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担当編集者が訊く 小川糸さんインタビュー【第三回】
10月9日に発売となる、小川糸さんの待望の新刊『小鳥とリムジン』。「人を愛すること」をテーマに描かれた本作は、どのような経緯で生み出されたのか。創作の裏側について、小川さんに伺いました。 ※※※ ――『ライオンのおやつ』…
10月9日に発売となる、小川糸さんの待望の新刊『小鳥とリムジン』。「人を愛すること」をテーマに描かれた本作は、どのような経緯で生み出されたのか。創作の裏側について、小川さんに伺いました。 ※※※ ――『ライオンのおやつ』…
「キキョウ」「はい」「リンドウ」「はい」「コスモス」「はい」 紀久子きくこが注文票を読みあげ、ミドリが花材を確認し返事をしていく。デンマーク産三輪自転車のマルグレーテを車庫からだして店先に停め、ふたつの前輪のあいだのカ…
10月9日に発売となる、小川糸さんの待望の新刊『小鳥とリムジン』。「人を愛すること」をテーマに描かれた本作は、どのような経緯で生み出されたのか。創作の裏側について、小川さんに伺いました。 ※※※ ――小鳥にとってもう一人…
第一章 同室の変人 1 深い呼吸がなによりも大事だ。手も、足も、指先までしっかりと意識を集中させる。全身で呼吸をする。目の前の相手を見据える。 普段は生意気な瞬しゅんも、組手のときはいつだって真剣だ。猫を思わせる目…
第一話 ふるさとポタージュ 49回。 悠ゆう木き紬つむぎが、一週間前──二十二歳の誕生日に投稿したYouTube動画の再生回数である。 一人暮らしのアパートでスマホをチェックすると、まったくと言っていいほど伸びてい…
『死にたがりの君に贈る物語』で若者たちから圧倒的な支持を集めた綾崎隼さん。待望の新刊『冷たい恋と雪の密室』が10月に刊行となります。 2018年に新潟県三条市で起きた大雪による電車の立ち往生事件を舞台に、高校生三人の恋と…
退勤して裏の倉庫に入って、ロッカーに置いていたスマホを見たら、直樹なおきのお母さんからメッセージが届いていた。 カーディガンを脱いでエプロンを外し、シャツの上にニットを着てコートを羽織る。 倉庫から出て、店長や他のパー…
『死にたがりの君に贈る物語』で若者たちから圧倒的な支持を集めた綾崎隼さん。待望の新刊『冷たい恋と雪の密室』が10月に刊行となります。 2018年に新潟県三条市で起きた大雪による電車の立ち往生事件を舞台に、高校生三人の恋と…
水月あめにぬれる松まつ葉ば杖づえの段 雨が降っている。 にもかかわらず、三十畳ある大広間の襖も縁側の硝子ガラス戸ども開け放たれ、子どもたちが湿った匂いの中でごろごろしている。畳の上でごろごろさせるためだけに開放している…
全身が心臓になったかのようだ。胸から腕、手首、腹部、そして足の付け根からつま先まで、身体のすべてが脈打っている。 ベッドに横たわる私にはもう、縦横無尽に移動して不規則に脈打つ自分の心臓を、どうすることもできなかった。 …
【201908262310.m4a】 はじめまして。村むら井い翔しょう太たといいます。よろしくお願いします。 とりあえずあの日のこと、全部話しますね。正直、気は進まないですけど。肝試しになんて行かなければ、杏あんは死な…
第一章 リムジン弁当 お弁当屋さんができていた。 気がついたら、いつの間にかそこにお弁当屋さんの看板が出ていた。いつからそこにあるのかは、思い出せない。 年季の入ったママチャリに乗ってその場所が見えてくると、私は極力…
10月9日に発売となる、小川糸さんの待望の新刊『小鳥とリムジン』。「人を愛すること」をテーマに描かれた本作は、どのような経緯で生み出されたのか。創作の裏側について、小川さんに伺いました。 ※※※ ――『食堂かたつむり』で…
はじめて書いた小説『つぎはぐ、さんかく』(応募時のタイトルは「つぎはぐ△」)で第十一回ポプラ社小説新人賞を受賞し、デビューを果たした菰こも野江名のえな。待望の第二作『さいわい住むと人のいう』は読者をどこに連れていくのか…
ちまたで流行りのほっこり系ごはん小説かと思いきや、スリリング。第一一回ポプラ社小説新人賞を受賞した菰こも野江名のえなのデビュー作『つぎはぐ、さんかく』は、惣菜とコーヒーのお店「△」を営む三きょうだいの物語なのだが、仲の…
あらまぁ、あらまぁ、あの遊馬あすまが! まるで甥っ子にでも抱くような感慨で、胸がいっぱいになってしまった。なんたって、遊馬を初めて見た(読んだ)のは、『雨にもまけず粗茶一服』(2004年)。その後、『風にもまけず粗茶一…
世の中には、それまで何度も目にしてきたはず、経験してきたはずなのに、本質を理解せぬうちに、ずいぶん長い時間が過ぎてしまう――、といったことがままある。 たとえば、私は天気図というものを、テレビ画面越しに何千回と眺めてい…
第一話 どうせあいつがやった 男のスーツは、見るからにくたびれていた。 背広は襟えりのあたりがほつれ、黒地のスラックスは表面がつるつるに擦すり減っている。実際、彼が着ているものは高級品とは言えない。量販店のセールで購…
なにか新しいことをはじめたいなと思うことがあっても、つい後回しに。気負わず、ちょっとしたことからやってみようか?
序幕 蒼雪城の花嫁 東方の真珠、と、人々は、その七歳の公女を呼んだ。 リーサ・ダヴィアは、人の称賛を誘う美しい少女だった。真珠とは、東方の海沿いの商都出身であることと、月の光の色をした巻き髪の輝きに由来している。端整…
「とにかく眠れないんです」 お客さまは、ベッドの上で膝を抱えて座り、眠れない理由を語りつづける。 黒くて長い髪で隠れ、表情が見えない。ニットもロングスカートも黒い。店頭に並べている毛布のタグを見比べていたので声をかけたと…
『食堂かたつむり』『ライオンのおやつ』。心に沁みる物語を紡いできた小川糸さんの新作『小鳥とリムジン』が、ポプラ社より10月に刊行となります。 過酷な環境で育ち、人と接することが得意ではない女性・小鳥が見つけた「本当の愛」…
「なにやってんですか、ミドリさんっ」 いきなり背後から呼ばれ、ミドリは驚きのあまり、危うくスケッチブックを落としかけた。 「ごめんなさい」蘭らんくんだ。前にまわってミドリの顔を覗きこみ、詫びてきた。「おどかすつもりはな…
中学二年生が始まる少し前の春休み、私は彼らに出会った。 古舘伊知郎ふるたちいちろうと柴俊夫しばとしおが司会をしていた「夜のヒットスタジオDELUXE」。そこにチャゲ&飛鳥あすかの二人が出演し、「WALK」という曲を歌っ…
なにか新しいことをはじめたいなと思うことがあっても、つい後回しに。気負わず、ちょっとしたことからやってみようか?
第一話 もてなしの水みず徳利とっくり 一 「ふざけるな! この落とし前、きっちりつけてもらおうか!」 狭い店たなの中に大音声が響き渡る。香か乃のは声の主、派手な身なりの小男を慌てて止めた。「やめてください、由ゆ良ら…
序章 陽湖、目覚める 青空がとても高く、緑の草がとても近い。その葉をかき分けて私は走っていた。 夏草は匂いが濃く、私の匂いも消してしまう。走っているといつしか自分もこの草原の一部になる気がする。 草の中に背の高い人間が…
六十代半ば、女性、身長は百五十五センチくらい、体重は平均よりやや重いだろう。腰痛があり、右膝をずっと痛めている。 条件に合わせ、枕とマットレスを用意する。「どうぞ、こちらに仰向けで寝てみてください」 あいているベッドに…
『花屋さんが言うことには』(山本幸久:著)の大ヒットが止まりません! 3月の刊行から売れに売れ、現在9刷が決定。累計で7万部近くまで重版を重ねております。 この『花屋さんが言うことには』を読んでくださっているみなさまに感…
「ミドリちゃん」 午前八時前に出社してすぐだ。水揚げをするために、店内の花桶をバックヤードに運びこむと、店長の李多りたに呼ばれた。 今日は金曜日、彼女は日の出とほぼ同時に、世田谷の花卉かき市場へいき、切り花を仕入れて…
対照的な性格の二人の男子高生が、ある姉妹とともに、本に挟まれた暗号を解いていく謎解き青春ミステリー『夏休みの空欄探し』。 夏休みに入ったことを記念して、サイン本があたるフォロー&リポストキャンペーンを行います! あらすじ…
大好評発売中の彩瀬まるさん『なんどでも生まれる』のオンライン読書会が決定しました! 主催してくださるのは、オンライン書店コトゴトブックスさん(https://cotogotobooks.stores.jp/)。「読書時間…
愛しき昭和。 ひょっとしたら二百年後、三百年後の教科書には、「ウェアラブル端末がまだ存在せず、個人間ネットワークが脆弱ぜいじゃくだったゆえ、国家の存在が最大限まで膨張し、世界史上最大規模の戦争が起きた時代」 という、何…
シリーズ累計50万部を突破した「コンビニたそがれ堂」シリーズ。 待望の新刊『コンビニたそがれ堂 夜想曲』がいよいよ発売です。 新刊発売を記念して、サイン本があたるフォロー&リポストキャンペーンを行います。 <あらすじ> …
春の式日 ハナミズキの蕾が今年も紅く色づき始めている。四月十二日。縁側の窓を開け放った座敷で、六本目の瓶ビールの蓋がぽんと開いた。 座卓を囲った男性陣は、一様に茹でダコのような顔をして、泡の付いたグラスにビールを注…
第1章 私の恋は、いま走り始めた。 暇を持て余していた指先が、画面上に躍った見出しの文字に導かれ、滑る。 目を皿のようにして、ミュートのまま映像を再生する。 そのニュースは、つい先日起きた非日常的な出来事の記憶を呼び…
お客さまは、仰向けになってしばらく目をつぶった後、右へ左へと寝返りを繰り返す。 起き上がり、枕全体を触っていく。「形はいい気がするんですけど、もっと硬い素材のものって、ありますか?」「はい、ございますよ。少々お待ちくだ…
シリーズ累計50万部を突破した『余命一年と宣告された僕が、余命半年の君と出会った話』。 6/27からいよいよNETFLIXでの映画配信がスタートです! 感動の映画配信を記念して、原作小説と映画のサウンドトラックがあたるフ…
第一章 蛍の行方 夏の夜の途中を、何もかもを失って歩いていた。 左手に広がる田んぼから、五月蠅いほどに蛙の声がしている。両肩に食いこんだリュックには、カメラと交換レンズが数種類。あと数日分の着替え。側面のポケットには…
