に同意した。 母親は、昨日の自分の発言を少しは後悔しているらしい。お弁当のおかずを豚の生姜焼きにし…
出社時刻には、なんとか間に合った。 子猫の入った段ボール箱を抱えて、隼(はや)人(と)が出社すると、雪吹(ゆぶき)はわなわなと肩をふるわせて、とがめるような声を出した。 「なんですか、それは……」 隼人は視線を下に…
横浜よこはま湊みなと高校を卒業し大学に進学したその夏、内田うちだ輝あきらは、野沢温泉村にいた。 今年から、横浜湊は夏合宿を、長野県の北東部にある野沢温泉で行うことになった。 多忙な海老原えびはら先生の代わりに、卒業と同…
プロローグ 運命の出会いは、時に驚くようなあじわいがあるものだ。 たとえるなら……唐突に渡されたホカホカの肉まんのように。 * 雨の夕暮れ。 倉庫整理のアルバイトを終えた俺は、トボトボと中華街を歩いていた。 その日…
ドーン、ドーン、ドーンと、3回、太鼓を叩く音がした。 ヒーローショーを見たいというのは、息子の大(だい)吾(ご)のリクエストだった。 家族4人でイベントステージに来てみたのだが、客席はまばらであまり人がいない。 派手なシ…
* とりあえず別荘内に戻った。 紅林刑事と二人、階段をどんどん降りる。 茫然としてばかりはいられない。白瀬くんを冤罪から救わなくてはならないのだ。 このままでは熊谷警部達が、寄ってたかって白瀬くんを犯人…
昔ながらのパン屋さん「ベーカリー・コテン」を舞台にした、冬森灯さんの小説『縁結びカツサンド』 おかげさまで大好評いただいており、めでたく重版が決まりました! 重版を記念して、『 縁結びカツサンド』SNS感想投稿キャンペー…
序 其れは、図られし縁 大陸に、最大の面積を占める大国、陵りょう。 この地ではかつて、無数の悪鬼が跋扈ばっこし、人々は悉ことごとく疫病や災いに苦しめられていた。草木は生えず、水は涸れ果て、空にはいつも暗雲が垂れ込め…
* リビングから一階分上がった地下一階。その中央の部屋が目指す部屋だった。 ドアをノックすると、入り口を細く開けて顔を出したのは熊谷警部だった。捜査責任者の、堂々たる恰幅の刑事である。 熊谷警…
「Aの図とBの図、『静けさ』を表しているのはどちらだと感じる?」 担任で美術担当の二木にき良平りょうへいが、教室の生徒全員に問いかけた。美術室の黒板には、大きな白い紙に印刷された二枚のシンプルな図が、四隅をマグネットで留…
龍神湖には龍神様がおわします 龍神様は水と天候を司る神様です ある日、龍神様が云いました 「人間の姫君を贄として差し出せ」 その命令にお殿様は大いに腹を立て 「神と雖いえども我が娘を人身供儀じんしんくぎにせよとは…
シェフィールドは坂の多い街だ。丘が七つもあるらしい。どことどこが何という丘なのか、わたしにはさっぱりわからないけれど、とにかく寮と学校との間を上がったり下がったり、毎日通っている。なんだかわたしの人生みたいだなと思いな…
ママはダンシング・クイーン 「ママ、チアリーダーになる!」 突然の宣言を、家族はことごとくスルーした。「ママ、おかわり」と息子は茶碗ちゃわんを突き出し、「あ、俺も」と夫がつられ、「ねえ、お弁当まだ? 早くしないと遅刻しち…
読書の秋がやってきました。 大好評の『わたしの美しい庭』(凪良ゆう:著)も、秋の装いに模様替えです。 全国の書店様で期間限定の「特別秋カバー」を展開中なので、ぜひ探してみてくださいね。 ★店頭の在庫については、最寄りの書…
* 「ところで、もう六時半を回ったね。親父、腹は減らないかい」 鷹志がそう云い、大浜社長もうなずき、 「うむ、そう云われれば時分時じぶんどきだな」 三戸部刑事がそれを聞き咎めて、 「社長、飲食物はどうか…
* 午後三時を回った。 いよいよ怪盗の予告タイムに突入した。 鷹志が気を利かせて置き時計を持ってきた。それを金庫の上に置いた。アナログ式の四角い時計だ。クリーム色でプラスチック製の安っぽい物で、…
窓から入ってくる陽の光がオレンジ色に変わりはじめると、あいつの気配を隣に感じる。 いったんそうなるともうだめだった。やりかけのレポートも読みかけの本も、なんにも手につかなくなる。 ベッドに寝転がってぼんやり天井を見…
賢王と花仙の伝承 「だから! いったい貴様はどこの誰だと聞いているんだ!」「だから! ここがどこかって聞いてるんだってば!」 百花国ひゃっかこくの後宮こうきゅうは、本来ならば男性立入禁止。妃と宮女と宦官かんがんのみの世俗…
『大浜富士太殿 貴殿の所有するブルーサファイアを頂きに参上する 怪盗 石川五右衛門之助 尚、期日は次のうちいずれかとする 7月14(水)15:00~20:00 7月21…