1 キィン、とひときわ小気味よい音がして、ボールが高く打ち上がった。こういう時は「白球」という言い方をするんだっけ、と思う。実際に自分で投げたり捕ったりしていれば実感は「ボール」なのだろうが、こうして打ち上げられた…
凪良ゆうさんの『わたしの美しい庭』。 発売して数年経ちますが、いまだに多くの人に楽しんでいただき、定期的に行っている季節カバーも大好評いただいております。 昨年、TUTAYAさん限定で夏カバーを刊行しましたが、こちらがと…
二十 商店街のアンパイア 「グランドピアノ?」 禄朗さん以外の全員が、まったく同じ言葉を同時に言ってしまいました。そして次の瞬間にその意味がわかったのは、私だけ。 まさか禄朗さん。ここでそれを。 秀一さんが、眼をぱちくり…
シリーズ累計50万部突破!風早の街のどこかにあるという、不思議なコンビニ「たそがれ堂」。大切な探しものを見つけるために、いろんなお客さんが訪れて……。 温かな気持ちで心が満たされる、村山早紀さんの大人気シリーズが、7月に…
仕事も人間関係もうまくいかず、調子を崩してしまった愛する飼い主の茂さんを見守る主人公のチャボ・桜さんのトリコになる人続出の、彩瀬まるさん最新作『なんどでも生まれる』。それぞれの生きづらさを抱える人たちの心にそっと寄り添っ…
「われわれのブースの場所がここやん。横に少しスペースがあるから、そこに常に10人くらいの待ち列ができるくらいかなあ?」 万筆舎にとってのデビュー戦になる文学フリマ大阪の前日、妹と作戦会議していた際のわが呑気発言である。 …
「ミドリさんって、雷いかづち先輩がベースを弾いてて、ライブにもでてるのって知ってます?」 千尋ちひろの唐突な質問にミドリはいささか面食らいながらも、「知ってるよ」と答えた。 雷くん本人にも先輩って呼んでいるのかな。 …
「なあ、これやってみようや!」 そう言って、少し日焼けした肌の少年が私の顔をのぞき込んでくる。真っ白な世界のなかで、彼の瞳だけがキラキラ輝いて眩しいくらいだ。彼の手には、ハードカバーの児童向け書籍。ポップな色合いで華やか…
序 死神姫の白い結婚 はらはらと、桃色の花弁が地面に散り落ちていく。 神社の参道を花嫁行列がゆっくりと進んでいた。 よく手入れされた参道沿いの庭は、春を言こと祝ほぐ鳥たちで賑やかだ。 辺りに満ちた花の香りは甘く、麗う…
駅前の小さな花屋さんを舞台にした、幸せとお花いっぱいの物語。発売から大好評いただいており、ついに累計5万部を突破いたしました! ヒットを記念して、サイン本があたるフォロー&リポストキャンペーンを行います。 <あらすじ> …
今更の話ではあるが、雨音あまねさんは姉馬鹿なところがあるというか、本人がいないところで妹の自慢をよくする。いわく「七輝ななきは記憶力がカバ並み(←ゾウの間違い?)だから」「七輝は虹色の脳細胞持ってるから(←灰色…
『夏休みの空欄探し』の文庫が、6月5日に発売となります。 本書は、高校生4人が本に挟まれた暗号の謎を解き明かしていく、青春×暗号ミステリーです。 文庫の発売を記念して、似鳥さんによる特別SSを公開いたします。 前半は…
心が小さな部屋だとするなら、僕の部屋にはいつも音楽が流れている。心地いいピアノの音だ。 僕は楽器の演奏はできないし、歌だって歌えない。音楽の知識なんてこれっぽっちもない。 でも、あの頃に聴いた音楽が今も心に流れている。…
神社の境内の先に、突然見えてくるのは「夕闇通り商店街」。そこは幽世と現世の境目にある、あやかしたちが営む商店街。現世との境界があいまいになったときに、心が不安定な人間が導かれたように訪れるのだという…… ※※ 不思議な商…
1 きょうはあかるい。 草のにおいがする。草のにおいがするつるつるの地面を、ゆっくりあるく。 風がふくとしろいものがひろがって、地面にあおむらさきいろの影がおちて、そのたびにこちらはこわい。影がゆれるとなんだかこわ…
語り手はチャボである。そう、鳥のチャボだ。彩瀬まるの新作『なんどでも生まれる』は桜さくらと名付けられた雌のチャボの視点を通して、商店街の人々や動物の営みをゆったりと描く愛おしい作品だ。 金網に囲まれた小屋の中で、大き…
寓話作家としての彩瀬まるの、面目躍如と言える一作。待望の新作長編『なんどでも生まれる』は、そんなふうに表現することができるだろう。寓話的想像力は、そのまま書くとシリアスすぎる現実にファンタジー的要素を取り入れることで、…
十九 嘘から出た真実 うちを傘下に。「それは、完全に買収という形ですか」 訊いたら、いやいや、って荒垣さん、秀一さんが笑みを見せながら右手を軽く横に振った。「そんな強引なことは考えていません。もちろん、これから話し合い…
店の外に出るなり、ふうと大きく息を吐き出し、ペットボトルのお茶をのどに流しこむ。「暑いぜ」 首元に滲む汗をタオルで拭うその顔つきは、まさしく営業マンのそれ。 アポなし飛びこみ書店営業を終えた緊張から解き放たれ、ホッとし…
野球のユニフォームを身に着けた女の子達が十数人群がり、だれもがみな、満面の笑みで喜びあっている。いい写真だとミドリは思う。だが喜びを分かち合うことはできなかった。 三月下旬の一週間、埼玉にある球場で高校女子硬式野球の…
夕闇通り商店街にたたずむ、レトロな喫茶店「純喫茶またたび」。お代は、そのメニューに対する「思い出」を店主に話すこと――。 大好評の「夕闇通り商店街」シリーズ最新刊の刊行を記念して、サイン本があたるフォロー&リポストキャン…
派遣切りに遭い、求職中の主人公・石狩七穂が、ひょんなことから猫つきの古民家で、親戚のわけありイケメン・結羽木隆司のお食事&見守り当番を務めることになる「石狩七穂のつくりおき」(ポプラ文庫ピュアフル)は、おいしい料理満載…
プロローグ 唐突だが石いし狩かり七なな穂ほは床下が嫌いだ。 まず暗い。そして狭い。何かこもっていて変な臭いがする。うっかりすると、築八十年以上の家を支える柱や束に頭をぶつけそうになるので、土が剝むき出しの地面を這はう…
プロローグ 僕が死んだあと、何事もなかったように世界が続いていくのが嫌だ。 追いかけている漫画も、来年公開予定の楽しみにしていたアニメ映画も、僕だけが見られないなんて損した気分になる。だからといってこの苦しみを抱えた…
雨に濡れた木々の匂いと、白檀の香りに包まれたその店には『古どうぐや ゆらら』の看板が掛かっていた。 ぼうっと灯る行灯やランプに照らされ、古今東西あらゆる日用品が並べられている。看板の通り全てが古道具──長年大切に使われ…
1 カーテンを開けると、空は明るく晴れ渡っていた。オレは思わず「よっしゃ」と呟く。 今日は六月十三日。そろそろ梅雨入りという時期だから天気を心配していたのだが、これなら楽しく外出できるだろう。「おーい、エチカ…
十六 見守ることはできるのか 誰にも気づかれないように見守る。 自分で言っておいて、すぐにそんなことはできないんじゃないだろうかって考えてしまいました。 禄朗さんも、お父さんも、うーん、と考え込んでしまいます。「無理、…
フゥフフフフフフゥウン、フゥフフフフゥン、フゥフフフンフンフゥン。 なんの歌だ、これ。 自分でも知らないうちに鼻歌を唄っていた。だがなんの歌だったか、まるで思いだせない。首を傾げながらアトリエをでる。そして玄関脇に…
最近麦むぎは、姉の糖花とうかについてご近所さんやパートさんたちから声をかけられることが多い。「お姉さん、本当に綺麗になったわねぇ。まるで文芸映画に出てくる女優さんみたい」「お姉さんの作るお菓子もとっても美味しくて、うち…
いつも連載小説『隣室はいつも空き部屋』を読んでくださり、ありがとうございます。 このたび、連載第12回をもちまして、本作品の連載を終了させていただくことにしました。 物語の途中での公開終了で、楽しみにしてくださっていた方…
内気だけれど腕利きのパティシエと、お菓子の魅力を「物語」としてお客様に伝える「ストーリーテラー」がいる洋菓子店を舞台にした、野村美月さんの「ものがたり洋菓子店 月と私」シリーズ(ポプラ文庫)。個性豊かな登場人物の織りな…
プロローグ 三十年に一度と言われる大寒波は、滅多に雪が降らない九州南部の海岸線にも記録的な降雪をもたらした。 一夜明けてもまだ、湾の上空は分厚い雲に覆われている。 曇天を映した重油のような色の波が、のたりのたりと寄せ…
駅前のお花屋さんを舞台にしたハートフルストーリー『花屋さんが言うことには』(山本幸久さん)が大好評発売中。 あっという間に大きな重版となりました! 大ヒットを記念して、本をお店にできちゃうPOPプレゼントキャンペーンを開…
十五 アンパイアを殴った理由は こんな偶然が起こるなんて。 野々宮真紀さんと優紀くんが一緒に暮らし始めた、真紀さんにとっては義理の祖父に当たる人が、禄朗さんが殴ってしまったアンパイアだったなんて。 荒垣球審その人だった…
赤、ピンク、白、紫、オレンジ、黄色、青。 さまざまな色が並び、目にも鮮やかだった。これならば鯨沼くじらぬま駅からでてきたひと達の目を引くだろう。 いずれもスイートピーだ。花の中でもとりわけカラーバリエーションが豊富…
世界は無彩色でできている。 花も空も季節でさえ、 この目には灰色に映る。 けれども君がそばにいて、 当たり前に笑っていたから、 僕はずっと、大切なことに気づけなかった。 三百六十五日。 君が残した言葉のすべてが 僕に恋…
序章 あちらの屋台からは、串打ちの肉を焼く煙。 こちらの蒸せい籠ろからは、ふかした饅まん頭じゅうの匂い。 威勢のいい呼びこみの声と、雑踏を包む喧けん噪そう。 大通りでも靴を踏まれず歩けないほど、幻げん国こくの市し井せ…
プロローグ 涼りょう太たは三月二日という日付を忘れない。その日、六歳の彼は母を失った。 涼太の母は美しいひとだった。いつも忙しくしていて何日も出かけることが多かったが、家にいるときは彼の知らない歌をハミングしながら料…
プロローグ 1 『家族による代筆で、訃報を申し上げます。ミマサカリオリは二十六日の未明に、心不全で息を引き取りました。これまで応援して下さった皆様に、心より感謝致します。本当にありがとうございました。』 それは、S…
2 感謝された。オーナーからだ。 やはり面倒な客から逃げ出したというのが真実だったようで、夕方ごろに店へ帰ってきた彼女から「深川カヌレ」と小箱に書かれた洋菓子を渡された。門前仲町まで行っていたらしい。「急に怒り出す…
駅前のお花屋さんを舞台にしたハートフルストーリー『花屋さんが言うことには』(山本幸久さん)が3/5に文庫化! 「王様のブランチ」でも紹介された話題作で、文庫化を楽しみにしていた人も多いのではないでしょうか。 文庫化を記念…
十三 人に歴史ありというけれど 私のコーチをしてくれていた仁太さんは〈花咲小路商店街〉の名物男でした。 世界を放浪した後に商店街に帰ってきて、おじいさんがやっていた〈喫茶ナイト〉を受け継いで商売をやってきて。 商店街で…
黒い夏のうたかた③ 五年前のひどく蒸し暑い七月、宇う佐さ見み椎しい奈なは中学二年生だった──。 「はじめまして。わたしは雪ゆき代しろ宗そう司じといいます」 子ども相手にもかかわらず、そのひとは丁寧な口調で話しかけてき…
第一話 嗤う婚約者 1 第一印象は、堂というよりも蔵だった。 最寄り駅からバスに乗り三十分揺られた後、終点で下車。それから二十分ほど、人通りの少ない坂を上り閑静な住宅街へ進むと、ほどなくして古びた土塀に囲まれた一軒…
空から白い雪が、音もなく舞い落ちている。 今年も冬がこの街に訪れた。 心に積もる悲しみは、この雪のように溶けることはない。 もう何年も、冬に閉じこめられているようだ。 暗闇の中でじっと身を潜めて生きてきた。 なにも見な…
真っ白だ。 壁も床も天井も、あらゆるところが隅々まで真っ白な部屋に深作ミドリはいた。身にまとった服も真っ白だった。右手に握る絵筆の毛と柄も白く、左手のパレットもその上にある絵の具も白い。そして目の前にあるキャンバスも…
1 緑色の化け物が笑っている。 私はそいつに振り回され、子供の頃に海水浴場で大きな波に巻かれた時のように天地がわからなくなり、渦の中で回っている。 化け物の笑い声が遠のき、水中特有のくぐもった聴こえ方でさまざまな音…
十一 ユイちゃんと真紀さんと私 「そう、うちの旦那さんは、ゲームセンターの社長ではあるけれども、ラノベ作家でもあるの」 その区切りというか、仕事をしている中で社長業と作家業の切り分けをどういうふうにしているのかな、と思う…
この本は、「いらっしゃいませ」やメニュー、代金が言えず、接客のアルバイトをあきらめていた若者たちが始めた風変わりなカフェを取材したルポルタージュだ。若者たちの共通点は話し言葉がなめらかに出ない「吃音(きつおん)」があると…
こう来たか、と思わず膝を打った。 何がどう来たのかは後述するとして、まずは紹介を。 「緒方洪庵 浪華の事件帳」シリーズや「浪華疾風伝あかね」シリーズなど、大坂が舞台の時代小説を書き続けてきた築山桂。最新作の舞台は元…
築山桂といえば、NHK土時代劇の原作となった『緒方洪庵 浪華の事件帳』シリーズから、伝奇小説の快作『未来記の番人』まで、守備範囲の広い作家として知られている。 本書『近松よろず始末処』は、前者のように、歴史上の人物が…
序 雨が止やまない。 ずぶ濡れの体は冷えて、脇腹から流れる血だけが生ぬるい。 立ち上がる力は、虎とら彦ひこには、もうなかった。板塀に預けた背中も、地面に投げ出した足も、感覚がない。 あかん……とつぶやこうとしたが、す…
5 「どうしてですか?」 狭い個室に、悲痛な声が染み渡った。シンガー志望という本人の申告に相違ない、相変わらず、よく通る声だった。「先生の言う通り、もう少し大阪で頑張ろうと思って、心斎橋っていう駅にあるボイストレーニ…
プロローグ 「ねえ、ほかの女と浮気してるでしょ」 仕事終わりに陽よう介すけを駅前のカフェに呼び出し、そう告げた。 交際を始めて四ヶ月。今までで最長記録だった。 陽介とは私が勤めているネイルサロンで知り合った。彼は私の常…
序章 言葉を巡る旅への離陸 他者と向き合うとき、本当は私の話など興味ないんじゃないかと、疑いたくなる悪い癖がある。 相手の相あい槌づちが多いほどそうだ。自分を見ているようで、せつなくもなる。 私は、取材現場で無駄に相…
星を見る度に、性懲りもなく考えてしまう。 君が余命百食なんていう、悪魔のような病に侵されていなければ。 自分たちには、もっと別な日々があったんだろうなって。 人を振り回すのが生き甲斐の君は、腰が重い俺をいろいろな場所に…
自分と「違う」人を、厭わしく思っていた時期があった。 単純に、容姿や家庭環境の違いなどで、羨んだり羨まれたりするのは煩わしかったし、自分が持っているものと、持てずにいるものを直視せざるを得ない状況に置かれる…
滅亡しない日 教室から近い、二階女子トイレ。鏡に向かいながら、荒れた唇に、新しいリップグロスを塗る。ドラッグストアで、口コミサイトで大人気だというようなことが書かれた派手なポップが添えられていたものだ。薄い赤に色づく…
4 「先生、先生」 ヒールの音を鳴らして秋あき津つが後をついてくる。朝のS駅地下街は通勤の人々で混雑していた。途中で「あっ」という声と共にパンプスが脱げる音が聞こえて、秋津の靴のかかとが溝か何かに嵌まったのを察したが…
このたび『藍色時刻の君たちは』(東京創元社)にて、第14回山田風太郎賞を受賞された前川ほまれさん。前川さんの最新文庫『セゾン・サンカンシオン』(ポプラ文庫)は、前川さんいわく受賞作と「ある意味対になっている作品」。受賞を…
このたび、ポプラ社小説新人賞出身の前川ほまれさんが、『藍色時刻の君たちは』(東京創元社)にて第14回山田風太郎賞を受賞されました。前川さんの最新文庫『セゾン・サンカンシオン』(ポプラ文庫)は、前川さんいわく受賞作と「ある…
大注目の新鋭、砂村かいりさんの最新作『苺飴には毒がある』の刊行を記念して、砂村さん手作りの苺モチーフのペンダント&サイン入り手書きメッセージカードのセットが抽選で5名様に当たる、感想投稿キャンペーンを行います。 <あらす…
十 義弟の禄朗くんが二十年前に殴った男が 晴れた日には、必ず散歩する。ウォーキング。時間はその日によって違うけど、今日はこれからだ。 原稿は、さっき入稿したっていうメールが来た。これで唯一続いているシリーズ『異邦のゲー…
舞台はどこかの地方の持山(もちやま)市。そこには芥子(けし)実(み)庵(あん)という家族葬専門葬儀社がある。古民家をリノベーションした斎場で、故人とのお別れの最後の時間を温かな空間で、静かに過ごしてもらうというコンセプ…
序 怨恨と謀たばかりと ──許さない。 許さない。許さない。許さない。絶対に、許さない。 眼前は白と薄闇に覆われ、大地は冷たい氷と雪に包まれている。 うずくまった身体に、凍てつく風と真っ白な吹雪の細かなつぶてが、絶え間…
3 「ねえ、あんたすごいね」 思い出すのはいつだって、パーテーションの上から顔を突き出してそう話しかけてきた時の彼女の顔だ。 狭い個人ブースの中でタロットカードを片付けながら、確か、こちらは彼女を睨んだと記憶している…
ポプラ文庫最新刊、『人間やめたマヌルさんが、あなたの人生占います』(音はつき)が11/7に刊行! それを記念して、最新刊のサイン本があたる、フォロー&リポストキャンペーンを行います。 <あらすじ> 喫茶店「マーヌル」には…
累計15万部を突破した、緑川聖司さんのほのぼの図書館ミステリーシリーズ『晴れた日は図書館へいこう』。完結巻となる『晴れた日は図書館へいこう 物語は終わらない』刊行を記念して、最新刊のサイン本があたる、フォロー&リポストキ…
チェスをモチーフにした小説といえば、ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』、小川洋子『猫を抱いて象と泳ぐ』などが浮かぶ。最近ではシュテファン・ツヴァイクの『チェスの話』が映画化され(邦題は「ナチスに仕掛けたチェスゲーム」)…
鮮烈なタイトルは、一八五二年にアンデルセンがデューフレンを破った伝説的なチェスの試合から取られている。「魔法みたいな逆転勝利」(作中の表現より)の美しさから、一連の棋譜はチェスプレイヤーの間で「エヴァーグリーン・ゲーム」…
大好評の『わたしの美しい庭』(凪良ゆう:著)も、冬の装いに模様替えです。 単行本時に好評いただいた冬カバーですが、今年の冬は文庫サイズであらたに登場! 全国の書店様で期間限定の「特別冬カバー」を展開中なので、ぜひ探してみ…
九 娘の相手は元警察官でたいやき屋でアンパイア 離婚したって、娘は娘だ。 俺の血を分けた子供だ。たとえ離婚して離れ離れになってからもう十五年が経ったとしても、娘は娘だ。 って言ってもだ。 自分ではそう思っていても、世間…
縦横四列に組まれた、十六のテーブル。 席に着いた者たちは静かにそのときを待っている。 腕組みをして俯うつむく青年、頰杖をついて周囲を眺める少年。 微笑を浮かべる女、大あくびをする男。 手元の駒を整える少女、整え終えた駒…
2 十二畳のリビングには、坂ばん東どうの呼吸音だけが響いていた。 南向きの窓からは朝の光が柔らかく差し込み、キッチンカウンターの上に置かれたアジアンタムの細かな葉がきらきらと輝いている。 脇腹にダンベルを引きつける…
第一話 甘くって酸っぱくて、しっとり爽やかな満月のウイークエンド 住宅地に凜りんとたたずむ、その洋菓子店には、ストーリーテラーと美しいシェフがいる。 ◇ ◇ ◇ 疲れた、もう会社辞めたい。 岡お…
ラジオに救われた経験から、新人ADとして働く植村杏奈。自身が担当をするオールナイトニッポンでは、俳優・藤尾涼太がパーソナリティを務めて100回目という大きな節目を迎えていた。しかし植村は仕事に身が入らない。なぜなら、藤尾…
八 大賀のミッションとは ハトと、調律師を用意した。 「まぁ、実際にその二つを用意したのは、大賀くんに頼まれた私なのだが」 セイさんが。 「調律師の〈瀬戸丸郁哉〉という名前はアナグラムで、〈矢車聖人〉になると気づきま…
プロローグ 二〇二〇年 二月五日 花束を持った男が祇ぎ園おん四し条じょう通どおりを東に向かって歩いていた。 午前七時。街はまだ眠っている。 普段ならこんな時間でも中国人の観光客たちが早朝営業のカフェ目当てに大勢出…
第一幕 ブランコ乗りのサン=テグジュペリ 拍手は雨のようだった。 羽衣の薄さをした幕が割れると、スポットライトが身体に降り注いだ。伸縮性が高く薄い生地しかまとわない肌に感じたのは、刺すような熱だった。その一方で身体の…