おもしろかったので、それだけを言って、あとは読んでね、と託したい。だって本当は、私なんかが言葉を連ねてほじくるのは、すごく野暮だと思うから。でも、ほじくらないでちょうだい、というタイプの人は、はじめからこんなもの読まな…
じつは、うちの息子が中学の最高学年(わたしが暮らしている英国ではセカンダリー・スクールは11歳から16歳まで5年間通います)で卒業間際であり、いまプロムの話でもちきりなので、おお、なんというタイミング! と思いながら読…
「ポプラ社 文芸編集部」 Twitterアカウントのフォロワーが、ついに10,000人を突破!みなさま、いつも応援ありがとうございます……! 感謝の気持ちを込めまして、「ポプラ社 文芸編集部」Twitterアカウントで、…
一筆啓上仕候 和久様 古今東西、ひとかどの人物ってのは、てえしたことを言いなさるもんだ。 あんまり感心しちまったから、お前さんにも教えてやろうと思ったが、同じ家に住んでいるってのになかなか話す時間もない。俺もいい年…
* 再び、リビングルームである。 今度は警察側の人数が多い。名和警部が二人の刑事を従えている。事件解決に備えての増員なのか、やけにがっしりした強面の二人である。 木島達がリビングに入って行くと、関係者の…
プロローグ 一九八〇年 八月七日 立秋 泣いていたらいつも抱き上げられ、背中を撫なでてもらえた。 とてもあたたかい、大きな手だ。手を広げてその人の首に抱きつくといい匂においがした。 あれはおとうさんかな、と思うけ…
* 庭へ出た。 刑事達に依頼した枝切り作業が終わったらしい。 相変わらずのいい陽気で、殺人事件や身内同士の醜い罵り合いが嘘みたいだ。のどかな太陽は、さっきより少し傾いている。 早速、館の南側の外壁に向…
今朝も大阪城は太陽の光を受けて、しゃちほこが金色に輝いている。 まず、ベランダに出て、朝日を浴びたあと、隼(はや)人(と)は部屋に戻り、冷蔵庫を開けて、牛乳パックを取り出した。 牛乳を飲もうと思ったが、グラスがない…
大人気シリーズ『金沢古妖具屋くらがり堂』のクライマックスを記念して、Q&Aコーナーを開催! 皆さまからのご質問に、作者・峰守ひろかずさんがお答えします。登場人物についてや作品の舞台裏、創作秘話など盛りだくさんの内…
プロローグ 六月半ば、そろそろ梅雨が近づいてきたある雨の日の夕方。十五歳の葛かつら城ぎ汀てい一いちは金沢駅で特急電車から降りた。大きな荷物は既に引っ越し先の祖父母の家に送ってあるので、リュック一つ、それと駅の売店で買…
* 再び屋敷に入る。 スリッパに履き替え、名和警部の案内で木の廊下を奥へと進んだ。 書斎の隣の応接室の前を通過し、その奥がリビングルームである。さらにダイニングルーム、厨房へと続いてい…
みなさん、はじめまして。 私は春はる野の暁あかつきといいます。 どうぞよろしくお願いします。 昨夜練習した挨拶を口の中で唱えながら、暁は見知らぬ中学校の廊下を歩いていた。中学二年の五月という中途端な時期にまさか転校する…
まったく、ばかみたいに晴れていやがる。 こんな天気のいい日曜日に、なんでオレはひとりで遊園地なんか来なくちゃいけないんだ。 あたりを見渡せば、何やら初々しい若いカップル、仲の良さそうな友達連れ、寄り添い合って…
死体は机に突っ伏していた。 椅子に座った姿勢で、そのまま机の上に倒れ込んでいる。 右手には拳銃。オートマティック式の無骨な銃である。 死体の右の側頭部には銃弾を撃ち込まれた跡があり、血塗れの穴が空いている。多…
はじめまして。ポプラ文庫ピュアフルで「金沢古妖具屋くらがり堂」シリーズを書いております峰守ひろかずと申します。 このシリーズの舞台はタイトル通り石川県の金沢市なのですが、クライマックス記念ということで、舞台のモデルに…
二(にの)宮(みや)公(きみ)子(こ)の事件のあと、夜の図書館は長いお休みに入った。 篠(ささ)井(い)の提案を元に何度か館員たちで話し合い、まず、最初の三週間を使って蔵書整理とチェックを行い、あとの一週間を図書館員…
大矢 博子 謎解きの興奮と、青春の甘さと苦さと、そして生きることの痛み。それらが波状攻撃のように次々と押し寄せる。必死に頭を絞ったかと思えば胸がきゅんきゅんしたり、よく知っている切なさに頷いたかと思えば意外な展開に…
覆面作家、高城(たかしろ)柚(ゆず)希(き)の部屋はまず長い廊下があって、そこを抜けると広いリビングとなっていた。そして、部屋の一面がガラス張りで明るい日の光がさんさんと入ってきていた。 高城の妹は大きなアルコール飲…