1 「なぜですか?」 愕然とした声が狭い個室に響いた。シンガー志望という本人の自己申告に相違ない、よく通る声だった。 その女性はオフショルダーの服から出た肩をいからせて膝に両手を置き、テーブルの上に並べられた七枚のカ…
『図書館のお夜食』3万部突破! 大大大増刷記念!! 抽選で図書カードが当たる! あなたが食べたい「実際の本に登場する料理」を教えてください!!キャンペーン 6月末に刊行された『図書館のお夜食』が3万部を突破したことを記念…
七 もしも〈怪盗セイント〉なら 文字を並べ替えて、別の言葉を作ることをアナグラムと言うのは知っています。 ミステリの中のトリックとかだけじゃなくて、小説家にはペンネームを作るときにそうしている人もいるって聞いたことあ…
これは、たかしくんがななほちゃんやお友達と遊んだ、ながい人生のなかの、ちょっとだけながい、おやすみの記録である──。 一章 鬱、ときどき休職当番 突然だが石いし狩かり七なな穂ほは肉じゃがが好きだ。 まず芋いもが好き…
上体を反らされる感覚がした。 両腕を後ろから引っ張られ、胸が開く。直後に篤あつしはヒュゴッと息を吸い込み、目を見開いた。飛びたくても飛びたてない夢を見ていた気がしたが、咳き込むと口から唾液が散り、目の前にはフローリング…
第一話「草くさ迷めい宮きゅう」 長く続いた武士の世が終わり、元号が「明めい治じ」と改められてから二十一年目、明治二一年(一八八八年)の二月初めのある日の昼下がり。 かつての加か賀が藩はんの城下町にして、今や石いし川か…
月曜日 萩原紗英 朝は白い。いつもそうだ。空だけでなく、目にうつるすべてのものが淡い。すれ違う人の顔も、遠くに見える建物も、すべての輪郭がぼやける。でもそれは、ただ目が完全に覚めきっていないせいかもしれない。電車の吊…
検定調査審議会による審査が終わり、白表紙本にたくさんの付箋をつけて、雪ゆ吹ぶきは会社に戻ってきた。 隼はや人とにとって検定は謎めいており、ベールの向こう側で行われているようなものだった。そこでなにが行われているのかは…
六 名も無き調律師は何者なのか 小学校にあるグランドピアノをボランティアで調律してくれたその人の名は、〈瀬戸丸郁哉せとまるいくや〉さん。 名刺などは貰ってなくて、連絡先だけメモしてあったそうです。禄朗さんがその名前を…
一走、受川星哉 「オン・ユア・マーク」 二度、軽くジャンプしてから地面に手をつき、まず左足、それから右足を後ろの踏ふみ切きり板ばんに乗せる。スターティング・ブロックのセッティングは足の長さで測るやつも多いけど、俺はメジ…
天井のシーリングファンが空気をかき混ぜている。 それにより春先にもかかわらず店内は斑(むら)なく高温多湿に保たれていた。「レプタイルズ・メサ」の中はいつも生き物の匂いと音に満ちている。ここの空調が常に熱帯じみた温度と湿…
第1章 夜の爪 赤黒い血液が染み込んだナプキンを、トイレの汚物入れに捨てた。最近は軽い腹痛を覚えることも多い。少量だが続いている不正出血は、胸に暗い影を落としていく。 ヒット曲を奏でるオルゴールの音を聞きながら、待合…
夜も更けつつある時間、帝都の下町に女性の悲鳴が響き渡る──。「きゃあああああ!」 夜闇に響いた声の主を、助ける者はいない。 女性は必死になって逃げていたものの、彼女を追う者はいなかった。 目には見えない〝なにか〟から、…
鳥籠の鳥は、なにを考えているのだろう。 外の世界を渇望したりしないのだろうか。 自由がないと絶望したりしないのだろうか。 無邪気にさえずる小鳥を眺めながら、少女はそっと息をもらす。 夏の盛り。外の世界は眩しいくらいなの…
大阪に住んでいた頃ですので、すでに七、八年近く前になるでしょうか。今の担当さんがはるばる大阪まで来てくださって、小説の依頼を受けたのが始まりです。 それから数年後、久しぶりに東京でお会いした時、「前に原田さんから『夜…
原田ひ香さんの最新作『図書館のお夜食』の第一章をマンガで公開中! 作品の雰囲気を、お気軽にお楽しみください! 気になる続きは、書籍にてお楽しみください! ★書誌情報はこちら
四 義弟の禄朗くんはアンパイア 雨の日以外は散歩、ウォーキングを欠かさない。 一日一時間程度の散歩ぐらいはしないと、本当に身体からだがなまって死んでしまうかもしれない。まぁ運動しないからいきなり死ぬってことはないだろ…
明治三十七年 四月「風が入ってくるな」 夕飯の後片付けをしていると、五左衛門がふと顔を上げ食事場と奥の三畳間を仕切る襖に目をやった。襖の上のほうに模様付きの横格子があり、外からの風が入ってきている。四月なので風はさほど…
序章 朱色や金色に塗られた柱に軒反りの屋根の建物が立ち並び、枝垂れ柳が風にさらさらと葉を揺らす。瓦は全て国色である碧みどり色で統一され、整然とした美しさのあるその場所は、四し獣じゅう封ほう地ちの西側を治める誠セイ国の…
君の涙 やけに蒸し暑い日曜日の深夜。僕は部屋の片隅にある扇風機のスイッチを入れ、勉強机に向かった。 椅子に腰掛けてノートパソコンを起動し、映画やアニメなどを視聴できる動画配信サイトに飛び、僕に刺さりそうな物語を物色す…
北口改札を出ると、女性はまっすぐ智とも子この家とは正反対の方面に向かった。 周りには終電を降りた北口利用者がちらほらおり、智子は彼らに交じって彼女のあとをついていった。 しばらく高架沿いの明るい居酒屋通りを歩いた。 ほ…
その週末、隼はや人とは東京の実家に戻ることにした。 飲み会のあと、陽はる花かには連絡を取らなかった。メッセージに書かれていた「横よこ塚づか」という人物について、問い質したい気持ちはあったが、なんと言えばいいかわからず…
第一話 天風姤てんぷうこう 昨夜の冷たい秋雨から一転。青く澄んだ空の下、停車場に八はっ卦け見みの看板が立っている。 東京の新興住宅地だとか宣伝され、小金持ちが居を移してくるようになった目め白じろ界隈だが、駅前の景色は…
一九九五年 明石弓乃 二十二歳 わたしの名字が明あか石しだからアカシヤだ。 スーパーではなく、コンビニ。出入口上部の店舗看板には、アルファベットでConvenience、そのあとにカタカナでアカシヤと書かれている。 …
プロローグ 私達は、多かれ少なかれ漢字を操り生きている。でも、ある人に言わせれば操られているのは私達人間の方らしい。 漢字なんて、所詮は止め跳ね払いの集合体。それに一喜一憂する人間は、文字の精霊に弄ばれているに過ぎない…
二 弟の名前は禄朗 お店の正面入口の自動ドアが開くと身体からだ全体にぶつかってくる音の洪水。 いろんな音楽に電子音。 さりげなく入っていって、店内の様子を見る。 平日水曜日の午後の店内は、ガラガラだけれどもお客様…
生まれてきてごめんなさい定食 ふらっと立ち寄った定食屋に、『生まれてきてごめんなさい定食』というメニューが載っていた。 これってどんな定食なんですかって店員さんに聞いたら、言葉通り生まれてきたことを申し訳なく思ってる…
どうしてこんなことになってしまったんだろう。 ようやく見つけたタクシーに乗り込み、コートの前をかき合わせながら西にし智子ともこは運転手へ行き先を告げた。 終電の時刻はとうに過ぎ、駅からも離れたこんな人気ひとけのない住宅…
第一章 女学生支配人、誕生す 時は大正、日は良好。 麗らかな陽の光を受けるのは、春真っ盛りの荒川あらかわ近くに立つ木造りの校舎。その青々とした垣根の内側で、桔梗や牡丹の花々が揺れるように見え隠れしていた。 よくよく見…
第一章 龍と獅子の攻防 ※※※ 大広間は真っ白に染まっていた。いたるところに白布が飾りつけられているのだ。黄金の龍が巻きついた円柱も、極彩色ごくさいしきの龍が描かれた壁も、玉座 ぎょくざの下にもうけられた祭壇さいだん…
まただ。 自室の扉を施錠し、一歩踏み出したところで野々森ののもり一はじめは足を止めた。 アパートの廊下には朝の光が満ち、安物のスーツを着た肩を肌寒さで竦めながら、野々森は隣室のドアノブにぶら下がったそれをじっと見つめた…
〈和食処あかさか〉で仁太とゴンドと望が話す いや旨い。 この〈唐揚げ甘酢あんかけ定食〉はとんでもなく旨い。〈唐揚げ定食〉は辰さんがやってた頃からのメニューで、望がそこにオリジナルな甘酢あんかけを作ってかけたんだがブラ…
休日になり、隼(はや)人(と)はようやく、陽(はる)花(か)と電話で話すことができた。 「それで、結局、べつのイラストレーターさんに頼んで、なんとかなったんだけど、ほんと、信じられないよな。仕事を頼んだのに、それを…
目次に並ぶ文字の意味が、ほぼわからなかった。 「ヴィルトゥオーゾのカプリス」、「シュヴァリエのクラージュ」、「トルバドゥールのパシオン」、「ピオニエのメルヴェイユ」――。理解度としては、ええーっと……フランス語……です…
尊敬するティーブレンダーの方が、ブレンドを生み出すときには舌や鼻だけでなく、茶葉が育った景色や風の音、その土地の香りを思いながら思考と試行を重ねていく、と仰っていた。 わたし自身、台湾のお茶を飲むときに味や香りととも…
僕は今日、命からがら十六歳になった。 総合病院のジメジメしたロビー。こんな辛しん気き臭い場所で五月十二日の誕生日を迎えるなんて最悪だ。退院手続きを済ませ、硬いソファで母の迎えを待っている。 春の陽気も重たくなってきた五…
冬森灯さん最新刊『すきだらけのビストロ』にPOPをつけてくださる書店様を大募集!POPコンテストを開催いたします! 『すきだらけのビストロ』の発売を記念して、POPコンテストを開催させていただくことにいたしました! 本…
左手に書かれた「国語びん」に気づいたとき、ぼくは商店街を走っていた。 一瞬スピードをゆるめたが、家に戻るほどの時間もない。それにいまのところ、一度も信号に引っかかることなくここまで来ているのに、走りを止めるのはとてもも…
甘くてからい。煮詰まる音はくつくつとかわいい。四国の醸造元から取り寄せた醬油にてんさい糖で甘みをつけて、弱火で焦がさないようゆっくりと煮詰めた。里芋にこのタレを絡めて、みんながすきな味にする。 濃くておもい。味噌にぎゅ…
2011年の本屋大賞第3位に選ばれた大島真寿美さんの『ピエタ』。 18世紀のヴェネツィアを舞台に、作曲家・ヴィヴァルディの残した楽譜の謎を巡り、 彼に関わりのあった女性たちの人生が交錯していく傑作長編です。 今なお感動の…