『渇き、海鳴り、僕の楽園』(6月2日刊行 ※場所によっては発売が遅れる地域がございます)の発売を記念して、お買い上げいただいた人の中から抽選で、深沢さん直筆コメント入りのポストカードを12名の方にプレゼントします。 ポス…
電車のなかで、瀬口せぐち隼人はやとは原稿用紙を広げ、文章を読んでいく。 親譲りの無鉄砲で……という書き出しではじまるのは夏目漱石の『坊っちゃん』だが、この作品を中学生のときに教科書で読んで、妙に心惹かれた。読…
プロローグ おや、いらっしゃいませ。人間のお客様とは珍しいですね。 こんな場所に来るのは、だいたいが霊か生き霊、あとは存在が不安定になった人だけですから。 ここはかくりよ町の果て、夕闇ゆうやみ通り商店街。私のようなはぐ…
楠谷佑の新刊『ルームメイトと謎解きを』の帯の推薦文を青崎有吾が書いているのを見て、「そうか、もう一九九○年代初頭生まれの作家が、一九九○年代の終わりに生まれた作家の推薦文を書く時代なのか」と、自分が歳をとったことをしみ…
なつかしいわねぇ、遊園地なんて何年ぶりかしら。 私たちみたいな70半ばの老夫婦がふたりで来たって浮いちゃうかしらと思ったけど、どうやらそんなこともないみたいで安心したわ。 私たちの目の前を、5歳ぐらいの男の子がぱたぱたと…
ポプラ文庫ピュアフル5月刊『僕は、さよならの先で君を待つ』のあとがきをWEB限定で公開中です! あとがき 「僕はさよならの先で君を待つ」を読んでいただいた皆様、どうもこんにちは。久し振り。初めましてかもしれない。優衣羽で…
樋口(ひぐち)乙(おと)葉(は)が「夜の図書館」に来てから、一ヶ月ほどが経った。 なんだか、ばたばたしてあっという間に過ぎたような気がする。だけど、仕事をしながら亜子(あこ)や正子(まさこ)と話したり、食堂で徳田(と…
なんという愛され力の高さなんだ! と、自分の頬が緩んでいるのを感じながら読み終えた。強くて、だけど脆くて、むさくるしいのに可愛らしい。不器用で言葉足らずで、もどかしくて懸命で、笑いながらちょっと泣けてくる。つまり端的…
古びた写真のように、前後が繋がらない記憶がある。 一台の自転車が緩やかなカーブになった坂道を走っている。山道のような印象だけど、そんなところを自転車で走るとも考えづらく、もしかしたら木々が多い公園沿いなのかもしれない。…
深い呼吸がなによりも大事だ。手も、足も、指先までしっかりと意識を集中させる。全身で呼吸をする。目の前の相手を見据える。 普段は生意気な瞬しゅんも、組手のときはいつだって真剣だ。猫を思わせる目は、睨にらむような鋭さでオ…
引っ越しを終えたあと、一眠りして午後三時に図書館に行った。 玄関のところに大きな黒塗りの車が駐まっていた。大きいだけでなく、車体もぴっかぴかで、一目で高い車とわかる。思わず中をのぞくと、スーツに黒い手袋をした年…
いいなあ、これ。時間がゆったりと流れていくのだ。 たとえば、「一九七五年 処暑」と題された二番目の章は、家庭教師光野昇の側からある家庭を描く章だ。この「家庭」こそ、本書の中心となっている藤巻家である。中学三年の和也は…
立春、啓蟄、春分、穀雨、立夏、夏至、処暑、秋分、立冬、冬至……。一年を二十四の季節に分けた二十四節気、あなたはすべてご存知だろうか。春分と秋分にお墓参りをするなどこの季節に合わせて年中行事を実践したり、手紙などの季節の…
山本幸久さんの『花屋さんが言うことには』の刊行を記念して、素敵な<お花のアイテム>が当たるフォロー&リツイートキャンペーンを開催いたします ※ twitterでフォロー・リツイートするだけ!! ポプラ社文芸編集部のツイッ…
Ⅰ 泰山木 土曜の夜中、ファミレスに呼びだされた。 相手は男だ。とは言ってもロマンチックな話ではない。四十代なかばの冴えないオジサンなのだ。 君名紀久子きみなきくこのスマホに電話があったのは、三十分ほど前だ。会って話が…
「見た?」 前を向いたまま訊ねた私の隣で、葵はこっくりとうなずいた。 「……見た!」 すっきりと晴れた日曜日、友達の葵(あおい)に誘われてやってきた遊園地。 私たちは優雅に回っているメリーゴーランドの柵の前で列に並…
源頼政みなもとのよりまさが京に呼ばれて宇治うじ行きを命じられたのは、天治てんじ二年(一一二五年)の文月(七月)、鈴虫や松虫が鳴き始めた頃のことであった。 「う、宇治へ……でございますか?」 「はい」 意外な命令に困惑…
自己紹介……と言うほどでもないが、図書館の前で彼に自分の名前を名乗った時、樋口(ひぐち)乙(おと)葉(は)は、肩すかしと安堵という複雑な気持ちを抱いた。 乙葉の名前を聞くと、たいていの人はこう言う。 「樋口乙葉? 樋…
《これは物語という病に憑かれた人間たちの物語である》という一文で幕を開け、《語りはつねに騙り、、であ》ると物語の虚構性にピンを刺す。そうして語りはじめられ、1人の男が静かに《瞼を閉じ》るまでの502ページ。主な登場人物は…
巻頭に、作中人物の「私」が記した「序」がある。最初の一行は、〈これは物語という病に憑かれた人間たちの物語である〉。倉数茂『名もなき王国』は、読み進めるうちに、作中人物だけでなく読者もが物語という病に憑かれてしまう、不思…
学校で〈希望〉という字を習った。〈キ〉と〈ボウ〉だ。〈ボウ〉のほうの字は〈のぞみ〉とも読みますと泉いずみ先生は言った。そのときは〈み〉をつけて〈望み〉と書く。では、ノートに五回ずつ書いてみましょう。 「先生!」 「はい…
11人の実力派作家による『11の秘密 ラスト・メッセージ』の刊行を記念して開催されたプレゼントクイズキャンペーン! たくさんのご応募いただき、誠にありがとうございました。ショートショート作家あてクイズの結果を発表します!…
開園前の遊園地が、こんなにキラキラして見えるなんて初めて知った。 まだ客のいないそこは、想像していたよりずっと広大に感じる。朝日を浴びたアトラクションが、むずむずと喜びをこらえながら始まりの時を待っているみたい…
昨年末の「『疲れたあなたをほめる本』ほめてくださいキャンペーン」へのたくさんのご応募ありがとうございました! かわいい写真と心のこもった投稿の数々、見ている私も胸が熱くなりました。 これからも、仕事やプライ…
『蛍と月の真ん中で』(2020年10月刊行済)と文庫『流星コーリング』(2月3日刊行 ※場所によっては発売が遅れる地域がございます)の発売を記念して、両方をお買い上げ頂いた人の中から抽選で、河邉さんが撮影した写真を使用し…
早朝5時、いきなり男女が声を揃えて挨拶する。 「おはようございます!」 まどろんでいた私はびっくりして目を覚ます。「おはようございます」と囁くのではなく、勢いをつけて「おはようございます!」。朝から元気いっぱいの様相…
序――猫探し屋の娘 夏の初め。梅雨の気配はまだ遠く、気持ちのいい風が、茂った葉をさわさわと鳴らして過ぎていく、よく晴れた午ひる。頰の辺りに幼さの残る女子おなごと男子おのこが、神田川かんだがわに掛かる昌平橋しょうへいばし…
目覚まし時計が鳴っている。 真夏のアブラゼミみたいなとんでもない音だ。 手を伸ばしても届かない窓辺に置いてあるので、一分ほど無視したあと、こらえきれずわたしは身体を起こすことになる。できるなら朝は夏の軽井沢かるいざわを…
すべての「生きづらさ」を抱える人に共感と救いを届ける、凪良ゆうさんの感動作『わたしの美しい庭』がいよいよ文庫化です。 文庫化を記念して、SNS感想投稿キャンペーンを開催いたします! twitter、もしくはinstagr…
真尋が嘱託社員として勤めるコミュニィFM、「FM潮ノ道」の局長は頭脳明晰、常に冷静沈着、感情の起伏を見せず、端正な顔立ちをめったに崩さない人物だ。以前、「局長はいつも冷静だから、血が通っていないんじゃないかと思っていま…
僕が君を初めて見たのは、どんよりした曇り空から今にも雪が降り出しそうな冬のある日だったよね。 君は君のママの腕に抱かれて、僕の家の隣りにやって来た。産院で十日前に生まれたばかりだと、僕のママが教えてくれたんだ。可愛い…
「仕事がないわけじゃないんだよね」 流里るりは、言い訳がましく聞こえるかと、相手の反応を伺った。 『ふーん。そうなんだ』 ビデオチャットの相手は姉の柚子ゆずだ。特に何も考えていなさそうな顔。そろそろネイルサロンに行く…
11人の実力派作家による書き下ろしアンソロジー『11の秘密 ラスト・メッセージ』(著:アミの会(仮))が12月8日頃いよいよ刊行されます! この刊行を記念して、作者直筆サイン本が3名様にあたるプレゼントクイズキャンペーン…
能力者の存在する街・咲良田を舞台にした「サクラダリセット」シリーズや『いなくなれ、群青』から始まる「階段島」シリーズ、全寮制の中高一貫校を舞台にした山田風太郎賞候補作『昨日星を探した言い訳』……。河野裕は作品ごとにオーダ…
大ヒット御礼!!顎木あくみさんの『宮廷のまじない師』シリーズの続々重版を記念して、「500円分の図書カード」が当たるフォロー&リツイートキャンペーンを開催いたします! ※ twitterでフォロー・リツイートするだけ!!…