一回りして、ものすごく本格的。 倉知淳『大雑把かつあやふやな怪盗の予告状 警察庁特殊例外事案専従捜査課事件ファイル』の特徴を言い表すには、そういう表現が最もふさわしいと思う。それにしてもなんという長い題名なんだ。 ぱっと…
「おじさんは本当に律儀な方ですよ。死んでからも義理を尽くすなん…………すみません」「もう一回」「おじさんは本当に律儀な方ですよ。死んでからも義理を尽くすなんてまあ」 演出のカイトの言葉に従って、勝まさるは頷き、演技を続け…
帯やポップに「感動の物語」と記されていると、あぁそうですか、と逆に気持ちが引くことはないだろうか。 スポーツでも、音楽でも、ドラマや映画でも、そして小説でも、結果として自分の心が感じて動くことには興奮もするし、感激もす…
本書は第11回ポプラ社小説新人賞の特別賞受賞作である。物語の真ん中にいるのは、小学五年生の晶あきと高校生の達とおるの兄弟だ。 この、晶のキャラが本書の肝、と言ってもいい。思春期の入り口のほんの少し手前、要するに、まだ本…
どこまでも続く真っ白な大地を一歩一歩踏み締める。 足首の上まで分厚いブーツで覆われているのに、積もったばかりの柔らかい雪に踏み入れると、足首どころかふくらはぎのあたりまで埋もれてしまった。 ずぶっ、ずぶっ、と用心深く進…
第一章 余命銀行の新入社員 ロッカーに貼ってある【生内いけうち花菜はな】の名前が書かれた薄っぺらい磁石をはがすとき、胸はたしかに痛かった。 三月二十四日、金曜日。最後の出勤日である今日、引き継ぎをしているうちにいつの間…
一 幻のインディーゲーム『幸せの国殺人事件』を作った関東在住の大学生《AA》は、安堂篤子ではなく國友咲良だった――。 その太市の主張は、すぐには受け入れられるものではなかった。 「確かに《SAKURA》の六つのアルフ…
2021年本屋大賞2位となった、青山美智子さんの『お探し物は図書室まで』の文庫が、3月2日に発売されます。 初回配本限定で、著者の青山さんのメッセージが印刷された特別カード(名刺サイズ)が封入されます! 絵柄は上記の3種…
懐かしい匂いがした。 汗のしみついた防具の匂いだ。頭は手拭いで絞めつけられ、顔は面に覆われ、全身にずっしりと重さを感じる。 ここは道場で、対戦相手が見える。 腰につけた藍染めの垂たれには「瀬口」の文字。その横に小…
三 社員旅行で出かけた沖縄で、溺れた海水浴客を助けようとしたらしい――と太市は続けた。僕は無意識に息を止めていた。苦しくなって、そのことに気づく。心臓が激しく脈を打ち始めた。 水難事故で亡くなる人は、年間七百人から八…
自由に生きたければ なくてもいいものを手放しなさい ── トルストイ ── 今年も冬がなかなか巡ってこない。そう思っていたら、数日前から急に寒くなってきた。 阿紗あさはダウンジャケットを羽織り、家…
* 「こないだの奴ら、もうハピネスランド作んの諦めたのかな。ここ来る途中に覗いてきたけど、あれから全然進んでねえし」 盗賊はそうぼやくと、洞窟の天井から垂れ下がる鍾乳石に鞭を打ちつけた。鍾乳石を鞭で壊すことはできないし…
まばゆくなくても灯りがある 照らされている 足元も見えないくらい微かすかに、確かに 1 潜水艦せんすいかんがゆっくりと浮上するかのように、意識が覚醒し始める。 夕作ゆさは重いまぶたをこすりながら布団を払い、…
一話 水晶「清川きよかわの尚成たかなり。おまえは、此度こたび衛門府えもんふの大尉たいじょうから右近衛うこんえの少将しょうしょうとなるぞ」 尚成に昇進の話が舞い込んだのは、花の蕾かたい早春のことであった。 雪の混じった、…
三 少し前に、未夢が探していたインディーゲーム『幸せの国殺人事件』が、フリマアプリに出品されていた。だけどパッケージの画像が粗く、偽物を出品して代金を騙し取る詐欺だろうとその時は考えていた。 ゲームの製作者は、関東の…
プロローグ 死神から凶報が届いたのは、彼にメッセージを送ってからおよそ二週間後のことだった。彼、なんて呼んでいるけれど、もしかすると彼女かもしれないし、死神なのだからそもそも性別はないのかもしれない。いや、今はそんな…
みつば郵便局の配達員・平本秋宏と町の人々の交流を描いた「みつばの郵便屋さん」シリーズがこの12月、ついに完結となります。多くの方にご愛読いただいた人気作全8巻の完成を祝い、著者の小野寺史宜さんにお話をうかがいました。 …
みつば郵便局の配達員・平本秋宏と町の人々の交流を描いた「みつばの郵便屋さん」シリーズがこの12月、ついに完結となります。多くの方にご愛読いただいた人気作全8巻の完成を祝い、著者の小野寺史宜さんにお話をうかがいました。 …
みつば郵便局の配達員・平本秋宏と町の人々の交流を描いた「みつばの郵便屋さん」シリーズが、この12月、『みつばの郵便屋さん そして明日も地球はまわる』で最終巻となり、完結となります。多くの方にご愛読いただいた全8巻の完成を…
春一番に飛ばされたものは 本田さん。斎藤さん。水谷さん。小川さん。千葉さん。佐々木さん。中野さん。東さん。 左に曲がって。 若林さん。多田さん。児玉さん。長谷川さん。武藤さん。島さん。河合さん。大塚さん。 配りつつ、…
一、玉鋼 リビングでテレビを見ていたはずが、いつのまにか寝落ちしたらしい。 顔を上げると、部屋がうっすらと黒煙に包まれていた。なんだか焦げ臭い。夕飯作るときなんか焦がしたっけ……ぼんやりしながら窓を開けようと立ち上がった…
一 太市のアカウントが消えていることに気づいた未夢は、最初は何かデータ上のトラブルが起きたのだと思ったそうだ。それですぐに太市に「WoNのアカウント消えちゃってるよ」とLINEでメッセージを送った。しばらくして太市から…
部屋に入ると、流果(るか)はあきれた口調で言った。 「うわっ、また、めっちゃ、散らかってるやん!」 先週末に片づけをしたはずなのに、隼人(はやと)の部屋はまた服が脱ぎ散らかされ、本や書類があちこちに広がり、シンク…
物語の真ん中あたりに、刀鍛冶の剱田つるぎだかがりが三人の客と対峙する場面がある。客はどんな用事で来たんだろうと自室の襖を少しだけ開けて、コテツが盗み聞きするシーンだ。客は夫婦とその娘で、娘さんが近々結婚するようで、その…
見えないけれども、ちゃんとそこにあるもの。それに気づかせてくれるのが、青山美智子の新作『月の立つ林で』だ。 全五章、それぞれの主人公は異なっている。 第一章の主人公は四十代の朔ヶ崎怜花。長年看護師を務めてきたが疲弊…
三 「そんなこと、気にしなくて良かったのに。オープンキャンパスって基本、誰でも来て大丈夫だから。受験生の妹さんや弟さんとか、家族も一緒に来てたりするし、うちの大学なんかは普段から、色んな人が出入りしてるからね」 中学生…
引退試合が終わった。 私は同じバスケ部の仲間4人でぐるぐるめに来ていた。 「山中青田遊園地」っていうのが正式名称だけど、なぜなのか、そっちよりも「ぐるぐるめ」の名前のほうがみんなに知られてそう呼ばれている。 …
1 どんぐり生ハム ──ポインセチア仕立て 十二月の寒い夜、ポストを開けると封印したはずの過去が待ちぶせていた。 写真つきのポストカードは、遠くイギリスからだった。 結婚しました。 イベリコ豚、もう食べま…
第1章 余命一年のふたり 「先生。俺は……あとどのくらい生きられるんですか?」 清潔な診察室。皺のない白衣を纏った、初老の医者。机の上のカルテと、対面のホワイトボード。 ついさっきまで俺は──待合室にいたときに入ったク…
* かつて火竜の住処となっていた広い洞窟には、橙色に輝くマグマが、あたかも地底湖のように満ちていた。洞窟の岩肌の上方にぽっかりと空いた横穴から、黒いローブをまとった隠者が顔を覗かせる。隠者は誰かを待っているように、その…
岩井圭也 くたびれたスーツの男が一人、タクシーから降りてきた。 四十歳前後と思(おぼ)しき彼に、身なりを気にしている様子はない。皺(しわ)だらけのシャツにくすんだ革靴。後頭部には寝癖が残っていた。ただし胸元につけた弁…
三 翌日、僕と未夢は放課後に学校近くのコンビニで待ち合わせて、そこから歩いて十分くらいの距離にある太市の家に向かった。太市が住んでいるのは、バス通りを右に折れて坂を上った先にある市営住宅の四階だった。 去年の改修…
第一話 甜花、新しい夫人にお仕えするの巻 序 「……君をお嫁にもらってあげる。そしたらいつも一緒にいられるよ」 白く小さな花が房になって下がっている。その花陰で少年はわたしに囁いた。「いいよ、おにいちゃんが──にな…
吉田大助 一作ごとに作風がガラッと変わることで知られる岩井圭也にとって、デビュー五年目となる二〇二二年は『竜血の山』『生者のポエトリー』『最後の鑑定人』と、著作が一挙刊行された当たり年となった。掉尾を飾る一作が、全五…
第一話 どうせあいつがやった 男のスーツは、見るからにくたびれていた。 背広は襟のあたりがほつれ、黒地のスラックスは表面がつるつるに擦り減っている。実際、彼が着ているものは高級品とは言えない。量販店のセールで購入した…
一 昨晩、小学校からの同級生の桶屋おけや太市たいちに「お前の母親、クソじゃね?」と言われた僕は、その意見に全面的に同意した。 母親は、昨日の自分の発言を少しは後悔しているらしい。お弁当のおかずを豚の生姜焼きにし…
出社時刻には、なんとか間に合った。 子猫の入った段ボール箱を抱えて、隼(はや)人(と)が出社すると、雪吹(ゆぶき)はわなわなと肩をふるわせて、とがめるような声を出した。 「なんですか、それは……」 隼人は視線を下に…
横浜よこはま湊みなと高校を卒業し大学に進学したその夏、内田うちだ輝あきらは、野沢温泉村にいた。 今年から、横浜湊は夏合宿を、長野県の北東部にある野沢温泉で行うことになった。 多忙な海老原えびはら先生の代わりに、卒業と同…
プロローグ 運命の出会いは、時に驚くようなあじわいがあるものだ。 たとえるなら……唐突に渡されたホカホカの肉まんのように。 * 雨の夕暮れ。 倉庫整理のアルバイトを終えた俺は、トボトボと中華街を歩いていた。 その日…
ドーン、ドーン、ドーンと、3回、太鼓を叩く音がした。 ヒーローショーを見たいというのは、息子の大(だい)吾(ご)のリクエストだった。 家族4人でイベントステージに来てみたのだが、客席はまばらであまり人がいない。 派手なシ…