セイさんは、しっかりと木佐ゲンさんのことも調べていた。 「丸子橋家と矢車家に関しては、君たちが聞いたものから特段追加するような情報はない。かつての豪農、庄屋、この辺りを治めていた長同士の確執と言った具合だ。丸子橋の言っ…
「スマホは私たちの最新のドラッグである」 ベストセラーになった『スマホ脳』(アンデシュ・ハンセン著 久山葉子訳 新潮新書 2020年 以下同)にはそう記されている。精神科医の著者によれば、スマホは一種の薬物であり、常用…
いつも『疲れたあなたをほめる本』を応援していただき、ありがとうございます! 読者の皆様のおかげで、重版が決まりました! そこで、読者の皆様へのお礼もかねて、皆様に参加していただける『疲れたあなたをほめる本』…
皆様、お待たせて大変申し訳ございませんでした!! 『余命一年と宣告された僕が、余命半年の君と出会った話』10万部突破記念 応援コメントキャンペーンの抽選結果を発表します。 皆様から寄せられた多くの熱いコメントに、弊社一同…
「サクラダリセット」シリーズや『いなくなれ、群青』にはじまる「階段島」シリーズで人気を博し、昨年は『昨日星を探した言い訳』で山田風太郎賞の候補になるなど注目される河野裕。新作『君の名前の横顔』は、ある家族の物語である。 …
ポプラ社の本にご興味を持っていただき、ありがとうございます。 おかげさまで、2021年5月の刊行以来『死にたがりの君に贈る物語』(綾崎隼・著)への熱い感想を、SNSで見かけない日はありません。みなさまへの感謝を形にしたい…
父が重い病だと知らされたのは、今年(2021年)の6月の末だった。 ちょうどそのころ、私は家族をテーマにした小説の初稿を書き終えようとしていた。少し前に、別の出版社から依頼されたほんの短いエッセイに父との思い出を書いて…
卯月~花の名前 トキヲがいきなりおかしなことを言ったように聞こえたものだから、ハナはびっくりして、彼の背中を揉もむ手を止めた。「今、なんて?」 腰のあたりに馬乗りになったまま、顔を覗のぞき込む。トキヲは、組んだ両手の甲…
1 「うわぁ、なんだか……リッチなところ!」 三田村みたむら一花いちか は、路地の真ん中で感嘆の溜息を漏らした。五月の爽やかな風が吹き抜け、一つに括った真っ黒な髪が中で揺れる。 繁華街のほど近くなのに、このあたりは静寂に…
二日目の夜。 〈花咲長屋〉のお店を全部回って、そして常連さんとかの写真もほとんど撮り終わって、 〈矢車家〉に私と重さんが泊まるのは今夜で終わり。 いくら何でも写真を撮るためだけに三日も連続で泊まるのは厚かましいし、何…
よこ-がお 【横顔】 〘名〙 ① 横から見た顔。横向きの顔。 ② (━する)意識的に、横に顔をそむけること。また、その顔。 ③ ある人物の日常的な、あるいは、あまり人に知られていないような一面。〔新語新知識(1934)〕…
四月二十日。東京都新宿区。 朝方の外歩きにも、長袖の服はいらなくなってきた季節。 二藤(にふじ)勝(まさる)はサングラスをかけ、帽子を目深にかぶり、雑踏の中を歩いていた。 新宿はきらびやかな街である。会社員や学生…
数あるハラスメント類の中で、もっともわかりにくいのは「モラル・ハラスメント(略してモラハラ)」だった。「精神的暴力」「精神的虐待」などと訳されているようだが、それならメンタル・ハラスメントというべきで、なぜ「モラル」なの…
コンテンツ事業部の佐野です。森さんからお声がけいただいた時には、「ああ、ついに」と思いました。そして、まずは本棚の整理から始めようとしました。というのも、昨年の3月に子どもが生まれて、絵本が増えたり、育休中、娯楽のための…
一九七六年、昭和五十一年の、私が生まれるずっと前の〈花咲小路商店街〉。こうやって歩いてみると、私がいる現代の雰囲気とそんなにも違いはないって思う。あくまでも雰囲気は、だけど。 もちろんお店の様子は全然違うんだけど、それ…
いつも『余命一年と宣告された僕が、余命半年の君と出会った話(以下よめぼく)』を応援していただき、ありがとうございます!!読者の皆様のおかげで、なんと10万部を突破いたしました。 そこで、読者の皆様へのお礼もかねて、皆様に…
数分産まれるのが早ければ、人生は逆転していたのだ。 ジャック・タガートは、その可能性についてよく考えた。英国特別幻想取締報告局の中にいて、そのことに思いを馳せずにいるのは不可能だった。この国では、ある条件下で産まれた者…