* とりあえず別荘内に戻った。 紅林刑事と二人、階段をどんどん降りる。 茫然としてばかりはいられない。白瀬くんを冤罪から救わなくてはならないのだ。 このままでは熊谷警部達が、寄ってたかって白瀬くんを犯人…
昔ながらのパン屋さん「ベーカリー・コテン」を舞台にした、冬森灯さんの小説『縁結びカツサンド』 おかげさまで大好評いただいており、めでたく重版が決まりました! 重版を記念して、『 縁結びカツサンド』SNS感想投稿キャンペー…
序 其れは、図られし縁 大陸に、最大の面積を占める大国、陵りょう。 この地ではかつて、無数の悪鬼が跋扈ばっこし、人々は悉ことごとく疫病や災いに苦しめられていた。草木は生えず、水は涸れ果て、空にはいつも暗雲が垂れ込め…
* リビングから一階分上がった地下一階。その中央の部屋が目指す部屋だった。 ドアをノックすると、入り口を細く開けて顔を出したのは熊谷警部だった。捜査責任者の、堂々たる恰幅の刑事である。 熊谷警…
「Aの図とBの図、『静けさ』を表しているのはどちらだと感じる?」 担任で美術担当の二木にき良平りょうへいが、教室の生徒全員に問いかけた。美術室の黒板には、大きな白い紙に印刷された二枚のシンプルな図が、四隅をマグネットで留…
龍神湖には龍神様がおわします 龍神様は水と天候を司る神様です ある日、龍神様が云いました 「人間の姫君を贄として差し出せ」 その命令にお殿様は大いに腹を立て 「神と雖いえども我が娘を人身供儀じんしんくぎにせよとは…
ママはダンシング・クイーン 「ママ、チアリーダーになる!」 突然の宣言を、家族はことごとくスルーした。「ママ、おかわり」と息子は茶碗ちゃわんを突き出し、「あ、俺も」と夫がつられ、「ねえ、お弁当まだ? 早くしないと遅刻しち…
読書の秋がやってきました。 大好評の『わたしの美しい庭』(凪良ゆう:著)も、秋の装いに模様替えです。 全国の書店様で期間限定の「特別秋カバー」を展開中なので、ぜひ探してみてくださいね。 ★店頭の在庫については、最寄りの書…
* 「ところで、もう六時半を回ったね。親父、腹は減らないかい」 鷹志がそう云い、大浜社長もうなずき、 「うむ、そう云われれば時分時じぶんどきだな」 三戸部刑事がそれを聞き咎めて、 「社長、飲食物はどうか…
* 午後三時を回った。 いよいよ怪盗の予告タイムに突入した。 鷹志が気を利かせて置き時計を持ってきた。それを金庫の上に置いた。アナログ式の四角い時計だ。クリーム色でプラスチック製の安っぽい物で、…
窓から入ってくる陽の光がオレンジ色に変わりはじめると、あいつの気配を隣に感じる。 いったんそうなるともうだめだった。やりかけのレポートも読みかけの本も、なんにも手につかなくなる。 ベッドに寝転がってぼんやり天井を見…
賢王と花仙の伝承 「だから! いったい貴様はどこの誰だと聞いているんだ!」「だから! ここがどこかって聞いてるんだってば!」 百花国ひゃっかこくの後宮こうきゅうは、本来ならば男性立入禁止。妃と宮女と宦官かんがんのみの世俗…
『大浜富士太殿 貴殿の所有するブルーサファイアを頂きに参上する 怪盗 石川五右衛門之助 尚、期日は次のうちいずれかとする 7月14(水)15:00~20:00 7月21…
おもしろかったので、それだけを言って、あとは読んでね、と託したい。だって本当は、私なんかが言葉を連ねてほじくるのは、すごく野暮だと思うから。でも、ほじくらないでちょうだい、というタイプの人は、はじめからこんなもの読まな…
じつは、うちの息子が中学の最高学年(わたしが暮らしている英国ではセカンダリー・スクールは11歳から16歳まで5年間通います)で卒業間際であり、いまプロムの話でもちきりなので、おお、なんというタイミング! と思いながら読…
「ポプラ社 文芸編集部」 Twitterアカウントのフォロワーが、ついに10,000人を突破!みなさま、いつも応援ありがとうございます……! 感謝の気持ちを込めまして、「ポプラ社 文芸編集部」Twitterアカウントで、…
一筆啓上仕候 和久様 古今東西、ひとかどの人物ってのは、てえしたことを言いなさるもんだ。 あんまり感心しちまったから、お前さんにも教えてやろうと思ったが、同じ家に住んでいるってのになかなか話す時間もない。俺もいい年…
* 再び、リビングルームである。 今度は警察側の人数が多い。名和警部が二人の刑事を従えている。事件解決に備えての増員なのか、やけにがっしりした強面の二人である。 木島達がリビングに入って行くと、関係者の…
プロローグ 一九八〇年 八月七日 立秋 泣いていたらいつも抱き上げられ、背中を撫なでてもらえた。 とてもあたたかい、大きな手だ。手を広げてその人の首に抱きつくといい匂においがした。 あれはおとうさんかな、と思うけ…
* 庭へ出た。 刑事達に依頼した枝切り作業が終わったらしい。 相変わらずのいい陽気で、殺人事件や身内同士の醜い罵り合いが嘘みたいだ。のどかな太陽は、さっきより少し傾いている。 早速、館の南側の外壁に向…
今朝も大阪城は太陽の光を受けて、しゃちほこが金色に輝いている。 まず、ベランダに出て、朝日を浴びたあと、隼(はや)人(と)は部屋に戻り、冷蔵庫を開けて、牛乳パックを取り出した。 牛乳を飲もうと思ったが、グラスがない…
大人気シリーズ『金沢古妖具屋くらがり堂』のクライマックスを記念して、Q&Aコーナーを開催! 皆さまからのご質問に、作者・峰守ひろかずさんがお答えします。登場人物についてや作品の舞台裏、創作秘話など盛りだくさんの内…
プロローグ 六月半ば、そろそろ梅雨が近づいてきたある雨の日の夕方。十五歳の葛かつら城ぎ汀てい一いちは金沢駅で特急電車から降りた。大きな荷物は既に引っ越し先の祖父母の家に送ってあるので、リュック一つ、それと駅の売店で買…
* 再び屋敷に入る。 スリッパに履き替え、名和警部の案内で木の廊下を奥へと進んだ。 書斎の隣の応接室の前を通過し、その奥がリビングルームである。さらにダイニングルーム、厨房へと続いてい…
みなさん、はじめまして。 私は春はる野の暁あかつきといいます。 どうぞよろしくお願いします。 昨夜練習した挨拶を口の中で唱えながら、暁は見知らぬ中学校の廊下を歩いていた。中学二年の五月という中途端な時期にまさか転校する…
まったく、ばかみたいに晴れていやがる。 こんな天気のいい日曜日に、なんでオレはひとりで遊園地なんか来なくちゃいけないんだ。 あたりを見渡せば、何やら初々しい若いカップル、仲の良さそうな友達連れ、寄り添い合って…
死体は机に突っ伏していた。 椅子に座った姿勢で、そのまま机の上に倒れ込んでいる。 右手には拳銃。オートマティック式の無骨な銃である。 死体の右の側頭部には銃弾を撃ち込まれた跡があり、血塗れの穴が空いている。多…
はじめまして。ポプラ文庫ピュアフルで「金沢古妖具屋くらがり堂」シリーズを書いております峰守ひろかずと申します。 このシリーズの舞台はタイトル通り石川県の金沢市なのですが、クライマックス記念ということで、舞台のモデルに…
二(にの)宮(みや)公(きみ)子(こ)の事件のあと、夜の図書館は長いお休みに入った。 篠(ささ)井(い)の提案を元に何度か館員たちで話し合い、まず、最初の三週間を使って蔵書整理とチェックを行い、あとの一週間を図書館員…
大矢 博子 謎解きの興奮と、青春の甘さと苦さと、そして生きることの痛み。それらが波状攻撃のように次々と押し寄せる。必死に頭を絞ったかと思えば胸がきゅんきゅんしたり、よく知っている切なさに頷いたかと思えば意外な展開に…
覆面作家、高城(たかしろ)柚(ゆず)希(き)の部屋はまず長い廊下があって、そこを抜けると広いリビングとなっていた。そして、部屋の一面がガラス張りで明るい日の光がさんさんと入ってきていた。 高城の妹は大きなアルコール飲…
『渇き、海鳴り、僕の楽園』(6月2日刊行 ※場所によっては発売が遅れる地域がございます)の発売を記念して、お買い上げいただいた人の中から抽選で、深沢さん直筆コメント入りのポストカードを12名の方にプレゼントします。 ポス…
電車のなかで、瀬口せぐち隼人はやとは原稿用紙を広げ、文章を読んでいく。 親譲りの無鉄砲で……という書き出しではじまるのは夏目漱石の『坊っちゃん』だが、この作品を中学生のときに教科書で読んで、妙に心惹かれた。読…
プロローグ おや、いらっしゃいませ。人間のお客様とは珍しいですね。 こんな場所に来るのは、だいたいが霊か生き霊、あとは存在が不安定になった人だけですから。 ここはかくりよ町の果て、夕闇ゆうやみ通り商店街。私のようなはぐ…
楠谷佑の新刊『ルームメイトと謎解きを』の帯の推薦文を青崎有吾が書いているのを見て、「そうか、もう一九九○年代初頭生まれの作家が、一九九○年代の終わりに生まれた作家の推薦文を書く時代なのか」と、自分が歳をとったことをしみ…
なつかしいわねぇ、遊園地なんて何年ぶりかしら。 私たちみたいな70半ばの老夫婦がふたりで来たって浮いちゃうかしらと思ったけど、どうやらそんなこともないみたいで安心したわ。 私たちの目の前を、5歳ぐらいの男の子がぱたぱたと…
ポプラ文庫ピュアフル5月刊『僕は、さよならの先で君を待つ』のあとがきをWEB限定で公開中です! あとがき 「僕はさよならの先で君を待つ」を読んでいただいた皆様、どうもこんにちは。久し振り。初めましてかもしれない。優衣羽で…
樋口(ひぐち)乙(おと)葉(は)が「夜の図書館」に来てから、一ヶ月ほどが経った。 なんだか、ばたばたしてあっという間に過ぎたような気がする。だけど、仕事をしながら亜子(あこ)や正子(まさこ)と話したり、食堂で徳田(と…
なんという愛され力の高さなんだ! と、自分の頬が緩んでいるのを感じながら読み終えた。強くて、だけど脆くて、むさくるしいのに可愛らしい。不器用で言葉足らずで、もどかしくて懸命で、笑いながらちょっと泣けてくる。つまり端的…
古びた写真のように、前後が繋がらない記憶がある。 一台の自転車が緩やかなカーブになった坂道を走っている。山道のような印象だけど、そんなところを自転車で走るとも考えづらく、もしかしたら木々が多い公園沿いなのかもしれない。…
深い呼吸がなによりも大事だ。手も、足も、指先までしっかりと意識を集中させる。全身で呼吸をする。目の前の相手を見据える。 普段は生意気な瞬しゅんも、組手のときはいつだって真剣だ。猫を思わせる目は、睨にらむような鋭さでオ…
引っ越しを終えたあと、一眠りして午後三時に図書館に行った。 玄関のところに大きな黒塗りの車が駐まっていた。大きいだけでなく、車体もぴっかぴかで、一目で高い車とわかる。思わず中をのぞくと、スーツに黒い手袋をした年…
いいなあ、これ。時間がゆったりと流れていくのだ。 たとえば、「一九七五年 処暑」と題された二番目の章は、家庭教師光野昇の側からある家庭を描く章だ。この「家庭」こそ、本書の中心となっている藤巻家である。中学三年の和也は…
立春、啓蟄、春分、穀雨、立夏、夏至、処暑、秋分、立冬、冬至……。一年を二十四の季節に分けた二十四節気、あなたはすべてご存知だろうか。春分と秋分にお墓参りをするなどこの季節に合わせて年中行事を実践したり、手紙などの季節の…
山本幸久さんの『花屋さんが言うことには』の刊行を記念して、素敵な<お花のアイテム>が当たるフォロー&リツイートキャンペーンを開催いたします ※ twitterでフォロー・リツイートするだけ!! ポプラ社文芸編集部のツイッ…
Ⅰ 泰山木 土曜の夜中、ファミレスに呼びだされた。 相手は男だ。とは言ってもロマンチックな話ではない。四十代なかばの冴えないオジサンなのだ。 君名紀久子きみなきくこのスマホに電話があったのは、三十分ほど前だ。会って話が…
「見た?」 前を向いたまま訊ねた私の隣で、葵はこっくりとうなずいた。 「……見た!」 すっきりと晴れた日曜日、友達の葵(あおい)に誘われてやってきた遊園地。 私たちは優雅に回っているメリーゴーランドの柵の前で列に並…
源頼政みなもとのよりまさが京に呼ばれて宇治うじ行きを命じられたのは、天治てんじ二年(一一二五年)の文月(七月)、鈴虫や松虫が鳴き始めた頃のことであった。 「う、宇治へ……でございますか?」 「はい」 意外な命令に困惑…
自己紹介……と言うほどでもないが、図書館の前で彼に自分の名前を名乗った時、樋口(ひぐち)乙(おと)葉(は)は、肩すかしと安堵という複雑な気持ちを抱いた。 乙葉の名前を聞くと、たいていの人はこう言う。 「樋口乙葉? 樋…
《これは物語という病に憑かれた人間たちの物語である》という一文で幕を開け、《語りはつねに騙り、、であ》ると物語の虚構性にピンを刺す。そうして語りはじめられ、1人の男が静かに《瞼を閉じ》るまでの502ページ。主な登場人物は…
巻頭に、作中人物の「私」が記した「序」がある。最初の一行は、〈これは物語という病に憑かれた人間たちの物語である〉。倉数茂『名もなき王国』は、読み進めるうちに、作中人物だけでなく読者もが物語という病に憑かれてしまう、不思…
11人の実力派作家による『11の秘密 ラスト・メッセージ』の刊行を記念して開催されたプレゼントクイズキャンペーン! たくさんのご応募いただき、誠にありがとうございました。ショートショート作家あてクイズの結果を発表します!…
開園前の遊園地が、こんなにキラキラして見えるなんて初めて知った。 まだ客のいないそこは、想像していたよりずっと広大に感じる。朝日を浴びたアトラクションが、むずむずと喜びをこらえながら始まりの時を待っているみたい…
昨年末の「『疲れたあなたをほめる本』ほめてくださいキャンペーン」へのたくさんのご応募ありがとうございました! かわいい写真と心のこもった投稿の数々、見ている私も胸が熱くなりました。 これからも、仕事やプライ…
『蛍と月の真ん中で』(2020年10月刊行済)と文庫『流星コーリング』(2月3日刊行 ※場所によっては発売が遅れる地域がございます)の発売を記念して、両方をお買い上げ頂いた人の中から抽選で、河邉さんが撮影した写真を使用し…
序――猫探し屋の娘 夏の初め。梅雨の気配はまだ遠く、気持ちのいい風が、茂った葉をさわさわと鳴らして過ぎていく、よく晴れた午ひる。頰の辺りに幼さの残る女子おなごと男子おのこが、神田川かんだがわに掛かる昌平橋しょうへいばし…
目覚まし時計が鳴っている。 真夏のアブラゼミみたいなとんでもない音だ。 手を伸ばしても届かない窓辺に置いてあるので、一分ほど無視したあと、こらえきれずわたしは身体を起こすことになる。できるなら朝は夏の軽井沢かるいざわを…
すべての「生きづらさ」を抱える人に共感と救いを届ける、凪良ゆうさんの感動作『わたしの美しい庭』がいよいよ文庫化です。 文庫化を記念して、SNS感想投稿キャンペーンを開催いたします! twitter、もしくはinstagr…
真尋が嘱託社員として勤めるコミュニィFM、「FM潮ノ道」の局長は頭脳明晰、常に冷静沈着、感情の起伏を見せず、端正な顔立ちをめったに崩さない人物だ。以前、「局長はいつも冷静だから、血が通っていないんじゃないかと思っていま…
僕が君を初めて見たのは、どんよりした曇り空から今にも雪が降り出しそうな冬のある日だったよね。 君は君のママの腕に抱かれて、僕の家の隣りにやって来た。産院で十日前に生まれたばかりだと、僕のママが教えてくれたんだ。可愛い…
「仕事がないわけじゃないんだよね」 流里るりは、言い訳がましく聞こえるかと、相手の反応を伺った。 『ふーん。そうなんだ』 ビデオチャットの相手は姉の柚子ゆずだ。特に何も考えていなさそうな顔。そろそろネイルサロンに行く…
11人の実力派作家による書き下ろしアンソロジー『11の秘密 ラスト・メッセージ』(著:アミの会(仮))が12月8日頃いよいよ刊行されます! この刊行を記念して、作者直筆サイン本が3名様にあたるプレゼントクイズキャンペーン…
能力者の存在する街・咲良田を舞台にした「サクラダリセット」シリーズや『いなくなれ、群青』から始まる「階段島」シリーズ、全寮制の中高一貫校を舞台にした山田風太郎賞候補作『昨日星を探した言い訳』……。河野裕は作品ごとにオーダ…
大ヒット御礼!!顎木あくみさんの『宮廷のまじない師』シリーズの続々重版を記念して、「500円分の図書カード」が当たるフォロー&リツイートキャンペーンを開催いたします! ※ twitterでフォロー・リツイートするだけ!!…
セイさんは、しっかりと木佐ゲンさんのことも調べていた。 「丸子橋家と矢車家に関しては、君たちが聞いたものから特段追加するような情報はない。かつての豪農、庄屋、この辺りを治めていた長同士の確執と言った具合だ。丸子橋の言っ…
いつも『疲れたあなたをほめる本』を応援していただき、ありがとうございます! 読者の皆様のおかげで、重版が決まりました! そこで、読者の皆様へのお礼もかねて、皆様に参加していただける『疲れたあなたをほめる本』…
皆様、お待たせて大変申し訳ございませんでした!! 『余命一年と宣告された僕が、余命半年の君と出会った話』10万部突破記念 応援コメントキャンペーンの抽選結果を発表します。 皆様から寄せられた多くの熱いコメントに、弊社一同…
「サクラダリセット」シリーズや『いなくなれ、群青』にはじまる「階段島」シリーズで人気を博し、昨年は『昨日星を探した言い訳』で山田風太郎賞の候補になるなど注目される河野裕。新作『君の名前の横顔』は、ある家族の物語である。 …
ポプラ社の本にご興味を持っていただき、ありがとうございます。 おかげさまで、2021年5月の刊行以来『死にたがりの君に贈る物語』(綾崎隼・著)への熱い感想を、SNSで見かけない日はありません。みなさまへの感謝を形にしたい…
父が重い病だと知らされたのは、今年(2021年)の6月の末だった。 ちょうどそのころ、私は家族をテーマにした小説の初稿を書き終えようとしていた。少し前に、別の出版社から依頼されたほんの短いエッセイに父との思い出を書いて…
卯月~花の名前 トキヲがいきなりおかしなことを言ったように聞こえたものだから、ハナはびっくりして、彼の背中を揉もむ手を止めた。「今、なんて?」 腰のあたりに馬乗りになったまま、顔を覗のぞき込む。トキヲは、組んだ両手の甲…
1 「うわぁ、なんだか……リッチなところ!」 三田村みたむら一花いちか は、路地の真ん中で感嘆の溜息を漏らした。五月の爽やかな風が吹き抜け、一つに括った真っ黒な髪が中で揺れる。 繁華街のほど近くなのに、このあたりは静寂に…
二日目の夜。 〈花咲長屋〉のお店を全部回って、そして常連さんとかの写真もほとんど撮り終わって、 〈矢車家〉に私と重さんが泊まるのは今夜で終わり。 いくら何でも写真を撮るためだけに三日も連続で泊まるのは厚かましいし、何…
よこ-がお 【横顔】 〘名〙 ① 横から見た顔。横向きの顔。 ② (━する)意識的に、横に顔をそむけること。また、その顔。 ③ ある人物の日常的な、あるいは、あまり人に知られていないような一面。〔新語新知識(1934)〕…
四月二十日。東京都新宿区。 朝方の外歩きにも、長袖の服はいらなくなってきた季節。 二藤(にふじ)勝(まさる)はサングラスをかけ、帽子を目深にかぶり、雑踏の中を歩いていた。 新宿はきらびやかな街である。会社員や学生…
コンテンツ事業部の佐野です。森さんからお声がけいただいた時には、「ああ、ついに」と思いました。そして、まずは本棚の整理から始めようとしました。というのも、昨年の3月に子どもが生まれて、絵本が増えたり、育休中、娯楽のための…
一九七六年、昭和五十一年の、私が生まれるずっと前の〈花咲小路商店街〉。こうやって歩いてみると、私がいる現代の雰囲気とそんなにも違いはないって思う。あくまでも雰囲気は、だけど。 もちろんお店の様子は全然違うんだけど、それ…
いつも『余命一年と宣告された僕が、余命半年の君と出会った話(以下よめぼく)』を応援していただき、ありがとうございます!!読者の皆様のおかげで、なんと10万部を突破いたしました。 そこで、読者の皆様へのお礼もかねて、皆様に…
数分産まれるのが早ければ、人生は逆転していたのだ。 ジャック・タガートは、その可能性についてよく考えた。英国特別幻想取締報告局の中にいて、そのことに思いを馳せずにいるのは不可能だった。この国では、ある条件下で産まれた者…
「皆川に頼まねぇ?」 コロッケパンを食いながら、近藤が言った。「なんで皆川?」俺は小声で訊き返す。近藤は肩をすくめた。「器用じゃん。このあいだシングルに褒められてたし」「でも……、なんか変わってる…