「皆川に頼まねぇ?」 コロッケパンを食いながら、近藤が言った。「なんで皆川?」俺は小声で訊き返す。近藤は肩をすくめた。「器用じゃん。このあいだシングルに褒められてたし」「でも……、なんか変わってる…
イギリスには、「ファンタズニック」という言葉がある。 幻想的生命体に遭遇した人々が陥るパニック状態のこと。 妖精や精霊、ゴーストなんかがごく普通に存在するこの国では、ファンタズニックもまた頻繁に起こる――。 そんなわ…
そもそもなぜ学校教育で「道徳」が教科化されたのかというと、その直接の理由は「いじめ」問題だった。 あらためて経緯を整理すると、平成25年に安倍晋三首相(当時)が私的諮問機関として官邸に設置した「教育再生実行会議」において…
ちゅんちゅん、って。 スズメの鳴き声。 まるでマンガやドラマみたいなベタなシチュエーションみたいだけど、本当にスズメの鳴き声で目が覚めた。すごくたくさんのスズメたちが庭に来ているんじゃないだろうか。いつもこうなんだろ…
大人気の絵本作家・ヨシタケシンスケさんの最新刊が好評発売中! ということで、全3回にわたり、ロングインタビューをお届けいたします! 創作秘話から、海外版製作についてまで、お話をたくさん伺いました。 (ライティング:松井ゆ…
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震災で歪んだ友衛(ともえ)家の母屋を土台から建て替えるのに三年を要した。設計に時間をかけたこともあるし、人手や資材の不足もあって、着工までにだいぶ間もあいた。三年のうち半分は更地の隣で、半分は次第に形を成してゆく母屋の槌…
人気急上昇中!!『余命一年と宣告された僕が、余命半年の君と出会った話』の続々重版を記念して、「図書カード」と「直筆サイン本」のセットが当たるフォロー&リツイートキャンペーンを開催いたします! ※ twitterでフォロー…
志津さんの腹違いの姉妹? それはつまり。 「志津さんのお父様、セイさんの義理のお父様になられた方が、奥様以外の女性と浮気して作った子供ってことですか?」 ひょっとしたら人生で初めてこんな人前では言い難い言葉を喋ったか…
「……どうせ、お前たちは、世の中の掟にそむいて、やってのけようとするんだろう。 お前が馬鹿にしている世間の道徳や掟が、どれだけ、お前のいう自由な恋の邪魔をするか、見ればいいんだ」(瀬戸内寂聴著『花…
『火を点けて燃やしてやる』 アパートの一室にいたその女性が、重さんのお祖父様、一成さんに向かってそう言っていた。 それを、重さんのお父様、今はまだ中学生の成重さんが聞いていた。 「それは」 重さんが躊躇いながら訊い…
コロナ禍で外出自粛が要請されている中、映画『花束みたいな恋をした』が大ヒットしているらしい。マスク着用で座席も制限されているにもかかわらず大盛況。娯楽としては不要不急のはずだが、まるで緊急を要する事態のようなのだ。 タイ…
<久坂寫眞館>で働く樹里と、店主の重。 ひょんなことから過去の花咲小路商店街にタイムスリップした二人(とセイさん)は、セイさんの自宅に忍び込むことにするのだが―― ※※※ 午前十時。 〈花咲小路商店街〉の四丁目にある〈…
各種世論調査によると、菅内閣の支持率は急落している。 昨年9月の組閣当初は軒並み70%近い支持率だったのだが、今年の1月には30%台に落ち込んだ。コロナ禍で不要不急の外出を控えるように呼びかけながら、巨額の税金を投入して…
住民の3人にひとりがコロナに感染し、6分間にひとりがコロナで死亡している――。 私が住む街LAが、2021年のいま直面している現実がコレだ。 まるでSFの世界のようだが、これは自治体が正式に発表したリアルな数字なのだ…
「ああ、しまった」 スーパーのレジ前に並びながら、私は思わずそう大声を出した。前の女性が「え?」と振り向き、私も自分の声にびっくりしたくらいだった。 エコバッグを忘れたのである。 持ってくるのを忘れたことも悔しいが、レジ…
今、うちのアパートの敷地内では「青空理髪店」が開店中だ。 アパートの隣人のトムが、自分のユニットのすぐ横の細い路地で、客の髪の毛をカットしているのだ。 このトムは、元モデルで、50代半ばの男性なのだが、本業は美容師…
「ミホ!ニュースがあるんだ。私、さっき退職届け出してきた。危険すぎて、もうこれ以上、学校で働き続けられない。時間あったら電話して。じゃね!」 8月末のある朝起きると、留守電にそんなメッセージが残されていた。 北ミシガ…
8月8日の土曜日。 カリフォルニア州チノという街にある航空博物館「プレインズ・オブ・フェイム」を目指して、車で東に向かってひたすら走っていた。 自宅待機命令中、こんなに遠くに来るのは初めてだったが、この日、この場所…