イギリスには、「ファンタズニック」という言葉がある。 幻想的生命体に遭遇した人々が陥るパニック状態のこと。 妖精や精霊、ゴーストなんかがごく普通に存在するこの国では、ファンタズニックもまた頻繁に起こる――。 そんなわ…
ちゅんちゅん、って。 スズメの鳴き声。 まるでマンガやドラマみたいなベタなシチュエーションみたいだけど、本当にスズメの鳴き声で目が覚めた。すごくたくさんのスズメたちが庭に来ているんじゃないだろうか。いつもこうなんだろ…
大人気の絵本作家・ヨシタケシンスケさんの最新刊が好評発売中! ということで、全3回にわたり、ロングインタビューをお届けいたします! 創作秘話から、海外版製作についてまで、お話をたくさん伺いました。 (ライティング:松井ゆ…
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志津さんの腹違いの姉妹? それはつまり。 「志津さんのお父様、セイさんの義理のお父様になられた方が、奥様以外の女性と浮気して作った子供ってことですか?」 ひょっとしたら人生で初めてこんな人前では言い難い言葉を喋ったか…
『火を点けて燃やしてやる』 アパートの一室にいたその女性が、重さんのお祖父様、一成さんに向かってそう言っていた。 それを、重さんのお父様、今はまだ中学生の成重さんが聞いていた。 「それは」 重さんが躊躇いながら訊い…
<久坂寫眞館>で働く樹里と、店主の重。 ひょんなことから過去の花咲小路商店街にタイムスリップした二人(とセイさん)は、セイさんの自宅に忍び込むことにするのだが―― ※※※ 午前十時。 〈花咲小路商店街〉の四丁目にある〈…
住民の3人にひとりがコロナに感染し、6分間にひとりがコロナで死亡している――。 私が住む街LAが、2021年のいま直面している現実がコレだ。 まるでSFの世界のようだが、これは自治体が正式に発表したリアルな数字なのだ…
今、うちのアパートの敷地内では「青空理髪店」が開店中だ。 アパートの隣人のトムが、自分のユニットのすぐ横の細い路地で、客の髪の毛をカットしているのだ。 このトムは、元モデルで、50代半ばの男性なのだが、本業は美容師…
「ミホ!ニュースがあるんだ。私、さっき退職届け出してきた。危険すぎて、もうこれ以上、学校で働き続けられない。時間あったら電話して。じゃね!」 8月末のある朝起きると、留守電にそんなメッセージが残されていた。 北ミシガ…
8月8日の土曜日。 カリフォルニア州チノという街にある航空博物館「プレインズ・オブ・フェイム」を目指して、車で東に向かってひたすら走っていた。 自宅待機命令中、こんなに遠くに来るのは初めてだったが、この日、この場所…
「ロックダウンあるある」で、今、アメリカで流行っているのが「疎遠になっていた旧友とZOOM経由で再び親交を温めること」らしい。 アメリカの人口3億3000万人の多くが自宅待機命令下の生活に突入して30日が過ぎた4月末、…
「Still Working?」 最近では「How are you?」のかわりにこの言葉が、LAのご近所同士の定番の挨拶になってきた。 「まだ仕事してる?」は、つまり「失業してない?大丈夫?」という意味だ。 コロナ失…
「プリリリリーーズ、ステイ・アット・ホーム!!」。 ロサンゼルス市長が、テレビ会見で毎日、英語とスペイン語で呼びかける日々が3月末から始まった。 自宅待機するためには「ホーム」があることが前提だが、そもそも住む家がな…
真っ青なカリフォルニアの空に突き刺さるように生えているひょろっとした数本のヤシの木。 それをぼーっと見上げながら、路上に立ち続けて2時間半がすでに経過していた。水筒に入れてきた水はもう半分しか残っていない。灼熱の太陽…
企画編集部の櫻岡です。 先週ポプラ社に入社した新参者でございます。 入社にあたりまして会社情報は結構見ていたつもりでしたが、恥ずかしながら本企画のことを知らずにおりました……。 これまでの皆さまの…
みなさま、おつかれさまです。児童書促進部、田中僚子です。 広島で書店営業やっております。 一般書編集部・森さんからの『本棚の2列目』のタイトルのメールを見た瞬間、頭を抱えて腹の底から「うぉああああ来たかあぁあ」と呻き悶絶…
一般書営業部の宇田川です。 一般書(児童書以外すべての本)営業部の皆様の業務を、円滑に進められるようにサポートのお仕事をさせていただいています。 普段からこの連載を楽しみにしており、事あるごとに担当森さんへ「いやーほんと…
ああ、はずかしい。 はずかしいったらない。 だれですか。こんなはずかしい企画を思いついた人は。 これまでに引き受けてしまった奇特な方たちも、本棚の紹介の前に長々と言い訳を書いていますね。そりゃそうなりますね。あなたの本棚…
こんにちは。一般書編集部の森です。 この「本棚の二列目」を始めてしまった人です。 社内の人と顔を合わせては「本棚を見せませんか」と言いまくっていたのですが、だんだん協力してくれる人も減り、しまいには「森さんは公開しないん…
こんにちは。一般書営業部の畦地です。 先日、社内のメンバーとご飯を食べていたら文芸編集部の森さんがぽつり。「本棚の二列目、次の人がなかなか決まらないんですよね」たしかに、他人の本棚を見てみたいと思う人は多いかもしれません…
こんにちは。主に学校・公共図書館向けの営業を担当している、川島と申します。新卒から入社してもう7年目。世間では中堅に差し掛かる年頃のはずですが、社内ではギリ若手として、先輩方に甘えながら(ときには生意気に)仕事をしており…
こんにちは。大人向けの本の編集部におります近藤と申します。ポプラ社は、かれこれ15年近くになります。その間、海外事業部(ポプラ社の本を海外の版元に売り込む部署)にいたこともありますが、だいたい編集部にいます。 さて、この…
こんにちは、企画編集部の木村です。ふだんは新書、エッセイ、ノンフィクションなどなど、小説以外のジャンルの本をつくっています。「本棚の二列目」ということで、普段の仕事とはまったく関係ない本をご紹介しようと思います。しがない…
ポプラ社の田中と申します。 現在単身赴任中で徒歩通勤なので、通勤電車の中で本を読む機会がなくなった結果、読書量が圧倒的に減っており危機感を持っています。子どもの頃から本は大好きで、外で友達と遊ぶより家の中で一人本を読むこ…
ポプラ社の経理部で働いている藍澤と申します。50歳・既婚です。 本連載の担当者・森潤也さんが編集した「活版印刷三日月堂」の舞台のすぐ近くに住んでいます。(「三日月堂」のある場所から徒歩3分でわが家です)そのご縁で、なのか…
北京発上海行き、今現在山東省の山奥を走っている中国高速鉄道の車内から、おはよう、こんにちは、こんばんわ、はじめまして。北京蒲蒲兰文化发展有限公司(以下、蒲蒲兰)の江崎です。コーナー四回目から本社所属でなくて大変恐縮です。…
「ザディコ。箱船へようこそ」「わたしはオオバカナコ。はこぶね?」「それについてはボンベロから聴くと良い」 男が手を離し、パピとダフに近寄るとマルキリが手を出してきた。「アンセム」「え? あなたマルキリでしょ」「偽名に決ま…
こんにちは。ポプラ社の一般(大人)向けの本の編集を担当している村上峻亮です。ポプラ社歴は丸3年。編集歴は15年目。主に男性向けの自己啓発書、実用書などの単行本と新書をつくっています。 さて、さっそくですが、まずはこの写真…
連載第二回、若者の次はいきなり一般書編集部、最年長者の登場です。何なんだ、この人選……。森潤也氏による、新種のいじめ? いやいや、ひがみっぽいのはトシヨリの証拠。かわいい後輩・森くんの「倉澤さんの…
この「本棚の二列目」は、ポプラ社員が自宅本棚を紹介しつつ、本棚の二列目(大好きな本や、前面に置くのがちょっと恥ずかしかったりする本など、色んな本が混在するとこ)まで公開しちゃおうというコーナーです。 出版社の社員が普段ど…
目覚めた時、パピとダフは先ほどの姿勢に戻って寝入っていた。 九十九が焚き火の向こうからわたしを見つめていた。「今、何時」 九十九は腕時計を見た。そういえば全裸にもかかわらず彼は腕時計をしていたことを思い出した。「十一時…
虚を突かれたわたしは、マルキリに胃の辺りを思いきり殴り上げられ、横倒しになった。 立ち上がったマルキリは、鼻血を横殴りに拭いた。「パピ、こいつは使えないよ……とっととどっかにやっちまいな」 彼は…
登山スタイルの女はわたしを見ていた。「迷ったんですか?」彼女が口をきいた。 わたしは頷いた。「わたしもです」彼女は笑った。 わたしは立ち上がろうとしたが、すぐには動けなかった。水を急に飲んだせいで躯の緊張が一気に解け、…
警官が振り返る前にパピはその脇を通り過ぎ、テーブルにぶつかる勢いで椅子に座ると、猛然と皿のものを食べ始めた。 呆気にとられたわたしは、自分でも意外なほど大声を出していた。「ゆっくり食べなさい! 行儀の悪い!」「ぽふぁい…
日暮れまでに都合十回、公衆電話を見つけるたびにパピは電話を掛け続けた。が、いずれも相手はつかまらず、わたしは彼の指示に従って北へ北へと運転を続けた。「そんなにつかまらないなんて……。別のコンタク…
「え? あっ」 パピは椅子を蹴って立ち上がると辺りを見回し、壁際の柱に飾ってあるネイティブアメリカン風の飾りがついた小さな鏡をしげしげと覗き込んだ。 わたしとトトは思わず顔を見合わせた。「なんだこれ…R…
ダフとパピの前に、ニンニクをたっぷり使ったツナ入りアーリオオーリオを出した。湯気が顔を覆うのもかまわず、パピはフォークを入れてパスタを巻くと、口のなかにしまっていく。ダフは女の子らしくゆっくり食べているが、パピはまるで…
「巧く頭蓋に当てろよな。俺はこいつの脳味噌が見てみたいんだ」「任せとけ。ホールインワンを狙ってやる!」 ピースバッジが杵(きね)を振り上げ、シュッと音をさせた。 わたしは目を閉じた。が、ほんの一瞬、ボンベロの顔がフラッシ…
雷鳴が轟いた──フラッシュを焚かれたように店内が一瞬、明るく映える。暗闇に溶けていた少年の姿が浮き彫りになった。ぼさぼさの髪は逆立ち、膝上で切り落としたデニムのパンツからすらりとした脚が伸びていた。彼はナイフを掴んでい…
氷で手を冷やしてから肉を殴る男は初めてだった。 手が傷むからと、肉叩きを使うよう云ったんだけれど〈だいっじょぶ!〉とまるで気にする様子がない。本人はこうすると肉に手の温度が伝わらず〈良いパティ〉が準備できると信じている…