「ロックダウンあるある」で、今、アメリカで流行っているのが「疎遠になっていた旧友とZOOM経由で再び親交を温めること」らしい。 アメリカの人口3億3000万人の多くが自宅待機命令下の生活に突入して30日が過ぎた4月末、…
「Still Working?」 最近では「How are you?」のかわりにこの言葉が、LAのご近所同士の定番の挨拶になってきた。 「まだ仕事してる?」は、つまり「失業してない?大丈夫?」という意味だ。 コロナ失…
「プリリリリーーズ、ステイ・アット・ホーム!!」。 ロサンゼルス市長が、テレビ会見で毎日、英語とスペイン語で呼びかける日々が3月末から始まった。 自宅待機するためには「ホーム」があることが前提だが、そもそも住む家がな…
真っ青なカリフォルニアの空に突き刺さるように生えているひょろっとした数本のヤシの木。 それをぼーっと見上げながら、路上に立ち続けて2時間半がすでに経過していた。水筒に入れてきた水はもう半分しか残っていない。灼熱の太陽…
「大切なのは、『決めつけない』ことなんです」 そう念を押したのは小学校教師の桜井和代さん(仮名)だった。彼女は勤続40年に及ぶベテランの先生。「道徳」についても区の研究推進委員会で教科研究を続けており、いってみれば道徳教…
企画編集部の櫻岡です。 先週ポプラ社に入社した新参者でございます。 入社にあたりまして会社情報は結構見ていたつもりでしたが、恥ずかしながら本企画のことを知らずにおりました……。 これまでの皆さまの…
みなさま、おつかれさまです。児童書促進部、田中僚子です。 広島で書店営業やっております。 一般書編集部・森さんからの『本棚の2列目』のタイトルのメールを見た瞬間、頭を抱えて腹の底から「うぉああああ来たかあぁあ」と呻き悶絶…
一般書営業部の宇田川です。 一般書(児童書以外すべての本)営業部の皆様の業務を、円滑に進められるようにサポートのお仕事をさせていただいています。 普段からこの連載を楽しみにしており、事あるごとに担当森さんへ「いやーほんと…
ああ、はずかしい。 はずかしいったらない。 だれですか。こんなはずかしい企画を思いついた人は。 これまでに引き受けてしまった奇特な方たちも、本棚の紹介の前に長々と言い訳を書いていますね。そりゃそうなりますね。あなたの本棚…
こんにちは。一般書編集部の森です。 この「本棚の二列目」を始めてしまった人です。 社内の人と顔を合わせては「本棚を見せませんか」と言いまくっていたのですが、だんだん協力してくれる人も減り、しまいには「森さんは公開しないん…
都内の公立小中学校では「道徳」の公開授業が行なわれている。保護者に限らず、誰でも見学できるとのことなので、私も出かけてみることにした。 小学校6年生のクラス。配られたプリントによると、その日の「主題」は「ほこりある生き方…
こんにちは。一般書営業部の畦地です。 先日、社内のメンバーとご飯を食べていたら文芸編集部の森さんがぽつり。「本棚の二列目、次の人がなかなか決まらないんですよね」たしかに、他人の本棚を見てみたいと思う人は多いかもしれません…
果たして子供たちは「道徳」をどう受けとめているのだろうか。 私などは「だれにでも公正で公平な態度でいるために必要なのは、どんな気持ちだろう」(『道徳6 きみがいちばんひかるとき』光村図書 平成30年)と訊かれても答えられ…
こんにちは。主に学校・公共図書館向けの営業を担当している、川島と申します。新卒から入社してもう7年目。世間では中堅に差し掛かる年頃のはずですが、社内ではギリ若手として、先輩方に甘えながら(ときには生意気に)仕事をしており…
こんにちは。大人向けの本の編集部におります近藤と申します。ポプラ社は、かれこれ15年近くになります。その間、海外事業部(ポプラ社の本を海外の版元に売り込む部署)にいたこともありますが、だいたい編集部にいます。 さて、この…
「各教科にはそれぞれ教科教育学という学問があります。社会科なら社会科教育学というものがあるんですが、道徳にはありません。アカデミックなプロパーがいないんです」 にこやかに解説してくれたのは麗澤大学大学院学校教育研究科准教…
こんにちは、企画編集部の木村です。ふだんは新書、エッセイ、ノンフィクションなどなど、小説以外のジャンルの本をつくっています。「本棚の二列目」ということで、普段の仕事とはまったく関係ない本をご紹介しようと思います。しがない…
ポプラ社の田中と申します。 現在単身赴任中で徒歩通勤なので、通勤電車の中で本を読む機会がなくなった結果、読書量が圧倒的に減っており危機感を持っています。子どもの頃から本は大好きで、外で友達と遊ぶより家の中で一人本を読むこ…
ポプラ社の経理部で働いている藍澤と申します。50歳・既婚です。 本連載の担当者・森潤也さんが編集した「活版印刷三日月堂」の舞台のすぐ近くに住んでいます。(「三日月堂」のある場所から徒歩3分でわが家です)そのご縁で、なのか…
小学校1年生用の真新しい教科書(平成30年刊)を前に、私は姿勢を正した。 懐かしい、というより、緊張感に包まれたのである。 振り返れば、私が小学校に入学したのはかれこれ50年も前のこと。渡された教科書に何が書かれていたの…
北京発上海行き、今現在山東省の山奥を走っている中国高速鉄道の車内から、おはよう、こんにちは、こんばんわ、はじめまして。北京蒲蒲兰文化发展有限公司(以下、蒲蒲兰)の江崎です。コーナー四回目から本社所属でなくて大変恐縮です。…
「ザディコ。箱船へようこそ」「わたしはオオバカナコ。はこぶね?」「それについてはボンベロから聴くと良い」 男が手を離し、パピとダフに近寄るとマルキリが手を出してきた。「アンセム」「え? あなたマルキリでしょ」「偽名に決ま…
こんにちは。ポプラ社の一般(大人)向けの本の編集を担当している村上峻亮です。ポプラ社歴は丸3年。編集歴は15年目。主に男性向けの自己啓発書、実用書などの単行本と新書をつくっています。 さて、さっそくですが、まずはこの写真…
連載第二回、若者の次はいきなり一般書編集部、最年長者の登場です。何なんだ、この人選……。森潤也氏による、新種のいじめ? いやいや、ひがみっぽいのはトシヨリの証拠。かわいい後輩・森くんの「倉澤さんの…
この「本棚の二列目」は、ポプラ社員が自宅本棚を紹介しつつ、本棚の二列目(大好きな本や、前面に置くのがちょっと恥ずかしかったりする本など、色んな本が混在するとこ)まで公開しちゃおうというコーナーです。 出版社の社員が普段ど…
目覚めた時、パピとダフは先ほどの姿勢に戻って寝入っていた。 九十九が焚き火の向こうからわたしを見つめていた。「今、何時」 九十九は腕時計を見た。そういえば全裸にもかかわらず彼は腕時計をしていたことを思い出した。「十一時…
虚を突かれたわたしは、マルキリに胃の辺りを思いきり殴り上げられ、横倒しになった。 立ち上がったマルキリは、鼻血を横殴りに拭いた。「パピ、こいつは使えないよ……とっととどっかにやっちまいな」 彼は…
登山スタイルの女はわたしを見ていた。「迷ったんですか?」彼女が口をきいた。 わたしは頷いた。「わたしもです」彼女は笑った。 わたしは立ち上がろうとしたが、すぐには動けなかった。水を急に飲んだせいで躯の緊張が一気に解け、…
警官が振り返る前にパピはその脇を通り過ぎ、テーブルにぶつかる勢いで椅子に座ると、猛然と皿のものを食べ始めた。 呆気にとられたわたしは、自分でも意外なほど大声を出していた。「ゆっくり食べなさい! 行儀の悪い!」「ぽふぁい…
日暮れまでに都合十回、公衆電話を見つけるたびにパピは電話を掛け続けた。が、いずれも相手はつかまらず、わたしは彼の指示に従って北へ北へと運転を続けた。「そんなにつかまらないなんて……。別のコンタク…
「え? あっ」 パピは椅子を蹴って立ち上がると辺りを見回し、壁際の柱に飾ってあるネイティブアメリカン風の飾りがついた小さな鏡をしげしげと覗き込んだ。 わたしとトトは思わず顔を見合わせた。「なんだこれ…R…
ダフとパピの前に、ニンニクをたっぷり使ったツナ入りアーリオオーリオを出した。湯気が顔を覆うのもかまわず、パピはフォークを入れてパスタを巻くと、口のなかにしまっていく。ダフは女の子らしくゆっくり食べているが、パピはまるで…
「巧く頭蓋に当てろよな。俺はこいつの脳味噌が見てみたいんだ」「任せとけ。ホールインワンを狙ってやる!」 ピースバッジが杵(きね)を振り上げ、シュッと音をさせた。 わたしは目を閉じた。が、ほんの一瞬、ボンベロの顔がフラッシ…
雷鳴が轟いた──フラッシュを焚かれたように店内が一瞬、明るく映える。暗闇に溶けていた少年の姿が浮き彫りになった。ぼさぼさの髪は逆立ち、膝上で切り落としたデニムのパンツからすらりとした脚が伸びていた。彼はナイフを掴んでい…
氷で手を冷やしてから肉を殴る男は初めてだった。 手が傷むからと、肉叩きを使うよう云ったんだけれど〈だいっじょぶ!〉とまるで気にする様子がない。本人はこうすると肉に手の温度が伝わらず〈良いパティ〉が準備できると信じている…